死にたがりな美少女(ボク)と残念貴族

蒼風

Ⅷ.試着室にて Side:昴

「さて、それじゃあ試着してみようか」


蓮は何着かの服を昴に渡した後、そう切り出す。


「試着?」
「そう。一応サイズは見てるけど、実際に着てみると印象とか、着心地とか、その辺の印象って結構変わるからさ」
「……分かった」


余り分かって無さそうだった。それでも、雅の言う通り、蓮に任せる事にしたらしい。


「よし、それじゃ、行こうか」
「了解」



◇      ◇      ◇



幸いにして試着室に人は居なかった。別に問題は無いのだが、やっぱりレディース服の店。その試着室で一人、昴の着替えを待っているというは何となく気まずい。


「それじゃ、僕は待ってるから、着てみなよ」
「分かった」


昴は、蓮の言葉に一つ頷くと、適当な試着室に入る。そして、備え付けのカゴに荷物と持ってきた服を置き、着ていたコートを脱いで、更にその下の、


「ちょっと待った」
「何?」


昴が「何で止めた」みたいな感じに蓮の方を見る。いや、そりゃ止めるでしょう。だって、


「えっと、昴さん。試着する時はそこのカーテンを閉めるんですよ?」
「……なんで丁寧語」


それはね、君の取った行動が余りにも突飛だったからだよ。誰だって目の前で年頃の女の子が、試着室のカーテンを閉めないで服を脱ぎ始めたら驚く。しかも、躊躇いが一切ない。そりゃ、待ったもかけるだろう。


「と、取り敢えず、そのカーテンは閉めて。そういう物だから」


昴は首を傾げながら、


「分かった」


言われたからそうしたといった具合にカーテンを閉め、


『これでいい?』
「そう。それで大丈夫」
『着替えて大丈夫?』
「大丈夫」
『そう』


それ以降、昴の声は聞こえなくなった。代わりに服を脱ぐ音がかすかに聞こえてくる。これはこれで男子の精神衛生には悪いが、そのまま着替えるよりは遥かにいい。と、言うか、開けたまま着替えてたら店員さんに怒られそうだ。


望月昴。まだ出会ってから数日しか経っていないが、段々と彼女の考える事が分かってきた。彼女は「平均的女子高校生」の持っているべき感性がすっぽりと抜け落ちている節が有る。さっきの反応も、家にカーテンが一切掛かっていない事も、男性である蓮相手に裸エプロンを平気でやるところもそれを物語っている。変な言い方だが、普通に育っていれば当然有るべき感性が彼女には殆ど存在しなかった。


「忍者の末裔ねえ……」


昴に関しての数少ない情報。蓮は、雅の口から発せられたそれが完全な真実であるとは思っていない。彼女という人間を考えれば冗談である事も考えられる。しかし、一方で蓮はどうしても完全な嘘とは、その場限りの冗談とは思えなかった。最初に会った時の足の速さ。そして、蓮に対する“面接”の場に同席させられたという事実。少なくとも、ただの女子高校生で無い事だけは確かだった。


『蓮』


突然、カーテンの向こうから話しかけられる。


「……え、あ、何?」
『着替えた』
「お、どんな感じ?」
『ちょっと待って』


少ししてカーテンがバッと開かれ、


「どう?」
「おお……」


驚いた。自分で選んでおいてなんだが、結構様になっている。上は白のブラウス、下はスキニージーンズ。流石に上から下まで全てをコーディネートする事は出来ないが、上下の組み合わせ位なら何とかなるみたいだ。


「いいんじゃない。似合ってると思うよ」
「……そう」


昴はそれだけ言ってカーテンを閉め、


『次のを着てみる』


そう宣言した。



◇      ◇      ◇



そこからは着せ替え人形の様だった。何分昴の要望が「動きやすい服」しかない物だから、蓮も適当に見繕ってどさっと渡した。そして、昴は嫌な顔一つせずにそれら全てを試着して、蓮に見せた。そして、その過程で蓮は気が付いた、


(服でこんな変わるんだなぁ……)


普段の昴も十分、美少女と言って良かったし、化粧をする訳でも無いのだから、そんなに変わる物では無いかと思っていたが、全然、そんな事は無かった。人は着る服で印象ががらりと変わる物なのだ。


