みかんのきもち

名前はまだない

1.日比谷 美柑(ひびや みかん)

「ずっと先輩の事が好きでした! 俺と付き合ってください!!」

 放課後の体育館裏たいいくかんうらで、名前も知らない一年生から告白される。体育館裏なんて言うと、怖い先輩に呼び出されてるみたいな感じだけど、最近そんな場面に出くわすことなんて、ほとんど無いだろう。
 後輩は頭を下げたまま、右手を私に差し出している。これは……オッケーなら手をにぎればいいんだろうか。宜しくお願いしますの握手あくしゅを。
 しかし今日は暑いな。もう夕方だと言うのに、後輩の着ている半袖のカッターシャツにも汗が少し滲んでにじいるのが見て取れる。

「もうすぐ夏だね」
「……えっ?」

 告白と全く関係のない返答へんとう戸惑とまどう後輩くん。そりゃそうだ。

「ああ、えっと……今は誰かと付き合ったりするつもりは無いんだ。
ごめんね?」
「……そうなんですか。分かりました」

 がっくりと肩を落とし、力なく答える後輩くんの姿があまりに可哀想かわいそうに見えたので、えて一つ質問をしてみたくなった。

「あのさ、君にこんな事を聞くのもあれなんだけど、なんで私と付き合いたいと思ったの?」
「それは……先輩、可愛いですし優しそうだから」

 可愛くて、優しそう……か。うん。悪い気はしないな。

「そっかそっか。ありがとね」
「いえ。あの、俺からも一つ聞いていいですか?」
「うん? どうぞ」
「先輩は、誰か好きな人がいるんですか?」
「……いないよ?」
「なんで誰とも付き合う気が無いんですか?」

 聞きたいことは一つじゃなかったでけ? まあ、別に良いけど。

「うーん。好きな人がいないから……じゃないかな?」
「付き合ってみたらその後でその人の事を好きになれるかも知れませんよ?」
「……君は、営業マンに向いているかもしれないね」

 その後、何度かの質疑応答しつぎおうとうて、やっと諦めてくれた後輩くんは、夕日の中へ消えていった。なんか格好いいな。
 後輩くんを見送った後、段差に腰掛け、物思ものおもいにふける。
 驚いた事に、なんの取り柄もないこんな私に告白してくれる人が結構いたりする。
 ただ、付き合いたいと思えるほど好きになれた人は、今まで一人もいなかった。

 少し弱めの風が顔をでる。それと同時に長めの髪がふわふわとれる。
 気付けば夕日もほとんしずみ、辺りは暗闇に包まれていた。

「……帰ろ」

 体育館から校門歩いて移動する。そこには私を待つ人影ひとかげが一つ。私はバックからモンスターボールを取り出し……じゃなくて。

「あれ? 修斗しゅうと、待っててくれたの?」
「うん。美柑みかん、またこくられたの?」
「あはは。そだね。全く、みんな見る目ないよねー」

 嘲笑混じりちょうしょうまの苦笑いを向けた相手は、正木  修斗まさきしゅうとと言う男の子だ。
 修斗しゅうととは中学が一緒で、どんな偶然ぐうぜんか、中学の時も高校一年の時も、そして高校生二年生になった今も含め、ずーっと同じクラス。
 ここまできたら、運命感じちゃうね。

「本当だよね。顔が可愛いのは認めるけどさ、中身がなー」
「うっさい」
「でた。自分で言うのは良いけど、人に言われると腹立つパターンのやつだ!」
「うっさい」

 修斗しゅうとはたぶん、私の事を女として見ていない。
 だけどそれが良いんだろうな。
 こうやって軽口かるくちを叩きあえる相手がいるのって、結構助かるものだ。

「でもさー、美柑みかんってよく告られるけど、結局今まで誰とも付き合ってないよね。なんでー?」
「それ、さっきの後輩くんにも聞かれたんだけど。そんなに気になる?」
「聞いてはみたものの、別にそこまで気になっているわけではない」
「なんだそれ」

 ほんと適当てきとうな奴だな。たが、そこが良い。修斗しゅうとと居ると疲れない。

「さては美柑みかん百合ゆりだな?」
百合ゆり? 百合ゆりってなにさ」
「女の子同士の甘美かんびな世界だよ」
「女の子同士って……ないない」

 漫画やアニメの世界じゃないんだから、身近でそんな話がある訳がない。別に男の人が嫌いとか苦手とか、そういう訳でもないし。

「だよねー。言ってみただけだよ」

 そんなバカみたいな話をしながら下校する男女二人。
 はたから見ればカップルに見えなくもないだろう。
 修斗しゅうとは身長も高く、それでいて細身ほそみなのでスラッとした印象を受ける。
 加えて、かなり整った造形ぞうけいのご尊顔そんがんをされているので、女子からの人気も高い。
 一時期いちじき、私と修斗しゅうとが付き合っていると言う噂が流れて、修斗しゅうとのファン達に亡き者にされそうになった事もあったけど、今では良い思い出だ。

「ん? 美柑みかん、あれ見て」

 修斗しゅうとの指差す方向を見ると、そこにはエンジ色の自転車のそばで座り込んでいる女子高生が目に入ってきた。
 制服からさっするに、どうやら、うちの学校の生徒の様だ。
 スッとのびた鼻と、黒くてサラサラの長い髪。
 少し遠目からでも分かる真っ黒な瞳が、少し潤んでキラキラと輝いて見えたのが印象的だった。
 全体的に色素が薄く、髪も目も茶色がかっている私とは、対照的たいしょうてきに感じられたのを今でも覚えている。

「どうしたのかな?」

 私が反応するより先に、そう言いながらその子の元へと足早あしばやに駆け寄る修斗しゅうと
 困った人がいれば見過ごせない。考えるより先に体が動く。
 修斗しゅうとのそういう一面を素直に尊敬できるし、私も真似をしたいと常日頃から思っている。
 ……今のところ思っているだけだけどね。

「どうしたの? 何か困ってる?」

 そう女の子に話しかける修斗は、さながら凄腕すごうでのナンパ師か、何処どこぞのホストにも見えた。コミュ力が高すぎないかい?

