隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》
武人と武神
―また、この夢ですか…もう遥か昔のことだというのに―
枯れ果てた木々の林の中を、紫陽花のような濃紺の髪を振り乱し、彼女はただひたすらに走り続ける。
「ちょっとばっかし喧嘩してくる。すぐに戻って来るから大人しくしてるんだぜ?」
炎のように燃える瞳を細め、犬歯をむき出し笑う彼は、そう言って私の頭をくしゃくしゃと撫でると、戦火の海へ猛禽の翼を羽ばたかせた彼を私は止めることができなかった。
「無事でいてください…ホルス…」
彼女は祈るように呟いた。
焼け爛れ、黒煙を上げる甲高い金属音が響き渡る。
厳かな金細工で装飾された漆黒の甲冑を身に纏い、細腰を覆い隠すほどの長く、いぶした銀の様に鈍く輝く頭髪と、頭髪と同色の立派に蓄えた髭を振り乱しながら、老戦士は身の丈ほどもある柄から刀身までオニキスのように煌びやかな純黒に染まった大剣を眼前の全身を紅蓮のプレートメイルに身を包み、小さな純銀の半月の刃を先端にあしらった槍を構える優男、ホルスの首に狙いを定めて横薙ぎに振るう。
ホルスは紅い長髪を、燃え盛る炎のようにたなびかせ、即座に腰を落とすとそのまま槍を老戦士の腹部目掛けて突き込む。
老戦士は槍の先に蹴りをいれ、攻撃を弾く。体制を崩したホルスに対し、今度は大剣を両手で薪を割るかのように縦に振りかぶる。
ホルスは、チッと舌打ちをし、地面に手を付くと火柱が上がる。
火柱と振り下ろされた大剣が接触すると小さな爆発が起き、老戦士は咄嗟に剣を盾に爆発を防ぐと、倒れることなく背後に弾き飛ばされる。
ルビーのように真っ赤な切れ長の目を細め、口角を上げると立ち上がり、ホルスは右手の槍をクルクルと風車のように回しながら笑顔で讃える。
「オーディンのじいさんの神器を使ってるとはいえ、ここまで俺と戦えるとは思ってなかったぜ。人間も捨てたもんじゃねえな!」
「一騎打ちの最中にその表情、ずいぶんと余裕そうじゃのう。」
老戦士は少し不愉快そうに顔をしかめると、焦げ茶色の瞳を見開き、渾身の突きを繰り出すべく、大剣を背後に直角に引き、構える。
「そう見えるってことは俺もまだまだやれるってことだな、褒め言葉として受け取るぞ。」
ホルスは右手で握っていた槍を両手に握ると再度腰を落とし、こちらも迎え撃つ姿勢を取る。
「では、参る!」
老戦士は咆哮を上げながらホルスに向かって駆け出し、己の持つ全ての力を振り絞りオーディンから授かった大剣、グラムを突き出す。
ホルスは突き出される剣に対して槍を叩きつけ、横に軌道を逸らす。
体制を崩したが、老戦士は片足に力を込め軸とし更にそのまま横薙ぎを繰り出す。
「いい判断だが、この距離だと躱せないだろ?」
ホルスは仰け反って躱し、そのまま上体を起こしつつ右足で大きく足踏みをする。
ホルスが踏んだ地面を中心に直径3メートルほどの円を描き、大きな火柱が円から勢いよく飛び出し二人を包み込んだ。
火柱が止むと、大の字で寝そべり全身が煤けた老戦士と老戦士の首元に半月の刃を当てるホルスの姿があった。
「武を極め、至高の高みにも届くやもしれぬと頭に乗った報いかの。儂には神代を越えられなんだ。」
すぅ…と細く長い息を吸うと、老人は叫ぶ。
「不敬とは重々承知ではあるが死出の旅路に出る前に不躾な願いを申し上げたい!!我が名はシグムント!!そなたと剣を交え、そして討ち取られた愚かな老兵の名をどうか隼の武神、ホルス殿の胸に刻んではいただけないだろうか!?」
