ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》

鴨志田千緋色

仮面の魔女

「いい? まず、あなたの戦いは初手から全くなっていません。なんで最初の魔札スペルカードに『折れない意思の剣カレト・バスタード』を選んだのか。まあ、あなたのことだから『最初に創ったカードだから』という安直な理由なんでしょうけど。あれは今、あなたの力を最大限に引き出す魔法。それをなんで最初に選んだのか。もう一度言いますけど魔札スペルカードは消費制です。強いカードほど生産性は低く、一枚あたりの価値が高くなるの。そして、『折れない意思の剣カレト・バスタード』はデッキに一枚しかなかった。その切り札を最初に切って通用しなかったら即死よ。実戦では即死。白紙ブランクのカードから対策する魔札スペルカードを創ったとはいえ、魔術師相手だとそうはいかないわ。生成を阻むことなんて容易にされます。剣術が素人なのは考慮します。これから磨くべきスキルの一つですから。でも素人とはいえ勝負勘のなさと使い所の考えなさは呆れるレベルね。もっと考えて戦ってちょうだい」


 捲したてる愛梨彩の声で耳が痛い。美味しそうな目玉焼きではあるが食べている暇がない。小言を言われず、悠々とドッグフードを頬張るナイジェルが羨ましい。
 訓練の後、体を『復元』してもらい、朝食をとることになった。
 だが朝食といえど、魔術の講義の時間。先輩スレイヴに勝ったのにこれである。ダメ出しに容赦がない。というより魔術の話をしてないと間が持てないからだろう。


「っていうかさ、なんで魔札スペルカードは消費制なの? 使い勝手悪くない?」


 説教に堪えきれず、話題を逸らす。彼女の言っていることはご最もなのだが、僕は素人なのだ。消費制であることは理解していたが、ランクの高いカードは枚数に限りがあるなんて初めて聞いた。


「確かに使った分生成しなくちゃいけないのは手間だし面倒ね。だから昔は所持している擬似魔術一式を刻んだ魔本スペルブックという外づけ魔術式が主流だったわ。でも魔本スペルブックは燃やされると擬似魔法が一切使えなくなるという欠点があるのよ。その点、魔札スペルカードはローブとケースによってデッキの魔術式は保護され、失うとしても手札や替えのカードがあるもの。つまりリスクの分散という意味で優れているのよ」
「ああ、なるほど! 一つの場所に最も進んだセーブデータを残しておくより、別の場所に細かく、チャプターごとにセーブしてる方が失っても苦い思いをしないのと同じか」


 彼女の説明に合点がいった。全てを網羅したものが一つあれば大体こと足りる。しかし、それが失われた時の損失は大きく、すぐには替えがきかない。セーブデータが飛んだ時、「なんで分散して保存しなかったんだ!」と悔いた経験が僕にもある。


「セ、セーブ……データ? ってなにかしら?」
「いいえ、なんでもないです」


 アナログ魔女はどうやら僕の話を一ミリも理解していなかったようだ。彼女は一体なにを楽しみにして生きているのか甚だ疑問だ。


魔札スペルカードの話に戻るわ。利点の話の続きだけど、魔札スペルカードは魔術の痕跡が残りにくいのよ。使ったカードは消え、生み出した魔法も一定時間で消滅する。事後処理があまり必要ないのよ。そういう意味で今は魔札スペルカードが主流ね」
「なるほど」


 ようやく余裕が生まれた僕はソーセージを頬張りながら、相槌を打つ。美味い。このソーセージもまた肉の質にこだわったチョイスがされている気がする。


「ほかに質問はある? この際だから遠慮なく聞いてちょうだい」
「そうだなぁ」


 質問……といえばやはり魔札スペルカード関連のことだろうか。さっきみたいに魔札スペルカードの生成難易度のような知っているつもりでも見落としている部分があるはずだ。そういう意味ではすんなりとできてしまった魔札スペルカード生成関連の話は改めて聞いておいた方がよさそうだ。


