ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》

鴨志田千緋色

お前は誰だ?

「本当に、咲久来……なのか?」


 少女は自分たちに銃を向け、明らかな敵対意思を見せている。その少女は妹のように大切に思っていた女の子——咲久来だった。


「そうだよ、お兄ちゃん。私は魔導教会所属の魔術師ウィザード、八神咲久来」  
「咲久来が魔術師ウィザード……? 冗談だろ……」


 考えたくなかったことが現実に起きた。放心して、思わず剣を手放してしまいそうになる。真っ白になりかける頭の中。現実は残酷だ。


「ごめんね、隠してて。私、小さい頃からずっと魔術師ウィザードの訓練してたんだ。八神は魔導教会の人間だから。本当はずっと秘密にしておきたかったんだけど……ね」


 「そんな素振り、一切なかったじゃないか」。伝えたい言葉は喉を通らず、胸の中でつっかえたまま。
 八神教会が魔導教会だったことはつい最近知った。でも、咲久来が魔術師だったなんて。


 いつも優しく世話を焼いてくれた咲久来が?
 兄と慕ってくれていた咲久来が?
 等身大の女子高生だった咲久来が?


 俺の知らないところで魔術師をやっていた。彼女はずっと魔術の世界にいた。俺はそれに気づかず、ただのほほんと平穏を享受していた。『僕』は今までなにをしていたんだ……。


「怪我はないですか、アインさん?」


 咲久来は彼の手に巻きついた蛇腹剣の残骸を銃剣で切り解く。


「問題ない。救援感謝する」
「私はあなたのスレイヴですから。さ、残りの魔女も狩ってしまいましょう」
「そう簡単に狩られるつもりはないのだけど」


 愛梨彩は加勢してきた咲久来に、躊躇なく水のやじりを飛ばす。冷静で無慈悲。彼女は咲久来のことを敵と判断した。


「あなたに負けるつもりはないのよ、九条愛梨彩! 魔札発射カード・ファイア!『黒水こくすい』!」


 対する咲久来も濁りきった水の弾丸を銃から放つ。水弾と水の鏃は衝突して互いに消滅していく。魔法の力は伯仲している。


「厄介な武器に複数属性使いか……」呆然と突っ立ている俺のもとへと愛梨彩が飛んでくる。そんな俺を守るように愛梨彩は『渦巻く水球の守護スフィア・オブ・アクア』を展開する。「太刀川くん、平気?」


 愛梨彩が心配をしてくれているのは体のことだろう。それに関しては問題ない。問題なのは——心の方。


「ごめん……取り乱しただけだ。体の方は問題ない」
「八神咲久来がくる前に仕留められなかったのが痛いわね。ごめんなさい、私のミスよ」


 突然の謝罪で目が丸くなる。愛梨彩が自分のミスだと言うなんて。


「おしゃべりしている暇はないようね。もうすぐ『渦巻く水球の守護スフィア・オブ・アクア』が破られる。破られたら反撃に出て。あなたがアインの、私が咲久来の相手をするわ」


 愛梨彩なりの気遣いなのだろうか。そう言われてしまうと「わかった」と首肯せざるを得ない。
 今は戦って生き残らないといけない。殺されるわけにはいかない。アインを仕留めれば、咲久来と話すことだってできるはずだ。俺は『折れない意思の剣カレト・バスタード』を再び強く握りしめる。


「今よ! いって!」


 水球が破られるのと同時に愛梨彩が叫んだ。俺は火の玉が舞うフロアを一目散に駆けていく。咲久来の魔法は愛梨彩がフォローしてくれている。今度こそアインを仕留めてみせる。


「九条愛梨彩から倒すぞ」
「はい!」
「簡単にやれると思わないで。『水龍の暴風雨レイジ・ドラゴン・レイン』」


 自分が狙われていることを知った愛梨彩は彼らの行く手に雨のカーテンを出現させる。愛梨彩のカードの中でもランクの高い、範囲攻撃の魔法だ。不利な地形でなければ相手に大ダメージを与えられる!


