ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》

鴨志田千緋色

折れない意思の剣

 食事を終え、半ば自室と化してきた客間へと戻る。天蓋の張られたベッドを見た時、愛梨彩の部屋かと思ったがどうやら違ったらしい。
 今日は訓練で疲れたから一眠りするとしよう。
 ちなみに寝ても魔力は回復したり抑制されたりすることはないが、寝ることに意味はちゃんとあるのだとか。特に「精神的疲労は寝るという行為でリフレッシュするべきよ」と愛梨彩は食事中にアドバイスをくれた。食事中くらい別の話題にすればいいのに。
 今日は魔力を抑える術を身につけた。つまりなんの気兼ねなく寝れるわけだ!


「おやすみ!」


 そう独り言ちて床に就いたのだが……


「太刀川くん。特訓よ」


 朝一番、愛梨彩が叩き起こしにやってきた。壁の時計を見ると、時刻は午前五時。窓から差し込む朝日などは一切なく、外はまだ夜の帳が広がっている。


「いつも朝早くない!?」
「いい? フィーラがくるまで時間がないの。無駄に寝る間があるなら訓練するべきなの。それとも今ここでパスを切って永眠したいかしら?」


 褒美をくれたと思ったらすぐこれだ。魔女の横暴、きまぐれはいつくるかわからないのだ。表情こそ変わりはしないが、案外気性はコロコロ変わりやすいタイプなのかもしれない。


「わかりました、起きますから! 眠気はないけど気になって口にしただけですから!」


 いささかふてぶてしく愛梨彩に当たる。怒っているとかそういうわけではないが、寝起きすぐに魔女の眷属モードに切り替えとはいかないわけだ。うん。


「あら? ずいぶんとご機嫌斜めね。今日はせっかくあなたの魔力適性を見ようと思ったのに」
「今すぐいきましょう! 場所は地下室ですか!?」


 はい、変わったー! 眷属モードに変わった!


「随分と早い転身ね。嫌いじゃないわ」
「ええ、転身しましたとも。心待ちにしてたからね。それに——」


 魔力適性と聞いて心躍らないわけがない。自分がついに魔法を使う……この瞬間を今か今かと待ち望んでいたのだ。でも、それ以上に——


「僕がスレイヴでいる意味を考えたらやらないわけにはいかないでしょ? 僕はスレイヴでいる以上強くならないといけないんだから」


 力を欲していたのだ。今度こそ彼女を守れるようになりたい。魔女の騎士として恥じない存在になりたい。そのためならなんだってするさ。


「言うじゃない。では早速地下室へいきましょう」


 地下室へいくと、昨日までなかった机が目についた。周囲は蝋燭の灯で照らされ、不思議と鬱蒼とした感じはしなかった。
 テーブルに近づき、置かれているものに目を配る。波の描かれたカードや炎のカードに風のカード。武器の絵柄や翼の描かれたカードなんかもある。


「それは魔札スペルカード。この前も話したけど、いわゆる外づけの魔術式ね。あなたが擬似魔法マジックを発動するための必需品よ」


 この手のひら大のカードが魔札だったのか。アインと戦っている時はじっくりと見る暇がなかったので、認識するのは今が初めてだ。これに魔力を通せば僕もついに魔法が使えるというわけだ。


「そこ、触る前に説明を聞きなさい」
「はい!」
「まずは擬似魔術の種類を知ってもらわないといけないわ。その上であなたの適性を把握します」


 愛梨彩先生お得意の魔法学の講義が開始した。腕組みをしながら説明する姿は自身が知悉であることをひけらかしているようにも見える。


「擬似魔術は大まかに三つの区分がされているの。一つはエレメント系の魔術。火とか水とかいわゆるこの星の構成要素を自分の思うままに使う魔術ね」
「愛梨彩やアインが使ってた攻撃魔法の類だね」


 水球を発生させたり、火球を飛ばしたり……ファンタジーの世界でもオーソドックスな魔法群だ。属性魔法で撃ち合う自分の姿を妄想すると……ニヤニヤが止まらなくる。


「二つ目は補助系の魔術。姿隠しや浮遊、結界……文字通り戦闘を有利に進めるための補助を行う魔法ね。補助魔法だけで戦うことはまずないわ。自分の属性魔法と合成した補助カードか、メインとなる属性魔法とは別にカードケースに数枚仕こんでおくか……という使い方ね。前者は私の『渦巻く水球の守護スフィア・オブ・アクア』がわかりやすいんじゃないかしら? あれには『障壁』と『浮遊』の補助魔法を組みこんであるから」
「確かに……火球の防御と退却の時に空を飛んでいたな」


