異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第二十一話(二)「そのために再び我々は集結した」
その夜。
ひやっとした感触に、ぼくは目を醒ました。
右側を下にして寝ているぼくのほっぺたに伝わる、石の硬さと冷たさ。
「あー……召喚されたかぁ」
眠っている間に呼ばれたのは初めてだったが、召喚自体にはすっかり慣れっこになっている。ぼくは大きなあくびをしながら、身を起こした。
目やにでかすむ目にぼんやりと三つ編みの少女、じゃなかったお姉さんが映る。
「おはよう、モエドさん」
「こっちはもうすぐお日様が天辺に来る時間っスけどね。お休みのところを召喚してしまいまして、毎度毎度大変申し訳ないっス」
「こちらの都合を知る手立てがないのだから、その辺は仕方がないよ。次はトイレの最中かな──術式の上でそそうしたらごめんね」
「それだけは絶対に避けたいっスね。想像すらしたくないっス」
モエドさんは満面にイヤそうな表情をたたえ、ぼくは笑いながら、もう一度でかいあくびをした。
「──さて、ハイアート様。実はヘザ様のご考案で、この召喚の間に新しい施設が設置されたのでぜひご利用くださいっス」
「施設?」
それは、先ほどから目の端に映って見慣れないものがあるなーと思っていた、あの石壁のコーナーを渡してカーテンのように垂れ下げられた布の間仕切りのことだろうか。
「……施設?」
ただの布をまじまじと見ながら、ぼくはもう一度聞き直す。モエドさんは苦笑した。
「急ごしらえなもので申し訳ないっス。中に替えの服を用意してあって、召喚後にすぐお召し替えをしていただけるようになっているっスよ。──しかしハイアート様、今回もまた変わったお召し物っスね」
モエドさんはじろじろと、ぼくの全身をねめ回してくる。今ぼくが着ているのは、白い半袖の肌着と紺色のボクサーブリーフだけだ。
「あの、モエドさん。これはその、要するに下着なんで……」
「あら。それはまた、重ね重ね失礼しましたっス」
彼女は両手で目を塞いだ。以前にタオル一枚巻いただけの「九割二分裸」をガッツリご鑑賞いただいているのに何を今更……とも思ってしまうが、それを口にするほどぼくはレディ(自称)に対してデリカシーを欠いていない。
「まぁともかく、ここに『更衣室』があるのは便利だね。ありがたく使わせてもらうよ」
カーテン状の布の奥に入ると、木の丸椅子だけが置いてあり、そこにきれいに畳まれた衣服が一式載せられていた。
あり合わせのもので適当に造った感じが、逆に愛おしさすら覚える。
「そうだ、実験はどうだったか聞いていいかい」
ぼくは服をまといつつ、更衣室の向こうで待機しているモエドさんに声をかけた。
「はいっス。光精霊の灯りは丸三日と、四日目の夜半まで続いたっス」
「予想以上だな。それだけ灯りが続けば、ぼくが途中でいなくなっても大洞穴から脱出できる時間が十分にあるだろう」
ほどなくしていつもの魔術師スタイルになって、ぼくは更衣室を出た。
「お待たせ」
「おつかれさまっス。さ、いつもの会議室に参りましょう。ヘザ様が選抜された大洞穴捜索隊のメンバーがすでにお待ちかねっスよ」
モエドさんと共に地下から出て、会議室への道をたどる。ヘザが一体どんな猛者を集めたのか、期待が膨らむ。
「お待たせっス。ハイアート様、ご到着っスよ」
いつもの会議室の前に着くと、モエドさんが先にドアを開けて入り、それにぼくが続いた。
会議テーブルの席には、柔らかな微笑みを浮かべたグークとヘザがいる。
そして、彼らの傍らに座る二人の人物が目に入った時、ぼくは一瞬、呆気にとられた。
「ナホイ……! ブンゴン……!」
左右二本のモヒカン刈りと顎髭が特徴的なナホイは、「猛槍」と呼ばれた有名な傭兵だった。引き締まった肉体から繰り出される高速の槍技は、ぼくが子ども扱いされるほどの腕前だ。
小柄で大きく赤い鼻が目を惹く「押込みの」ブンゴンは、かつてエリンズ大盗賊団の大幹部だった男で、隠密と罠と毒薬のエキスパートだ。
二人とも、かつての魔王討伐隊の一員であり、世界に名を轟かす「七英傑」の一人であり……ぼくのかけがえのない旧知の友である。
「……ぶっ、ぶひゃははは! おまえ、ハイアートか! 若返ったとは聞いてたけどよ、まるでガキンチョじゃねえか!」
