死にたがりな美少女(ボク)と残念貴族
XI.埋まり切らない距離感
「えっと……」
聞きたい事は色々ある。しかし、まず片づけなければならないのは、
「何で上、着てないの?」
昴は自分の体をしげしげと観察して、
「……動きやすいから?」
いやいやいや。
「や、確かに動きやすいかもしれないけど、だからと言って下着だけって、普通しないよ」
隣に居た紫苑がうんうんと頷いて、
「そうよ、昴。動きやすく、というのなら下着も要らないわ」
斜め上の回答が飛び出した。蓮は思わず紫苑の方を向き、
「……紫苑さん。今何て?」
紫苑は首を傾げ、
「下着も要らない?」
「何で!?」
紫苑は口をとがらせ、
「あら、だってそうでしょ?動きやすくという事で有れば全裸が一番じゃない?」
じゃない?ではない。これは、どういう事だ。紫苑は一緒になって昴に服を着るように説得してくれるんじゃなかったのか。少なくとも、今までの口ぶりからはその気配は感じられない。むしろ、彼女の方を先に何とかしなければならない可能性すらある。
蓮は昴に向き直り、
「と、取り敢えず。昴はちゃんと服を着て」
昴は不満げに、
「何で?」
「何でって……そりゃだってお」
とこが、
「お?」
「あ、いや……」
そうだった。ここは女子校の寮なのだ。当然、生活しているのは女性だけ。それならば、異性に下着姿を見られるという可能性もないし、隠す必要性もない。蓮は思わず「男が見るのは駄目だから」という理由を説得に使おうとしたが、それは使えない。だって、今の蓮は“女の子”なのだから。
少し考え、
「ほ、ほら、風邪ひくかもしれないから」
取り敢えずの理由を述べる。それを聞いた紫苑が、
「あ、そうよ。昴、そんなに体強くないんだから、あんまり無防備にしてちゃ駄目よ」
同調してくれる。昴は渋々ながら、
「……分かった」
部屋の奥へと消えていく。
暫くして紫苑が、
「えっと……三菱さん?」
「は、はい。何でしょう?」
「昴と知り合いだったの?」
「あ」
そうだった。全く何にも考えず、普段通りに接してしまったが、紫苑は昴と蓮が暫く同じ部屋で暮らしていたという事実を知らない。
「えっと、はい」
紫苑は目をぱちぱちさせ、
「驚いた」
「は、はい?」
「あ、ごめんなさい。えっと、あの子が余り話さないって事は言ったわよね?」
「はい。それはさっき聞きました」
「そう。だからね。私、昴に知り合いが居る……っていうのがちょっと意外で」
「意外、ですか?」
紫苑は頷き、
「ええ。あの子が発する言葉なんて、事務的な会話を除いたらないんじゃないかって位だから」
思い出す。蓮と一緒に暮らしていた時の昴は確かに口数が多い方では無かった。しかし、それなりに会話はしたし、一緒に生活をしているという感覚もあった。あれは単純に、近くに居たから得られたものだという事なのだろうか。
「まあ、良い事だとは思うんだけどね……」
沈黙。やがて紫苑が仕切り直しといった具合に、
「さて。三菱さん」
「はい」
「部屋も分かったし、昴とはもう顔見知りだって事だから……取り敢えず、荷物とか置いてきちゃって」
「荷物、ですか?」
「そう。この学院の敷地って結構広いから、邪魔になっちゃうかと思って」
蓮はそう言われて自分の持っていたバッグを見る。確かに、パッと見は非常に重そうに見える。実際は大したものが入っている訳でも無いのだが。
とは言え、
「そう、ですね」
敷地内を見て回るのには必要ない。蓮は紫苑の勧めに従い、荷物を置きに部屋へと入っていった。
◇ ◇ ◇
「あ」
「あ」
蓮が部屋に入ると、丁度制服を着てきた昴と鉢合わせになる。蓮は室内の適当な所にバッグを置き、
「なあ、昴」
「何?」
「何で下着だけだったんだ?本当に動きやすいから?」
「そう」
淡々と答える昴。どうやら本当に「動きやすいから」という理由だけで下着姿だったらしい。蓮は一つ息を吐き、