 教会での戦いの時に愛梨彩が多用していた魔法が『渦巻く水球の守護スフィア・オブ・アクア』だった。補助魔法を組みこんだ防御手段兼移動手段なら使い勝手がいいのも頷ける。


「最後にそれら二つに当てはまらない例外的な魔法ね。例を出して言えば、闇魔法と光魔法。模倣魔法や武器魔法もそうね」
「光と闇は属性魔法じゃないの?」


 光、闇、地、水、風、火。創作上の世界ではこれらをエレメントとすることが多い。そう考えると、光と闇がエレメントから外されるのはしっくりこない。違和感が残る。


「光と闇……それ自体は人に害を及ぼすものではないからよ。洪水、火災、台風、地震。属性魔法はそういった転じて人を傷つける要素のことなのよ。考えてみなさい。暗闇はあなたを傷つける? 光を浴びて、あなたはダメージを受ける?」


 彼女の言葉を受けて思わず膝を叩いた。エレメント系の擬似魔法はあくまで物質の現象なのだ。光や闇というのはどちらかといえば概念に近い。


「直接的な害は確かにないね。ずっと夜だったら体調悪くなるだろうし、日の光だって極度のものなら焼けるけど」
「そう。だからここでいう光と闇は属性の枠を超えたものなのよ。光の攻撃なら光線。闇の攻撃なら魔法を無効化する虚無。それを便宜上光魔法、闇魔法と呼んでいるだけ」
「なるほど……区分って難しいんだな」
「例外ってだけよ。そもそも例外の擬似魔法は近頃まで魔法ウィッチクラフトだったものよ。だから区分に当てはまらないの」


 魔法ウィッチクラフトの格落ち。それは魔法が普遍から特別へと移り変わった原因の一つだ。どんな神秘も技術の進歩によって解明され、特別なものではなくなる。


「それじゃあ……愛梨彩の『復元』もアインの『合成』も?」
「そうね。そのうち私の魔法も擬似魔法に格落ちする日がくるのかもしれないわね」


 「特別なものなんてない」。愛梨彩はそう言わんばかりにきっぱりと言い切ると、テーブルの上のカードに手をつけた。


「さて、気を取り直して適性判断といたしましょう。私の希望は武器魔法よ。レイスは使える魔力が限られているから、エレメント系の魔法で撃ち合いをするのは向かないわ」


 愛梨彩が手に取り、見せたのは剣が描かれたカード。
 思わず開いた口が塞がらなかった。どうやら僕は魔法の撃ち合いをさせてもらえないらしい。いやそれ以上に愛梨彩の望みの方が僕を絶望させた。


「それって……さっき言ってた例外魔法ですよね?」
「そう。さっきも言った通りこの例外魔法は最近まで魔法だったものよ。それが使える人間は限られてくるわね」
「そんな横暴な」


 閉じることができない口から嘆息が漏れていく。
 期待されているのは素直に嬉しいが、彼女の僕に対する期待値はなぜかいつも高過ぎる。ただの一般ピーポーに飛ばせるハードルの高さではない。いきなり魔法ウィッチクラフトクラスの魔法適性をみせろと言われて、どうしろと?


「だからあくまで希望です。武器魔法が得意かどうかを判断するだけで、決して使えないということではないわ。私が得意な魔法は水だけど魔刃剣のカードが使えたでしょう?」
「それを先に言ってよ」


 全身の冷や汗が引き、ほっと胸を撫で下ろす。その言葉だけで救われた気がした。適性はあくまで適性。相性がいいということらしい。  
 となると疑問が一つ浮かんでくる。


「相性が悪くても使うことができるなら、適性がある場合の恩恵ってどうなるのさ?」
「簡単に言えば精製できるカードの幅が増えるわ。得意ということはその魔法に精通しているということ。だから他のカードの技術——補助魔法を応用したカードが創れるのよ」
「さっきも言っていた『渦巻く水球の守護スフィア・オブ・アクア』がその最たる例ってことか」
「適性は最悪無視しても構わないから後で考えましょう。応用魔法ができなくてもあなたは剣を創れるし、状況に応じて剣を使いわけることもできるってことを知っておいてくれればいいわ。けど応用が——」
「けど、応用ができるに越したことはないってわけだ」


 愛梨彩が言いたいことが手に取るようにわかる。仮に適性魔法がエレメント系だとしても僕はその擬似魔術を使いこなすまでにはならない。初歩的なものですらガス欠するのだ。応用なんて以ての外だ。
 だとしたら使う回数が少なく、長持ちする武器魔法に適性があるに越したことはない。武器魔法適性の方が応用魔法を使える可能性が高いのだから。


