隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

狂気なる殺人者



夕暮れに染まる街並みを一人の男が佇んでいた。


淡い桜色のミディアムヘアの泣きぼくろが特徴的な優しげな顔をしたその男は、足元で骸と化している女性の首元から、大きなラピスラズリが中央に埋め込まれたネックレスを、乱暴に奪うとその場にヘタリ込む。


違う違う違う違う。


この女も私を拐かす魔女だった。


我が神に対する不敬である。


許せない許せない許せない許せない。 


この魔女も。私自身も。


男は、自らの喉元に爪を立てると、狂ったようにガリガリと引っ掻き始める。


男が羽織った純白のタキシードは、滴る鮮血によって襟元を赤く染め上げて行く。


罰を、罰を受けなければ。


辺りに飛び散る血痕など御構い無しに男はひたすら自傷を続けるが、急に手を止め、ハッとして我に帰る。


「あぁ…魔女どもが放つ美のオーラとはまるで別格……ようやく、ようやく見つけましたよイシュタル様……!!!!」


感激し、涙ながらに立ち上がると、隼人達が通う学園の方向へと歩き始めた。


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校門を出た隼人達は、茜色に染まった空の下、談笑をしながら近所のスーパーを目指していた。


「しかし軍学部の奴ら、何でお前の言うこと素直に聞いてるんだ?俺だったら普通にムカついてぶん殴ってるとこだぜ」
隼人はファイティンポーズを取りながら透に問いかける。


「 軍学部は力こそ正義!だからな。新学期の度にバトルロワイヤル方式の乱闘で学級委員を決めるんだけどよ、毎度毎度、俺の一人勝ちだからこうなっちまったんだわ」
ガハハハと大口を開けて豪快に透は笑う。


「隼人、学級委員とは殴り合いで決まるのですか?だとしたら和奏さん、相当な手練れなのですね…」
ハトホルは真剣な顔で尋ねる。


「いや、軍学部が頭おかしいだけだから安心しろ。普通は大体、立候補か推薦だよ」


「それなら良かったです。和奏さんを見る目が少し変わってしまう所でした…」
ハトホルは安堵した表情で返事をする。


「まあ和奏が強いのは間違っていないですけどね、ある意味」
透は苦笑しながら返すと、3人はT字路にたどり着く。
迷わず右の道をスタスタと進んでいく透の背後でハトホルは、隼人に耳打ちをする。


「先ほどから妙な気配がするのです。権能なのか権能ですらないのか不明瞭なほど弱い何かの気配がどんどん近づいて来ているのです」


「お前を狙ってる連中かもしれないな、どっちから来る?」


「私たちの背後からです。恐らく、もうすぐそこまで」


ハトホルの言葉に、隼人は日暮れの空と同じ長い前髪を揺らしながら振り返ると、1人の男が音もなくこちらへと距離を縮めて来ていた。


「ハトホル、あいつか?やばそうな男が後ろから着いて来てる」
隼人の言葉にハトホルも振り返ると、アメジストの瞳は男の姿をはっきりと捉えた。


桃色の髪をミディアムヘアに切り揃え、長い睫毛に象られた大きな淡い褐色の瞳に柔和な笑みを浮かべた、誰しもが好意を抱くであろう容姿の男は不自然にも首から襟元にかけて紅く濡らしており、恐らく元々は純白であっただろう正装を、まるでホラー映画のゾンビのようにおぞましく飾っている。


男は、ハトホルの目の前まで歩みを進め、跪くと口を開く。


「ああ! 美の結晶よ!! 貴女の美しさにはこの宝石を幾億も並べたとしても足元にも及びません! ですが、あなたのような女神の美しさを少しでも引き立てる事ができればこの宝石も浮かばれるでしょう!! 宜しければ、身につけていただく事は出来ますでしょうか?」


ハトホルは咄嗟に後方へ跳びのくと、隼人はすかさず踏み込み、脚に炎を纏わせて蹴りつける。


男は身体を横に倒して回避をすると、片手に力を込め、隼人の軸足に水面蹴りを放つ。


隼人は飛び上がると、今度は脚に炎を込めたまま踵落としを地面スレスレにいる男に叩き込む。


男はまるで見切っていたかの様に側転し避けると、体制を立て直し、立ち上がる。


しかし、立ち上がった男は隼人に気を取られすぎていたのか、咆哮を上げながら回し蹴りを放つ大男の一撃を回避することができず、透の脚が男の細腰に食い込む。


男は側面の外壁に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちた。


「なんだよ今の炎!!手品かよ!!」


透は笑いながら隼人の背中をバンバン叩く。


「さ、最新の護身用グッズなんだよ! すげえだろ!!」


2人が勝利の余韻に浸り、気を抜いていると、ハトホルの凛と声が背後で響く。


「2人とも!避けてください!!」


隼人は透を左に押し倒して躱すと、背中に痛みが走り、まるで弾丸が掠ったような細長い傷をつける。


隼人は、壁に崩れ落ちた男の方に視線をやると、科学の実験で使うような大きめの試験管の口をこちらに向ける男の姿があった。


「まさかこんな所で現人神リビングゴッドに出会おうとは、想定外ですねぇ…」


男は試験管を放り投げると、甲高い音を立てて砕け散った。



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