死にたがりな美少女(ボク)と残念貴族
Ⅹ.同性同士の共同生活にありがちなコト
「ここ、か」
蓮は顔を上げる。手元には雅から渡された地図が握られていた。
時は四月。蓮は一週間後から通う事となる学院。その正門前に来ていた。ちなみに着ているのは制服。勿論、女性物である。女子校なのだから当然といえば当然なのだが。
聖ファミーユ女学院。それが、一週間後に始業式を控えた、蓮が通う学校の名前で有る。最初に名前を聞いた時にはびっくりした。なにせここは高校受験界隈ではかなりの知名度を誇る全寮制の女子校なのだ。全寮制、ミッション系、加えて学費がそこそこするため、割と「いいところのお嬢様」が通う学校としても有名、といった具合。
そんな学校の制服に身を包み、蓮は改めて敷地内を覗き見る。
「広いなぁ……」
遠くからでも確認できるほどの広さを持つその敷地は、正門前から見ると、ちょっとした存在感があった。
都内の一等地とは思えないほどの広さを持った敷地をぐるりと煉瓦塀が囲い、正門を含めた三つの門は容易に開け閉めできないほどの大きさを持つ。
他方、開け放たれた正門から見える敷地内は緑が目立つ。遠目にも綺麗なそれは、きっと定期的に業者に手入れをさせているのだろう。
そして、その奥に見える建物はとてもこの時代の物とは思えない。一世紀前の迎賓館をそのまま再利用したような洋館は風格を感じる。総じてこの時代の、それも一学院の敷地とは思えなかった。いっそのこと明治の大富豪の別荘を資料館として開放しているんですと言われた方がまだしっくりくるくらい。
(ここに通うのか……)
正直な所、蓮は未だに実感が湧いていなかった。通う対象が女子校というのもあるだろうが、一番の問題点は、
(全然、訓練にならなかったからなぁ……)
年末年始からの四か月間。蓮は昴の家で暮らしながら、女装の訓練をしていた。それはいい。
問題なのは、昴が早々に居なくなってしまった事だ。考えてみれば当たり前なのだが、昴にだって学校はある。どうやら、彼女も聖ファミーユ女学院の生徒で有るらしく、寮暮らしへと戻っていった。そして、以降は彼女の部屋に一人暮らしだ。
蓮は、流石にそれでは訓練にならないと思い、時折雅にもアドバイスを貰いながら、常日頃から女装をし、外出もした。
そんな日々が始まった頃、旭から連絡を貰った。どうやら、雅は上手く説明したようで、心配はしたけど、安心したと言われた。また、いつでも会いに来てほしいとも言われた。そんな時間があるかは分からないが、いつか会いに行こうと思う。
そして、今日。蓮はこうして学院に赴いていた。その目的は二つ。一つは、寮への引っ越し。ただ、何分蓮は荷物が少ない。流石に私服が男物ではまずいという事で揃えた衣服類一式位。段ボール箱にしてせいぜい二つ。雅によれば、既に寮の部屋に届いているとの事なので、こちらは蓮が到着した時点でほぼ終わったといって良いだろう。もう一つは、
「案内か……」
蓮はしげしげと地図――より正確にはそこにでかでかと描かれている学院の敷地――に視線を向ける。なるほど、確かにこの広さは案内が無いと迷子になってしまいそうだ。
「待ち合わせ場所、ここでいいんだよな……」
不安になり、思わず周りを見渡す。雅によれば「うちの紫苑にお願いしといたから」という事なのだが、あの性格だ。細かいところが間違って伝わっていないとも限らない。
加えて、蓮は紫苑の外見を知らない。よく考えれば写真位は貰っておくべきだったような気がするが、今更思いついても後の祭りである。
さて、どうしよう。幸いにして正門には警備員の人が立っている。身分を証明するものはないが、一応、この学院の制服は着ている。それに、蓮の尋ね人は学院長の娘だ。もしかしたら容姿位は教えてもらえるかも、
「あのー……」
瞬間。背後から声を掛けられる。
「なん、で、しょう」
振り向いた蓮は思わず固まってしまう。何なら時間も止まったかもしれない。視界に入ってきた映像はそれほどまでに印象的だった。
