異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第三十一話(二)「チートとかいうレベルではない」
「馬槽砦を見張っていた斥候から、城砦内の動きが慌ただしくなったとの報告があった。おそらくすでに出陣が始まっているだろう」
魔界暫定政府高官と、防衛大隊の中隊長以上が一堂に会する中、グーク王子は力強い声で言い放った。
「我々は、バヌバ魔族王国の存亡をこの一戦に賭ける。敵勢は圧倒的だが、我々には『大洞穴』という地の利に加え、新たな『救世の英雄』が味方となり我が軍の勝利は確実と言っていいだろう。勝てる戦を勝ちに行くだけだ。大船に乗った気持ちで戦いに臨んでほしい」
オウ、という野太い気合いが会議室に響く。一際大きくて目立つガバの声に、そういえば彼は魔界・エリンズ合同騎兵隊長に任命されたんだったなと思い出し、ぼくは口の端に笑みを浮かべた。
「それでは、大隊長官ハイアート殿、そして新たなる救世の英雄、長官参謀ヘザ殿より作戦を説明していただく」
グークは着席し、入れ替わりにぼくとヘザが席を立って小さく頭を下げた。作戦会議に集った者の間から小さなざわめきが微かに聞こえてくる。生まれ変わったヘザを初めて目にする者も多いし、仕方のないことだ。
不意に、ヘザが大きな咳払いをひとつした。
前々から、会議などの場で静粛さに欠ける時にやるヘザの常套手段だ。今回も条件反射的にさっと静かになったので、ぼくはこみ上げる笑いを噛み殺した。
「……では、今回の作戦を伝える。まず、馬槽砦を出陣した敵軍は、東山脈の中腹を通る峠道を出た先の平地に一旦陣を敷くはずだ。進軍を少し急ぐ必要があるが、我々は全軍でその手前に陣取り、ここを決戦の場とする」
「ハイアート、ちょっと訊いていいか。俺が思うに、平地での野戦よか王都に籠城した方が戦いやすいんじゃねえのか」
手を挙げて、ナホイが疑問を呈した。ぼくは同意を示すようにうなずきを返す。
「確かに、防壁の後ろで戦う方が有利だ。しかし、王都の市民を戦乱に巻き込むことは避けたいのだ。敵も王都まで戦はないと踏んでいるならば、ここでの急な遭遇に驚いてくれるかもしれないしな」
「んー、そういう考えなら仕方ねぇな。話の腰を折ってすまねぇ」
「いや、当然の疑問だろう。他に質問のある者はいないか」
特に動く者はなかったので、ぼくはひと呼吸置いてから、言葉を続けた。
「……では次に、陣形とその構成を伝える。軍を大きく三つに分けるが、まず第一陣にぼくとヘザ、それに──」
「お待ちください、ハイアート様。私はすでに、ゲイバム・マラン合同精霊術師隊及びゲイバム槍兵隊を率い、第二出口より大洞穴を通り第四出口内に兵を伏すよう、指令を受けております」
「え、何だって? 誰から? いつ?」
ぼくは目をパチパチさせて訊いた。ヘザは冗談を言っているそぶりもなく、すました顔のままだ。
「ハイアート様から、こちらに来る前にです」
ぼくから?
そんなことを言った憶えはない。しかも、こちらに来る前って──
いや、ある。
「異世界召喚ゴムパッチン理論」に基づいて考えれば、それを伝えるタイミングは確かにある。
そして、ぼくがその指令を出したことを憶えていないのも当然で──
何てことだ。チートとかいうレベルではない。
ぼくはもう、戦いに勝っているのだ。
もちろん、勝つためには何でもやろうとは思う。孫子も「兵は詭道なり」と言っている。しかし、こんなやり方が許されてもいいものか……。
戸惑うぼくを、隣に立つヘザがただ不思議そうに見つめていた。
敵陣は慌てたような様子もなく、きっちり均等な隊列の横陣を敷いて、魔界防衛大隊の総力と対峙していた。ここでの合戦も、敵の想定内だったのかもしれない。
勢力を比較すると、我が軍は敵の六割程度か。
「どうだった、ハイアート」
スーッとすべるように空から舞い降りてきたぼくを迎えて、ナホイが訊ねた。
「ああ、何とかなりそうだ。出陣の合図を──」
腰元に下げていたトーボレムを手に取り、マウスピースに口を寄せて力強く吹く。
プスーッと、ただ空気が通り抜けていくだけの間抜けな音が出た。
アヒャヒャヒャ、とナホイにあざけるような高笑いをされた。
「笑うなよ。鳴らすの結構難しいんだぞ」
「スマン。ハイアートにもできないことがあるんだなって、ちょっと安心したぜ。それ、俺にやらせてみてくれよ」
「いいけど、吹き方知っているのか?」
「前にヘザにコツを聞いたが、実際に触ったことはないんだよな」
「じゃあ、たぶん無理だろうな。ほら」
上手く吹けなかったら笑い返してやろうと思いつつ、ぼくはナホイにラッパのようなその楽器を手渡した。
「えっと、進軍の合図は長く一回だったな」
ぼくはうなずいて、ナホイが吹き口に唇を押し当てるのを、薄笑いを浮かべながら見つめる。
パァーン!
