ZENAK-ゼナック-
12.アルフレッド・クロム
「やぁ照くん。待っていたよ」
指定された場所は王都中央にそびえる王城の、その隣にある庭園だった。
この庭園は誰でも入れるという訳ではなく、王都に住む貴族や限られた人しか入れないらしい。
綺麗に整備された木々や一面に咲く花たちが、常に手入れされていることを物語っている。
いかにもスラムから来た、という格好ではないはずだが、それでも周りの視線が痛い。
もう少しちゃんとした格好でこれば良かったかな…。
格好が、というよりは馴染みの無い顔がいることが、周りにいる貴族たちにとっては不可解で不愉快なのだろう。
ただそれも、俺が聖騎士の知り合いだということが分かった途端に無くなったが。
「すまないね。ここは君みたいに貴族以外の人が来ることは珍しいんだ。許してくれ」
「えぇ、気にはしてないですよ」
「あはは。そうだね、君はそういう人だったね」
「それで、魔王についての話…でしたっけ?」
「しっ! ここではその言葉は使わないでくれないか。向こうにプライベートスペースを用意してある。移動しよう…」
クロムは周りを気にしながら、庭園の奥へと誘導する。
魔王については何かシークレットなことが多いのか?
俺は疑問に思いながらもクロムについて行くことにした。
……
◇ ◇ ◇
「その様子だと、魔王については君は何も知らないみたいだね」
人気の無い場所まで移動し、誰も聞いていないことを確認したクロムが話し始める。
「まだ転生して数ヶ月しか経ってないですし、別のことで手一杯だったんで」
俺は今更繕うこともできなかったので、正直に話す。
「そうか、君はまだ来て間もなかったのか」
「ただ、魔王討伐がこのゲームをクリアする条件だっていうのは知ってます」
「ゲーム…ね。確かに、これはゲームなのかもしれない…」
クロムは何かを考え込むように、視線を前へ向ける。
「実はつい最近のことなんだけれど、裏の大陸で魔王が誕生したんだ」
「え? 魔王って今までいなかったんですか?」
「うん。50年前に先代の魔王が勇者に討伐されてから、今まで新しい魔王の地位につくものはいなかったんだ」
…やけにこの世界が平和なのはそれが理由だったのか。
「僕は2年前にこのバルムダールに転生して、今の地位まで登りつめたんだけどね。…正直、君の言うゲームでいうなら、ラスボスの居ないゲームを延々と続けているような感覚だったさ」
そう話すクロムは、どこか心躍る少年のように見えた。
「裏の大陸っていうのは?」
俺は先ほどから気になっていたことを尋ねる。
「バルムダールは、実はここアルタ大陸ともう一つ大きな大陸があってね。先代の魔王も今回の魔王も、誕生したのはそこでなんだよ。僕達はそれを――【デルトラ】と呼んでいる」
クロムはその後もデルトラと呼ばれる大陸について教えてくれた。
……
デルトラ大陸はアルタ大陸の丁度裏側に位置する大陸で、アルタ大陸よりも広大な土地を持っている。
古い文献によると、デルトラ大陸には魔物が住み、常に強者を巡る覇権争いが繰り広げられているらしい。
そのとてつもない数の魔物の中から、最も支配力があり、腕っ節が強いものが、魔物を統べるもの――魔王となる。
ただ噂では、どうやら今回誕生した魔王というのは――「変わり者」らしい。
デルトラ大陸へ渡るには多くの資金と人材が必要なため、遠征という形で調査ができるのは、王国騎士団の中でも直属の聖騎士団だけで、
その遠征隊長に任命されたのが、いま目の前にいるクロムなんだと。
「先日の遠征でね、部下の1人から魔王が誕生たという報せを受けてね。もう城の中ではその話でもちきりさ」
やれやれ、と疲れた表情を見せるクロム。
「それで、どうして俺なんかにそんな話を?」
デルトラ大陸という大きな大陸が存在するということ、そこで50年ぶりに魔王が誕生したこと…それは分かったが、なぜ俺に?
「聞けば君は、民のために尽力してくれているみたいだからさ」
「それは…」
単にポイントを稼ぎたいから、なんて本音は言えなかった。
「きっと、君は生前も善い人間だったんだろう。だからこそ君の力が必要なんだよ」
「そんなことは…」
生前俺が善い人間だったかって?
…そんなの、会ってすぐのクロムには分かるはずがない。
「そうだ、君に善いものを見せてあげよう」
俺から返事が無いことを気にしてか、クロムはそう言って立ち上がり、芝生へと降り立つ。
クロムは徐に兜を脱ぎ、両手を広げ空を見上げる。
金色に輝く髪をなびかせながら、空に向かって何かを呟く。
その光景を、俺はただ見ていた。
…小鳥が一匹。
クロムの左手にとまる。
クロムはその小鳥に何かを話しかけたと思ったら、犬、鶏、ウサギ、猫…次々と他の動物がクロムの下へ集まってくる。
それをクロムは、一匹ずつ言葉を交わしているように見えた。
「どうだい? 凄いだろう?」
そして最後に、俺に向かってそう言葉を投げかける。
「これがクロムさんのスキル…なんですか?」
「うん。僕は動物と会話ができるんだ」
それから次々と動物がクロムの下にやってきて、じゃれ合う。
その中から一匹の猫が俺の下へとやってきて、一輪の花をそっと足下に置き、去って行く。
「それは僕からのプレゼントさ。ありがとう、猫ちゃん」
クロムは猫を優しくなでながら、そう言う。
「…凄いですね」
本当に動物と会話ができるのだと、信じるしかなかった。
「そんなことはないよ。こんなスキルがあっても…魔王の脅威から民は守れない」
とても優しい力だ。
俺はそっと花を拾いながらそう思った。
同時に、あることに気がつく。
「もしかして、以前から俺を知っていたのは、その動物を使って監視していたからですか?」
「ははは、君って思ったより勘が鋭いんだね」
そう誤摩化すクロムに、俺は再び警戒を強める。
「まぁ、それについては謝罪するよ」
深々と頭を下げるクロム。
「僕は生前、保健所に勤めていね、犬や猫なんかのペットの殺処分を担当していたんだ」
クロムは動物たちに帰るよう話したのか、動物たちは名残惜しそうに元いた場所へと散っていく。
「捨てられた動物たちを助けたい一心で、里親を探しまわったんだけどね…同時に多くの動物たちをこの手で殺処分してきたのも事実なんだ」
再び椅子に腰を落ち着かせたクロムは、そう続ける。
「どうなんだろうね。僕は善いことをしてきたのかな…」
俺はただ、哀しそうに問いかけるクロムの言葉を聞くことしかできなかった。
でも、とクロムは続ける。
「この世界に来て、この能力を得て。僕は嬉しかったんだよ。どこかで、動物たちは自分を許してくれたんじゃないかなって」
そう微笑むクロムに、きっと俺も同じようにそう思ったから、微笑み返していた。
「すまないね。自分の過去の話なんて、ここではなかなかできないからつい…」
「いえ…」
「これで、少しは僕のことを信用してくれたら…嬉しいんだけどな」
「俺の力…スキルは、クロムさんと比べたら全然、優しいものじゃないなって思って…」
「そうなのかい?」
「はい…」
「だとしても、僕は君を心から信頼しているよ」
信頼…か。
「さてと、それでこれからのことなんだけど…」
クロムは、パンッと手をたたき、話題を変える。
「照くん。君に聖騎士団に入団して欲しいんだ」
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