「させない! 魔札発射カード・ファイア!『地帳ちとばり』!」


 ——だが、『水龍の暴風雨レイジ・ドラゴン・レイン』は完全に読まれていた。


「合成」


 豪雨は咲久来が放った土の弾丸に吸い寄せられていく。フロアの床には雨と土が綯い交ぜになった泥だけが広がっていく。
 愛梨彩は苦虫を噛み潰した顔をしていた。あの表情……彼女にはもう余裕がない。


「くそ!」


 彼女が危ないというのに俺はアインに接近さえできていなかった。
 アインは愛梨彩との距離を詰めつつ、絶え間なく火球で俺を牽制している。火球を斬り伏せて近づくよりも相手の接近スピードが早い。このままだと愛梨彩が二人に畳み掛けられてしまう。特に炎の剣による接近戦に持ちこまれたら、防ぎようがない。
 一瞬、俺への牽制攻撃が止む。アインの方を見ると、魔札スペルカードを放る手が愛梨彩の方へと向いている。


「まずい!」
「『焼却式——ディガンマ』」
魔札発射カード・ファイア!『風月』!」


 フロアに再び「合成」というワードがこだました。今度は自分たちの魔札を合成し、天井を突き破るほどの炎の竜巻を生み出したのか!


 ——あの大きさの魔法は『折れない意思の剣カレト・バスタード』じゃ斬れない。


 そうわかっていながら、魔力を充満させた脚で愛梨彩のもとへと全力で駆けていく。
 手札は剣が二枚、投擲が一枚、盾が一枚。補助魔法『トリック』が一枚。あの魔法を破るカードは手札にない。デッキの中にもないからドローは意味がない。
 白紙ブランクのカードを使うか? いや、こんな土壇場でカードを創っても斬れ味は保証されてないようなものだ。形ではなく、切れ味というステータスを明確にイメージして創るのは難しい。一か八かになってしまう。
 なら、より確実な方法はなんだ? この攻撃を防げればまだ反撃の糸口があるはずだ。


「そうだ……! 防ぐだけなら! 『シールド』セット! 注力最大!」


 俺は迷わず左手で盾のカードを手に取る。
 きっと、君は嫌な顔をするんだろうな。そして嫌な顔をしながら怒るんだろう。でも今はこれしかない。
 俺は盾を構えて竜巻の前へと躍り出る。バックラーほどの大きさしかない、心もとない盾。けど、『太刀川黎』という死体の肉壁も加えれば止められる!


「うおぉぉぉぉ!!」


 炎と盾が衝突する。低ランク魔法でも魔力を最大に注ぎこめば、少しは役立つ。
 炎の渦は絶叫する俺をたちまち飲みこんだ。体は焼け、全身に痛みが走る。身をもって痛みを感じ続け、耐え抜く。次第に渦は勢いを緩め、消滅していく。
 ダメージは深刻だが、着ていたローブのおかげで辛うじて肉体は保っているようだ。後ろから足音が聞こえてくる。愛梨彩が駆けているようだ。


「太刀川くん!? なんでこんなことを……」


 倒れる俺を愛梨彩が抱きかかえた。


「ごめん……これしか……思いつかなかった」
「待ってて。すぐ元に戻すから」
「どうして……」


 攻撃はなく、静かに言葉だけがフロアに響く。咲久来の声だ。


「どうしてその魔女を庇うの!? そいつはお兄ちゃんのことなんとも思ってない! お兄ちゃんはその魔女に利用されてるだけ! 操られているの!」


 少女は銃を構えて、悲痛な叫びを上げた。確かに咲久来からしたらそう見えるのかもしれない。なんとか反論しようと口を開く。


「違う……これは俺の意思で——」
「お兄ちゃんは『俺』なんて言わない! 私が知っているお兄ちゃんは争うことも剣を振るうこともできないの! 今のあなたは太刀川黎じゃない! 太刀川黎の姿をした偽物よ!」
「え……?」


 なにを言っているんだ咲久来? 俺が操られれている? 俺が太刀川黎じゃない?
 そんなはずはない。俺は自分の意思で魔女の戦いに巻き込まれて、自分の意思で死体として戦っているはずだ。でも——


「お願い、お兄ちゃん! 私の知っているお兄ちゃんに戻って!」


 『俺』は本当に『僕』——太刀川黎なのだろうか? なんで戦闘中は『俺』という意識が自分を支配しているんだ?


 ——お前は誰だ?


「俺は……僕は……うぅ!」
「太刀川くん! しっかりしなさい!」


 急に目眩がきた。体は『復元』されつつあるのに、脳だけが未だに焼け焦げるように痛む。


 俺は——太刀川黎じゃない。
 僕も——太刀川黎じゃない。
 今まで戦闘が上手くいってたのは単なる偶然か? なんで武器魔法の適性があった?


