自害阻止スキルと自然治癒スキルを与えられた少年は、異世界転生からリタイヤ出来ない!

goro

汚れの発端





ギアンとの決闘は、神宿の勝利によって戦いは終わりを迎えた。

戦いを観戦していた者たちは皆、歓喜の声を上げ、中には神宿の名を叫ぶ者もいる。ついさっまで漂っていた険悪に包まれていた空気は晴れ、その場一帯は活気に包まれいた。


ーーーそれはまさに、絶望的な終わりではない、幸福の終わりを迎えた事を示す、何よりの証拠だった。


「…………」


今も泣き続けるカフォンの傍らで、神宿は勝利を噛み締めるように静かな安堵の吐息を漏らした。







ーーーーーーーの…だが。





「こ・れ・は! どういうことなんですかっ!!」





今現在。
……危機的状況がなくなったはずなのに、神宿の目の前には仁王立ちで声を上げる少女。
さっきまで保健室で寝込んでいたはずのカルデラの姿があった。

……しかも、multiplication swordとかいう魔法具を開放状態にさせながら、

「カルデラ、っ…おち」
「カルデラさん、あ、危なっ」
「何が落ち着けですかっ!! それにカフォンさ、いや、カフォンもです!!」
「よっ呼び捨てっ!?」

二人の声に耳を貸さず、歯ぎしりを見せるカルデラは神宿の側にいるカフォンに指を差しながら叫ぶ。




「私は貴女のためを思って頑張ったのにっ! トオルが勝ったって聞いて、痛む身体を惜しんでやっとここまで来たのにっ!! それなのにっ!!! ーーーーーー何でそんな卑猥な格好でっ、カフォンはトオルと抱き合ってるんですかっ!?」





…………一瞬、その場に数秒の沈黙が落ちる。
だが、その直ぐ後に皆の視線がカフォン。

ーーー正確には下着姿をした彼女の体にへと注がれ、



「いやいや、抱き合ってないだろっ!?」
「っ、きゃあああーーーーーっ!?」



反論する神宿。その一方で自身の体を抱き寄せ慌てふためき悲鳴をあげるカフォン。

だが、対するカルデラは獣のような唸り声を上げながら、今まさに神宿たちに向かって襲いかかろうとしていた。




ーーーだが、その時。


「あの親父にして、この子ありじゃな」


その言葉と共に。
ちょん、と小さな指がカルデラの脇腹を突いた。

その次の瞬間。


「うひゃぃ!?!?!?」


カルデラは悲鳴を上げ、バタン!! とその場で昏倒したのだ。


「……は?」


何が起きたのか分からず、目を点にさせる神宿。
一方で、ピクピクと体を震わせながら倒れたカルデラの傍ら、


「全身筋肉痛なんじゃから、無理をするな。…全く」


白い長髪をなびかせる少女。大賢者ファーストは呆れたよう大きな溜め息を漏らすのであった。






伸びたカルデラをよそに赤面するカフォンに衣類を渡すファーストは、次に視線を神宿へと向ける。

「それにしても、お主も無茶をしたものじゃな…全く」
「…あ、あはは」
「事が終わったら、お主ら二人はお仕置きじゃからな」
「うっ…」

……おそらくだが、二人というのは神宿はもちろんの事……カルデラの事だろう。

共に危険な魔法を使った、それに対しての罰なのだろうが…、

「………ああ」

神宿自身、危ない橋を渡った事を十分に理解していた為、とくに反論する気は起きなかった。
まぁ………ただ、師匠であるアーチェのお仕置きだけは勘弁してほしいなぁ、と祈るだけで…、


「………全く」


苦い表情を見せる神宿。
そんな彼の姿にファーストは息を吐きながら、そっと顔を近づけ、

「(じゃが………よくやった。アヤツの師匠としては、褒美を上げたいほどにお主はよく頑張ったのじゃ)」
「っ!?」

ファーストは、そう言いながら大人びた笑みを浮かべた。

そして、神宿の表情に一瞬頰に赤みが帯びるが、対する彼女は特に気にする様子もなく、二、三歩後ろに下がりながら、




「お仕置きはまた今度にするから、お主らゆっくり休んでおれ………後の事はワシらに任せろ」





彼女はそう言い終えた後、テレポートでその場を飛び、離れた場所に倒れるギアン。更にはその取り巻きであろう男たちを引き連れ学園から姿を消したのだった。













ーーーーーーそして、時間は遡り、決闘に決着がついた同時刻。

その場所は完璧な防壁によって守られた、とある屋敷の一室。
数々の宝石や遺品、平民では手のつけられない物で埋め尽くされたその部屋の中で、


「クソッ! あの出来損ないどもがッ!!」

 
ギアンの父、サーギルが怒りの形相を露わにさせていた。

サーギルの目の前には机の上に乗せられた一つの水晶があり、そこには神宿によって勝負に負けた自身の息子。

ギアンの姿が映し出されていた。



(十分な魔法具も渡し、贄の使い方も教えてやったというのにッ!! よくも、貴族が平民に負ける、そんな醜態を晒しよってッ!!)