ホルスは血潮のように紅き瞳を伏せ、槍を後ろに引きながら死を覚悟した老戦士、シグムントに語りかける。
「神代の宝剣に選ばれし英雄シグムントよ。そなたの名は我が身に誓い、決して忘れまいと約束をしよう。」
先ほどまでとは別人のような口調で語りながら、シグムントの首元にめがけて槍を突き出す。
満足げな表情で目を閉じ、「感謝する。」と呟いた老兵は死を受け入れる。
ホルスの槍がシグムントの首に接触した刹那、ホルスの動きが止まり、足元に緑の光で描かれた六芒星が姿を現わす。
「なんだこいつは…?」
ホルスは苦々しげに呟くと、耳障りな金切り声があたりに響く。
「実に良い成果ですねえ!!あのホルス神が身動き1つ取れぬとは!!では、次のステップに進んでみましょうか!!」
枯れ果てた木々の中から、右脇に石版を挟み、黒髪をオールバックに固めた白衣の男が姿を現した。
倒れたままシグムントは吠える。
「学者風情が何をしに来た!!我らが戦いを、ホルス殿の誓いを愚弄する気か!!」
「愚弄とは失礼ですねえ、貴方の屈辱を栄光ある勝利に変えて差し上げようというのに…」
男は銀縁のメガネをくいっと上げると、おもむろに石版をホルスに向かって放り投げる。
石版はドスっと音を立て緑の光に包まれた地面に沈む。
「こいつは人間にできる芸当じゃねえ。あの野郎、裏切りやがったな…」
憎々しげに呟くと、真紅のプレートメイルに覆われた身体の色彩はどんどん薄くなっていき石版の中に吸い込まれていく。
残されたわずかな時間でホルスは未だ横たわる老兵に視線を移し、口を開く。
「シグムント殿、俺も1つ願いができてしまった。聞いてもらえるか?」
シグムントは頷く。
「妻は…妻だけは見逃しては貰えないだろうか。敵を見逃せというのは武人に対して失礼だとは思うが何卒聞き届けて欲しい。」 
言い終わると同時にホルスの身体は完全に石版に吸い込まれる。
「聞き届けよう、この剣に誓って。」
石版に向かってシグムントは呟く。
耳障りにパチパチと手を叩きながら学者はゆっくりと石版に足を運ぶ。
「いやあ!!やはり私は素晴らしい!!この結果は私の頭脳が神を越えた証!!忌々しい邪神を封じ込めることができたのですからねええ!!」
科学者は石版に手を伸ばし拾い上げようとする。
しかし、伸ばした手は石版に届くことはなかった。
腹部を中心に鮮血が白衣を染め上げる。
科学者は耐え難い痛みが襲う自らの腹部に目をやると、漆黒の刃が突き刺さっており、地面に血だまりを作っていた。
「なななな、なな何の真似でぇす!!??」
未だ激痛の走る身体を起こし、腹部を貫いたシグムントはそのままグラムに力を込め、脳天まで切り上げる。
石版と金細工をあしらった鎧を血に染めながらシグムントは煤で黒ずんだ白銀の髭を携えた口を開く。
「お主が愚弄した誓いを護ったまでじゃよ。」
科学者の身体はズルっと音を立て、血しぶきを吹き上げながら倒れる。
「先ほどから我々の戦いを背後から見届けているお主!お主がホルス殿の妻か!?」
シグムントの叫びに枯れた木々を揺らしながらアメジストの瞳を真っ赤に腫らしたハトホルが現れる。
シグムントはハトホルの姿を見るや否や眼から頰へと透明な雫を流しながら謝罪をする。
「すまぬ…すまぬ…」
ハトホルは血に染まった石版に駆け寄り抱きかかえると悲痛な叫びを辺りに木霊させた。