ウェーブの掛かった金の長髪。やや丸みを帯びた目が特徴的な顔は、美人ではあるもののどこか親しみやすさがある。対して、その姿勢の良さからは凛とした雰囲気と育ちの良さが伝わってくる。加えて、出る所は出て、引っ込むところは引っ込むというスタイルの良さが制服の上からでもはっきりと分かる。
そんな彼女は蓮の反応を見て気まずそうに、
「あ、ごめんなさい。あの、三菱蓮さん……ですよね」
「は、はい」
ぱあっと明るくなり、
「良かった。えっと、もう母から聞いているかもしれませんが、今日、学院を案内させていただきます、鮎川紫苑と言います」
微笑みを湛えて、
「これから二年間、よろしくね」
そう、告げた。
◇ ◇ ◇
「ついた」
紫苑は立ち止まって蓮の方を向き、
「ここが三菱さんの部屋……みたいね」
「ここ、ですか」
蓮は最初にドアを眺め、そして、今来た道、正確には廊下を眺める。
「……覚えられるかな」
不安が口を突いて出る。当たり前だ。案内された学生寮は三階建てだったが、とにかく広い。全生徒の部屋は勿論、風呂に食堂、中庭まであるらしいから驚きだ。そして、蓮が案内されたのはそんな館の三階。しかも、階段を上がってから曲がった角は一個や二個じゃない。一応要所の壁面に案内板や、地図はあるのだが、それでも迷いそうな程広かった。そして、ここも西洋風。学院長の趣味なのだろうか。
そんな不安に紫苑は、
「まあ、最初は難しいけど、覚えれば簡単よ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。この館。広いには広いけど、結構規則的な作りになってるから。二階と三階は特に。だから、心配しなくても大丈夫。何なら、地図を持ってれば迷子になることはないと思うわ」
「な、なるほど……」
何とも詳しい。流石に学院長の娘、と言った所だろうか。
「それよりも……」
紫苑は再び部屋の号室を確かめ、
「あの人は何でまたこんな部屋を……」
「こんな部屋……ですか」
「ええ。この部屋は今一人しか居ないんだけど、その一人が何というか……変わった子、だから」
蓮は驚き、
「え、相部屋ですか?」
「それは、そうよ。むしろ、一人部屋のこの子が特殊な位。何も転校生同士だからって同じ部屋にする必要は無いと思うんだけど……」
そう呟く紫苑の声は蓮の耳には入っていなかった。相部屋。そのフレーズがざっくりと突き刺さって取れない。それは、まずいのではないか。確かに蓮は女装して、違和感がないくらいにはなったと思う。しかし、それはあくまで日常生活の中での話だ。同じ部屋で暮らすとなれば、リスクはぐっと高まる。見た目は女でも体は男の物だ。不都合が出てくることは明らかだ。
さて、どうしよう。そう考えていると、
「まあ、むしろいいのかもしれないわね」
「いい……とは?」
「だってあの子、いつも一人だから。誰かと一緒に暮らしたほうがいいのかもしれないなって」
「いつも……一人なんですか?」
「そう。いつでも一人。あ、でも、私とは少し話すかな?でも、それくらい。本当に無口。それに食生活も適当。食堂で食べる時は良いけど、それ以外の時は殆ど食べないか、インスタントの、えっと、カップ麺?で済ませてるみたいだし」
「…………」
蓮の表情は微妙に口角が上がった状態で固まってしまう。それもそのはず、だって蓮は、今語られた特徴に凄く覚えがある。無口でカップ麺好き。それだけで一人の人間が特定できる訳ではないが、この場合は話が別である。そういえば、彼女もこの学院の生徒なのだった。
「まあ、取り敢えず入りましょうか」
紫苑はそう言うと、部屋のドアをノックして、
「昴~?入るわよ?」
室内からの返事も聞かずにそのドアをがちゃりと開け、
「……紫苑」
「あら」
「え」
硬直。それもそのはずである。だって、視界に映ったのは、
「それに……蓮?」
ブラジャーとショーツだけを身に纏った、望月昴その人だったからである。
