ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》

鴨志田千緋色

魔女の秘密

 それから一週間の時が流れた。屋敷が襲撃されるということもなく、穏便に過ごしていた。
 しかし決して楽な一週間ではなかった。毎日カードを補充するために魔力を使い、毎日訓練を重ねた。
 創ったカードを実戦用に取っておかなければいけなかったため、訓練では自ずと使える手札が限られてくる。少ない手札のやりくりで戦法を考えるのもなかなか大変な修行だった。


「今日は休んでいいわ。その代わり留守をお願い」


 充電期間最後の一日。愛梨彩はどこかへいくようだった。仮にも争奪戦の最中だというのに。


「どこいくのさ?」
「日用品の買い物よ。魔女といえど食べ物や飲み物がないとやっていけないでしょう」
「私がいくと目立ってしまうし、黎もなるべく市街地には出ない方がいいからね。この前から買い物は彼女に担当してもらうことにしたんだ」
「知らなかった……。確かに僕が街にいたら色々面倒臭そうだ」


 おそらく僕とブルームが剣術訓練している間などを見計らって、以前から買い物に出ていたのだろう。死んだことになってる僕が外に出るよりは賢明な判断だ。


「前は頻繁に買い物にいく必要はなかったのだけど……いきなり屋敷の人間が三倍に増えてしまったから、こればかりは仕方ないわね」
「通販使えばいいじゃん。わざわざ外に出るリスクを取らなくても……」
「ああ、テレビのあれね。でも日用品は買えないでしょう?」


 絶句。


 アナログ魔女の中で通販はテレビ通販で止まっているのか。今時、通販という言葉でテレビ通販を思い浮かべる人種の方が少ないだろう。なんか後ろでブルームがけたたましく笑ってるし。


「えっと……まあ、通販の話は忘れて。とにかく気をつけてね」
「心配はいらないわよ。いくら教会の連中でも人混みの中で魔法を放つなんてしないわ。彼らはあくまで魔法の秘匿が目的なんだから」
「ならいいんだけど」


 愛梨彩が玄関扉の後ろへと消えていく。扉が大げさな音を立てて閉まる。


「久しぶりの休みだ。私たちは体を休めようじゃないか」


 僕と同じように二階の一室を自室としていたブルームはそそくさと階段を上がっていってしまった。
 一人ホールに取り残された僕。死霊レイスは休みになにして過ごせばいいんだろうか?


 やはりこれといってやることはない。文明の利器であるスマホは教会での戦闘時に紛失したようだし、リビングにあるテレビを見ながら過ごそうと思ったら、地デジに対応してないし。
 一体魔女はこんな空漠な屋敷でなにを楽しみにして生きていたんだろう?
 興味、というか純粋に疑問だった。こうなったらこの疑問を解決するために時間を使ってやる。
 再び屋敷の玄関ホールまで出てみる。相変わらず一人で住むには虚しくなる大きさだなと痛感する。


「そういえば一階ってなにがあるか全然知らないな」


 二階はゲストルームが大半だ。その中の一室を愛梨彩が自分の部屋として使っていることは知っている。
 反面、一階はダイニングと風呂場くらいしか日常的に使わない。あと使ったことがあるのは客間とリビングくらい。
 覗いたことのない部屋を一つずつ調べていく。仮にも魔女の館だ。予期せぬトラップとか変死体とかがあるかもしれない。慎重にいこう。
 ……と思っていたのだが。
 ほとんどの部屋が空き室だった。客室と比べて大きい部屋であるにもかかわらず、置き物一つない。なんとなく、誰が使っていたのかは予想がついた。


「なんも手がかりないな……」


 今さらだが人のプライベートを覗くのはいかがなものかと思い始める。退屈しているとはいえ、人様の家なのだ。


「まあ、愛梨彩の部屋に侵入するわけじゃないしなぁ。居候の身としては一階になにがあるのか知っておきたい気もするし」


 結局、罪悪感より好奇心が上回ってしまった。となればとことん調べねばなるまい。一階にはあと一つ部屋があったはずだ。
 最後に残された一番奥の部屋を開ける。壁や隣の部屋との折り合いを考えるとそこまで大きな部屋ではなさそうだ。


