死にたがりな美少女(ボク)と残念貴族

蒼風

Ⅱ.大晦日にひとりぼっち

「さむっ……」


蓮は思った以上の寒さについ、呟いてしまう。そんな事をしても体感温度が上がらないという事は分かっているのだが。


季節は冬。と、いうか大晦日。世間はすっかりクリスマスから続く祝賀ムード一色だ。ここから見える限りでも、ちらほらと門松だとかしめ飾りが見え隠れする。 時刻はもうすぐ12時。きっと某歌番組も終わり、「初詣行く人~?」などという提案がなされる時間帯。年を越し、来年に向けて一歩を踏みだす、その直前。


そんな空気の中、


「これから、どうするかな……」


蓮は一人、悩んでいた。本当なら今頃は狭いながら温かみあるアパートの一室で、心優しい隣人・あさひ健太朗と一緒に年越しの瞬間を迎える。そのはずだったのだ。


しかし、蓮は今、駅前にある歩道橋の上で黄昏ている。その理由は明確だった。


(もう、戻らないって決めたからなぁ……)


蓮には頼れる身寄りが居ないのだ。天涯孤独と言って良かった。両親は二人とも事故で無くし、その後祖父母夫婦が引き取ってくれたが、引き取られて半年ほどで祖父が亡くなり、今年の秋ごろに最後の親族であった祖母も亡くし、遂には一人きりになってしまった。遺産らしい遺産も無ければ、行くところも無い。見るに見かねたのかアパートの部屋が隣だった旭が声を掛けて、居候させてくれた。


だが、それも長くは持たない事を悟っていた。旭自体が高齢で有る事。加えて、彼は一人分の生計を立てるのもぎりぎりな位の収入しか無い事がその理由だった。旭は気が付いていないかもしれないが、蓮が寝た後に部屋を出て行き、早朝になって帰って来る所を何度も目撃している。恐らく深夜にも仕事をしているのだろう。


だから、去ることにした。旭は元はといえば自分とは無関係だ。たかだか隣に住んでいただけで、そんな苦労を強いる訳には行かない。そう思い、手紙を残して部屋を出てきた。内容は今までの感謝と、自分は一人で生きていくという決心。本当は直接別れを告げたかったのだが、旭の事だ。きっと自分を引き留めようとするだろうと思って手紙にした。その判断が正しかったのかは分からない。


そして、今、蓮は正真正銘独りぼっちだった。当たり前だ。金目の物は何一つ持ってないし、身分を証明できるのはもう通う事も無いだろう高校の学生証だけ。携帯も無い。食べ物すら無い。あるのはもう何年も愛用しているリュックサックと、その中に入った着替え類。そして、唯一と言っていい両親の形見である携帯ストラップ。一人で暮らしていくどころか、きちんと年を越せるのかすら怪しいラインナップだった。


困った。実際の所何かプランが有った訳では無いのだ。ただ、旭に縋り続けるという状況がどうにも心苦しくて、後先考えずに飛び出してきたのだ。しかし、飛び出して見れば分かる。自分は実にちっぽけだ。たかだか一学生。それも、住むところすらない。そんな蓮に出来る事なんて無いに等しかった。


もしかしたら、警察にでも行けば話を聞いてくれるのかもしれない。ひょっとしたら保護だってしてくれるだろう。しかしその後はどうなる?最低限の生命を維持する為の生活。そんなものに果たして意味は有るのだろうか。そんな事を考える。


ふと、歩道橋から地上を眺める。正確な数字は分からないが地上まではそれなりに距離がある。ここから落ちたらまあ、無事では居られないだろう。ここで死ぬならばそれまでの人生。もし死ななかったとしても、まあなるようになる。そんな風に、


「すみません」


考えていると、後ろから声を掛けられる。抑揚が少ないが女性の声だ。なんだろう。少なくとも知り合いでは無いと思うのだが。


「はい」


無視するのも悪いと思い、取り敢えず振り向くと、


「これ」
「はい?」


突然。目の前に紙切れを差し出してくる。ちなみに相手はやはり女性だった。歳は……同じくらいだろうか。黒のダッフルコートを身にまとった彼女の容姿はちょっとその辺ではお目にかかれないような特徴的な物だった。肩にかかるかどうかという銀髪に、はっきりと美人と断言できるほど整った顔立ち。感情が読み取りにくい目は青紫色をしていた。全体的に機械的な冷たさを感じるその女性が渡してきたのは、人員募集のチラシだった。一番上には“急募”の文字が躍っている。大晦日に長い事こんな所に居たせいで、無職とでも思われたのだろうか。


取り敢えず、意図が知りたい。そう思い、


「えっと、これは」


女の子に聞こうとするが、


「渡したから。それじゃ」
「あ、ちょっと……って早っ!?」


銀髪の彼女は自分の言うべき事だけを伝え、去っていく。その足取りは信じられないほど早かった。歩くような静かさで走り去る姿はとても同じ人間とは思えない。


「なんだったんだ一体……」


正直な所聞きたい事はある。しかし、もう目の前に居ないのだからどうしようもない。多分、二度と会う事はないだろう。そう考えながら手元の紙きれに目を通す。そして、その視線がチラシの上から下へと進んでいくうちに顔が引きつっていくのが分かった。