『着替えた』


中から、昴の声が聞こえる。さっき昴が「持ってきた服は全て着た」と言っていたので、恐らく元の服に着替えたのだろう。


「よし、それじゃあ、買って帰るか」


本当なら選んだ中から、厳選して買う所だが、金の出どころはあの雅である。似合ってると思ったものはすべて買ってしまおう。蓮に任せたのだからそれくらいの自由は、


「蓮」
「ん、何?服、持てない?」
「それは大丈夫」
「そう?それじゃ、会計を、」


そう言って蓮はレジに、


「待って」


向かえなかった。


「ど、どうしたの?」
「ちょっと、ここで待ってて」


昴はそれだけ告げて、さっと店内へと消えていく。何を考えているのか分からなかったが、取り敢えずこのままはまずいだろうと思い、試着室に入り、昴が残していった服を手に、


「おまたせ」
「ああ、昴。急にどうした……」


の。と言い掛けて固まる。その視線は一点を、具体的には昴が持っていた服に向けられたまま動かない。


「……えっと、それは?」
「メイド服?」


疑問形で返されてしまった。と、いうか、メイド服な事は見れば分かる。今、問題なのは、


「えっと……それはどこから?」
「店に有った」
「メイド服が!?」


意味不明だった。今どきはメイド服まで置いているのか。それは一体どこに向けての需要なんだ。


「え、それも着るの?」


否定。


「じゃあ何で持ってきたの」
「蓮が着る」
「…………はい?」


暫く言ってる意味が分からなかった。つまり昴は、メイド服を蓮に着せる為に持ってきたというのか。


「えっと、何で?」


取り敢えず聞いてみる。すると、


「蓮は春から女装する」
「えっと、うん」
「だから、訓練が必要」
「まあ、そう、なのかな?」
「だから、メイド服を着る」
「最後おかしくない?」
「おかしくない」


ごり押し。どうやら昴は本気で蓮にメイド服を着させるつもりらしい。その目に迷いはない。いや、あんまり感情の変化は見えない方だけど。


「訓練」


昴は再度そう言ってメイド服をずいっと掲げる。


「……まあ、着る位なら」


本当の所は、葛藤が無いと言えば嘘になる。しかし、女装自体はどうせすることになるのだ。しかも、女子校という事は当然スカートも履く事になるだろう。これだけは変えることの出来ない事実だ。だったら覚悟を決めてしまった方がいい。幸い、昴が持っているメイド服はロングスカート。服としてのハードルは寧ろ学生服よりも低いくらい。


「おっけー」


蓮の了解を取り付けた昴は、先ほどまで自分が入っていた、そして今、蓮が入っている試着室へと足を踏み入れて後ろ手でカーテンを閉めて、


「蓮。服、脱いで」
「どういうこと!?」


意味が分からない。試着室に入ってくるのはまあ、百歩譲っていいだろう。しかし、カーテンを閉めた上、脱げというのはおかしい。


だが昴はそう思っていないようで、


「着替える為にはまず、脱がないといけない」


そこまで言って後ろのカーテンを確認して、


「安心して。カーテンは閉めてある」
「そういうことじゃないからね!?」


昴は珍しく不満をあらわにし、


「じゃあ、どういう事?」
「いや、だって、服を着替えるのに二人で入る必要は無いよね?狭くなるし」
「でも、蓮は女装したことがある?」
「それは、ないけど」
「だったら、女性物の服をちゃんと着られる?」
「う」


それを指摘されると困る。正直な所不安が無いわけじゃない。簡単なスカートなんかであれば大丈夫だろう。しかし、今蓮が着ようとしているのはメイド服である。それを、誰の助けも無しに、着られるかと言われるとちょっと自信が無い。


昴はほらみろと言わんばかりに、


「やっぱり、私が必要」
「えっと……」


正直な所、昴が戦力になるのかは分からない。しかし、蓮一人よりはいいだろう。そもそも論として、メイド服を着る必要があるのか?という話があるにはあるが、最終的には乗り越えなければならない関門なのも確かだ。女性物の服に着替えるのに「昴が居ないとできません」ではお話にならない。


「じゃあ、えっと……後ろを向いててくれる?」
「?」


当然と言えば当然だが、昴は分かってくれない。彼女にこの手の事を理解させるのは相当時間がかかりそうだった。

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