「あの、自転車のチェーンが外れてしまって……」
「なるほど。ちょっと見させてもらってもいいかな?」

 女の子が答える前に自転車のハンドルに手をかけ、自分の方に引き寄せる。
 チェーンを指で引っ掛け、えっと……名前が分からないんだけど、歯車みたいな奴にそれを乗せる。
 その後、ペダルを普通とは逆回転方向に足で勢いよく回すと、ガチャンと言う音を立てながら、見事に歯車にチェーンがはまった。

「はい、元通もとどおり!」

 修斗しゅうと、顔だけじゃなくてやる事もイケメンだな。そんな事を考えながら、自販機でお水を買う為に、私は一旦その場を離れた。
 私が戻ってきた頃には二人は自己紹介を終えていた様で、「こちら、E組の高橋  文乃たかはし  ふみのさん!」と、まるで旧友きゅうゆうの紹介でもする様なテンションで修斗しゅうとが彼女の名前を教えてくれた。

「私はA組の日比谷  美柑ひびや  みかん。宜しくね」

 そう言いながらさっき買った水で濡らしたハンカチを高橋さんに差し出す。「えっ?」と驚いた表情の高橋たかはしさんに、いいからいいからと、強引にハンカチを渡す。
 自分で何とかしようとしたんだろう。高橋たかはしさんの手はチェーンに付いていた油で真っ黒になっていた。
 近くに公園でもあれば水道でハンカチを濡らせば良いんだけど、世の中そう都合よくはいかないもんだ。

「あの、ここまでしてもらうのは悪いです。本当に大丈夫ですから」
「何言ってるの。折角せっかくの綺麗な手が台無だいなしだよ? 怪我けがはしてないよね?」
「ちょ、美柑みかんまじお母さんみたい!」
茶化ちゃかさないでよ」
「お二人とも……本当に助かりました。ありがとうございました」
「いえいえ。困った時はお互い様。じゃあ、私達はもう帰るからきみも気を付けて帰ってね」

 ぺこりと頭を下げている高橋たかはしさんに手を振りながら、修斗しゅうとと再び帰路きろにつく。
 これが高橋たかはしさんとの出会いだった。


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[自転車 歯車 名前]

 家に帰った私は、リビングにある濃い茶色のソファに腰掛け、スマホの検索エンジンに入力する。
 うちのソファはふかふかで、中々なかなか座り心地が良い。油断すると眠りに落ちてしまいそうになる。

「すぷろけっと……?」

 どうやら自転車のペダルに繋がっているあの歯車の名前は[スプロケット]と言うらしい。[ギア]と呼ばれる事もあるみたい。

 画像を見てみると、色々な形や大きさがあって、競技用きょうぎようの自転車なのか分からないけど、一つのスプロケットに何段もの歯車が重ねて付いている様な物も多々たたあった。

 スプロケットがチェーンで繋がれ、前後の車輪が連動れんどうして回る。チェーンが無ければ、空回りするだけで前には進めない。成る程ね。

 別に自転車に詳しくなりたくて調べた訳ではない。歯車が好きな訳でも勿論もちろんない。ただ、なんとなく気になっただけだ。

 後になって、この事が私の人生において重要な伏線ふくせんになっている。なんて事はたぶん無い。

 じゃあ、そんな事を調べるのは無意味じゃないかって思う?
 
 確かにそうかも知れない。

 でもさ、ぎゃくにこの世に意味のある事なんてあるのかな?

 人はいずれ死ぬ。死はみんなに平等だ。死んでしまえばそれで終わりなんだから、それまでに何をしようと、何を感じようと別に意味なんて無いんじゃないかな……

 散々さんざん語り尽くされたであろう、さして面白くもないお題目だいもくについて、さも自分の考えであるかの様に語ってはいるけど……

「要するに、ひまなんだよねえ」

 あー、退屈だ。人生は退屈だ。何か楽しい事ないかな? 胸がおどる様な、心臓の鼓動こどうが少しだけ早くなるような、そんな面白い事が起きないかな?

 いつもそんな事を考えているけど、結局自分から動かないと何も始まらないし、何も起こらない。

 その答えを知ってしまっているのに、行動しようとしない自分に、実は苛立いらだちを感じているのかも知れない。

 ただ、今日出会った高橋たかはしさんと言う女の子。E組って言ってたっけ。

 確かE組は進学組しんがくぐみで、私と比べるのも失礼なくらい、お勉強が出来る人達ひとたちの集まりのはずだ。
 授業と授業の合間あいまの短い休憩時間でも平気で参考書を取り出し、お昼休憩でさえ、単語帳を片手に食事をる人が少なくない。

 その独特どくとくの雰囲気と敷居しきいの高さから、他のクラスの人は足を踏み入れることさえはばかられる。

 だからだろう。同じ学校で、同じ敷地しきちの中で一年と少しを過ごしたはずの二人が、互いに面識めんしきなかったのは。

 「それにしても綺麗な子だったなあ。勉強ばっかりしてるのは勿体もったいない」

 お前は何様なにさまなのかと言われても仕方しかたがない上から目線な独り言ひとりごと。大きなお世話とはまさにこの事だ。

 まあ、彼女と友達になって、仲良くなって、今後ともよろしくどうぞと言う展開にはたぶんならないだろう。

 なんか住む世界が違うって感じだし。この時はそんな風に思っていた。
 

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