死にたがりな美少女(ボク)と残念貴族
XVI.お泊り会は定番のイベント
お互いの挨拶も済んだのち、紫苑が、
「さて、そろそろ行きましょうか」
「あら、もう行っちゃうの~?」
「ええ。だって今日中に学院内を案内しないといけないもの。そんなにゆっくりはしていられないわ」
「あら~残念」
「まあ、ほら。また会えるわよ。同じ学校に通うわけだし」
「そうね~……」
唐突に、
「ねえ、三菱さん?」
「は、はい」
「学校が始まったら、私の部屋に泊まりに来てくれないかしら?」
「は、はい?」
思わず同じ言葉を繰り返してしまう。紫苑が不満げに「あなただけの部屋じゃないでしょう……」と呟いているが、今はそれどころではない。
「え、えっと……ど、どうしてでしょう?」
はるかは寂しそうに、
「……駄目かしら?」
「い、いや……駄目ではないですけど……」
駄目、というよりも問題なのはむしろ、
「でも、どうして突然?」
はるかはきっぱりと、
「だって、あなたとお友達になりたいと思ったから~」
「お友達……ですか?」
「ええ」
断言。その顔にははっきりと本気だと書いてある。さて、どう返したものか。
勿論、はるかが友達になりたいと思ってくれているのは嬉しいし、部屋に呼んでくれるなら、基本的に断る理由はないはずである。そう、基本的には。
しかし、蓮は男である。学園生活程度ならばともかく、寮の部屋に泊まるのは流石に無理があるのではないか。泊まるという事になれば当然風呂にも入るし、寝る時だって隣で寝ることになるかもしれない。そうなってくれば格段に性別がばれる危険性が増す。危ない橋は渡らないに越したことはない。
とは言っても、いきなり断るのも悪い。そう思い、
「えっと、紫苑さん」
「なにかしら?」
「泊まりって有りなんですか?」
「大丈夫じゃないかしら」
「そ、そうなんですか」
即答だった。
「ええ。外泊届を出さないで寮の外に泊まるのは流石に無理だけど、寮内では特に規定はなかったと思うわ」
「な、なるほど」
はるかが蓮の方を伺いつつ、
「そ、それじゃあ」
「えーっと……」
さあ、困った。寮内での行き来に制約が有れば、それを盾に断る事が出来た。しかし、その盾は紫苑にあっさり取り上げられた。丸裸となった蓮に考え付けるのは、
「そ、そのうち。機会が有れば」
こんな逃げの一手。機会が有れば。便利な言葉である。相手からすれば機会がいつ来るのかは当人にしか分からないし、追求のしようがない。かといって、拒絶している訳でも無い。そんな、曖昧すぎる返事。しかしはるかはぱあっと表情を明るくして、
「やった。是非、いつか泊まりに来て頂戴ね~」
「は、はい」
はるかは、蓮の返事で満足したのか、
「それじゃ、私はこれ買ってくるから、またね~」
手に持っていたと思われるブラをひらひらとさせながら、店の奥へと消えていった。
◇ ◇ ◇
そこから先の“案内”は実にスムーズに、そしてハイピッチで進んだ。立て続けに人と遭遇したという事に加えて、学院の敷地は広い。だから、早歩きにもなるし、説明も簡単なものになる。客観的に見ればごく自然な事だろう。
しかし蓮の目にはそうは映らなかった。本人は冷静を装っているし、事実ぱっとみは焦っている様にはちっとも見えない。
その歩幅は校門付近で有った時より明らかに広くなっているし、説明だって簡易的になっている。詳しく説明する必要がないからだと言われればそれまでかも知れないが、購買部を見て回って以降、建物の内部まで見て回っていない。紫苑は明らかに手早く済ませようとしていた。
勿論、最低限の案内はしているし、蓮もそれで問題はない。無いのだが、流石にこれだけの変化が有れば気にもなる。という事で、
「あの、何か急いでますか?」
と投げかけてはみたものの、
「ん?別にそんな事ないわよ?」
こんな具合。そんな事ないとも思えないのだが、本人にここまで断言されてしまうと食い下がる訳にもいかないので、以降は探りを入れずに紫苑の後を付いて行った。
そして、
「さて、」
紫苑が立ち止まり、ひょいと振り向く。
「色々連れまわしてごめんなさいね。でも、ここが最後よ」
「ここって……」
蓮はふっと紫苑の後ろにある建造物に視線を移す。他の施設同様西洋風の造りをしたそれは、他と違い縦に長かった。蓮が見上げた先には、
「……時計塔?」
「正解」
大きなアナログの時計がそこには有った。そして、その上にあるのは……鐘?
