玉は磨けば瑠璃になる

蒼風

3.利光君のダメだし

昼過ぎ。利光は香菜の部屋へと訪れていた。理由は一つ。先日出来上がったというプロットを見る為。


「……どう?」


反応を伺うようにして香菜が尋ねる。利光は爽やかな笑顔で、


「65点くらいかな。大分良い物が出来るようになったな。凄いぞ」
「65点で褒められても嬉しくないんですけど?」
「何でだ。今までは50点も出せないような物ばかりだったじゃないか。そこから考えたら凄い進歩だ」


香菜はため息をつき、


「……時々、見せるのやめようかって思うような事言うよね」
「そうか?一応褒めてるし、マイルドになるようにしているつもりだが」
「マイルドでこれなんか……まあいいや、実際間違って指摘はしない訳だし。んで、そこがおかしいんさ」
「そうだな……」


利光はプロットに再び目を通し、


「まあ大体の問題は主人公のヒロインに対する反応だな。また変になってる」
「そう?」
「そうだ。こいつは女性嫌いなのだろう?」


香菜は不満げに、


「こいつっていうな。ちゃんと光圀みつくにっていう名前があるんだから。んで、どのあたりが駄目なのさ」
「どの辺り、という問題では無い。もっと根本的な問題だ」
「根本的?」
「そうだ。香菜はこいつ……光圀をどういう人間だと理解している?」
「どういう人間か?」
「そうだ」


香菜は「うーん……」と唸り、


「えっと……まずは女の子?が嫌い。もう会話するのも嫌い。だから、女の子にもつれない態度を取ることが多い。でも、それが「クール」とか言って受けちゃってるイケメン……って感じ、かな?」


利光は首を横に振り、


「足りないな。間違っては居ないんだがな」


香菜は口をすぼめて、


「足りない……ってどういう事よ。あれ?誕生日とかそういう情報が必要って事?それだったらちょっと待ってて」


利光は、そう言って資料を探そうとする制し、


「いや、そういう事じゃない」
「じゃあどういう事よ」
「ふむ……」


利光は眼鏡を直し、


「例え話をしよう。そのイエミツ」
「光圀」
「スマン。光圀君が……そうだな、プール……いや、海の方がいいか。海で溺れてしまったとしよう」
「光圀、運動神経抜群だけど?」
「例えの話だ。運動神経が良かろうと何だろうと、ミスをする事はあるだろう?」


香菜は半分ほどの不満を押し込めつつ、


「まあ、ある……と思うけど」
「だろう。だから、そういう場面を想定してくれ」
「分かった」


利光は軽く頷き、


「さて、そうなると当然誰かしらが救助に入る。まあ、ライフセーバーの人だろうな。その人……男性が海に颯爽と入り、救助をする。そして、意識を失ったヨシミツに」
「光圀ね。わざとやってない?」
「そんな訳ないだろう。それで、その光圀に人工呼吸をする。それによって彼は無事に息を吹き返し、取り敢えずは一件落着だ。ここまではいいな?」
「えっと、うん」
「さて、ここからが本題だ。どういう経緯でその情報を得るかは……まあ重要ではないから割愛するとして、光圀は、後からそのライフセーバーが肉体は男性だが、精神的には女性だったと知る事になる」


香菜はジト目で、


「そんなの有り?」
「有りだ。例えの話だからな。さて、ここで問題だ。この時の光圀君の心情・感情はどのような感じだったでしょうか?お答えください」
利光は香菜に、すっと右手で回答を促す。香菜は戸惑い、
「え、えーっと……」
腕を組んで考え込み、
「取り敢えず、命を救ってもらったから感謝はするんじゃない?」
「それだけか?」
「どういう事?」
「よく考えてみろ。確かに救助してくれたライフセーバーは確かに肉体的には男性だ。しかし、精神的には女性だぞ?それこそ、日本では無理でも、国によっては法律で女性であると定められているかもしれない相手だ」


香菜は「考えても居なかった」といった按配で、


「そ、それは……」


利光は続ける。


「その相手に、救命行為ではあれど口づけをされた。と、いう事はだ。光圀は自分が嫌っている女性にキスとほぼ同じ行為をされた事になる。違うか?」
「違わないけど……」
「さて、ここで大きな問題が生じる。光圀という男の『女性嫌い』がどういう質の物かで対応や感情ががらっと変わってしまうからだ」
「そ、そう?」


肯定。


「そうだ。女性嫌いにも色々あるだろう。『女性』という性別そのものを忌み嫌っているというパターンもあるし、単純に『女性の体』が嫌いという可能性もある。もっといってしまえば、本人が気が付いていないだけで『ウィメンズの服』が嫌いという可能性もあるだろうな」


一息。


「まあ、俺が見ている限りだと光圀は単純に『女性という存在』が嫌いに見えるな。ただ、イレギュラー……さっき上げたようなパターンはそもそも頭に無い様にも見える。その上で、如何に女性だったとしても、何らかの形で自分が助けられたら、お礼はする。でも、女性に助けられた自分を不甲斐なく思うだろう。どうして女性『なんか』の助けを借りなければいけなかったんだ、ってな」