ヘザが吹くよりも高くなめらかな音が、低く垂れ込めた曇天に響き渡った。
「うほっ。出た出た!」
「……ナホイ、ボサっとしてないで前進だ。足並みを揃えろよ」
言葉の端々にイラつきをまとわせつつ、ぼくは動き出した隊列に合わせて歩き出す。ワンテンポ遅れて、ナホイがぼくの傍らについてきた。
陣太鼓のリズムに乗って、おもむろに軍全体が前へと進んでいく。敵の最前列も呼応するように前進を始めたらしく、二つの軍は急速に接近していった。
そして、自軍は最初は横一列にズラリと並んでいたが、ぼくの位置している最も左端の第一部隊から見て、第二、第三部隊がだんだんと遅れ始めた。
実は第二部隊には八歩目を、第三部隊には四歩目を足踏みして、わざと遅れるように指示してある。加えて第一部隊はわざと軍旗を少なく、第二・第三部隊には旗を多めに立てており、正面からは均等に軍勢が並んでいるように見せ、実際は兵力の七割を第一部隊に集めているのだ。
やがて第一部隊が敵陣に最接近し、精霊術や魔術による小競り合いが始まった。もうすぐ主力同士がぶつかり合う──
「今だ。ナホイ、合図」
ナホイがもう一度、高く長いトーボレムの音を響かせる。
直後、戦力をごまかすために控えめに戦っていた魔術師隊が、ぼくも加わって全力の魔力弾をブッ込み、敵の陣頭をこっぴどく打ち砕いた。すぐさま槍兵隊の分厚い波状攻撃が食い込んでゴリゴリと敵陣の左端を削り、蹂躙し、死体の山を築いてなお行進を続けた。
「ナホイ、長二回。第一部隊を右へ九十度転進させてくれ」
「長いのを、二回だな。お安い御用だぜ」
パーン、パーン。
トーボレムが吹き鳴らされ、最前線の槍兵隊の左端が斜め右へと動いて敵兵を押し込んでいく。ちょうどその時に第二部隊が接敵し、前と右側から迫られて包囲を恐れた敵兵が逃走を始め、敵陣営は密集が崩れ、急速に瓦解していった。
「やったぜ、ハイアート! 俺も追撃に行っていいか?」
「待て。本番は馬槽砦攻略、ここは敵の攻勢を跳ね返すだけでいい。敵が何か仕掛けていないとも限らない──」
ナホイがトーボレムを槍に持ち替えて訊ね、それに首を横に振って答えたその時。
背後の遠くの空でドーンと炸裂音が轟いて、ぼくの耳にかすかなこだまとなって届いた。振り見ると、いくつかの爆煙がゆらゆらと立ち上って見える。
第四出口からヘザの部隊が出撃したのだろう。
だとすれば、敵軍の別働隊が何週間もかけて東山脈の北端を回って来たに違いない──王都を別方面から包囲するためか、あるいはここの合戦でこちらの陣営を側面、あるいは背面から攻撃するために。
ぼくは懐から、カグロ石の通信魔器を取り出した。
「ヘザ、ヘザ、応答せよ。そちらで戦闘があったのか」
「──ハイアート様、報告します。東山脈の山麓を南進する敵軍を発見、これを背後から襲撃することに成功しました。現在、潰走する敵兵の掃討を──おいゲイバム隊、弾幕が薄い! マラン共に負けるんじゃないぞ! ……失礼しました、報告は以上です」
「あ、ああ。お取り込み中にじゃまをしたな。引き続きがんばってほしい」
ふーっと息をついて、魔器から魔力を落とそうとした、その時。
「あ、お待ちください。ハイアート様、そちらの大勢が落ち着きましたら、次の作戦に取りかかりましょう」
「次の作戦?」
聞き返すと、通信魔器の向こう側のヘザの声が心なしか高揚しているように、やや息を弾ませて答えた。
「はい。ハイアート様は本陣に戻り騎兵隊を編成後、第九出口へ向かって騎兵隊を待機させたのちに第六出口で私と合流し、敵兵の鎧かぶとと軍衣を着け、撤退する敵軍にまぎれて共に馬槽砦の内部に入り込みます」
ぼくは目を丸くして、感嘆を漏らした。
「ヘザ。君の作戦にしては、ずいぶんと大胆なやり方だ」
「何をおっしゃいますか。この作戦は、ハイアート様からご指示いただいたものですよ」
もちろん、今初めて聞いた作戦だ。
この後ぼくたちは、この作戦を遂行し、見事に成功を収めるのだろう。そして──そのあとにぼくは、すでに成功が確定したこの作戦を彼女に伝えるのだ。
……とすると、この作戦を最初に考え出した者は、一体誰なんだ?
いや、深く考えるのはやめよう。下手に悩んで、し損じることがあればつまらない。
「分かった。こちらはもう少しで敵陣を総員撤退に追い込める。本陣に戻ったらまた連絡する」
今度こそ魔器の魔力を切り、右手に槍、左手にトーボレムを持ってやきもきしている様子のナホイに進軍を止める合図を出す指示をいつでも出せるように、彼の傍らへと歩み寄っていった。
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