ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》

鴨志田千緋色

トモダチ

 客間では二人の魔女が相対している。一人は艶やかな黒髪で、大人びた雰囲気を漂わせる魔女。もう一人は白銀の髪をツインテールにまとめた子供っぽい魔女だ。
 子供っぽい魔女は愛梨彩と対照的な魔女だ。ダルマティカワンピースの上から羽織ったローブはシルバーで輝いて見える。オレンジサファイアを埋めこんだような瞳は凹凸のない体型と相まって、いとけない雰囲気を醸し出す。
 彼女の傍らには狼が静かに座している。彼女のスレイヴだろうか。犬に似ているからか、僕は少し身構えてしまう。


「改めて紹介するわ。彼女がフィーラ・オーデンバリ。昔から九条家と関わりがあるオーデンバリ家の魔女よ」
「そう! この私がフィーラ・『ユグド』・オーデンバリなのだわ!」
「はあ……」


 愛梨彩の隣に座っている僕はテキトーな相槌しか打てない。胸に手を当て、誇るように言われても困る。魔女に関してはほぼ無知なんだ。


「どうして魔女同士交友があるんだって顔しているわね」
「そりゃまあ」


 前に愛梨彩が魔女同士はお互いの魔法の研究に不可侵だと言っていた。下手に交流すれば、お互いの魔法の秘密が漏れてしまったりするのではないだろうか?


「昔、九条家はオーデンバリ家と合同で人体を完全蘇生させる魔法を研究をしていてね。まあ結果はお察しの通り。合同研究は成果が得られなかったのだけど、こうして交友だけが残ったのよ」
「そう、魔術界では珍しい魔女同士の友達なのだわ!」


 フィーラは臆面なく『友達』だと公言する。対する愛梨彩は以前、『友達』だとははっきりと言えなかったのに。愛梨彩の方に視線を向けるとプイっと逸らされてしまう。


「それにしても無事に日本にきたのね。きた理由は言わずもがなでしょうけど」
「魔女ですもの。アリサだって欲しているのでしょう? 賢者の石」
「もちろん。私が魔術の研鑽をしてきたのはそのためだから」


 いきなり話題が本題へと移った。空気が静かにピリつき、二人の魔女は視線をぶつけ合っている。


「悪いことは言わない。棄権して。これは友達としての忠告でもあるのだわ」
「ちょっと待てよ。どうして君がそんなこと言うんだよ」


 声を荒げ、立ち上がったのは他でもない——僕だった。
 友達なら愛梨彩の望みだって知っているはずだろう。なのにどうしてそれを諦めろと言うのか。


「争奪戦に参加したら最後の一人になるまで争わなきゃいけない。そうなれば私はアリサを殺すことになる。もちろん友達として戦いたくないという気持ちもある」
「だったら同盟って手だって——」
「同盟は組まない。私が欲しいのは栄誉。誰よりも強い魔女という証明なのだわ。同盟を組んでしまうとそれが証明できなくなる」
「……そんなことのために。君に正しい心はないのか? もっと柔軟な考えだってできるだろ」


 僕にはわからない。友達よりも名誉の方が重要なのか? 魔女とはいえ友達は友達に変わりないはずだ。戦いたくない気持ちは二人とも同じはずなのにどうして。


「オーデンバリ家にはそんなことが重要なのよ。第一、魔女に正義や正しさなんてあるわけない。みんな欲やエゴで動いてる。それは野良も教会も変わらない。私もアリサも変わらない。だから考えるだけ無駄なのだわ」


 正義はない。正しさはない。あるのは己の欲だけ。
 フィーラの言っていることが魔女の真理なのかもしれない。愛梨彩だって正義や正しさで動いているわけじゃない。魔導教会だってそうだ。みんな好き勝手やってる。誰もがエゴイストだ。


「一つ尋ねておくけど、あなたはアリサの能力を知っていて私に口答えしているのかしら?」
「知ってる。復元の魔術式だ。戦闘時の傷の回復や死者蘇生を限定的に可能にする能力だ」
「そう、戦闘に向かない魔術式なのだわ。戦場では剣を持ってないのと同じよ。そんな魔女が勝ち残れると思う?」
「それは……」


 反論ができず、喉から言葉が出ない。
 戦いをこなすたびに薄々気づいていた。愛梨彩の魔術式は戦闘向きではないってことを。典型的な後衛型。役割はバックアップやサポートの方が大きい。多分フィーラの言う通り、愛梨彩一人では争奪戦に勝ち残れないのだろう。


「太刀川くん、落ち着いて。あなたが熱くなってどうするの」立ったままの僕を愛梨彩が制する。「でも、フィーラ。私が退く気がないのは事実よ」
「アリサ! あなたは魔術戦で私に勝ったこともないのよ!?」
「それでも私は退けない。この機会を逃せば一生後悔するから」


 愛梨彩は凛とした表情でフィーラを睨む。そうだ。僕の知ってる愛九条梨彩はこんなところで立ち止まらない。どんな強敵が相手だろうと歩みは止めず、自分の願いにどこまでもひたむきなのだ。


「この、わからず屋……」ぼやくようにフィーラが言う。「なら私から提案があります」
「なにかしら?」
「あなたが勝てると思ってるのはそのスレイヴを得たからでしょう? ならスレイヴ同士の決闘で決めましょう。私のスレイヴが勝ったらあなたは賢者の石から手を退く。あなたのスレイヴが勝てば私はもう口を挟まない」


 「友達だから止めたい」という強い気持ちがこもった口調だった。
 フィーラの気持ちが僕にも伝わる。もし僕の友達——例えば緋色がこの戦いに参加するようなことになれば全力で止めるだろう。もし幼馴染が再び僕に銃を向けたら、「やめてくれ。退いてくれ」と言うのだろう。
 けど、それでも僕は——


「やろう、愛梨彩。僕たちが弱くないってこと、証明してやろう」


 答えが完全に出たわけじゃない。だけど僕は、どうしても愛梨彩に味方してしまうのだ。
 愛梨彩を見やる。無言だが力強く頷いてくれた。その答えだけで充分だ。


「決まりね。この屋敷の地下で決闘を始めましょう」

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