紫苑が腰に手を当てて胸を張り、
「どう?凄いでしょ?」
「はい。でもここって中入れるんですか?」
「ええ、入れるわよ」
「え、でもそこに立ち入り禁止って」
「入れるわよ」
「…………」
「…………」
「あの」
「入れるわよ」
押し切る気満々である。蓮は真っ向からの指摘を諦め、
「でも、立ち入り禁止って事は鍵とかかかってるんじゃ「鍵ならあるわよ」ないんですか……って何で!?」
紫苑は「何でそんなに驚くんだろう」という顔をして、
「だって私、学院長の娘よ。鍵位持ってるわよ」
「で、でも、そういう鍵って厳重に保管してあるんじゃないですか?」
「普通に置いてあったわよ。部屋に」
「えぇー……」
唖然。幾らなんでも雑すぎるだろう。立ち入り禁止にするという事はそれなりの理由があるはずで、それは紫苑だって例外ではないはずである。その、大事な鍵の扱いが余りにも適当である。
「まあ、これは複製したやつなんだけどね……っと」
紫苑はそういうと、慣れた手つきで時計塔の鍵を開ける。
「……ここ、何度も来てるんですか?」
「ん?そうよ。だってお気に入りの場所ですもの」
お気に入りという事は、ここへ来たのは一度や二度では無いという事だ。当然そのたびに本来持っているはずのない鍵を使い、空くはずのない扉を開けて忍び入っているという訳になる。なるほど、雅が破天荒と称するのもなんとなく分かる気がする。お嬢様学校の学院長を務めている位だから、尚更気になるのだろう。
「よっ……と、空いたわ」
紫苑は扉をガチャリと開け、
「さ、行きましょ」
中へといざなった。
「さて、そろそろ行きましょうか」
「あら、もう行っちゃうの~?」
「ええ。だって今日中に学院内を案内しないといけないもの。そんなにゆっくりはしていられないわ」
「あら~残念」
「まあ、ほら。また会えるわよ。同じ学校に通うわけだし」
「そうね~……」
唐突に、
「ねえ、三菱さん?」
「は、はい」
「学校が始まったら、私の部屋に泊まりに来てくれないかしら?」
「は、はい?」
思わず同じ言葉を繰り返してしまう。紫苑が不満げに「あなただけの部屋じゃないでしょう……」と呟いているが、今はそれどころではない。
「え、えっと……ど、どうしてでしょう?」
はるかは寂しそうに、
「……駄目かしら?」
「い、いや……駄目ではないですけど……」
駄目、というよりも問題なのはむしろ、
「でも、どうして突然?」
はるかはきっぱりと、
「だって、あなたとお友達になりたいと思ったから~」
「お友達……ですか?」
「ええ」
断言。その顔にははっきりと本気だと書いてある。さて、どう返したものか。
勿論、はるかが友達になりたいと思ってくれているのは嬉しいし、部屋に呼んでくれるなら、基本的に断る理由はないはずである。そう、基本的には。
しかし、蓮は男である。学園生活程度ならばともかく、寮の部屋に泊まるのは流石に無理があるのではないか。泊まるという事になれば当然風呂にも入るし、寝る時だって隣で寝ることになるかもしれない。そうなってくれば格段に性別がばれる危険性が増す。危ない橋は渡らないに越したことはない。
とは言っても、いきなり断るのも悪い。そう思い、
「えっと、紫苑さん」
「なにかしら?」
「泊まりって有りなんですか?」
「大丈夫じゃないかしら」
「そ、そうなんですか」
即答だった。
「ええ。外泊届を出さないで寮の外に泊まるのは流石に無理だけど、寮内では特に規定はなかったと思うわ」
「な、なるほど」
はるかが蓮の方を伺いつつ、
「そ、それじゃあ」
「えーっと……」
さあ、困った。寮内での行き来に制約が有れば、それを盾に断る事が出来た。しかし、その盾は紫苑にあっさり取り上げられた。丸裸となった蓮に考え付けるのは、
「そ、そのうち。機会が有れば」
