異世界召喚ゴムパッチン理論 〜自由意志ゼロの二世界往復、異世界で最強でも現世界ではいつも死にそうです
第六話(三)「なんちゃって」
いや、それは実に斬新だ。
「うーん。ぼくの世界では魂の存在を確認できているわけではないのだけど……何となく、逆に肉体の方に魂がくっついてるものと考えられてるように思う」
「えーっ。斬新な発想っスね」
「モエド魔術官。ハイアート様の世界では精霊や魔素の認識すらなく、こちらでは分かりきった常識でもハイアート様が理解できていないことは多い。まずは『魂』について、根底から分かりやすく教えて差し上げるのだ」
ヘザが助け舟を出す。いつもフォローしてくれて、本当にありがとう。
「了解っス。ではまず、魂というのは、生物の主幹部分と言うか、生命という観念のほぼすべてっス。肉体とかは、要は魂の附属品でしかないっス。
肉体は魂の状態を物質的に反映しているものなので、魂が動くことで肉体がそのとおりについていくっス。だから召喚魔術で魂を引っ張ったなら、肉体が勝手についてくるってわけっス。生物が生きてるうちは、肉体は魂から離れていくことはないっスよ」
ふむ。肉体が生物のメインで、魂は肉体に宿した生物の意思やエネルギーみたいなものかと何となく思っていたが……ぼくの持つ概念のすべてが逆、というわけか。
「そして生物は、魂と、生まれた世界とが『縁』で結ばれてることで、その世界の中で生きてるっス。そして、死ぬということは、すなわちその世界との『縁』が切れるということっス。そうなると魂は、肉体など他のすべてをその世界に置き去りにして、どこかへいなくなってしまうっス。
死んだ魂がどうなるかは、未だに分かってないっス。まれに別の人生の記憶を持っている者がいるとも聞くので、死んだ魂はいつしか再び世界と『縁』を結び直して、別人として生まれるのだと考える人もいるっス」
つまり、転生ということだろうな。もしかしたら前世と異なる世界と「縁」を結ぶ、異世界転生なんてのもあったりして。どこぞの小説投稿サイトの見過ぎかな。
「さて、ちょうど『縁』の話が出たんで、ここでハイアート様が突然元の世界に戻ってしまった理由の話をするっスよ。これは──」
「あっ。そうか、分かったぞ……ぼくの『縁』が、ぼくの元いた世界に結ばれているからなんだろう?」
モエドさんは少し驚いたように、大きくくりっとした目をぱっと見開いた。
「さすがハイアート様、呑み込みが早いっスね。ご明察っス。先ほど申したとおり召喚とは魂をこちらの世界に引っ張ってくることっスが、『縁』はあちらの世界に結ばれているので、実はハイアート様の魂は、二つの世界の間をぐーんと伸びてつながったままの状態なんスよ」
諸君、「魂」は長いようで短い。短いようで長い。
そう、一本のゴムのように。
待て待て、大昔のギャグでボケてる場合じゃないぞ。
「モエドさん、魂がそんな状態になっているのに、ぼくの身体は何かしらおかしくなったりしないんだろうか?」
「召喚された例がハイアート様だけっスから確証はないっスけど、前に召喚された時には四十年近くもの間何ともなかったんスよね? だったら大丈夫っスよ」
まぁ、確かに。
魂のことを気にして生きてきたことなど、かつて一度もなかったわけだし。
「では、話を戻すっスよ。さらに世界の『縁』は、魂がその世界に存在していないといういびつな状態を正そうとして、常に魂を引き戻そうとしてるっス。そのため、召喚された魂をこちらの世界に留めておく魔術も同時に施されてるっス。しかし長い時間が経過すると、魔術が効果を失い始めて、戻そうとする方の力が優った瞬間に……」
パッチン。
「強制送還、という羽目になるんだな。なるほど、ハイアート殿が突然戻った理屈については分かった。では、なぜハイアート殿が若返ったのか、その理論については?」
