ZENAK-ゼナック-
10.瑠香は信じている
◇ ◇ ◇
__現世/日本/楓坂二丁目/喫茶ルドルフ__
「3番テーブル、オーダーお願いします!」
「……」
――11月
徐々に寒気が増していくこの季節。
窓の外では落ち葉が風に飛ばされ、待ちゆく人たちは思いがけない外の寒さに身震いしている姿が見える。
「…瑠香さん? オーダー!3番のお客様にお願いします!」
「…あ、はい! すみません! ただいまお伺いします!」
あの日を境に、何をするでもなく、ただボーっと外を眺めることが多くなった気がする。
「ミートパスタがお二つですね。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
お客様から注文を受け、厨房にいるスタッフに伝える。
「ごちそうさま。このお店は良いね、また来るよ」
食事を終えたお客様の1人が、そう言いながら店を出る。
「あ、ありがとうございました!」
私はその言葉に心が温かくなるのを感じながら、もう出て行って閉まったドアの奥にいるお客様に感謝の気持ちを伝える。
あの日、あの時から世界は変わった。
いつもと変わらないと思っていた。
あんなことが起きるなんて思ってもいなかった。
いなくなったあの人のことを、いつも目で追いかけていた。
その目は追いかけるものを失い、今はただ宙を彷徨っている。
「瑠香さん、ちょっとこっち手伝ってもらってもいい?」
「はい!」
あの日、あの言葉を聞いてから、私はいつもと違う私に、少し驚いている。
少しだけ前向きになれた気がする。
いつまでも悲しんでいるだけじゃいけないんだって…。
お母さんやお父さんに心配かけちゃいけない。
――でも
ふとした時に思い出す。
「お疲れ様! 明日もまたよろしくね、瑠香さん」
「はい! お疲れさまでした!」
バイト先から家の途中。歩いてすぐのベンチに腰をおろす。
よくここのベンチに座って、話してたな…。
無人のブランコが、冷たい風に吹かれてキーキーと音を立てる。
あの日、あの時――。
私の幼なじみのテルは死んだ。
◇ ◇ ◇
__現世/日本/楓坂四丁目/瑠香の家__
「待ってる…」
2年前、テルの葬式が教会で行われ、私は彼の一番近い場所で参列した。
悲しみと、恨みと、自分の情けなさに、私は泣くことでしか感情を表現することができなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃと整理できなかった時、
隣にいたテルのお母さんでもなく、後ろにいた知らない人でもなく、
――その言葉が聞こえた。
聞こえたというより、感じたという表現の方が正しいと思う。
待ってる。
あぁ、テルはそこにいたんだと、その時私は思った。
「テル…どこで待ってるってゆうのよ…」
いつからかずっとそこにある、2人の笑顔が映った写真を見て呟く。
どこに行けば、またテルに遭えるのだろうか…。
私の頭では答えはでなかった。
テルとはずっと一緒にこの街で育ち、離れたことは一度もなかった。
テルのことを良く知っている人に尋ねても、私が一番良く知ってると答えるくらい、私はテルのことを知っている。
私のテルに対する感情をただ一つ除いて――。
好きなのかなんて、わからない。
わからないと思っている。
私は写真を置き、ふかふかのベッドに身を投げる。
「…ふぅ」
テルは私のこと、どんな風に思っていたのだろうか…。
高校に入ってから、クラスの男子に告白されることは何度かあった。
まだ気持ちを整理できない状態で自分に嘘をつきたくはなかったし、
そんな気持ちで付き合ったとしても、相手に悪いなとも思っていた。
中2の時、テルが私ではなく知らない女の子と歩いているのを見た時は、なんかムカつくとしか思わなかったし、
かといってテルが誰かと付き合ったことはなかったから、それで良いと思ってた。
これからもずっとそんな感じで続くんだと思ってた…。
「瑠香ー? ご飯できたわよー」
ドア越しに、お母さんが私を呼ぶ声が聞こえる。
もやもやした気持ちを感じながら、重い身体を無理矢理起こし、私は声の方へ動く。
……
◇ ◇ ◇
「次のニュースです。先月逮捕された〇〇容疑者の判決が――」
この世界は、常に何かしらのニュースで溢れかえっている。
以前はあまり関心が無かったニュース番組が、今では日課になるほど気になっていた。
テルのことも一時期だがニュースに取り上げられ、それに対して世間は色んな評価を投げかけた。
仕方が無い、日本の社会が悪い、自業自得だ…。
私にはどの言葉もしっくり来なかった。
世間が何と言おうと、当の本人はもういないし、彼の耳には届かない。
だって誰も彼のことを知らないから。
いまニュースで流れている犯人のことを、私が他人ごとだと思うように…。
「瑠香、勉強は進んでる?」
何度も耳にした質問を、お母さんが私に問いかける。
「…うん」
私は食べながらいつもと同じ返答をする。
「そう。花田さんのところはもう塾に通ってるみたいだけど、あなたもそろそろ準備した方が良いんじゃないかしら?」
「…わからない」
「あなたが決めなさい。いつまでも親に頼ってないで…」
私は味のしないおかずを口に入れながら、考えていた。
この世界は良く分からないことだらけだ。
皆がみんな、「善いこと」を求める。
この洋服の方がいい、このバイト先の方が良い。この大学の方が善い。
塾に通った方が善い。成績を上げた方が善い。勉強した方が善い。
頭が善い、容姿が善い、性格が善い…。
果たしてそれは「善いこと」なの?
この世界は良く分からないことだらけだ。
お母さんが花田優里と私を比較するように、何でも「優劣をつけたがる」。
私は私なのに。
他人が見る私は、木月瑠香でしかない。
名簿に書かれている名前のように。受付で呼ばれる名前のように。
多くの中での木月瑠香でしかない。
お母さんは、私にとっては木月涼子でしかない。
ただ、テルだけは…誰でもない、テルなんだよ。
私はただ、それを知って欲しかっただけなのに…。
「聞いてるの?」
「…うん。ごちそうさま」
私は精一杯暗い顔をやめてから、そうお母さんに返事をして2階へと上がった。
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