「では……お邪魔しまーす」


 誰もいないであろう部屋に言葉をかける。少しは良心の呵責が残っていたようだ。
 扉を開けると、そこは書斎だった。本棚が壁に沿って並び、部屋の奥には机と椅子が置かれていた。まるで小さな図書館のような空間だ。ほこりっぽさはなく、定期的に使われている部屋のようだ。
 本棚の中から分厚い本を取り出す。両手で持ってもずっしりくる重さだ。


「ぐりも……いれ? ぐりもあ……グリモワールか?」


 ページを捲ると六芒星やら人体図を使った説明やらが書かれている。おそらく魔導書だろう。書かれている文字は英語ではないようで読めない。いや英語もそんな詳しくないけど。


「よし、手に取るのはやめよう」


 大事な魔導書の可能性がある。手に取って万が一破いたり、ページをにじませたりしたら大変だ。あの無愛想な魔女に延々と説教されるのはごめんだ。


「これ全部魔導書なのか……?」


 部屋の真ん中に立ち、周囲を見渡す。厚い書物がほぼ全ての本棚の一番高いところまで敷き詰められている。
 ふと、視線が部屋の奥の本棚に向かった。一番机に近い本棚である。近くに寄ってみる。


「これ……文庫本じゃないか」


 そこにあったのはいわゆる小説だった。古くなって色褪せているものから、映画化した最近の話題作まである。
 最近のものは愛梨彩が買ってきたものだろう。原作読んでないけど映画で見たことあるぞ、これ。僕はそれを手に取り、パラパラとめくる。


「なるほど……どうりで厨二っぽいわけだ」


 一人で得心してしまうが、これだとまるで読書家はみんな厨二病と言っているようではないか。誤解を招くので訂正しておこう。どうりで言葉のセンスがお堅いわけだ。
 それにしてもアナログ魔女が最近話題の小説をチェックしてたなんて……失礼だけど笑みが溢れてしまいそうだ。


「今度、愛梨彩にこの小説の話してみようかな」


 小説を棚に戻し、他になにか面白いものはないかと部屋を見回してみる。すると、僕の視線が机の上に止まった。写真立てが置いてある。


「……愛梨彩の家族の写真か?」


 そこに写っていたのは父親と母親と思しき、初老の男性と愛梨彩に瓜二つの若い女性。そして、無邪気に笑う幼い愛梨彩がいた。


「なんだよ、本当はこんなに笑えるのか。こんな笑顔……みたことないぞ」


 僕が見てきた彼女の笑顔はニヒルなものだったり、いたずらっぽいものだったりといい印象が全くない。無邪気に笑えるなんて考えられなかった。
 愛梨彩が笑えなくなった理由はなんとなくだが想像できる。魔術式を継承したからなのだろう。魔女になった彼女は日常から隔離されてしまったんだ。


 ——普通になりたい。


 彼女はそう言った。きっとその願いの中に普通に笑うことも含まれているはずだ。僕だって君の無邪気な笑顔が見てみたい。


「必ず……笑わせてみせるから」


 今はいない彼女の代わりに写真に対して宣誓をする。どんなに長い道のりになっても、彼女の笑顔のためなら頑張れる気がした。
 そう口にした矢先であった。聞き馴染みのあるチャイムの音が聞こえたのは。
 ハワードがきた時も同じ音が鳴っていた。襲撃に対するアラームの音ではないのは確かだ。チャイムを鳴らしてから襲撃するなんて礼儀正しい魔女がいるとも思えない。


「来客? 誰だろ?」


 書斎から顔を出し、廊下を見る。当然ブルームが出る気配はない。不在の家主の代わりと言ったら……。


「僕しかいないか。はーい、今いきまーす!」


 早足でホールに向かい、玄関扉を開ける。すると——


「会いたかったのだわ! アリサ!」


 突然、年端もいかない女の子が僕に抱きついてきた!! どういうことだ、これ!?
 幼女? 杖を持って……狼を連れた幼女? これはもしかして……もしかするぞ。


「あの……どちら様ですか?」


 恐る恐る僕が尋ねると、銀色の髪の少女が顔を上げる。その表情は嬉々としたものから一転、口をわなわなとさせ困惑した表情となる。そして、すかさずこう言うのだ。


「誰よ、あなたーーーー!!」


 いや、それはこっちのセリフです。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く