異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第三十一話(三)「そがんトコでなんばしよっとね」
馬を駆り、漆黒の闇の中を、手の中の光球が照らす道をたどる。
第六出口が近くなり、洞窟の先に人魂のように浮かぶ光の輪を見つけたぼくは、小さく安堵を漏らした。
「ヘザ。待たせてすまない」
そばまで駆け寄って馬を降りたぼくに、デゼ=オラブの軍衣をかぶり、かぶとを小脇に抱えたヘザが深く頭を垂れた。
「いえ、道中お疲れさまでした。ハイアート様、デゼ=オラブ兵の格好、意外とお似合いですね」
「そうか? しかし兵卒に至るまでこんな鉄鎧を着けているなんて、あの国はすごいな。おかげで重くてかなわない」
ぼくが肩をすくめると、ヘザはくすくすと小さく笑った。
「目立たないよう鎧の内側に、重力制御の魔術をかけておくといいですよ。さ、そろそろ向かいましょう。ちょうどこの山脈の反対側の街道を進んでいる頃合いです」
第六出口を出て、ぼくたちは山脈の尾根を風精霊術でひとっ飛びし、そこから目立たぬように山肌近くをすべるように飛翔した。
「ハイアート様。敵軍の隊列です」
ヘザが眼下を指差す先、山麓に張りつくような細道を、兵士が二列に並んで進んでいる。
「姿を消して近づき、岩陰から接触しよう──お互いの居場所が分からなくならないよう、手をつないで」
「いいんですか? ご一緒に登校する時には断られたではないですか」
「それはそれ、これはこれだ。結構根に持つタチだね、君は」
差し出された手を握り、周囲の光を屈折させる精霊術をまとって、二人分の慣性制御をしながら街道の脇の岩陰へと躍り込む。術を解いてぼくらが道へ出ると、兵士が驚いたようにぱっと振り返った。
「たまがったぁ。あんた、そがんトコでなんばしよっとね」
「あ、その、ちょいと小便ば行っとったばい」
言われたのは、デゼ=オラブ王国のある南部の一部で話されている、訛りのきついダーン・ガロデ語だ。ぼくは少し戸惑いつつも、頭をペコペコとさせながら答えた。
「勝手に列ば離れっと、隊長にがられるばい」
「しかぶりそうやったけん、しょんなかばい。悪かけど、ひとまずここ入ってよかと? 砦ば着いたらすぐ戻るけん」
言いつつもグリグリと列に割って入り、ヘザと並んでしれっと歩き出す。
「……びっくりしました。ハイアート様、オラブ言葉がすごくお上手なんですね」
ヘザに耳打ちされて、ぼくはふふっと面当ての裏側で笑いを浮かべた。
まんまと馬槽砦への潜入を果たしたぼくとヘザは、夜番のふりをして第二区画の城門へ堂々とやって来た。
不意をついて、門番兵の背後から心臓に向けて、光精霊術の電撃を至近距離から浴びせかける。鎧を着けていてもあっさり通電して心停止させるので、重装備の兵士を音もなく倒すのに向いた術だ。
門の反対側を見ると、ヘザの方も首尾よく門番を処理したようだった。
「よし。城門に細工をするから、少し見張っていてくれ」
「了解しました」
城門の上には、素早く侵入をシャットアウトするための落とし格子がついている。ふわりと飛んで落とし格子に取りつくと、一部を溶解させて城門とくっつけてしまい、吊り上げている縄を切ってもすべり落ちないようにした。
次に城門を閉ざすかんぬきを、魔力をまとわせた手刀で破壊すると、ヘザと共に城門を左右に押し開く……。
「おい、あんたら! なんばしょっとか──」
さすがに城壁の歩廊から見つかってしまった。歩哨は大声を上げた瞬間に、ヘザが放った火炎弾で黒い炭に変わっていた。
ほぼ同時に、ぼくは城門の外の空に向けて、激しく輝く光弾を撃ち出す。第九出口から騎兵隊を出陣させるための合図だ。
「ヘザ、到着まで約二分! ここを死守するぞ!」
「お任せください」
ぼくとヘザはかぶとを脱ぎ放つと、背中合わせになり身構えた。
異変を察した物見から警鐘が鳴らされる。あっという間に守備兵が次々と集まってくるのが見えた。
八方から降りかかる矢の雨を、風精霊術で吹き散らし。
槍を構え突進してくる兵士を、魔力の防御壁でガッと受け止め。