「こいつは驚いたねぇ……若き日の旦那が、こんなに可愛らしい少年だったなんてねぇ」
開口一番、ナホイが腹を抱えてすさまじく失礼な発言をぶっ放してきた。隣のブンゴンは、口元を押さえて笑いを押し殺している。
「ナホイ、ブンゴン! 無礼であるぞ、控えよ!」
ヘザがテーブルを叩き、顔を真っ赤にして激昂した。
「まぁまぁ。ヘザ、落ち着いてくれ。君だって最初は、ぼくに火炎弾をぶつけようとしていたじゃないか」
「いえ、それは、その……」
しゅんと縮こまって、ヘザは席に座り直す。ぼくはナホイに、次いでブンゴンに近寄って握手を交わした。
「ようこそ。まさか君たちが招へいされていたとは思わなかった。でも考えてみれば、これ以上の人員は他にないな」
「おうよ。また一緒にやれて嬉しいぜ、ハイアート」
「あっしはもう隠居したかったんですがねぇ……旦那には一生かけても返せない恩がありますからねぇ。協力は惜しまねぇですよ」
「しかし……ナホイは森林族連邦の騎士になったはずだろう。なぜ来られたんだ」
ぼくが訊くと、ナホイは気まずそうに苦笑いをした。
「ああ、実は……バックれてきた」
「バックれた? どうしてだ、君は騎士になったら小さくても領地をもらって、城を構えて所帯を持ちたいと夢を語っていたじゃないか」
「……性に合わなかったんだよ。俺は戦うことしかできないが、だからこそ戦場や戦う相手ぐらいは自分の好きにしたいと、騎士になってみて初めて気づいたんだ。そこへちょうどヘザに呼ばれたんで、渡りに船でしがない傭兵に逆戻りよ。もったいないことをしたとは思うが、後悔はしていないぜ」
「そうか。確かに、その方が君に似つかわしいな。──ブンゴンは今まで何をしていたんだ? 急にいなくなったから心配したよ」
ブンゴンに向き直ると、彼は鼻の頭を指でこすりながら、困ったように微笑んだ。
「あっしは日陰者だからねぇ。ミムン・ガロデの東の端っこの小さな港町で、漁師の真似ごとをしながらひっそり過ごそうと思ってたんでさぁ」
「そんな所にいたのか。まったく知らなかった」
「でもねぇ、『七英傑』って大層な名前はどこへでもついて来やがりましてねぇ。そんな辺ぴな町に世界の英雄がいるなんて噂が立ってたとかで、ヘザにはあっしの居場所が筒抜けだったみてぇでしたぜ?」
ヘザを一瞥すると、彼女はとぼけるように視線を脇に逸らした。知っていたのなら、教えてくれてたっていいだろうに……。
「──さて、雑談はそれぐらいにしようか。今は一刻でも惜しい状況だ」
「あっ、済まんグーク。早速始めてくれ」
グークにたしなめられて、ぼくはあわてて席についた。グークは手にしていた大きな紙面を、テーブルの上に広げる。
「これは、現在の魔界の地図に、古地図から得た大洞穴の位置を想定して書き加えたものだ。分かりやすいように、出口と思われる地点には番号を付しておいた」
地図をざっくりと見回す。
それだけで、この大洞穴の戦略的意義のすごさに、ぼくは息を吞んだ。
「これは……これが本当に使えたなら、とんでもないぞ。九番の出口は馬槽砦の第二区画の城門の目の前だし、十四番の出口に向かう洞窟の道筋は鹿屍砦の真下を通っているじゃないか……!」
「そうですね。しかも全てが地面の下で、山も谷もまっすぐ突き抜けて目標地点に到達できますし、その動きを敵の斥候に気取られることもありません」
口々に言い合い、ぼくとヘザは目を合わせてうなずいた。大洞穴の戦略的価値は絶大だ。
「まぁ、喜ぶのはまだ早いねぇ。何せ数百年前の洞窟だ、寸断されていたり地形が変化していたり、毒のある空気が発生しているおそれもあるねぇ。そもそも古い地図そのものが簡単には信用できないねぇ」
ブンゴンがいぶかしげに口をへの字に曲げてつぶやき、グークはそれにうなずきを返した。
「そのとおりだ、ブンゴン殿。そのために再び我々は集結した。魔物等のあらゆる危険を排し、正確な地図を作成するため、我々で大洞穴を探索するのだ」
「分かったぜ、王子様。出発はいつだ? 俺はたった今からでもいけるぜ」
「まぁそう急くな、ナホイ殿。ハイアート殿がこちらに着いたばかりで、まだ何の支度もできておらぬのだ。明日の日の出に出発することにしよう──皆、異論はないな」
全員が首を縦に振って答えた。
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