「カードの生成ってどうすればいいんだろう? 今日やったみたいな感じでやっていけばいいのかな?」
「基本的に一度創ったカードは何度でも創れるわ。生成した結果をもう知っているからね。ただし、強いカードほど創る時に使う魔力量が膨大だから一日に何個も創れるわけじゃないわ。あなたのバスタード、テイル・ウェイブなら一日二枚くらい——C、Dランク相当ね。まあ一番下のEよりはマシなレベルだわ」
「あんまりランク高くないのか……」
「一朝一夕で強い魔札スペルカードを生み出されたら魔女として私の立つ瀬がないのだけど?」
「それもそうですね、はい。図に乗りました」


 身を縮こまられせるように首を下げる。
 愛梨彩の言う通りだ。今日初めて魔法を行使した人間がおいそれと高ランク魔法を生み出せるわけがない。そんな魔術の天才だったら主人公補正ゼロの自分に嫌気は差さなかったのだ。


「付け加えると、未知の新しい魔札スペルカードを創る場合も簡単にはいかないわ。あなたは今日パッとすぐに新しい魔札スペルカードを生んだけど、普通はカード生成の経験値が関わってくるの。言い換えると魔札スペルカードを創れば創るほど強いカードを創るコツがわかるということね。こればかりは地道にカードを創って努力を積むしかないわ」


 地道な努力。わかってはいたが、最強の魔術師を目指す道のりはまだまだ長いようだ。


「よくわかった、ありがとう。質問は以上かな」
「そう。ならいいのだけど。魔術のことは今みたいにいくらでも教えられるけど剣術は……一体どうしたものかしらね。どんなに魔術スキルが磨かれても剣の使い方や前衛での戦い方がわからないようでは意味ないわ」


 愛梨彩が嘆息を漏らした。心なしかフォークも進んでいないように見える。


「そこは……愛梨彩と訓練していくうちに身につければいいんじゃない?」
「無闇やたらに訓練したって意味がないわ。それに魔女の私は後衛のポジションよ。私と訓練しても対魔女戦——後衛との戦いが上手くなるだけよ。それではスレイヴとして困るの」
「困る……とは?」
「スレイヴは基本前衛で戦う役割よ。となると必然的に前衛と前衛、後衛と後衛が戦うことになるわけ。教会での戦闘の時もあなたが前衛のワーウルフを、私が後衛で援護射撃をするアインを相手したでしょう?」
「ああ、覚えてるよ」


 あの時、愛梨彩に言われるがまま狼男の相手をしたが、そういうセオリーだったのか。今になって前衛同士で戦っていた実感が湧いてきた。


「後衛の魔女を相手にする機会がないとは言わないわ。でもスレイヴである以上メインで行う戦闘は前衛対前衛なの。特に格上の相手との戦いで逼迫するだけの力が欲しい。そういう意味ではナイジェルはふさわしくないから……さて困ったわね。実戦で身につけてもらうわけには——」
「おや、食事中だったかな。失礼するよ」


 愛梨彩の言葉を遮るように謎の第三者の声が忽然と鳴り響く。この部屋には二人と一匹しかいないはずだ。声の方へと向く。見ると、ドア口のところに佇む人物が一人。


 ——ピンクの長髪をなびかせた仮面の剣士がそこに立っていた。


 仮面はヴェネチアン風のアイマスクを彷彿とさせるが、ヘルメットのように後頭部まで覆われている。浮世離れした仮面姿と纏っているダークブルーのマントのせいで性別が正しく認識できない。魔女なら女の方が多いはずだが……。
 ただ、一つだけわかることがある。


「お前、あの時の……」
「誰かしら、あなた? この家は教会の人間でも簡単に入れないように結界が施してあったはずだけど」


 愛梨彩は侵入者に対して身構える。今にもカードを展開せんとばかりの勢いだ。主人の様子から察したのか、ナイジェルも低いうめき声を上げている。


「待って、愛梨彩。その人は敵じゃない」


 僕は立ち上がり、愛梨彩を制止する。


「どうしてそう言い切れるの? 家主の断りもなしに侵入してきた人間が敵じゃない理由は?」


 愛梨彩の言い分は最もだ。魔女の屋敷——敵の本拠地に堂々と侵入してくる人間は一見味方に思えないだろう。本当に襲撃しにきた可能性も否定はできない。
 だが、僕は知っているのだ。