精霊術師が投じてくる炎や冷気のつぶてを、相対する精霊術で相殺する。
そしてぼくが守りに徹する間、ヘザはお得意の火炎弾を発射し続けた。かつてのヘザもまるでカノン砲のようだったが──今の彼女は、ガトリング砲だった。
「ヘザ。精霊力は持ちそうか」
「まったく問題ありません。昔の私では、二分といえどこの戦線は維持できなかったでしょう……」
「ああ。いくら『六行の大魔術師』と呼ばれるぼくでも、独りでは攻めと守りとをこなし切れない。こんなムチャクチャな戦い方は、大魔術師がふたりいてこそだ──」
やがて、城門の外から、地を蹴るひづめの轟きがだんだんと迫ってきた。
騎馬の群れの先頭を駆け、褐色の大男が真っ先に開いた城門をくぐり抜けてくる。
「待ちくたびれたぜ、ハイアート! いっちょぶちかまして来らぁ!」
「ああ。存分に暴れてこい、ナホイ!」
ぼくの脇を通り過ぎるナホイと、ハイタッチを交わす。彼のあとからも数多の騎兵たちが怒涛のようになだれ込み、ぼくとヘザは勝利を確信した表情を向かい合わせた。
「さ、これで終わりじゃないぞ。区画をつなぐ門を開けに行こう」
「了解しました。ですがその前に──鎧を取らせていただけませんか。もうとにかく、動きにくくて我慢できません」
ぼくは苦笑した。
山々が朝日に白む頃、馬槽砦は、完全に陥落した。
「いやあ、馬槽砦を明け渡したあの屈辱の日より、幾ばくもなく取り戻せる日が来るとは、実に感無量ですな」
鼻息も荒く、ガバは言った。満面の笑みを浮かべて──と言いたいところだが、彼は今もきっちりと鋼鉄のかぶとをかぶっており、その表情を面当ての奥に隠している。
もしかしたら、素顔を見られるのが恥ずかしい人なのかもしれない。もしくは素顔を見られると死ななければならない掟があるとか……。
「キ◯肉マンですかっ」
「何でそう心の声に的確にツッコめるんだ、君は」
「ハイアート様がそんなボケを考えていそうな顔をしていましたので。当たりでしたか」
そう言って、いつの間にかそばに立っていたヘザは歯を見せて笑った。
「これは、参謀殿! 亡くなられたと聞いた際には、我もいたく悲しみ、また長官殿もさぞご心痛と憂いていたところでしたが……こうして生まれ変わり、また我らと魔界のためにご奮迅いただけるとは、これぞ天の助けという他にありませぬ!」
胸の前に手を交差して、ガバがひざまずいた。
確かに、ヘザが日本人に転生したまではぼくらの行動の結果としての蓋然性がある。しかし遠くの地方に生まれ、そこから遠く離れたぼくと同じ県内の近い地域に移り住み、ぼくと同じ高校に通うというのはあまりに出来すぎた偶然だ。
天の助け。神の意志。そんな運命の操り糸を感じざるを得ない。
本当に神様が見ていて、こんな巡り合わせを画策したのなら、そこにどんな目論見があったというのだろう──単に面白がっているだけなのかもしれないが。
「さて、我はつい先ほど届いた荷と人足の確認をしますので、これにて失礼いたします」
ガバは立ち上がり、一礼してから走り去っていく。馬槽砦の再構築も、勤勉で実直な彼に任せれば順調に進みそうだ。
「──さて、ヘザ。馬槽砦を取り戻したことで兵士の士気も高いし、この勢いをもって早々に鹿屍砦の攻略を始めたい」
「はい。異論はありません」
ヘザがうなずいて答え、ぼくは面持ちをかたくして言葉を続けた。
「だが、ぼくもそろそろいつパッチンしてもおかしくない頃合いだ。先に作戦の打ち合わせだけしておいて、君だけでも遂行できるようにしておきたい」
「では、ここの士官兵舎にて。個室になっていますし、ベッドもありますよ」
「……ベッドの有無はこの際関係ないだろう」
「いえ、とても大事なことです。私としてはいつご命令いただいてもよいように万全の態勢を──」
「しないよ!」
いつの間にやら恒例のやり取りとなりつつある会話を交わしながら、ぼくは砦中央にある建造物へと足を向けるヘザの後を追っていった。
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