蓮は顔を上げる。手元には雅から渡された地図が握られていた。
時は四月。蓮は一週間後から通う事となる学院。その正門前に来ていた。ちなみに着ているのは制服。勿論、女性物である。女子校なのだから当然といえば当然なのだが。
聖ファミーユ女学院。それが、一週間後に始業式を控えた、蓮が通う学校の名前で有る。最初に名前を聞いた時にはびっくりした。なにせここは高校受験界隈ではかなりの知名度を誇る全寮制の女子校なのだ。全寮制、ミッション系、加えて学費がそこそこするため、割と「いいところのお嬢様」が通う学校としても有名、といった具合。
そんな学校の制服に身を包み、蓮は改めて敷地内を覗き見る。
「広いなぁ……」
遠くからでも確認できるほどの広さを持つその敷地は、正門前から見ると、ちょっとした存在感があった。
都内の一等地とは思えないほどの広さを持った敷地をぐるりと煉瓦塀が囲い、正門を含めた三つの門は容易に開け閉めできないほどの大きさを持つ。
他方、開け放たれた正門から見える敷地内は緑が目立つ。遠目にも綺麗なそれは、きっと定期的に業者に手入れをさせているのだろう。
そして、その奥に見える建物はとてもこの時代の物とは思えない。一世紀前の迎賓館をそのまま再利用したような洋館は風格を感じる。総じてこの時代の、それも一学院の敷地とは思えなかった。いっそのこと明治の大富豪の別荘を資料館として開放しているんですと言われた方がまだしっくりくるくらい。
(ここに通うのか……)
正直な所、蓮は未だに実感が湧いていなかった。通う対象が女子校というのもあるだろうが、一番の問題点は、
(全然、訓練にならなかったからなぁ……)
年末年始からの四か月間。蓮は昴の家で暮らしながら、女装の訓練をしていた。それはいい。
問題なのは、昴が早々に居なくなってしまった事だ。考えてみれば当たり前なのだが、昴にだって学校はある。どうやら、彼女も聖ファミーユ女学院の生徒で有るらしく、寮暮らしへと戻っていった。そして、以降は彼女の部屋に一人暮らしだ。
蓮は、流石にそれでは訓練にならないと思い、時折雅にもアドバイスを貰いながら、常日頃から女装をし、外出もした。
そんな日々が始まった頃、旭から連絡を貰った。どうやら、雅は上手く説明したようで、心配はしたけど、安心したと言われた。また、いつでも会いに来てほしいとも言われた。そんな時間があるかは分からないが、いつか会いに行こうと思う。
そして、今日。蓮はこうして学院に赴いていた。その目的は二つ。一つは、寮への引っ越し。ただ、何分蓮は荷物が少ない。流石に私服が男物ではまずいという事で揃えた衣服類一式位。段ボール箱にしてせいぜい二つ。雅によれば、既に寮の部屋に届いているとの事なので、こちらは蓮が到着した時点でほぼ終わったといって良いだろう。もう一つは、
「案内か……」
蓮はしげしげと地図――より正確にはそこにでかでかと描かれている学院の敷地――に視線を向ける。なるほど、確かにこの広さは案内が無いと迷子になってしまいそうだ。
「待ち合わせ場所、ここでいいんだよな……」
不安になり、思わず周りを見渡す。雅によれば「うちの紫苑にお願いしといたから」という事なのだが、あの性格だ。細かいところが間違って伝わっていないとも限らない。
加えて、蓮は紫苑の外見を知らない。よく考えれば写真位は貰っておくべきだったような気がするが、今更思いついても後の祭りである。
さて、どうしよう。幸いにして正門には警備員の人が立っている。身分を証明するものはないが、一応、この学院の制服は着ている。それに、蓮の尋ね人は学院長の娘だ。もしかしたら容姿位は教えてもらえるかも、
「あのー……」
瞬間。背後から声を掛けられる。
「なん、で、しょう」
振り向いた蓮は思わず固まってしまう。何なら時間も止まったかもしれない。視界に入ってきた映像はそれほどまでに印象的だった。
