隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

現人神《リビングゴッド》



時刻は13時21分。
店内における消火システムは一切の機能を停止していたため、1000坪ほどの田舎にしては巨大なショッピングモールは瞬く間に火の海と化していた。


「さて、そろそろ決着が付いているだろうか」


艶のいい、黒のロングコートの内ポケットに入った銀のシガレットケースから葉巻を一本取り出すと、十字の刻印が施された鈍色に輝くジッポライターで火をつけ、紫煙を吐き出しながら呟く。


「彼女が器となり得ればよいが」


革紐で纏めた長髪をゆらゆらと揺らしながら、男は入口を塞ぐ瓦礫に手を触れる。


瓦礫は一瞬のうちに姿を消すと、先ほどまで男が立っていた場所へガシャンと落雷のような激しい音を立て落下した。


初老の男は、燃え盛る炎の中へと歩み始めると、そのまま姿を消していった。


同時刻、店内では激しい稲光と爆炎がぶつかり合い、大きな炸裂音が反響していた。


「大口叩いた割には全然使いこなしてないじゃん!!! さっきのはまぐれみたいだね!! 隼人さん!!!」


雷撃を宿した金色の槍から連撃を放つ來花。
隼人は両腕を炎で纏い、突き出された槍に対して拳を使った乱打で応戦する。


拳と槍の先が触れ合うたびに、夜空の星の様な小さな光がキラリと輝く。


來花は連撃を繰り出し後、背後に大きくヴァジュラを引きしぼり隼人の胸めがけて突き込む。


先ほどよりも隙の大きな少女の攻撃を見逃さず、隼人は上体を大きく横に捻って躱し、彼女の腹部にボディブローを叩き込む。


腹部に食い込む拳はボンッと炸裂音をあげ、小さく爆発する。


來花は口から血反吐を吐くと大きく吹き飛ばされ、そのまま背後の瓦礫に叩きつけられると崩れ落ちた。


「随分と隙だらけじゃないか。お前こそ、あんま喧嘩慣れしてねえだろ。」


「僕、か弱い女の子だからさ。力任せの暴力はあんまり得意じゃないんだよね。」


口元から滴る血をカットソーの袖で拭い、槍を杖代わりにして來花は立ち上がる。


「だからね、僕は暴力じゃなくて能力で…もう一回、殺してあげるっ!!!」


來花はヴァジュラの切っ先を天井に向けて掲げると、瓦礫に埋もれ、断ち切れている電線や、融解してすでに形を失っているコンセントから光の矢の様に電流が走り、ヴァジュラの先端で渦を巻くと、雷雲のようにゴロゴロと重低音を轟かせた。


これは、さすがにヤバそうだな…


隼人は苦虫を噛み潰したような表情で、力強く地面に足踏みをする。


足踏みをした地面に辺りで黒煙をあげる業火が集まり、一直線に來花目掛けて疾走する。


來花は、電撃を集めたヴァジュラの先端を襲いかかる爆炎に向けると、炎は先端に触れた瞬間にバリバリと音を立て、瞬く間に消えていった。


先端を炎を走らせた隼人に向けたまま、來花は無邪気な笑みを浮かべて口を開く。
「さっきのやつより100倍は強いと思うよ、頑張って生き残ってね!!」


どうする。さっきの炎が消されたんならもう俺に防ぐ術はない…躱せるのか…?


「いくよ!!雷霆の小太陽ガルジャナ・スーリヤ!!!」


切っ先から放たれた球体は、煤けたカーペットを飲み込みながら、一直線に隼人に向かう。
隼人は地面に両手を付き、先ほどの様に炎を集め、壁を作り、そのまま身体を守るように腕を盾にして目を瞑る。
炎の壁に球体が接触する激しい爆音。目を瞑っていても解るほどの眩い雷光。


クソ、なにが同条件で喧嘩できる、だ。軽口叩きやがって。結局、また死ぬんじゃないか。


隼人が半ば余生を諦めていた時、急に瞑っていた視界が暗闇に戻る。


不思議に思った隼人は、緋色の瞳を覆った瞼をゆっくりと持ち上げると、視界に飛び込んだものは背に大きなガラス片が刺さり、前のめりに倒れこんだ來花だった。


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確実に目の前の少年を仕留めるに足る攻撃を放ち、勝利を確信していた來花はこの状況を飲み込めずにいた。


どこからともなく現れたガラス片が、自身の背中から左胸にかけて貫通し、彼女は全身が裂けるような痛みに襲われていた。


自身の身体から生まれ、今尚大きく広がっていく血だまりに伏しつつ、言いようのない絶望に苛まれた表情で彼女は虚空に呟く。


「おっさん…どうして…。」


來花が知る限り、このような芸当が出来るものは1人しかいない。


彼女の雇い主は呼び声に応えるかのように、瓦礫の間から姿を現した。


「小娘が生きているということは彼女はまだ器足り得ないということか。実に残念だ」


薄茶色のサングラスの奥で輝く、鋭い瞳を怪訝そうにしかめた男は呆然と立ち尽くす隼人に目をやり、続ける。


「新たな同胞よ。 君とはまた、近々会うこととなるだろう。 さらばだ」


無表情に言い放った男は身を翻し、隼人に背を向けると静かに元来た道を戻り始める。


「待てよ! あんたは何者なんだよ!! なんで俺を助けたんだ!?」
立ち去ろうとする男の背に、隼人は動転した様子で問いかける。


男は歩みを止め、背を向けたまま答える。


「フェデクス・ファナルピナ。君と同じ、現人神リビングゴッドだ。そして君を助けたつもりはない。あくまで仕事の一環で彼女には制裁を加えただけだ」


フェデクスと名乗った男は、そのまま燃え滾る瓦礫の中に姿を消した。


現人神リビングゴッド…?」


隼人の呟きは建物全体を揺らす地響きと、あちらこちらで融解し、倒壊する鉄骨が放つ轟音にかき消される。


「クソ、もう時間がねえ!!」


隼人は退路を探すため周りを見渡すと、炎に覆われ、点灯する事を忘れた非常口と、炎を背に、足をガタガタと震わせながら床に突き立てた槍に体重を預け、必死に立ち上がろうとする少女の姿があった。


「僕は…… 死ねない…… パパと、約束したから……  まだ……幸せになんか、なれてない……から…死ねない……」


胸に刺さったガラス片から風音を鳴らし、口からでる血反吐を付近に撒き散らしながら少女はうわ言のように呟く。
隼人は舌打ちをすると、來花向かい駆け出し、抱き抱えると、そのまま非常口に向かう。


「隼人さん……なんで……? 僕は、殺そうと……」


「その件については後で説教だ!! しっかり掴まってやがれ!!」


「あり……が、と」


來花は静かに笑うと、新緑の瞳をゆっくりと閉ざし、手元の未だ金色に輝く槍は地面に吸い込まれた。


進む先の炎は左右に分かれ、隼人らを讃える道と化し、非常階段へと導く。


瓦礫や溶けたプラスチック片に足を取られながらも隼人は懸命に階段を駆け下りる。


融解し倒れたドアを潜り無事に外の空気を吸うことができた隼人らは、白い制服のレスキュー隊員が駆け寄って来るのを確認すると安堵したのか、來花を地面に下ろすと、そのまま倒れこみ、意識を失った。

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