隻眼の現人神《隻眼のリビングゴッド》

有江えりあ

雷帝の槍《ヴァジュラ》

漆黒のカーテンから朝の日差しが差し込む。
悪夢から目が覚めた彼女は、深い蒼紫の髪を揺らし、ゆっくりと頭を上げると、顔全体が濡れていることに気づく。


私があの時、彼を止めておけば。


私にあの時、彼を守れるだけの力があれば。


私があの時、恐怖に負けず彼を庇うだけの勇気があれば。


この悪夢を見る度に、涙で頰を濡らし後悔する。
ハトホルは涙で濡れた顔を褐色の細腕で拭うと、背もたれを倒し、ベッドの代わりとなった白色の革張りのソファーに腕を組んで寝息を立てている少年の寝顔を覗き込む。


燃え盛るような紅蓮の髪、つり上がった目に、今はまぶたに覆われているルビーのように赤い瞳。高くはないが形の良い鼻。
見れば見るほど夫に似ている。
初めて会った時に夫と見間違えたほどだ。


「ホルス…」
ハトホルは夫の名を呟き、目の前の少年の顔をそっと抱き抱えた。




なんだこのエロゲ展開は…昨日一緒に寝るってフラグはへし折ったはずだぞ…なんで別のフラグが立つんだよ…


隼人は、頭を襲う圧迫感から目を覚ますと薄眼を開け、彼女の様子を伺う。


昨日は確か、添い寝のお誘いを丁重に断ってリビングに布団を引いてやった後俺はソファで寝た。 うん、フラグが立つ要素は皆無!! バッドエンド直行の名采配のはず! なのになんだよこのルート!! どうすりゃいいんだよ!!


耳に掛かる吐息に耐えながら、昨日の事を思い出すが答えは出ない。そして隼人は気づく。顔半分に柔らかな物が乗り、プルプルとプリンのように震えていることに。


おいおいおいおい!!!! こんなん俺のレベルで耐え切れるわけないだろ!! 最初の街に魔王連れてきてどうすんだよ!? 女と手繋いだことすらないんだぞ!!? もっと難易度下げろよ!!! 初っ端からルナティックだぞ!!


そんな事を考えながら隼人は更に気づく。
自分の身体を駆け巡る、熱き血潮が腹部より下に集中しようとしていることに…。


おい、ちょっと待て、我が魔剣!!今はまだ汝が力を解き放つ時ではない!!!お前がもし本当に聖騎士だと言うのであればけんをおさめたえるのだ!!


ハトホルは未だ頭から離れないため、シビレを切らした隼人は大声で叫びながら上体を起こす。


「うわあ!!よく寝た!!」


ハトホルは、ザッ!!と効果音がつくような速さで後ずさりすると、カアっと茹で蛸のように顔を赤らめると、瞳を見開き叫んだ。


「い、い、いつから起きていたのですか!!!??」


「いやいや!さっき起きたばっかりだって!!」


「嘘です!!!起きたばかりの人間が大声出しながら目覚めることがあるわけないでしょう!!?」


ハトホルは真っ赤に染めた顔を今度は青白く染め、目に涙を溜めると、ペタンと絨毯の上に座り込み呟いた。


「ごめんなさいホルス…私は…私はあなたに顔を合わせる資格はありません…」


両手で顔を覆い、うつむいているハトホルに苦笑いを浮かべた隼人は、テーブルの上のスマートフォンを手に取り、ロックを解除する。
カチッと音を立て解除された画面には新着メッセージの通知が2件。


1件は和奏からだった。
「おはよ〜! 牛さんは元気かな?? 今日はショッピングモールに行くから牛さんのことで何か必要な物があったら連絡ちょうだいね!!」
とのこと。


「お前何かいるものあるかー??」


「今は放っておいていただけますか…?」


背後でぶつぶつと独り言を繰り返しているハトホルに声をかけるが、か細い返事が返ってくる。


隼人は返信を綴る。


「特にはいらないと思う。大丈夫だ!」


と送信をし、2通目のメッセージを開く。


ニュースサイトからで、内容は「博物館で盗難が発生。犯人はインド展の会場より 雷帝の槍 を奪い逃走。捜査官によればセキュリティ関連の電力系統が全て機能せず、防犯カメラにも録画が残っていないため、犯人が特定出来ていない。目撃情報求む。」
とのこと。


「雷帝の槍…?」


 「おそらく【ヴァジュラ】のことでしょうね。」


先程まで後方で嗚咽を上げていたハトホルは、凛とした声で言う。


ウワッ!と隼人が驚愕の声を上げると、ハトホルは小首を傾げる。


「なぜ驚いているのです?」


「いや…なんでもない。 それより【ヴァジュラ】ってなんだよ?」
立ち直りはええな、と喉まで出かかった言葉を飲み込むと隼人は問う。


「はぁ…昨日言った博識という言葉、取り消しますね。」


隼人は顔をしかめ、チッと舌打ちをするがハトホルは何事も無いかのように続ける。


「ヴァジュラとは雷の創生に携わったインドラが所持していた槍で、人間の間では雷帝の槍と呼ばれています。 最高神ゼウスも雷の創生に携わり槍を所有していましたが、彼の場合は三又の鉾になるため、大体は雷帝の鉾と称されます。」


「雷帝の槍がどうかされましたか?」


「俺達がいく予定だった博物館から盗まれたんだと。セキュリティシステムが電気系統の不良で機能しなかったらしく犯人を追う手がかりが一切ないらしい。」


ハトホルは神妙な面持ちで口を開く。


「インドラは厳つい見た目の割には様々な機械をショートさせたり、停止させたり、逆に性能を何倍にも引き出したりと、細かい作業が得意な神なのですが、もしかしたら‥」


ハトホルは凛とした表情に切り替わる。


「隼人、博物館に早く向かいましょう! もしかしたらインドラは復活しているのかもしれません! ホルスと仲の良かった彼ならもしかしたら…!!」


「おう!」


隼人はスッと立ち上がり、部屋中に響き渡る力強い返事を返すと、出かける準備を始めた。

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