異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです

観音寺蔵之介

第十五話(二)「とんでもない唐変木だな!」


 ヘザの……思い……」
  ぼくは耳たぶに手をやり、ヘザの言動をいくつか振り返った。しかしいくら考えても、ヘザが自分のことでぼくに何かを求めたり、ねだったりしたことなど、初めて逢った頃に ヘザと呼び捨ててほしい」と言われたこと以外には何も思い出せない。
 すまんグーク。ぼくには、心当たりがない。ヘザはぼくに不満も何も言ってはくれないし、何を望んでいるのかも……」
  その返答に、グークはぽかんとした表情を見せた。
 え、何だって。君は……何も分かっていないというのか?  本気なのか?」
 ……面目ないが、心を察するとか、空気を読むとか、そういうのには疎いんだ。ぼくに至らぬことがあったなら、教えてほしい」
 ハイアート殿……君は、とんでもない唐変木だな!  そんなことでは、ヘザ殿があまりに哀れだ……!」
  唐変木。気が利かない者、物分かりの悪い者を、ののしって言う言葉。
  ああ、ここでもぼくは、コミュ下手の才能をいかんなく発揮してしまったらしい。まさかグークまで怒らせてしまうとは……。
 ほ、本当に申し訳ない。ヘザのことでこちらから気づいてやるべき点があるなら、ぼくはちゃんと応えたいと思う。だから、そう怒らないでくれ」
 怒ってなどいない、心底呆れているのだ。俺からこんなことを言うのは本意ではないが、ヘザ殿はずっと前から、君を──」
 殿下──────っっ!」
  不意に、小さな影がグークの背後から飛び込んできて、彼の口をふさいだ。
 も、モエドさんっ?  寝たんじゃなかったのか?」
 こんな状況で寝てられないっスよ!  殿下、それ以上いけないっス!」
 んむー、ふむー!」
  グークは興奮して身をよじるが、モエドさんの両腕が顔をがっちりホールドしている。よく分からないが、何かえらいことになってしまった。
 殿下、殿下!  お気持ちはよく分かるっスが、お二人のことはそっとしておくっス!  ヘザ様も、ハイアート様に答えを無理強いするのは望んでいないっス!」
 んむむむ……だああぁぁ────っ!」
  グークは、モエドさんの縛めに両腕をねじ込んで、強引に跳ねのけた。悲鳴と共に、モエドさんが地面に転がされる。
 それは分かっている!  分かっているのだモエド魔術官!  しかし、この男は、この男が……ものすごくイライラするのだああぁぁぁッッ!」
  グークの大絶叫が、魔界の山々にこだまする。
  というか、ぼくは、そこまで言うほどダメ人間なのか?
 殿下……激しく狂おしく同感っス、殿下ッ!」
 おお、分かってくれるかモエド魔術官!  君と俺は今日からマブダチだ!」
 はいっス!  殿下とあたしは今日からズッ友っス!」
  がっちりと、腕を組み交わす。
  二人の妙なノリとテンションについていけず、ぼくはただ呆然としながら、言った。
 あのー。ぼく、もう寝ていいかな?」
  