自分の子供が負けないようサーギルは十分なまでのお膳立てをした。それなのに、その期待に応えられずに決闘に敗北したのだ。

無様な醜態をさらした上、己の親の顔に泥を塗った。
怒りを滾らせるには十分なまでの材料だった。


ーーーしかし、それよりも先にサーギルが一番に怒りを募らせたのは、平民に負けた、という事実だった。

「クッソッッ!!」

何故ならこの世界。
貴族が平民に負ける、その事自体が一貴族としての格を下げる結果へとつながるからだ。
そして、その結果。
今まで優位に立っていた立場が崩れ、更にはサーギルが行う武器商人としてのランクも下がってしまう。


ーーーだからこそ、ギアンの父でもあるサーギルはこの不始末を何が何でも片付けなくてならなかった。


(……流石にあの場にいた全員を消す事わけにはいかない。なら、あの平民を殺して脅しめいた噂を広めればいいが…)


周囲の目が多すぎた為、派手な後始末はできない。
だが、殺しを請け負う者たちに神宿の暗殺を依頼するのは既に確定事項だった。


ーーーーだがしかし、それだとまだ十分な脅しとしての材料が足りない。


貴族や平民、それらとは関係なく脅しの種として使えるモノはないか、と考えるサーギル。
だが、その直後にサーギルはあの場にいたもう一人の存在に気づく。



ーーーーそれは、カフォンだ。

(いや…そうだ。あのカフォンとかいう小娘を奴隷に落とせばいい。ギアンがごちゃごちゃと言ってはいたが、こちらには一切関係ないのだから。……都合のいい理由をつけ、奴らの人権そのものを全て奪い、決闘の勝敗に関した話を流した者は奴隷にされる、そう噂を流せばいい!!)





神宿を殺し、ギアンが負けた事を噂する者は殺される、と噂を流す。
そして、カフォンを奴隷に落とし、ギアンが負けた事を噂する者は奴隷にされる、と噂を流す。

これ以上貴族の地位を落胆させる傷が広がらないよう、サーギルはそれら二つの脅しを思い付いたのだった。

そして、


(…幸い、まだ学園には私の僕どもがいる。やるなら早い方がいい)


サーギルは不気味な笑みを浮かばせたまま、口を開き、

「おい、誰がいるか!」

神宿とカフォン。
二人を地に貶めるための準備をさせる為、屋敷に多く潜む暗殺を得意とする魔法使い。

いや、その部隊を呼び出そうした。







ーーーーーだが、


「……? おい! 聞こえないのかっ!!」


いつもなら一声で集まるはずの暗殺部隊。
それが、一向に叫んでも姿を現さない。




「おいっ!!」




怒号を飛ばしながら椅子を蹴飛ばすサーギルは、苛立った表情をしたまま出口である扉へと向かおうとした。

ーーーーーーーだが、その時だった。







『raーーーーfaーーーーciーーーsoraーーーー』






サーギルの耳に突然と歌らしき声が聞こえてきたのだ。

その歌は、まるでその場の空間そのものに語りかけるような歌だった。
だがしかし、その音色は重く、恐怖を引き立てるような歌でもあった。

「ッ!?!?」

サーギルは慌てて周囲を見渡しながら、護身用の魔道具を片手に廊下へと出る。

だが、そこでサーギルはある事に気づいた。



いつもなら廊下の掃除をさせているはずの奴隷であるメイドたちの姿がどこにも見当たらない。
しかも、その上屋敷自体に人の気配が全くとして感じられないことに。


「………っ!?」


正体不明の事態にサーギルの心に、危機感は募られていく。


ーーーーだが。


『fasoーーーreーーーーfasoーーーーー』



サーギルが愕然としている最中に、さっきまで聞こえていた歌声が終わりを迎えた。

そしてーーーーーその刹那。




「!?!?」




それはまるで落とし穴にはまったかのように。
サーギルの足元にあった足場が突如にし
にーーーーーー消失したのだ。




「ッ!?!?!?」




数秒という、落下する感覚を受けたサーギル。
だが、その直ぐ後にサーギルの視界は一変して屋敷から外の風景へと移り変わり、そして何もない地面に倒れ落ちた。

「ッ、ぅ!? な…ッ、何がッ!?!?」

さっきまで屋敷にいたはずなのに、そこは見知らぬ何もない平地のような場所。

(な、何が起きたッ! て、テレポートの魔法かっ!?)