「全く……さっきは思い付きで言ったけど、風邪引くよ?体、強くないんでしょ?」
「体?」
「そう。さっき紫苑さんが言ってたでしょ?」
それを聞いた昴は首を少し傾けて止まり、
「紫苑が……」
元に戻って、
「多分、勘違い」
「勘違い……って、どういう事?」
間。
「確かに私は、時折、体調不良を理由に授業を休むことがある。恐らく紫苑が言っているのもそれ」
「って事はやっぱり、体が」
「違う」
「違う……って何が?」
「理由。休んだ理由が違う」
「えっとつまり……昴は時々体調不良を理由に授業を休むけど、実際は違うってこと?」
「そう」
肯定。それはつまり、
「……ずる休み?」
「違う」
今度は否定。
「じゃあ何で」
「ここまで」
突然。昴から終わりを告げられる。
「蓮に教えられるのは、ここまで」
「ここまでって……何で」
「何でも」
「何でもって…………ねえ、昴」
「何?」
「それは……僕が知ったらいけない内容……って事?」
「そう」
即答。蓮はさらに食い下がり、
「……それには、雅さんが関わってるの?」
投げかける。昴という人間は実に不思議だ。年頃の女の子にあるべき羞恥心のようなものが無い事もそうだが、この年齢にして両親の気配が全く感じられないのも気になる。もし、彼女に実の両親が居ないのだとすれば、その保護者は雅以外に有り得ない。だからこその質問。そんな言葉に昴は、
「関わってる」
あっさりと答える。その声色には全く変化がない。
「……分かった」
沈黙。
やがて、昴から、
「蓮」
「……何?」
「早く行った方がいい。紫苑が待ってる」
その言葉で漸く思考が回復し、
「そう、だね」
バッグの中から最低限必要な物だけを取り出して、立ち上がり、
「それじゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
そんな昴の声は、どこか冷たく聞こえた。
聞きたい事は色々ある。しかし、まず片づけなければならないのは、
「何で上、着てないの?」
昴は自分の体をしげしげと観察して、
「……動きやすいから?」
いやいやいや。
「や、確かに動きやすいかもしれないけど、だからと言って下着だけって、普通しないよ」
隣に居た紫苑がうんうんと頷いて、
「そうよ、昴。動きやすく、というのなら下着も要らないわ」
斜め上の回答が飛び出した。蓮は思わず紫苑の方を向き、
「……紫苑さん。今何て?」
紫苑は首を傾げ、
「下着も要らない?」
「何で!?」
紫苑は口をとがらせ、
「あら、だってそうでしょ?動きやすくという事で有れば全裸が一番じゃない?」
じゃない?ではない。これは、どういう事だ。紫苑は一緒になって昴に服を着るように説得してくれるんじゃなかったのか。少なくとも、今までの口ぶりからはその気配は感じられない。むしろ、彼女の方を先に何とかしなければならない可能性すらある。
蓮は昴に向き直り、
「と、取り敢えず。昴はちゃんと服を着て」
昴は不満げに、
「何で?」
「何でって……そりゃだってお」
とこが、
「お?」
「あ、いや……」
そうだった。ここは女子校の寮なのだ。当然、生活しているのは女性だけ。それならば、異性に下着姿を見られるという可能性もないし、隠す必要性もない。蓮は思わず「男が見るのは駄目だから」という理由を説得に使おうとしたが、それは使えない。だって、今の蓮は“女の子”なのだから。
少し考え、
「ほ、ほら、風邪ひくかもしれないから」
取り敢えずの理由を述べる。それを聞いた紫苑が、
「あ、そうよ。昴、そんなに体強くないんだから、あんまり無防備にしてちゃ駄目よ」
同調してくれる。昴は渋々ながら、
「……分かった」
部屋の奥へと消えていく。
暫くして紫苑が、
「えっと……三菱さん?」
「は、はい。何でしょう?」
「昴と知り合いだったの?」
「あ」