  魔物討伐は五日目に入った。
  高山のふもとを回り、森林に分け入り、城の北側から東へと巡るうちに、討伐した魔物は合計二十二匹に及んだ。
  そして今も、二つの反応を追って荒野を駆け巡っている。
 モエド魔術官。魔物の姿を見たか」
 いえ、発見できないっス」
  二人は周囲をキョロキョロと警戒するが、一向に影を見せない魔物にあせりを覚えている様子だ。
 近くにいるのは間違いないんだが──おそらく、反応はあっちの方から……」
  ぼくが人差し指で方向を示した──途端、乾いた岩場しかないと思われた場所から、出し抜けに二つの黒い獣の影がぼくたちに襲いかかった。
  あっとぼくが驚嘆を上げた刹那に、グークはすでに前に踏み出して一匹の顔面に盾を叩きつけていた。
  もう一匹も、同じタイミングでモエドさんが防壁術式を繰り出して、弾き返している。……くそ、また彼女が術式を描く瞬間を見逃した。
 グーク、モエドさん、すまない」
 ハイアート殿、一瞬の判断の遅れが命取りとなるぞ。油断めさるな」
  魔物は、まるで猫のようだった。その体躯がヒグマぐらいあること以外は。
  グークは猫魔物の両前足から繰り出される連続猫パンチを、盾と槌矛で冷静に打ち返していた。しかし敵の巨大さ故に、なかなか有効打を与えることができない。
  ぼくはグークを巻き込まないように、細く威力を集中させた魔力の光線を放ち、魔物の後ろ足を貫いた。
  命中した箇所が魔素と化して消滅し、猫魔物が横倒しになった隙に、グークが頭上から振り下ろした槌矛でその頭部を強打した。
  無骨な金属の塊が猫の左目近くにめりめりと食い込み、直後にパッと黒い霧となって散っていく。
 ──そっち、終わったっスか?  こっちもよろしくっス」
  声がした方に目をやると、モエドさんの足元で猫魔物がお腹を見せてぐったりとしている。
 モエドさん、少し離れて」
  彼女が退くのを待って、ぼくは火炎弾を投じた。
  紅の光が全身を包み、一瞬でその姿が消え失せる。
 ……よし、討伐完了。皆、ケガはないか」
 ないっス」
  モエドさんは親指を水平に、小指を垂直に立てるハンドサインをグークに示した。これはぼくの世界でいう、親指と人差し指で丸を作る オーケーサイン」と同様の意味だ。
 ぼくも問題ない。しかし……今の魔物は、一体どこから来たんだろう?  何もない所から突然出てきたように見えた」
 気になるっスね。殿下、調べてみましょう」
  ぼくたちは、いきなり魔物たちが姿を現した辺りを丹念に捜索する。それを見つけたのは、グークだった。
 おーい、あったぞ。皆、こっちに来てくれたまえ」
  ぼくとモエドさんがグークの立つ場所に集まると、彼は足元を指差した。
  そこには、岩と岩の間に、斜め下に潜っていく横長の口を開けたほら穴があった。地面の起伏の波間に隠れて、非常に見つかりにくくなっていたのだ。
  入り口は狭いが、先は黒々としていて奥底が知れず、かなり地下深くまで伸びていそうな雰囲気を感じる。
 不自然なほどに暗い穴だ。よほど魔素の濃度が高いのか……魔物の巣窟になっているおそれが非常に高い」
 いくら魔物を狩っても、こういう隠れ家をきっちりつぶしていかないと意味がない。とはいえ、ここに踏み入るには準備が足りないな」
 そうだな。そろそろ一旦城に戻る頃合いでもあるし──どうした、モエド魔術官?」
  モエドさんは身をかがめて洞窟の先をじっと見つめ、眉根を寄せてずっと思案を巡らせているようだった。グークが声をかけると、彼女は顔を上げて、その考えを口にした。
 殿下。『大洞穴』の逸話をご存じっスか」
 『大洞穴』?」
  反射的に、グークは訊き返した。
 ええ。あたしも、大昔の文献で曖昧に記されたものしか知らないっスが……この魔界の地下には、魔界全域に広がる洞窟があると、いくつかの村に口伝として残されていたらしいっス」
 ……少し、詳しく教えてもらえないかな」
  ぼくは恐々として訊ねた。そんなものが本当にあるのなら、ちょっとやそっとの探索では魔物を除し切れない。
 いいっスよ。この魔界には、今よりももっと多くの集落が各地に存在していたっス。そして、それらの集落の目的は、各地にあるその『大洞穴』の出口を見張るためだったらしいんス。魔界のあちこちから出入りができたそれは、地下で網目のように巡っていて、すべてがひとつにつながっているという話なんスが、それが確認された形跡はないんス」
 なぜ、『大洞穴』は探索されなかったんだろうか。昔も魔物による災難は多かっただろうし、そんな魔物が生まれやすい場所があれば、ただ見張るだけでなく討伐に向かうべきでは──」
  ぼくの質問に、モエドさんは過去の記憶を掘り起こしながら、ゆっくりと答えた。
 それは……『大洞穴』に踏み入ることが容易ではなかったから、と思われるっス。その洞窟の中では、たいまつの灯りが闇を照らすことができなかった、という話も口伝の中にあったみたいっスから」
 たいまつの効かない闇……モエド魔術官、その原因は何だと思う」
 十中八九、魔素の濃度が高すぎるためっスね」
  モエドさんは即答したが、ぼくは首を傾げた。
  光が通らないほどの魔素の濃さなんて、想像できない。
  加えて、そんな濃密な魔素の中から生まれる、魔物の強大さ──それを思えば、捜索なんて考えたくもない話だろう。
  ただ……この洞窟の逸話から、ぼくの中に画期的なアイデアが生まれていた。
 ……モエドさん。さっき、『大洞穴』はすべての出口が地下でひとつにつながっている、と言っていたよね」
 はいっス。虚偽は明らかではないっスが、そういう話もあったと……」
 もしそれが本当なら……それを交通路として利用できたならば、密かに兵士や物資の移動が行えるのではないだろうか?」
 ……!」
  グークは、初めてぼくと出逢った時のような顔を見せた──あの、まるでバカを見るような、驚愕に満ちた顔だ。
 前々からちょっと思ってたっスけど、ハイアート様って、時々ものすごく頭のネジが外れたようなバカげたことをおっしゃるっスよね」
  たぶんグークが思っていても言わなかったことを、モエドさんがさらりと言った。
 ……だ、だが、それは検討に値する提案だ。場合によってはこの劣勢を跳ね返せる手段となるやも知れぬ」
 殿下。このことが戦に役立つかどうか不明っスが、あたしも純粋に『大洞穴』には関心があるっス。調査を許可してもらえないっスか」
 分かった、モエド魔術官に『大洞穴』に関する調査を許可する。そのためまずは魔王城に戻り、この件について今後の方針を話し合うことにしよう。ヘザ殿らも交えてな」
  ぼくはモエドさんと共にうなずきを返した。

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