「何、これ……」


内容はこうだ。


『中性的な顔立ち、体つきで、高校生くらいの人を探しています。女装に抵抗が無ければ尚良いです。条件は応相談。衣食住位はこちらで持ちます。お金に困ったそこの君。是非、連絡してくれ!』


怪しいなんてもんじゃない。仄かに犯罪の香りすらする。更にはこのチラシは蓮に手渡しされたわけだから、ロックオンされている可能性すらある。普通ならびりびりに破って捨てるか、紙飛行機にして遊ぶか。その程度。しかし、


「……これ、この辺だな」


蓮は胡散臭さの塊を丁寧に折りたたんでポケットにしまい、歩き出す。正直な所、良い選択で無い事は自分でも分かっている。今すぐ旭の元へと帰り、頭を下げるべきだろう。もしそうでなくとも警察か役所辺りに転がり込むのが妥当な選択だろう。


しかし、蓮の目にはそれらの選択肢はどうしても魅力的には見えなかった。幸い、容姿には自信が有る。幼いころから「女の子みたいだ」とばかり言われてきた。今でも声は高いし、鍛えてないから体つきだって華奢だ。そして、女装する事にだって抵抗は無い。そう。この求人は自分にピッタリと言ってよかった。


もしかしたら、大変な目に合うかもしれない。しかし、蓮はついさっきまで歩道橋から飛び降りてやろうかと真剣に吟味していた位なのだ。地面に叩きつけられて死ぬより酷い事にはならないだろう。駄目なら駄目で、その時はもう一回ここまで戻ってくればいい。そう結論付けた。



◇      ◇      ◇



「ここかな……?」


チラシに描かれた地図、それに住所を何度も確かめながら行きついた先は裏路地に立つ雑居ビルだった。ちなみに目的の建物を含め周囲には人気そのものが無かった。と、いうか音すら殆どしない。唯一聞こえるのはたまに鳴くカラスの声くらい。それこそ背後から羽交い絞めにされたら絶対に助からない。


「……行くか」


蓮は一言呟いて、己の背中を押す。指定されたのはこのビルの最上階。そもそもの問題としてそこまでたどり着けるのか不安だったが、正面の扉は鍵一つ掛かっておらず、あっさりと入ることが出来た。


更には驚いた事にエレベーターも動いている様だった。とはいえ、いざという時に脱出しにくいのは良くない。そう考えてわざわざ階段を上がる。たかだか数階だ。大した労力では無い。


「あそこか……?」


階段を上りきり、廊下に出た蓮の視界に映ったのは一筋の光だった。より正確には扉を開け放たれた部屋から漏れ出る灯り。恐らくあそこにこのチラシを作った張本人が居るのだろう。蓮は手元の紙を再びポケットへとしまい込み、この建物内で唯一人の気配がする室内に、


「失礼しまーす……」


足を踏み入れる。


(あっ……!)


室内は物一つ無かった。電気だけはつくようだが、普段は使っていないらしい。床はコンクリートがむき出しの上、心なしか埃っぽい。


そして、そんな室内には見覚えのある顔が一つ、見覚えの無い顔が一つあった。
片方は忘れもしない。先ほど蓮に対してチラシを渡して去っていたあの女の子だ。
そして、


「ようこそ。よく来てくれたわね」


もう片方の女性に声を掛けられる。後頭部にまとめ上げられた髪、フチなし眼鏡。スーツ姿な事も有り、仕事の出来る女性オーラが漂っている。歳は蓮よりも一回り上、だろうか?


「求人の広告、見てくれたんでしょ?」
「まあ、一応。と、いうか」
「何かしら?」


蓮はポケットからチラシを取り出してかざし、


「これ、僕にしか渡してないんじゃないんですか?」


スーツの女性は驚き、


「あら、どうしてそう思うの?」
「そりゃ、手渡しされましたから。それに、こんな場所をしていしてるんじゃ、大々的に宣伝してるとも思いづらいですし」


女性は楽しそうに、


「それもそうね」


沈黙。


「それで、ここに来てくれたって事は、その仕事受けてくれるって事でいいのかしら?」


蓮は首を横に振り、


「いいえ」
「あら、そうなの?」
「だって、何の仕事か分からないじゃないですかこれ」


蓮は再びチラシをひらひらさせる。結局の所、今蓮の手元にある紙のどこにも「仕事内容」は書いていなかったのだ。


女性は少しも悪びれずに、


「あら?そうだっけ?」
「そうですよ……」


思わず呆れる。もしかしたら目の前に居る彼女が有能なのは見た目だけなのかもしれない。


「そっかそっか……えっとね。君にはうちの娘、紫苑しおんの観察。出来れば制御をお願いしたいの」
「は?」


意味が分からなかった。女性はそんな蓮を置いて先に進む。


「紫苑は良い子なんだけど、ちょっと破天荒な所がある子なの。だから、貴方にそのストッパーになってほしいなぁって」
「は、はあ。でも、僕とその紫苑?さんは知り合いでも何でもないですよ?それなのに観察しろって言われても、」
「あら、それなら大丈夫よ?」


女性は蓮の言葉を遮り、


「だって、同じ学校に通うんだから」
「無理が……え?」
「貴方はこれから二年間、うちの学校に入るのよ。勿論、女装して」


何だか雲行きが怪しくなってきた。蓮は恐る恐る、


「えっと……その学校ってもしかして、」


女性はさも当たり前のように、


「女子校よ。全寮制の。だから衣食住はこっちで持つって書いたのよ」


そう告げた。

          

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