香菜は動作の遅いコンピューターの様な時間を要した後、


「って事はつまり……どうなるの?」
「どうなる、という確定はしづらい。俺も光圀を完璧に理解している訳ではないからな。ただ、俺の理解が全て正しいという前提で行くなら、実に複雑な気分になるだろうな」
「複雑な」
「そうだ。一応は命を救ってもらってる。でも相手は女性。しかし、肉体は男性。勿論そういう場合は精神的な性別を取るのが正しいんだろうが、実際光圀が目にしているのは筋肉質のマッチョだからな。女性には見えないだろう。だから、女性助けてもらった事に対する不甲斐なさは覚えると同時に、「あれが女性なのか……」という驚きも相まって大変複雑な気分になるだろう。もしかしたら頭を抱えて紋々とするかもしれない」
「な、なるほど」


利光は口角を上げ、


「……と、いう事を、どんなシチュエーションに対してでも答えられる。それがキャラクターを作るって事だと俺は思ってる」
「はぁ~……」


香菜は感嘆の声を上げ、


「あれ、でもさ。それと特徴って関係ある?」
「ある」
「即答だね」
「まあ、そこに繋げる為に例え話をしたわけだからな」


一息入れ、


「特徴との関係ってのは単純だ。あげる特徴に、その人のキャラクター作りが露骨に出る」
「出るんだ」
「出るわね」
「何で急におネエっぽくなった」
「キャラクター作りが上手い人間はそうだな……キャラクターの特徴を歴史として捉えた語り方をするな」
「スルーかい……まあ、いいや。んで、それはどゆ事さ」
「簡単な事だ。キャラクターの歴史……経験してきた事柄というのは大なり小なり必ずそのキャラクターの性格に影響を及ぼしているはずだからな。そこに意識があるっていうのは、間違いなくキャラクター作りが上手い証拠だ」
「なーるほどねぇ……」


香菜はうんうんと頷き、


「いやぁ、頼りになるわ」


利光はふうっと息を吐き、


「あんまり俺にばかり頼られても困るけどな。後、たまには編集にも頼ってみたらどうだ?」
「編集……編集かぁ……」


香菜の顔に苦みが混じる。


「……そんなに駄目なのか」
「いや、駄目……って事はない、と、思う。よ?」
「そうか。それなら目が泳いでいるのは別にこの事とは関係ないんだな」


香菜は観念したように肩を落し、


「……頑張ってると思うよ。頑張ってくれてると思う。でも、如何せん空回りしてるというか、とても作品の事にまで頭が回って無さそうなんだよねぇ……」
「……それ、編集としてどうなんだ?」
「駄目……なのかもしれないね。でも、連載開始当初の私に対する期待感からしたら、ま仕方ないかなって感じもするけどね」


そう言いながら、香菜は膝を抱える。


期待感。その言葉が利光の胸に突き刺さる。確かに、香菜に対する出版社側のそれは低いのかもしれない。彼女のデビューはそれくらいイレギュラーな形だったらしい。なんらかの賞に通った訳でも無い。ただ、偶然出版社に対して発言力のある人が「彼女は必ず売れる」と保証し、デビューさせるようにと命令した……らしい。


利光はその人物が社内においてどのような立場かは知らない。しかし、香菜の扱いを見ていると、その立ち位置は余り良い物では無いのだろう。


やがて、香菜が無理矢理、


「そうだ!放課後のやつ!」
「放課後?」
「そう。ほら、トシくん、呼ばれてたじゃない。美波ちゃんに」
「ああ……」


利光は思わず先ほどまで目を通していた原稿の事を思い出し、


「え、そんなに嫌な話だったの?」
「何故、そう思う」
「いや、だって。顔」


香菜は背後から手鏡を取り出して、


「ほら。眉間にしわ」


利光は観念し、


「……編集だ」
「はい?」
「すまん。順をおって話そう。香菜はうちの学校の文芸部を知ってるよな?」


香菜は目をぱちぱちさせ、


「知ってるよ?あの廃部寸前の部活でしょ?」
「そうだ。そこの部長さんがまあ、当然小説を書いている訳なんだが、その編集を頼まれた」


香菜は怪訝な顔で、


「……また何で?」
「俺が聞きたい。正直編集してどうにかなるレベルには見えないんだがな……」


そこまで言うと香菜が身を乗り出し、


「え、原稿持ってんの?」
「うおっと……まあ、一お」
「見たい」


利光は少し身を引き、


「……面白いもんじゃないぞ?」


香菜は首を横に振り、


「それでもいい。見たい」
「うーむ……」


悩む。これは見せてしまって良いものなのだろうか。確かに原稿は渡されているし、それを「誰かに見せてはいけない」とは言われていない。勿論常識の範疇を超えては駄目だろうが、幼馴染に見せる位はいいのではないだろうかとも思うし、わざわざ個人的に呼び出して渡したくらいなのだから、自分以外に見せてはいけないのでは、とも思う。


「駄目?」


香菜が小さく首を傾げる。利光は降参する様に、


「……分かった」
「やった!」
「ただし、この原稿の事。それから、これを読んだ事は俺以外の誰にも言わない事。守れるな?」


香菜は少し表情を硬くし、


「……分かった」


流石に作家というだけ有り、勝手に原稿を読まれるというのがどういうことなのかは理解し、


「それで?原稿は?あ、もしかしてそこの鞄の中?開けていい?」
「……駄目に決まってるだろう」


前言撤回。全く理解していなかった。

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