そうだった。全く何にも考えず、普段通りに接してしまったが、紫苑は昴と蓮が暫く同じ部屋で暮らしていたという事実を知らない。
「えっと、はい」
紫苑は目をぱちぱちさせ、
「驚いた」
「は、はい?」
「あ、ごめんなさい。えっと、あの子が余り話さないって事は言ったわよね?」
「はい。それはさっき聞きました」
「そう。だからね。私、昴に知り合いが居る……っていうのがちょっと意外で」
「意外、ですか?」
紫苑は頷き、
「ええ。あの子が発する言葉なんて、事務的な会話を除いたらないんじゃないかって位だから」
思い出す。蓮と一緒に暮らしていた時の昴は確かに口数が多い方では無かった。しかし、それなりに会話はしたし、一緒に生活をしているという感覚もあった。あれは単純に、近くに居たから得られたものだという事なのだろうか。
「まあ、良い事だとは思うんだけどね……」
沈黙。やがて紫苑が仕切り直しといった具合に、
「さて。三菱さん」
「はい」
「部屋も分かったし、昴とはもう顔見知りだって事だから……取り敢えず、荷物とか置いてきちゃって」
「荷物、ですか?」
「そう。この学院の敷地って結構広いから、邪魔になっちゃうかと思って」
蓮はそう言われて自分の持っていたバッグを見る。確かに、パッと見は非常に重そうに見える。実際は大したものが入っている訳でも無いのだが。
とは言え、
「そう、ですね」
敷地内を見て回るのには必要ない。蓮は紫苑の勧めに従い、荷物を置きに部屋へと入っていった。
◇ ◇ ◇
「あ」
「あ」
蓮が部屋に入ると、丁度制服を着てきた昴と鉢合わせになる。蓮は室内の適当な所にバッグを置き、
「なあ、昴」
「何?」
「何で下着だけだったんだ?本当に動きやすいから?」
「そう」
淡々と答える昴。どうやら本当に「動きやすいから」という理由だけで下着姿だったらしい。蓮は一つ息を吐き、
「全く……さっきは思い付きで言ったけど、風邪引くよ?体、強くないんでしょ?」
「体?」
「そう。さっき紫苑さんが言ってたでしょ?」
それを聞いた昴は首を少し傾けて止まり、
「紫苑が……」
元に戻って、
「多分、勘違い」
「勘違い……って、どういう事?」
間。
「確かに私は、時折、体調不良を理由に授業を休むことがある。恐らく紫苑が言っているのもそれ」
「って事はやっぱり、体が」
「違う」
「違う……って何が?」
「理由。休んだ理由が違う」
「えっとつまり……昴は時々体調不良を理由に授業を休むけど、実際は違うってこと?」
「そう」
肯定。それはつまり、
「……ずる休み?」
「違う」
今度は否定。
「じゃあ何で」
「ここまで」
突然。昴から終わりを告げられる。
「蓮に教えられるのは、ここまで」
「ここまでって……何で」
「何でも」
「何でもって…………ねえ、昴」
「何?」
「それは……僕が知ったらいけない内容……って事?」
「そう」
即答。蓮はさらに食い下がり、
「……それには、雅さんが関わってるの?」
投げかける。昴という人間は実に不思議だ。年頃の女の子にあるべき羞恥心のようなものが無い事もそうだが、この年齢にして両親の気配が全く感じられないのも気になる。もし、彼女に実の両親が居ないのだとすれば、その保護者は雅以外に有り得ない。だからこその質問。そんな言葉に昴は、
「関わってる」
あっさりと答える。その声色には全く変化がない。
「……分かった」
沈黙。
やがて、昴から、
「蓮」
「……何?」
「早く行った方がいい。紫苑が待ってる」
その言葉で漸く思考が回復し、
「そう、だね」
バッグの中から最低限必要な物だけを取り出して、立ち上がり、
「それじゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
そんな昴の声は、どこか冷たく聞こえた。
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