死にたがりな美少女(ボク)と残念貴族

蒼風

Ⅴ.男を喜ばせるエトセトラ

と、言う訳で、食材を買いに来たのだが、


「……そういや、大晦日だったな……」
「?」

失念していた。昨今は昔と違い、大晦日や元日にも開いているスーパーは多くはなった。しかし、今は深夜。しかも12時を大幅に過ぎている。流石にそんな時間に開いているスーパーなどあるはずもなく、たどり着いたのは近くに有ったコンビニだった。正直マンションの玄関口から見える場所有ってくれて助かった。危うくコンビニを探して歩き回る所だった。


「……取り敢えず入るか」
「入ろう」


こんなところで立ちつくしていても仕方ない。蓮達はコンビニの中へと足を踏み入れた。



◇      ◇      ◇



「まあ、そうだよなぁ……」
「?」


蓮は棚の前で一人呟く。当たり前と言えば当たり前だが、食材の種類はそんなに豊富では無かった。一応、一通りの物は売っているが、本当に最低限。


そして、蓮はここに来て重要な事に気が付き、
「ねえ、昴さん」
「何?」
「もしかしてなんだけど、炊飯器とかって」
「?」


昴は「初めて聞いた」とでも言わんばかりの表情になる。どうやらあの部屋に炊飯器は無いらしい。となると、米は駄目だ。買っていっても無駄にしかならない。


「えっと……それじゃあ、フライパンは」
「ある」
「電子レンジは」
「ある」
「鍋とかは」
「分かんない」


分かんないと来た。どうやら、あの部屋の調理器具は彼女が揃えたものばかりでは無いらしい。


「って事は、だ……」


蓮は頭の中で状況を整理する。フライパン、電子レンジがある。鍋は分からない。そして炊飯器がない。となれば、


「よし」
頭の中で状況を整理し、自分のレパートリーの中から作れそうな料理をチョイスする。幸い、フライパンと電子レンジはあるらしい。それならある程度融通は利く。フライパン、或いは両方が無いとなれば、その選択肢はぐっと少なくなる。


「これと……あとは……」


蓮は材料を揃えていく。揃え始めてから気が付いたのだが、案外買う物が多い。二人分の食材というだけならばもうすこし少ないのだが、なにせ昴は料理らしい料理をしない。そうなると、当然調味料の類から集めなくてはならない。普段は意識する事の無い買い物。蓮はその頭をフルに使ってひとつひとつ集めていく。


「あとは……」
ある程度集めた段階で蓮はふと思い至る。これだけの買い物だ。幾ら許可を貰っているとはいえ、一回昴に見せたほうがいいのではないか。先ほどから姿が見えないが、恐らく店内のどこかに居るのだろう。そう考えて振り替えり、


