Lost Film
Film№2 空白で充実した日々とデイリー・コント
俺達は家を出て、事務所へと向かった。
家から5分ほど歩いたところの駅で電車に乗る。
電車は海風に煽られながら、ゆったりと海岸沿いを走っていく。
駅から下り、正面の商店街を道なりに沿って歩いているとそこには、とある古いビルが建っている。
なにかの植物のツルも走る、黒みがかったレンガの建物。
その2階の一室に俺達の事務所があった。
扉に手をかける。
と、事務所に入る前に事務所のメンバーー2人だけだがーについて紹介しておこう。
まず、俺の名は遡航 カイト。
普通の高校一年生……とは言えないな。
俺にはある能力ーと言ってもまだ理解しきれていないがーを持っている。
それは時間軸転移と呼ばれるものだ。
簡単に言えば時間の中を移動できる能力だ。
難しく言うと、今の自分の記憶だけはそのままに、別の時間軸へ移動することが出来るというものだ。
そして、これは今までの経験からわかったことだが、時間軸転移については色々制限がある。
まず1つは未来には行けないということだ。
通常、時間軸というのは無数に、縦に並んでいる。
そしてそれらは少しずつ、左から右へ、上方向にズレている。
そのため、その間を並行に移動すると隣の時間軸の少し過去か、未来へ行くことが出来るという訳だ。
だが、左隣の時間軸には移動できない、つまり未来にはいけないらしい。
2つ目は戻れる時間は1週間から1ヶ月程度までということ。
この1週間から1ヶ月程度という定義は、以前に時間軸転移を使ってから経った時間だけ戻れる時間も増える。
だから同じ時間を3度体験することは出来ないらしい。
そしてもうひとつ大きな制限があるのだが…
今、自分は刻ノ神という探偵事務所に身を置かせてもらっている。
それはある日のこと。
3年前の事故でフォルティーナのことや自分の能力のこと、将来への不安などに1人押しつぶされそうになっていた時、ヘスティアという若い女性に俺は出会った。
彼女は俺の境遇に強い興味を示し、自らが立ち上げたその事務所に俺とフォルティーナを勧誘した。
俺の能力についての詮索の協力、フォルティーナが安らかに過ごせる環境の代わりに俺がその事務所での労働力として働くことで利害は一致した。
かくして今に至る。
ヘスティア・キルン。
彼女こそがこの事務所のメンバーの2人目ー所長だから正しくは1人目だがーだ。
ハーフの特権をなびかせ、年齢不相応としか思えない赤い大きなリボンで一つ縛りにした、お世辞でも大人っぽいとは言えない外見である。
、容姿端麗で出るものもかなりしっかり出ている。
言うなれば初見クラッシャーだ。
(俺は彼女の魅力に負けて事務所に入った訳では無いが…)
性格は母性本能が強いと言ったら良いのだろうか。
彼女はいつでも、フォルティーナの面倒を快く引き受けてくれるのだ。
そしていつでもそこで暖かく迎えてくれる。
しかし、彼女は御歳29歳。
結婚適齢期になっても彼氏の1つも居ないことに焦りを抑えきれずにいるようだ。
事務所の勤務時間は二通りある。
平日は朝7時から8時までの学校へ行く前の時間と放課後5時から7時までの時間帯。
休日は朝8時から午後5時まで。 
今の時代、随分ハードなスケジュールに思われがちだが、箱を開けてみれば以外にその中身は空っぽだったりする。
「こんにちはー。」
そう言って俺達はいつも通り10分の遅刻で事務所に到着。
「あら、今日もいつも通り遅刻よね。」
「すいません、本当に。こいつの動きがナメクジ並なのは重々承知しているのに…ほんっと申し訳ないです、毎回。」
と、俺は陳謝に励む姿を彼女に見せる。
だが実は、明らかなる俺の潔白を彼女に示すことで俺の無罪を主張しているのだ。
勤めて、自然に。
「分かってるわ。でもそこを何とかするのがあなたの務めでしょう?」
どうやら俺の策は見破られていたようだった。
切り返す。
「えぇ。だからこそ毎日、試行錯誤しているんですよ。」
「…それもそうよね。フォルティーナちゃんも、カイトくんを起こしに行くのはいいことだけど、逆に彼の足を引っ張ることは無いようにしてね。」
かくして俺は、イージーモードの裁判で彼女のギルティを獲得した。
と、思ったら、
「ちょっと。何言ってるのかさっぱりなんですけどー。」
と、彼女は判決をひっくり返そうとする。
(いや、こいつ。状況を理解していないのか…)
「いいからお前は黙っとけっ。」
と俺は強引に彼女の後頭部を以て謝辞に全霊を尽くさせる。
「いーたーい!」
それに必死で反発してくるフォルティーナ。
俺と彼女による朝のショートコントを、へスティアさんは微笑みながら見守っていた。
そんな日常のワンシーンを回している。
すると、普段は滅多に開かない事務所の正面扉が鈍い音を立てながら開く。
「あ、あのー。すみませーん。」
見えたのは小柄で背の低い、見るからに中学生と思しき男の子がこちらを覗いていた。
「はいはい。こんにちは、僕ちゃん。ご依頼ですか?」
と、へスティアさんは切り替え、優しく出迎える。
「え、あっ、はい、あのー、ここではちょっと変わった案件を依頼できると聞いたんですけど…」
「ちょっと変わった案件ですか。ふふっ。」
と彼女は笑みを抑えきれずにいる。
(妙にあがってるな。まぁ、久々の客だから無理もないか…)
「そーですねー。うちはちょっと変わった案件を、ちょっと変わったやり方で解決しているんですよ!」
と、こちらに向かって、にこやかに目線を配る。
「はいはい。」
俺は気乗りしないが仕方なく、彼らの方へ ゆっくりと向かって行った。
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