枯れ果てた木々の林の中を、紫陽花のような濃紺の髪を振り乱し、彼女はただひたすらに走り続ける。
「ちょっとばっかし喧嘩してくる。すぐに戻って来るから大人しくしてるんだぜ?」
炎のように燃える瞳を細め、犬歯をむき出し笑う彼は、そう言って私の頭をくしゃくしゃと撫でると、戦火の海へ猛禽の翼を羽ばたかせた彼を私は止めることができなかった。
「無事でいてください…ホルス…」
彼女は祈るように呟いた。
焼け爛れ、黒煙を上げる甲高い金属音が響き渡る。
厳かな金細工で装飾された漆黒の甲冑を身に纏い、細腰を覆い隠すほどの長く、いぶした銀の様に鈍く輝く頭髪と、頭髪と同色の立派に蓄えた髭を振り乱しながら、老戦士は身の丈ほどもある柄から刀身までオニキスのように煌びやかな純黒に染まった大剣を眼前の全身を紅蓮のプレートメイルに身を包み、小さな純銀の半月の刃を先端にあしらった槍を構える優男、ホルスの首に狙いを定めて横薙ぎに振るう。
ホルスは紅い長髪を、燃え盛る炎のようにたなびかせ、即座に腰を落とすとそのまま槍を老戦士の腹部目掛けて突き込む。
老戦士は槍の先に蹴りをいれ、攻撃を弾く。体制を崩したホルスに対し、今度は大剣を両手で薪を割るかのように縦に振りかぶる。
ホルスは、チッと舌打ちをし、地面に手を付くと火柱が上がる。
火柱と振り下ろされた大剣が接触すると小さな爆発が起き、老戦士は咄嗟に剣を盾に爆発を防ぐと、倒れることなく背後に弾き飛ばされる。
ルビーのように真っ赤な切れ長の目を細め、口角を上げると立ち上がり、ホルスは右手の槍をクルクルと風車のように回しながら笑顔で讃える。
「オーディンのじいさんの神器を使ってるとはいえ、ここまで俺と戦えるとは思ってなかったぜ。人間も捨てたもんじゃねえな!」
「一騎打ちの最中にその表情、ずいぶんと余裕そうじゃのう。」
老戦士は少し不愉快そうに顔をしかめると、焦げ茶色の瞳を見開き、渾身の突きを繰り出すべく、大剣を背後に直角に引き、構える。
「そう見えるってことは俺もまだまだやれるってことだな、褒め言葉として受け取るぞ。」
ホルスは右手で握っていた槍を両手に握ると再度腰を落とし、こちらも迎え撃つ姿勢を取る。
「では、参る!」
老戦士は咆哮を上げながらホルスに向かって駆け出し、己の持つ全ての力を振り絞りオーディンから授かった大剣、グラムを突き出す。
ホルスは突き出される剣に対して槍を叩きつけ、横に軌道を逸らす。
体制を崩したが、老戦士は片足に力を込め軸とし更にそのまま横薙ぎを繰り出す。
「いい判断だが、この距離だと躱せないだろ?」
ホルスは仰け反って躱し、そのまま上体を起こしつつ右足で大きく足踏みをする。
ホルスが踏んだ地面を中心に直径3メートルほどの円を描き、大きな火柱が円から勢いよく飛び出し二人を包み込んだ。
火柱が止むと、大の字で寝そべり全身が煤けた老戦士と老戦士の首元に半月の刃を当てるホルスの姿があった。
「武を極め、至高の高みにも届くやもしれぬと頭に乗った報いかの。儂には神代を越えられなんだ。」
すぅ…と細く長い息を吸うと、老人は叫ぶ。
「不敬とは重々承知ではあるが死出の旅路に出る前に不躾な願いを申し上げたい!!我が名はシグムント!!そなたと剣を交え、そして討ち取られた愚かな老兵の名をどうか隼の武神、ホルス殿の胸に刻んではいただけないだろうか!?」