「それは……この前……教会での戦闘の時に介入したのはその人なんだ」
「この女が?」
「ああ。はっきりと見た。窮地に陥った時、何者かが攻撃してきただろ? あの爆煙の中に、この仮面の男——いや仮面の女がいたんだ」
「介入してきたからって信用する理由にはならないわ。野良の魔女なら戦況を引っ掻き回しにきただけってこともありえるでしょ。それに仮面で素顔を隠している人間のなにを信用しろと言うのかしら?」
「いや、でも彼女は——」


 「敵じゃない」。続けようとした言葉は完全に僕の主観で、なんの根拠もない。唯一の根拠も曖昧なものだ。
 彼女は僕が『太刀川黎』だと知っていた。彼女に呼ばれた時、不思議と親しみを覚えた。
 それだけ。理由はそれだけ。そんなことを言っても愛梨彩は信用しないだろう。


「話がこじれそうだね。まずは自己紹介。その後に私がきた目的を話してもいいかな? 私を葬るのは話を聞いた後でも難なくできるだろう、九条の魔女?」


 仮面の女の言葉は煽りだ。まずは交渉の席に着かせようとしている。対する愛梨彩も「いいでしょう。私が腹を抱えて笑えそうな話を期待するわ」と煽り返す。彼女が腹を抱えて笑うわけがない。


「私の名前はブルーム・B。歴が浅い魔術式を継承した野良の魔女だ」
「ブルーム・B? 血族ではなく有能な魔術師に襲名させるしきたりを持つ異色の魔女家系よね? 」
「やはり知っているか。外部の魔術師に襲名させているせいで結構有名になってしまっているようだね」
「今の当主は五代目だから……さしずめあなたはブルーム・B・フィフスと言ったところかしら」


 野良の魔女……ブルームと名乗ったこの女も魔導教会に所属していないらしい。しかも魔術式を外部の魔術師に継承させるとは。素人の僕でも異端なのがよくわかる。自分が持つ奇跡の力を赤の他人に譲る……普通の人間にはできない。


「説明の手間が省けて助かるよ。かく言う私も外部からやってきて襲名した一人でね。継承した際に過去の自分自身や自身の血筋と決別した。私という個人を表に出すことはない。この仮面はそのためのものだ」
「それもブルームのしきたり?」
「ああ、そうだ。ブルーム・Bという記号になった今、この仮面姿こそが素顔なのだとわかっていただきたい。礼儀がなっていないと、思われるかもしれないけどね」


 『しきたり』と言われてしまうと愛梨彩も返す言葉がないようだ。魔女は互いに不可侵の関係だ。他人の家のルールには口出しできないのだろう。
 それにしても奇妙なルールだ。個人を捨て、記号に徹する。そこまでして継承しようとした魔法とはなんなのだろうか。


「あなたの名前を聞いて合点がいったわ。時間魔法を使って侵入したってわけね」
「時間魔法!?」
「驚くことじゃないわ。まだ研究段階の魔術式のはずでしょ? 大それた時間魔法は使えないと聞いたけど」


 僕の驚きを愛梨彩が一蹴する。


「その通りだよ。使える魔法は少ないし、制御の難しい魔法だが、ピンポイントでなら使うことができる。今回の侵入はいわばパフォーマンス。君たちへの売りこみだ」
「売りこみですって?」


 愛梨彩が訝しげに眉をしかめる。ブルームは物言いだけでなく、身振り手振りも仰々しく、僕も少し不審に感じる。ブルームの考えていることが読めない。売りこみとは一体……。