こんな逃げの一手。機会が有れば。便利な言葉である。相手からすれば機会がいつ来るのかは当人にしか分からないし、追求のしようがない。かといって、拒絶している訳でも無い。そんな、曖昧すぎる返事。しかしはるかはぱあっと表情を明るくして、
「やった。是非、いつか泊まりに来て頂戴ね~」
「は、はい」
はるかは、蓮の返事で満足したのか、
「それじゃ、私はこれ買ってくるから、またね~」
手に持っていたと思われるブラをひらひらとさせながら、店の奥へと消えていった。
◇ ◇ ◇
そこから先の“案内”は実にスムーズに、そしてハイピッチで進んだ。立て続けに人と遭遇したという事に加えて、学院の敷地は広い。だから、早歩きにもなるし、説明も簡単なものになる。客観的に見ればごく自然な事だろう。
しかし蓮の目にはそうは映らなかった。本人は冷静を装っているし、事実ぱっとみは焦っている様にはちっとも見えない。
その歩幅は校門付近で有った時より明らかに広くなっているし、説明だって簡易的になっている。詳しく説明する必要がないからだと言われればそれまでかも知れないが、購買部を見て回って以降、建物の内部まで見て回っていない。紫苑は明らかに手早く済ませようとしていた。
勿論、最低限の案内はしているし、蓮もそれで問題はない。無いのだが、流石にこれだけの変化が有れば気にもなる。という事で、
「あの、何か急いでますか?」
と投げかけてはみたものの、
「ん?別にそんな事ないわよ?」
こんな具合。そんな事ないとも思えないのだが、本人にここまで断言されてしまうと食い下がる訳にもいかないので、以降は探りを入れずに紫苑の後を付いて行った。
そして、
「さて、」
紫苑が立ち止まり、ひょいと振り向く。
「色々連れまわしてごめんなさいね。でも、ここが最後よ」
「ここって……」
蓮はふっと紫苑の後ろにある建造物に視線を移す。他の施設同様西洋風の造りをしたそれは、他と違い縦に長かった。蓮が見上げた先には、
「……時計塔?」
「正解」
大きなアナログの時計がそこには有った。そして、その上にあるのは……鐘?
紫苑が腰に手を当てて胸を張り、
「どう?凄いでしょ?」
「はい。でもここって中入れるんですか?」
「ええ、入れるわよ」
「え、でもそこに立ち入り禁止って」
「入れるわよ」
「…………」
「…………」
「あの」
「入れるわよ」
押し切る気満々である。蓮は真っ向からの指摘を諦め、
「でも、立ち入り禁止って事は鍵とかかかってるんじゃ「鍵ならあるわよ」ないんですか……って何で!?」
紫苑は「何でそんなに驚くんだろう」という顔をして、
「だって私、学院長の娘よ。鍵位持ってるわよ」
「で、でも、そういう鍵って厳重に保管してあるんじゃないですか?」
「普通に置いてあったわよ。部屋に」
「えぇー……」
唖然。幾らなんでも雑すぎるだろう。立ち入り禁止にするという事はそれなりの理由があるはずで、それは紫苑だって例外ではないはずである。その、大事な鍵の扱いが余りにも適当である。
「まあ、これは複製したやつなんだけどね……っと」
紫苑はそういうと、慣れた手つきで時計塔の鍵を開ける。
「……ここ、何度も来てるんですか?」
「ん?そうよ。だってお気に入りの場所ですもの」
お気に入りという事は、ここへ来たのは一度や二度では無いという事だ。当然そのたびに本来持っているはずのない鍵を使い、空くはずのない扉を開けて忍び入っているという訳になる。なるほど、雅が破天荒と称するのもなんとなく分かる気がする。お嬢様学校の学院長を務めている位だから、尚更気になるのだろう。
「よっ……と、空いたわ」
紫苑は扉をガチャリと開け、
「さ、行きましょ」
中へといざなった。
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