「あ」
「……おい」


停止。蓮の視界には昴が居た。それはいい。たった今探そうと思っていたのだから、手間が省けるというものだ。問題は、


「何故、カップラーメン……?」


その手に抱えられた物――カップラーメンだった。
昴は蓮の問いかけに首を傾げた後、ととと歩きより、蓮の持っていたカゴに、


「……あの、昴さん?」
「何ですか?」
「この大量のカップラーメンは君が?」
「?」


そうだけど何かという按配で再度首を傾げる。どうやら、蓮が何を言いたいのかが分かっていないようだ。


「えっと……部屋にもカップラーメンは沢山有ったよな?」
「うん」
「だったら、これは何で……?」


昴は買い物かごの中から一つ取り出して、


「例えばこれは期間限定」
「そ、そうなのか?」
「そう。ほら」


そう言って向けられたパッケージにはなるほど確かに「期間限定」の文字がプリントされている。しかし、


「それにしたってこんなに買う必要は、」
「ある」


即答だった。


「いや、でも、これから俺は昴の家で暮らす事になる訳だよな?」
「そう」
「だとしたら、えっと……飯位は作るけど?」


昴は目を見開いて、


「……ホントに?」
「ああ」


沈黙。昴は暫く考え込んだのち、


「……置いてくる」


買い物カゴからカップラーメンを取り出して棚に戻していく。どうやら蓮の言いたい事が分かったらしい。やがて、


「……これで大丈夫」


蓮はカゴの中をしげしげと眺めて、


「えっと……これらは?」


昴は不満げに、


「これは期間限定。さっき言った」


どうやら、カップラーメン好きである事は変わらないらしかった。



◇      ◇      ◇



「さて」


昴宅、台所。蓮は買ってきた食材類を一通り並べ、


「えっと……昴さん?」
「昴でいい」
「あ、そう?じゃあ、えっと、昴」
「はい」
「えっと……手伝ってくれるの?」


否定。


「料理は出来ない」
「えっと……だったら何でそんなエプロンを……?」


指摘された昴は裾を引っ張ってしげしげと自分が付けているエプロンを見つめる。その柄はど真ん中にでかでかとハートをあしらった物。加えて全体がピンク基調。おおよそ彼女が選んだとは思えないセンス。と、なれば、


「……もしかして、雅さんが?」
「そう」
「…………」


苦笑いが止まらない。蓮の雅に対する純粋な警戒感は大分薄まったが、別の意味で警戒する必要がありそうだった。


「ちなみに、もう一枚ある」


昴はそう言ってエプロンのポケットから何かを取り出そうとして、


「あ、」


どこかに引っかかっていたのか、一瞬、その裾ごと持ちあがる。昴は慌てる事も無く、エプロンを直す→入っていた物(恐らくエプロン)を取り出すという流れを取り、


「はい」


蓮に水色基調のエプロンを渡そうとする。その表情はいたって冷静だ。しかし、蓮は動揺を隠せない。


「昴?」
「何?」
「えっと……つかぬ事をお伺いしますが、そのエプロンの下ってどうなってるんでしょうか?」


昴は小首を傾げ、


「裸」
「はだっ……ちょ、ちょっと待って!な、なんで?」
「そうすると喜ぶって」
「な、なにが?」
「男の人が」
「ええっと……もしかして、それも雅さんが?」


首肯。


「……僕、ここに居て大丈夫なのかな……」
「蓮?」
「ああいや、何でもない。取り敢えず、昴はちゃんと服着てきて。お願いだから」
「裸エプロン、嫌いだった?」
「いや、嫌いって訳じゃないけど……」
「じゃあ、好き?」


そう言って昴はその裾を少したくし上げる。今彼女はエプロン以外何も着ていない。と、いう事は当然下着も身に着けていない訳で。それはつまり、


「やっぱり好き?」


昴の声で我に返り、


「いや、でも、これはそういう問題じゃ」
「でも喜んでる。雅の言う通り」
「それでも!そもそもそれは誰にでもする事じゃないんだって!」
「そうなの?」
「そう!だから、着替えてきて。料理は僕一人で大丈夫だから」
「……分かった」


昴はまだ納得のいかない様子で、


「これ、使って」


持っていたエプロンを手渡して台所を後にする。


「……はぁ……」


疲れた。裸エプロン自体は別に嫌いじゃない。どころか、どちらかと言えば好きといえる部類だ。仮に昴と付き合う事になって、その上でというのならば大喜びしたかもしれない。


しかし、これは駄目だ。どうやら、昴には女性に有るべき羞恥心とか、貞操観念みたいなものがすっぽり抜け落ちている節がある。そして、そこに雅が色んな事を吹き込んだ結果が裸エプロンあれなのだろう。当然、そこに彼女の意思は無いし、同意など有る訳が無い。そんな彼女と暫く同じ部屋で過ごす。女性との同居という事で気を使うだろうなとは思っていたが、こういう方向とは思ってもみなかった。


「……取り敢えず、作るか」


切り替えよう。考えてどうにかなる話では無い。昴の意識を変えるのは相当難しいし、雅に文句を言っても変わらない。それならば、蓮が慣れるしかない。好意的に考えれば裸や下着姿を見てしまっても大きく嫌われる事は無いという事だ。それにかこつけて覗こうとは思わないが、幾らか精神的な負担は減るだろう。そう解釈して手に持っていたエプロンを広げ、


「……ペアルックですか……」


前言撤回。なかなか前途多難のようだった。



          

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