ホルスは血潮のように紅き瞳を伏せ、槍を後ろに引きながら死を覚悟した老戦士、シグムントに語りかける。
「神代の宝剣に選ばれし英雄シグムントよ。そなたの名は我が身に誓い、決して忘れまいと約束をしよう。」
先ほどまでとは別人のような口調で語りながら、シグムントの首元にめがけて槍を突き出す。
満足げな表情で目を閉じ、「感謝する。」と呟いた老兵は死を受け入れる。
ホルスの槍がシグムントの首に接触した刹那、ホルスの動きが止まり、足元に緑の光で描かれた六芒星が姿を現わす。
「なんだこいつは…?」
ホルスは苦々しげに呟くと、耳障りな金切り声があたりに響く。
「実に良い成果ですねえ!!あのホルス神が身動き1つ取れぬとは!!では、次のステップに進んでみましょうか!!」
枯れ果てた木々の中から、右脇に石版を挟み、黒髪をオールバックに固めた白衣の男が姿を現した。
倒れたままシグムントは吠える。
「学者風情が何をしに来た!!我らが戦いを、ホルス殿の誓いを愚弄する気か!!」
「愚弄とは失礼ですねえ、貴方の屈辱を栄光ある勝利に変えて差し上げようというのに…」
男は銀縁のメガネをくいっと上げると、おもむろに石版をホルスに向かって放り投げる。
石版はドスっと音を立て緑の光に包まれた地面に沈む。
「こいつは人間にできる芸当じゃねえ。あの野郎、裏切りやがったな…」
憎々しげに呟くと、真紅のプレートメイルに覆われた身体の色彩はどんどん薄くなっていき石版の中に吸い込まれていく。
残されたわずかな時間でホルスは未だ横たわる老兵に視線を移し、口を開く。
「シグムント殿、俺も1つ願いができてしまった。聞いてもらえるか?」
シグムントは頷く。
「妻は…妻だけは見逃しては貰えないだろうか。敵を見逃せというのは武人に対して失礼だとは思うが何卒聞き届けて欲しい。」 
言い終わると同時にホルスの身体は完全に石版に吸い込まれる。
「聞き届けよう、この剣に誓って。」
石版に向かってシグムントは呟く。
耳障りにパチパチと手を叩きながら学者はゆっくりと石版に足を運ぶ。
「いやあ!!やはり私は素晴らしい!!この結果は私の頭脳が神を越えた証!!忌々しい邪神を封じ込めることができたのですからねええ!!」
科学者は石版に手を伸ばし拾い上げようとする。
しかし、伸ばした手は石版に届くことはなかった。
腹部を中心に鮮血が白衣を染め上げる。
科学者は耐え難い痛みが襲う自らの腹部に目をやると、漆黒の刃が突き刺さっており、地面に血だまりを作っていた。
「なななな、なな何の真似でぇす!!??」
未だ激痛の走る身体を起こし、腹部を貫いたシグムントはそのままグラムに力を込め、脳天まで切り上げる。
石版と金細工をあしらった鎧を血に染めながらシグムントは煤で黒ずんだ白銀の髭を携えた口を開く。
「お主が愚弄した誓いを護ったまでじゃよ。」
科学者の身体はズルっと音を立て、血しぶきを吹き上げながら倒れる。
「先ほどから我々の戦いを背後から見届けているお主!お主がホルス殿の妻か!?」
シグムントの叫びに枯れた木々を揺らしながらアメジストの瞳を真っ赤に腫らしたハトホルが現れる。
シグムントはハトホルの姿を見るや否や眼から頰へと透明な雫を流しながら謝罪をする。
「すまぬ…すまぬ…」
ハトホルは血に染まった石版に駆け寄り抱きかかえると悲痛な叫びを辺りに木霊させた。
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