「私は君たちと敵対するつもりはない。それは教会での介入を知っているならわかるはずだ。だから同盟を結ばせていただきたい」
「同盟? 要求はなに? あなたも賢者の石に願いを叶えてもらいたいって口なのかしら?」


 同盟とは驚いた。争うべき相手が一人減るわけなのだが……愛梨彩は未だに身構えている。相手の真意を知るまで警戒は解かないようだ。


「要求は特にない。確かに我々三人程度の願いなら叶えられるだろう。ほかの魔女が賢者の石欲しさに徒党を組んでいるのも事実だ。だがあいにく私は得体の知れない代物は信用しないと決めていてね。そうだな……要求らしい要求を強いて言うなら彼を私に預けてくれないだろうか」


 ブルームが指差した先にいたのは僕だった。目が泳ぎ、自分で自分を指差す。まさかのアプローチに驚きを隠せず、「僕!?」と素っ頓狂な声が出てしまう。


「戦力を寄こせってわけね。冗談としてはまあまあね」
「お気に召したのなら嬉しい限りだが……そうではない。言い方が悪かったな。君は彼の指導に悩んでいるのだろう? 君たちの陣営の人員では素人の彼に前衛対前衛の戦い方を教えられないからね」
「ええ、まあ」
「だからそれを私が請け負おうという意味だ」


 ブルームが背中から剣を振り抜く。独特の形をした、ファンタジーゲームでも見たことがない剣だ。


「ご覧の通り、私は魔女でありながら接近戦を主にしていてね。黎くんの訓練にはうってつけの魔女というわけだ」
「なにが目的でそんなことを」
「私は君たちに生き残って欲しい。それだけさ。彼を私のスレイヴにする気は毛頭ないし、私が怪しいと思ったら処理すればいいだけの話だ。君が抱えるリスクは微々たるものだ。むしろメリットだと思うけど……いかがかな?」


 しばし沈黙が流れる。
 ブルームを信頼するだけの証拠はなにもない。野良の魔女という客観的事実と僕が親しみを覚えるという主観的事実だけ。敵じゃないと言ったのは僕だが、彼女の言い分はかなり胡散臭い。
 ブルームの要求を端的に表すとこうだ。


 ——「賢者の石はいらないから、代わりに太刀川黎を指導させてくれ」


 彼女に得があるようには思えない。裏がありそうな美味い話だが……ブルームを疑いたくない自分もいる。なにより僕たちが生き残って欲しいのは本心のように聞こえた。


「いいわ。結びましょう、その同盟」


 僕が悩んでいるうちに愛梨彩の答えはあっさりと出ていた。「同盟を結ぶ」。多少の迷いはあったようだが、今は戦力が欲しかったということらしい。


「いいのか、愛梨彩?」
「あなたがそれを聞くの?」
「いや……それは」


 返す言葉が見つからず、どもってしまう。敵じゃないと最初に言ったのは僕なのだから、問い返すのはやはり変だったのだろう。自分でもどっちつかずだと思う。


「ありがとう、九条愛梨彩」
「愛梨彩でいいわ」愛梨彩は警戒を解き、再び席に座る。「けれど同盟を結んでいる間は私の監視下にいてもらいます」
「ああ、それは構わない。私が君の立場だったら同じことをする」
「あなたには明日から太刀川くんの訓練を担当してもらいます。本当なら今すぐ……と言いたいところだけど、彼はまだ前衛同士の戦いができるほど基礎が固まってないし、魔札スペルカードにも限りがあるから」


 愛梨彩はナイフとフォークを使って食事を再開する。僕も同様に止まっていた手を進める。すっかり冷えてしまったが、食べなければ基礎訓練まで保たない。
 食べながら横目でブルームを見やる。彼女は悠然と壁に背をもたせかけている。
 仲間に加わった仮面の魔女……親しみもあれば怪しさもある不思議なオーラを纏う魔女だ。根はいいやつなのだと信じたい。仮面の下ではどんな表情を浮かべているのだろうか。——天使の微笑か悪魔の嘲笑か。

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