グークが頭を小刻みに上下に振ってうなずき、それから順当に訊ねる。モエドさんは不敵に微笑んだ。
「その辺も大体答えが出てるっスよ。推測の域を出ない前提ではあるんスが……魂は世界の『縁』が結びついた所に戻るわけっスが、その『縁』が場所というだけでなく、時としても結びついていると考えると納得がいくんではないかと思うっス。召喚時の場所だけでなく、その時間にも魂が戻っていく。その時間の戻った魂に、肉体も合わせて変化したのでは、と考えられるっスよ。あくまで肉体は、魂の状態を物質的に反映しているだけのものっスからね」
「うーん、分かるような、分からないような……魂が時間を遡ったのに、ぼくの記憶や経験はどうしてその時点まで戻らずに、そのまま残っているんだろう?」
ぼくは自分の耳たぶを触りながら、頭をフル回転させて情報の整理に努めていたが、疑問ばかりが増えていく。モエドさんは問いに対して、かぶりを振った。
「さあ、そこまでは分からないっス。魂の概念については謎も多いっスし、教会が探究を禁止してる国や地域もあるんで、手を出しにくい分野なんスよ」
どうやら、召喚魔術に関する議論もここまでのようだ。
簡単にまとめると、生物の主体である魂が、ゴム紐のようにビヨ~ンと伸びて異世界に召喚され、ゴム紐を持つ手の力が緩むと、元の世界にパッチンと戻ってしまう、ということか。
改めて考えると、とんでもない理屈だな。
もし将来、本当に魔術の学会ができたなら、この何かの悪い冗談みたいな理論を論文にして発表してみたいぐらいだ。
論文のタイトルは「異世界召喚ゴムパッチン理論」ってか。なんちゃって。
「さて各々方、もう問題点はないだろうか。では議論はここで終わりにして、ハイアート殿には出発の準備をしていただこう」
グークが、キッと面持ちを固くして言った。
「どこに行くんだ?」
「馬槽砦だ。……我々は、マーカムを含めたこのたびの戦死者の葬儀を行うため、貴殿が戻るのを待っていたのだ」
魔界を侵攻から防衛する「第二次魔界大戦」が始まって以来自室としている、魔王城の客間の一室から出ると、ぼくの足は自然と例の会議室に向いていた。
外見はいつもの黒い外衣に魔術師隊の軍衣だが、その下には高校の制服を着ていた。いつの日か予期できない時に、元の世界、元の時間に戻るのであれば、こちらに制服を無くしてしまったら、親に大目玉を食らってしまうからだ。今度は、それが何十年後になるのか分からないけど。
「ハイアート殿」
名前を呼ばれ、ぼくは背後の通路の先から姿を現したグークの方を向いた。
久しく見なかった銀色の鎧の上に魔族王国軍の軍衣をまとい、重厚で艶のある黒色をした毛織物のマントをなびかせている。それは王国軍の最高司令官かつ、魔族王国の王たる姿だった。
グークは戴冠もなく、このような装いをすることに反対していた。それを曲げて、ぼくが無理やり着せたのだ。
今回のような儀礼に王としての姿を見せることは、魔界防衛大隊の中に少なくない、今は名目上傭兵として軍属にある元王国軍の魔族たちに、いつかこれを現実のものとするという希望を持たせ、士気を保つ狙いがあってのことだ。
「支度は整ったか。近衛兵百余名を伴って馬槽砦に向かうとなれば、四日程度かかる故、急ぎ出立したいのだが」
「グーク、近衛軍には待機してもらっていいよ。ぼくらだけで砦に行こう。それに、上手くいけば到着まで日の半分もかからない」
「何を言って……いや、ハイアート殿のことだ。何かまた、面白いことをしようというのだろう?」
グークがやれやれと言いたげに苦笑をかすかに浮かべ、ぼくはいたずらっ子のような得意げな笑いを返した。
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