不安と恐怖が入り交じり合い、歯をガタガタと鳴らすサーギル。
ーーーーしかし、その時。




「初めまして、貴族様」




サーギルに目の前に突如として、そう挨拶をする者が姿を現した。

その姿は立派な大人であり、魔女衣装に身を包んだ女性。
片目が隠れるほどの髪を下ろし、赤髪は鮮血を浴びたかのように淡い色をしている。

「なッ!?」

だが、何よりその女性の名をーーーサーギルは知っていた。
ーーーーその者の名は、


「こ、根絶の魔女……」
「はい、よくわかりましたね」


根絶の魔女、賢者アーチェ。
大賢者ファーストの弟子でもある、また決して立ち向かってはならないと危険な魔法使いの名だった。

そして、アーチェはそんな恐怖に支配された表情を浮かべるサーギルに向けて、微笑みながらその口を動かす。



「私の可愛い弟子に変わって、貴方に礼をしに参りましたのですよ?」
「っ、わ、私をッ、殺すつもりかッ!!」



サーギルはへたり込みながら、後ずさる。だが、そんな動きをしてなおサーギルはポケットから、ある魔法具を取り出した。
ーーーーそれは、


「ッ、な、なめるなよッ!! わ、私にはこの魔法具があるッ!! これを使えば例えどこに飛ばされ離れていたとしても、私の屋敷にある防御用魔法具がこの場に現れ私を守ってくれるッ!!」
「………」
「例え、お前が根絶の魔女であったとしても、あの最強の魔法具には敵わないんだッ!!」


サーギルが手に持っていたそれは、本来は強制テレポートを行うために使用される魔法具だった。

しかし、サーギルはソレを自分用に改造し、対魔法反射の特性を備えた鎧を自身の身に瞬時に装着させる。
いつ如何なる時でも己の身を守れる、そのための奥の手を作り出していたのである。




対魔法反射の鎧は、魔法使いにとってはまさに天敵に等しい代物。
サーギルはその奥の手を持っていたからこそ、大賢者であるファーストに対しても臆する事のない立ち振る舞いを見せることが出来ていたのだ。


ーーーーだが、


「そうですか、そうですか。……それは凄い事ですね」
「ッ!?」
「なら、少し待ってあげますから。……どうぞ、それを使ってください」


アーチェはそう言って笑みを浮かべる。
そして、その瞳を細く開きながら、





「ただしーーーーーその魔法具自体が残っていればの話ですが、ね」






そう、彼女は言ったのだ。




「…は?」




サーギルは今、その言葉に自身の耳を疑った。
そして、直ぐ様手に持つ魔法具を起動させた。

ーーーーだが、




「何故…だ。何故起動しないッ!! どうしてッ!!!」




いくら起動させようするも、対魔法反射の鎧がテレポートされてこない。
サーギルは顔面に大量の汗を流しながらアーチェを睨みつけ、怒鳴り声を上げる。


「何をッ、俺の魔法具に何をしたッ!!!」
「何もしてませんよ? だって貴方がそんな魔法具を手にしていたなんて、初耳だったのですもの」
「ッ、な、ならッ!!」
「でも、やったとするなら、一つだけ思い当たる節がありますね」


そう言って、アーチェは目線をサーギルの後ろ。
そこにあるモノにへと視線を向けた。

「?」

そして、サーギルもつられるまま後ろに振り返った。
その次の瞬間。




「ッぁ!?!?!」





そこでーーーサーギルはようやくソレに気がついたのである。


彼が見たモノ。 
それはくっきりと半分に消失した山だった。
まるで何か大きな刃物で切り分けられたかのような、山本体の綺麗な断面図が見えている。

しかし、サーギルが驚いたのはそれに関してではない。


「…そ、そん、なッ…」

彼が気づいたモノ、それはその山自体がサーギルが所有する山だったからだ。
その証拠に、山のてっぺんには、自身のモノある事を象徴した大きな旗が刺しこまれていた。

「ば、馬鹿、なッ…!!」

だが、その事実を知って、更にサーギルの頭は不安と恐怖によって塗り固められていく。
ーーーー何故なら、

「な、何故、あの山があるッ!! アレはッ!!」

その山があったのは、屋敷の裏手。
正確にはサーギルの屋敷を周囲から隠す、その役割を担っていた山だったからだ。


だが、そんな山が何故この場所にある?
こんな何もない平地に何故?


サーギルが顔を青くさせ、その疑問に駆られる。
ーーーーその最中で、



「そんなの、簡単なことじゃないですか」



賢者アーチェは、答えを見せた。
その小さな口を開き、美しい音色のような歌声で、



「fasoーーーーraーーーfaーーー!!!」



と、詠唱した。
ーーーーその次の瞬間。

ドンッ!!! という衝撃音と共に、残っていた山が一瞬で崩壊し、塵と化したのだ。



「                」



そのあまりの光景に言葉をなくしたサーギル。
対して、そんな男に向けてアーチェは微笑みながら、




「…この私が、屋敷含めたこの場一帯全てを根絶させたからですよ」





山も草木も、そして屋敷ら全てを魔法でーーーいや、魔法音という歌で根絶させたと、アーチェは告げたのだった…。




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