みかんのきもち

名前はまだない

9.聞く耳持たずとは正にこの事

 修斗しゅうとと放課後の教室から帰ろうとした時、それは突然現れた。まるで春の突風か、夏の夕立ゆうだちの様に……

美柑みかんー、帰ろー」
「ほーい」
「どっか寄って帰るー?」
「別にいいよ。どこか行きたいところあるの?」
「えっとねー……」

「図書室だな!!」
「図書室? なんでまた……」
「なんでって図書室は本を借りるところだろう?」
「いや、それは分かるけど借りたい本でもあるの?」
「そりゃ山ほどあるさ!! あんたは読みたい本、ないのかい?」
「えー、別にないよ?」
「そんな事はないだろう!? それはまだ運命の本と出会ってないだけだ」
「んー? 運命の本? 修斗しゅうと急に何言ってるの?」

「いや、ちょ、美柑みかん! さっきから誰と話してるの?」

 修斗しゅうとの少しあわてた声を聞き、スマホを探すためにかばんの奥底へ落としていた視線を周囲へと戻しあたりをうかがう。
 私と修斗しゅうとの後ろをついてきていたのはなんと……いや、誰だこの人。
 スラリと伸びた美脚に、たわわな胸元。一見いっけんしてモデルの様な体型に、切れ長の目と知的な眼鏡。
 身長もそれなりに高く、どこか威圧感すら感じさせる風貌ふうぼうの女性。
いや、ほんと誰?
 
「えっと……修斗しゅうとのお知り合い?」
「え?! 違うよ!」
「二人とも、そんな事はどうでも良いじゃないか! 取りえず図書室に行こう!」
「は、はい?」
「なんだろ。この強引ごういんな感じといい、どこかで見たことある気がする……」
「あの……あはたは一体誰ですか?」
「ははは。そう言えば自己紹介がまだだったな! 私の名前は 神高  玲奈かみたか  れいなだ!」

 神高かみたか……やっぱり聞いたことある様な。眉間みけんに人差し指を当て、「うーん」と名探偵ばりに思考しこうめぐらす。

神高かみたかってもしかして生徒会長の神高かみたか先輩?!」

 どうやら私が答えにたどり着く前に修斗しゅうとが正解を口走ってしまった様だ。
 生徒会長。ふーむ、生徒会長ねえ。確かにそんな名前だった気がする。いや、どうだったかな。正直よく覚えていない。

「そうだ! 私が生徒会長だ!」

 そう言いながら左手を腰に当て、右手の親指で自分を指差している。漫画に出てくるちょっとおちゃらけたライバル的存在みたいな雰囲気をかもし出しながら。

「「…………」」

 どう反応していいか分からないもんだから、修斗しゅうとも私も黙っている事しか出来ない。

「そうだ! 私が生徒か……」
「い、いえ! 聞こえてないわけではないです!」

 もう一度同じセリフを言おうとした生徒会長さまを慌てて静止する修斗しゅうと
 えっと、コントかな?

「それにしても生徒会長がどうして2年の教室にいるんですか?」
「ふっ。聞きたいか?」
「いえ……別に……」
「そこは聞いてくれ!」

 私の興味なさそうな態度に前のめりでつっこみを入れる生徒会長。元気な人だ。

「実はな、私は生徒会長でありながら、読書感想部の部長でもあるのだ。君たちの話は高橋たかはしから聞いているぞ!」
「あー……」

 なるほど、そう言うことか。
 つまり、部活への勧誘ってことだよね。ふーむ。

「あの、高橋たかはしさんにも言いましたけど、そこまで読書が好きなわけでないので、部活はちょっと……」
「まーまーそう言わずに! きっと楽しいぞ!」
「誘っていただいて嬉しいですが、すみません……」
「なーに、謝る必要はないぞ! そんなに読書が嫌いか?」
「嫌いではないですけど……」
「じゃあ、やろう!!」

 んー……あれ? 話が全然通じない。
 やんわりどころか、割とハッキリお断りしているつもりなんだけど、伝わっていないのかな?
 修斗しゅうとに疑問に満ちた視線を送ると、あちらからも似た様な表情が返ってきた。

「いや、神高かみたか先輩。本当に……」
「さあ! ついたぞ!!」

 そう言われて、俯き気味だった顔を上げ、神高かみたか先輩の指差す方向に視線を向ける。
 そこには当然のごとく[読書感想部]という貼り紙がされた扉が、物静かに存在していた。

「しまった! 神高かみたか先輩と話しするのに夢中で誘導されているのに気付かなかった!!」

 修斗しゅうとがオーバーなリアクションをとっている。
 どうでも良いけど、今日日きょうび「しまった!」って言うのは、修斗しゅうとくらいのものじゃないかな?
 夢中になっているつもりは無かったけど、知らないうちに誘導されていたことは確かだった。この人、意外とやり手なのかな?

「さあ、入った入った!」と言う神高かみたか先輩の強引さに押され、私と修斗しゅうと渋々しぶしぶ部屋に入室する。

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