ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》

鴨志田千緋色

謎の騎士の介入

「まだ動ける?」


 愛梨彩が俺のもとへと飛んできた。褒める言葉一つも出ないのは……なんとなく予想していた。


「もちろ――あ、」


 余裕でまだ動ける。そう思っていたはずだった。
 だが体は意思とは反対に力が入らず、俺はがっくりと足から崩れてしまう。手に持っていた剣からは刃が消えていた。


「やっぱり。さっきの一撃でほとんど使い切ったみたいね」


 俺に話しかけてはいるが、愛梨彩の意識は未だ撃ち合いをしているアインに向けられている。しかし、先ほどとは打って変わって均衡は崩れているようだった。降り注ぐ火弾を水弾で相殺する。防戦一方だ。彼女は苦虫を噛み潰した顔をしていた。


「『水龍の暴風雨レイジ・ドラゴン・レイン』!」


 それでも愛梨彩は諦めていない。ここで決定打を与えると言わんばかりに集中豪雨が叩きこまれていく。煙のように水しぶきが霧散し、アインは見る影もない。


「やったか?」
「いえ……まだよ」


 即座愛梨彩が否定する。霧の中から徐々にその姿が現れていく。そこにあったのはアインの姿ではなく泥の障壁だった。


「あいつ、炎の魔法使いじゃないのかよ!」
「やっぱりあの男……私の水魔法と周囲の土を瞬時に『合成』させてるようね」


 泥の障壁を割るように中からアインが出てくる。
 愛梨彩が防戦一方になった理由がわかった。あの男――アインは水の魔法と庭の土を利用して泥を生み出している。彼女の魔法は届く前に変換されていたのだ。


「あなた、合成の魔術式を持っているようね」
「その通りだ、九条愛梨彩。そう言う貴様の魔術式は死霊魔術か?」
「さあ……どうかしらね? 力尽くで調べてみたらいいんじゃない?」


 愛梨彩の言葉は虚勢だ。明らかに余裕がない。地面をしっかり踏みしめてはいるが、ぜえぜえと肩で息をしている。


「どうする? このままだと二人ともやられる」
「数のアドバンテージもないに等しいものね……相性も地形も不利。ここで魔札のストックを使い切っても倒せるかどうか……」


 愛梨彩の声色から覇気がなくなりつつあった。顔の血色は悪く、急に老けこんだように見える。それだけ切迫した状況だった。
 数の優位を取る作戦は失敗し、愛梨彩がアインを抑えることも叶わない。手詰まりだ。
 だが猶予を与えてはくれない。アインはすでに戦闘態勢に戻っている。


 ――狼男は倒した。ここでアインを抑えれば愛梨彩一人は逃げられる。


 俺が剣を取ったのは彼女を生かすためだ。俺が死の淵から蘇ったのは彼女を救うためだ。
 なら、今の俺が彼女を生かせる方法はただ一つだ。覚悟を決めろ。


 ――彼女さえ生きていてくれればいい。


「君は逃げろ! 俺が抑える!」
「無茶よ!」


 気づいた時には重い足に力をこめ、駆け出していた。魔刃剣は使えない。策はない。アインの魔法をかい潜って肉弾戦を仕掛けにいく。一か八かだ。


「せめて彼女だけは――」


 次の刹那、目の前で爆炎が舞い上がる。黒煙が立ちこみ、視界が遮られていく。
 アインの攻撃? いや、違う。俺を狙うにしては爆破地点が手前過ぎる。まるでアインと俺が接触する前に中間地点を狙撃したかのようだ。


「今のうちに逃げるんだ、黎。今の君たちではアインは倒せない」


 黒煙の中に何者かが佇んでいる。姿ははっきりと見えないが、マントかローブのようなものを羽織っているようだった。
 その声はどこか親しく、馴染みがあるように思えた。どこの誰かはわからないが、自然と敵と思えなかった。


「今よ、太刀川くん! 撤退するわ!」


 何者かに返答するより先に愛梨彩が叫んだ。なにも言えず、彼女の所へと合流する。
 愛梨彩は再度水の球を発生させると俺を中に入れ、浮遊させた。教会が段々と小さくなって見えていく。
 ふと教会の庭に目を遣った。黒煙が晴れ、アインと対峙する何者かの姿が露わになっている。


 そこにいたのはピンク色の長い髪を揺らす仮面の騎士……浮世離れした、見覚えのない姿だった。


 その姿を目に焼きつけると同時に俺の視界は再び暗転し、意識は深層へと沈んでいった。まるで活力全てを使い果たしたように。

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