ウェーブの掛かった金の長髪。やや丸みを帯びた目が特徴的な顔は、美人ではあるもののどこか親しみやすさがある。対して、その姿勢の良さからは凛とした雰囲気と育ちの良さが伝わってくる。加えて、出る所は出て、引っ込むところは引っ込むというスタイルの良さが制服の上からでもはっきりと分かる。
そんな彼女は蓮の反応を見て気まずそうに、
「あ、ごめんなさい。あの、三菱蓮さん……ですよね」
「は、はい」
ぱあっと明るくなり、
「良かった。えっと、もう母から聞いているかもしれませんが、今日、学院を案内させていただきます、鮎川紫苑と言います」
微笑みを湛えて、
「これから二年間、よろしくね」
そう、告げた。
◇ ◇ ◇
「ついた」
紫苑は立ち止まって蓮の方を向き、
「ここが三菱さんの部屋……みたいね」
「ここ、ですか」
蓮は最初にドアを眺め、そして、今来た道、正確には廊下を眺める。
「……覚えられるかな」
不安が口を突いて出る。当たり前だ。案内された学生寮は三階建てだったが、とにかく広い。全生徒の部屋は勿論、風呂に食堂、中庭まであるらしいから驚きだ。そして、蓮が案内されたのはそんな館の三階。しかも、階段を上がってから曲がった角は一個や二個じゃない。一応要所の壁面に案内板や、地図はあるのだが、それでも迷いそうな程広かった。そして、ここも西洋風。学院長の趣味なのだろうか。
そんな不安に紫苑は、
「まあ、最初は難しいけど、覚えれば簡単よ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。この館。広いには広いけど、結構規則的な作りになってるから。二階と三階は特に。だから、心配しなくても大丈夫。何なら、地図を持ってれば迷子になることはないと思うわ」
「な、なるほど……」
何とも詳しい。流石に学院長の娘、と言った所だろうか。
「それよりも……」
紫苑は再び部屋の号室を確かめ、
「あの人は何でまたこんな部屋を……」
「こんな部屋……ですか」
「ええ。この部屋は今一人しか居ないんだけど、その一人が何というか……変わった子、だから」
蓮は驚き、
「え、相部屋ですか?」
「それは、そうよ。むしろ、一人部屋のこの子が特殊な位。何も転校生同士だからって同じ部屋にする必要は無いと思うんだけど……」
そう呟く紫苑の声は蓮の耳には入っていなかった。相部屋。そのフレーズがざっくりと突き刺さって取れない。それは、まずいのではないか。確かに蓮は女装して、違和感がないくらいにはなったと思う。しかし、それはあくまで日常生活の中での話だ。同じ部屋で暮らすとなれば、リスクはぐっと高まる。見た目は女でも体は男の物だ。不都合が出てくることは明らかだ。
さて、どうしよう。そう考えていると、
「まあ、むしろいいのかもしれないわね」
「いい……とは?」
「だってあの子、いつも一人だから。誰かと一緒に暮らしたほうがいいのかもしれないなって」
「いつも……一人なんですか?」
「そう。いつでも一人。あ、でも、私とは少し話すかな?でも、それくらい。本当に無口。それに食生活も適当。食堂で食べる時は良いけど、それ以外の時は殆ど食べないか、インスタントの、えっと、カップ麺?で済ませてるみたいだし」
「…………」
蓮の表情は微妙に口角が上がった状態で固まってしまう。それもそのはず、だって蓮は、今語られた特徴に凄く覚えがある。無口でカップ麺好き。それだけで一人の人間が特定できる訳ではないが、この場合は話が別である。そういえば、彼女もこの学院の生徒なのだった。
「まあ、取り敢えず入りましょうか」
紫苑はそう言うと、部屋のドアをノックして、
「昴~?入るわよ?」
室内からの返事も聞かずにそのドアをがちゃりと開け、
「……紫苑」
「あら」
「え」
硬直。それもそのはずである。だって、視界に映ったのは、
「それに……蓮?」
ブラジャーとショーツだけを身に纏った、望月昴その人だったからである。
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