 太刀川黎は——何者だ? 


「ごめん、お兄ちゃん……今は眠って。私のお兄ちゃんとして必ず蘇らせてあげるから」


 視界の隅には炎の弾丸が映っている。今度こそ防げない。ここで終わりか。自分が何者かわからず、錯乱して終わるなんて……惨めすぎて笑えもしない。
 俺はそっと目を閉ざす。


「ここで彼を殺させるわけにはいかないな」


 聞き慣れた声がする。ミステリアスだがどこか馴染みを感じる彼女。そう——ブルーム・Bだ。
 穴の空いた天井からマントをなびかせた女騎士が舞い降りる。そして、彼女は魔弾を一刀で弾き飛ばした。


「貴様はやはり九条愛梨彩の仲間だったか」
「本当はもう少しの間秘密にしておきたかったんだけど……流石にピンチは見過ごせなくて出てきてしまったよ」


 ブルームはアインに対して軽口を叩きながら剣の打ち合いをしている。彼女は打ち合いの中で「大丈夫か?」とこちらを心配する余裕があるようだ。


「俺が……アインを倒さないと……」


 ぐちゃぐちゃになる意識の中で、その言葉だけがはっきりと口から出た。
 俺がアインを倒して……咲久来と話をするんだ。自分が甘いのはよくわかってるけど、ここで咲久来を殺すわけにはいかない。


「あなたは休んでいて。私とブルームが戦う」
「でも……!」


 愛梨彩はなにも言わず俺の目の奥を見る。まるで俺が考えていることを見透かしている目だ。反論ができない。「わかった」と返答するのが精一杯だった。
 それを聞くと彼女は飛び出していった。


「咲久来の魔法は私が封殺します。あなたは全力でアインを圧倒して」
「任せてくれ。アインという男の行動は把握済みだ」


 ブルームがアインに迫っていく。両者は打ち合い、鍔迫り合う。歯を食いしばって戦うアインと微笑を漏らすブルーム。力で押しているのはブルームの方だ。


「野良の魔女がいくら増えても……私が殺す!」
「魔術師風情が調子に乗らないでちょうだい。『乱れ狂う嵐の棘ソーン・テンペスト』」
「九条愛梨彩ぁぁぁぁぁ!! 魔札発射カード・ファイア!『地帳』!」


 同時に愛梨彩と咲久来が魔法を撃ち合い、衝突し合う。しかし『合成』の恩恵がないからか、愛梨彩の水魔法を対処仕切れていない。水弾の嵐は土塊を粉微塵に粉砕していく。


「なるほど……その大きい得物、厄介だな」


 剣戟では不利と判断したのか、アインは遠距離攻撃へとシフトしていく。火球はブルームを襲うが、彼女は意に介さずノーガードで走っていく。


「その攻撃、いつまで続けるのかな?」
「いや、これで終わりだ。『障壁式——サン』」


 再び、炎の壁が広範囲に出現する。だが今回は使用法が異なっていた。囲ったのはブルームと愛梨彩と俺だ。教会側の人間は中にいない。時間稼ぎのための魔法だ。


「退くぞ、咲久来。私たちはすでに目的の魔女を始末している」
「でも! まだ九条愛梨彩が! それにあの仮面の魔女も!」


 炎のバリアの外から咲久来の叫び声が聞こえる。姿はおぼろげにしか見えないが怒り、憎悪、悔い……あらゆる負の感情がこもっているように聞こえた。


「私たちだけで魔女二人を対処するのは得策ではない。それに太刀川黎もいる。深追いはせず、状況が不利になる前に下がるべきだ」


 咲久来は返事をしない。説得するようにアインが続けて話す。


「今回の戦闘で九条の魔術式と敵の人員数の情報を得た。それを報告するのも私たちの任務だ。わかったな」
「……了解」


 二人の会話が聞こえなくなる。完全に姿は見えなくなった。それと同時に炎の結界は風前の灯のように勢いがなくなり、消滅した。
 ビルの中は無残な光景が広がっていた。あたりに散らばる瓦礫。ボロボロになった床や壁。吹き抜けた天井。およそ火事で片付くような被害ではなかった。
 それだけ激しい戦いをしたのだ。実戦としては二回目。俺たちはなんとか相手を退け、生き残ることができた。考えなきゃいけないこと、知らなきゃいけないことは山積みだけど、今この瞬間だけは素直にそれを喜びたい。
 そう深く思った。



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