みかんのきもち

名前はまだない

0.七尾と千愛1(サブエピソード)

 放課後の校舎裏。まだ陽は落ちていないけど、あたりは少し薄暗くなり始めていた。
 遠くで聞こえる虫の声と、かぁかぁと間抜けに鳴くカラスの声が、なんとなく一日の終わりを告げようとしている様に聞こえた。

 うちの学校は割と狭い土地に建っているので複雑というか、ていに言ってしまうと、無理矢理建物を詰め込んだ感じで死角が多い。

 普段は特に何も思わないが、千愛ちあいと二人でいる時は、割と便利だったりする。

七尾ななお……」
「うん?」
「手……」
「はいはい」

 千愛ちあい催促さいそくされ、自分の手を千愛ちあいの白く透き通った手に重ねる。
 千愛ちあいの手は強く握ると今にも折れてしまいそうなか細さだけど、それでいて女の子特有の柔らかさはきちんと備えている。

 少しひんやりした千愛ちあいの手は、モチモチしたうちの手とは少し違うけど、これはこれで触っていると気持ちが良かったりする。

千愛ちあいはうちの手、好き?」
「どうしたの? 急に」
「いや、なんとなく」
「……」

 あ、答えてはくれないんだ。まあ、慣れているから別に良いんだけど。

 千愛ちあいはとても不思議な子だ。本当に不思議。
 普段は口数が異様に少ないから、何を考えているのか全然分からない。
 これだけ一緒にいる私ですらぜんっっぜん分からない。

 小柄こがら華奢きゃしゃで、絵に描いたような美少女で。
 美人薄命びじんはくめい体現たいげんした様なその外見と神秘的な雰囲気の所為せいもあって、普通の女子高生ではかなり近寄り難い存在になっている。

 ところが不思議な事にクラスで浮いているというわけでもない。
 普通、無口なキャラなんてクラス内ヒエラルキーの下の方に位置されるはずなのに、彼女の独特なや返しに興味を示す人が少なくないのだ。
 うちはそんな人達とは逆で、初めは全く興味が無かった。別の友達に千愛ちあいの話題を振られても、「ああ、そんな子いたねー」くらいの感じ。

 だけど、一年生の時に、何故か分からないけど向こうから話しかけてきて、それからと言うもの、うちにべったり。
 当時は本当に訳がわからなかった。まあ、今でもよくわからないんだけど。

 基本的には何をするにも全て二人行動。移動教室や登下校はもちろん、選択授業も全部一緒。
 冷静に考えたら、そこまでされると少し面倒めんどうだなと感じるのが普通なんだろうけど、これまた何故か全く気にならなかった。
 やはり千愛ちあいには、他の人に無い特別な魅力みりょくがあったという事なんだろうか。

七尾ななおはわたしの手、すき?」

 お? 自分は質問に答えないくせに、全く同じ質問をうちにしてくるとはいい度胸だな。これはお仕置しおきが必要かな?

「うん。好きだよ」
「じゃあ……」

 そう言いながらうちと繋いだ方と逆の手をスッと胸の高さまで挙げ、ゆっくりとこちらに向ける。

「なめて……」

「……うん」

 差し出された千愛ちあいの手に、ゆっくりと自分の唇を近づける。

 「ちゅっ」と小さく音を立てながら千愛ちあいの手の甲に軽くキスをする。

「んっ……」

 千愛ちあいから声が漏れる。普段血の気の少ないほほはピンク色に紅潮こうちょうし、耳まで少し赤くなっている。
 恥ずかしいのかな? どちらかというと、うちの方が恥ずかしいんだけどな。

 キスを何度もしながら、手の甲から人差し指へと移動する。
 千愛ちあいの爪は凄く綺麗だ。ネイルをしているわけでも無いのにツルツルピカピカ。
 その爪ごと第一関節くらいまで人差し指を口の中に優しく含む。

「あっ……」

 ちゅるちゅると吸ったり、したの腹でザラザラと指をこする。
 その度に千愛ちあいの身体は小刻みに震え、ほほの赤みは更に増し、とろんとした目になっている。
 うんうん。千愛ちあいの血行が良くなるのはうちのおかげといっても過言かごんではないかな。

 人差し指に飽きたうちの口は、中指、薬指と順に移動していく。指と指の間に流れたうちの唾液だえきも綺麗になめとるのを忘れない。

 人の事ばかりどうこう言ってるけど、実はうちの心臓もマラソン大会の時並に鼓動こどうを早め、千愛ちあいに負けず劣らず血液を全身に巡らせている。
 これ、破裂はれつとかしないよね? 大人がお酒を飲んだら、こんな感じになるのかな?
 きっとうちの顔も真っ赤っかだろうけど、今は確認するすべがない。

「な、七尾ななお……」
「はむぅ……?」

 指をくわえながら間抜けな返事をしたうちの耳元で千愛ちあいささやく。

「きもちいい……」

 耳元で聞こえる吐息といき混じりのかすれた声がうちの脳髄をかき回し、ゾクゾクっと全身に鳥肌がたつ。

「かぷっ」

 千愛ちあいは悶えているうちに容赦ようしゃなく次の攻撃を仕掛けてくる。

「ひゃぁっ……」

 うちの耳を甘噛みする千愛ちあいの小さな口からは「はぁ……はぁ……」と今にも途絶えそうな吐息が漏れる。
 今、この状況ではその吐息すらも立派な凶器だ。

「ぺろ……はぁはぁ……ちゅっ」

「あぁっ……んっ! み、耳は駄目だってば……」

 必死の抵抗も虚しく、うちの耳はペロペロと舐められ続けている。

「いや……なの? やめてもいいの? ちゅ……」
「……んっ」

 千愛ちあいは意地悪だ。やめて欲しいなら……とっくにそう言っている。

「や、やめないで……?」
「なに? きこえない。ちゅる……」
「意地悪……あっ……お願い。やめないで」
「……いい子だね」

 そう言って、うちの舐めている手とは逆の手、つまりは今まで繋いでいた手を離し、私の頭を撫で始める。

七尾ななお……七尾ななおの手……すきだよ」

 髪と髪の間を千愛ちあいの細い指が通り抜ける感覚と、このタイミングでそんな事を言うもんだから、うちの頭は真っ白になっていく。脳みそがとろけてドロドロになっていく。

 もう駄目だ。何も考えられない。世界が千愛ちあいで満たされている。こんな感覚、他では味わえない。

 一度ハマると抜け出せない気がして踏み込むのは怖いと思っていたけど、気付いた時にはもう戻れないところまで来ていた。

 千愛ちあいと言う名の底なし沼に、うちの身体も心も全て浸かってしまっている。

七尾ななお……かわいい」
「……千愛ちあい、好き……大好き」

 夕日も今ではすっかり沈み、二人の姿を暗闇が包んで行く。
 誰にも見つからない二人だけの秘密の世界。
 いつまでも……いつまでもこんな幸せな時間が続けばいい。それだけがうちの願いだ。
 他には何もいらない。千愛ちあいさえいれば。それだけで……。

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