「その通りね。じゃあ、早速適性判断といきましょう。これは白紙ブランクのカード。まだ魔術式が書かれていない、私たちが使う魔札の素よ。これに魔力を通してみて。カードの創り方がわからなくても適性のある属性なら自ずと浮かび上がってくるはずだから」


 いざ適性判断の時。なに、気負う必要はない。武器魔法の適性がなくても武器は使える。武器は使えるのだ。
 でも、あわよくば武器。武器であれ。武器じゃなかったら愛梨彩は間違いなく落胆する。表情は変えずとも落胆するのが目に見えてわかる。それはちょっと見たくない!
 影響するかは不明だが、自分が思う最強の武器をイメージする。「ええい、ままよ!』と心の中で叫んで目をつぶり、カードに魔力をこめる。


 武器よ、こい。
 武器よ、こい。
 武器よ、こい。


 手に注力した魔力が吸い取られ、持っているカードからわずかな熱量を感じる。——結果が出たようだ。
 恐る恐る薄目を開けてカードを確認する。浮かび出た絵柄は——岩に刺さった剣。


「剣……ですよね?」
「剣ね」
「これってつまり……」


 二人でカードを確認し、お互いの目を見合わせる。彼女の目はまんまると見開かれている。きっと僕も鏡写しの表情をしているに違いない。


「驚いた。適性判断でCランク魔法が出るのもそうだけど、なにより……あなたにはやっぱり武器魔法の才能が——」
「ヒャッホーホイ!! キタァァァァァァ!」


 愛梨彩の言葉をつゆも聞かず、カードを手にして一人舞い上がる僕。偶然とはいえ思い通りの結果だったわけだ。なんとなくでき過ぎている気もしなくはないが、素直に嬉しい気持ちが勝っていた。


「記念すべき最初のカードね。私が名づけてあげましょう」
「あ、はい」
「『折れない意思の剣——カレト・バスタード』なんてどうかしら?」


 カレト・バスタード。魔札の絵柄から着想を得たのだろう。石に刺さった剣——エクスカリバーの別名カレトヴルッフとバスタード・ソードを合わせた造語。ついでに石と意思をかけているのも趣があり、まさしく僕らしい。


「名前がいちいち厨二臭いよね、愛梨彩って。日本語に英語のルビ振りしてるあたりとか完璧だよ」


 名前がカッコつけ過ぎてて変な笑いがこぼれた。これで中身が三八歳なんだから笑わずにはいられなかった。童心を捨て切っていないというか、子供っぽい部分もあるというか。僕はそういう人が嫌いじゃない。


「ちゅ、ちゅうに……? ど、どういう意味かしら?」


 魔女は聞き慣れない現代スラングを聞いて小首を傾げていた。こんなことで愛梨彩を困惑させることができたとは。「カッコいいってことだよ」とつけ加えようとしたが、「やっぱり言わなくていいわ。褒め言葉でないのはわかるから」と手で制されてしまった。


「それとこれを」


 手渡されたのは黒い布と縦長の箱のような物体だった。箱の方にはベルトがついている。


「これは?」
「あなた用のローブとカードケース。ローブは防御と姿隠し用よ。ケースには武器魔法で構成されたカードデッキが入っているわ」


 ついに主人である魔女から正式に武器と防具を賜った。僕は嬉々としてカードケースを開け、自分の武器を確認する。これから先、命を預ける代物なんだ。確認せずにはいられなかった。


「あれ? 魔刃剣がないんだけど」


 カードを扇状に開いて確認すると、すぐに気づいた。魔刃剣がない。カードは剣やナイフなどの刃物が大半。異なるものは平凡な盾と人の姿が消えていく絵柄のカードが数枚ある程度。パイプのような絵柄は見つからなかった。


「あれは同じ武器魔法でも魔力消費がバカにならないの。使えるのは魔女クラスの魔力を持つ者だけ。レイスには不向きな魔法だから没収」
「そうか……」


 得心せざるを得なかった。断続的に魔力を供給する必要がある魔刃剣。それを使うのはエレメント系の魔法を撃ち合っているのと変わらない。
 あの武器が好きだったから残念でならない。だが、エネルギー食いの武器を使っていては武器魔法の適性が無意味となってしまうのだから仕方ない。


「同じ理由で銃火器系の魔法もないわ。あれは弾を魔力で編んで放つものだから。クナイやナイフのような投擲できるのは入れてあるけど使い過ぎないように」


 魔力が限られているから無駄撃ちはできない。それは武器魔法でも同じことなのだ。僕は「了解」と短く返すとすぐにローブを羽織り、ケースをガンホルダーのように腰に巻きつける。

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