ゼロの魔女騎士《ウィッチナイト》

鴨志田千緋色

初陣

 深淵の底で声が聞こえた。
 やがて声は一筋の光になって暗闇の底を照らす。
 僕を現世に呼び戻す女の声。声の主は言う。


「汝、我がしもべになりて敵を討つ兵となれ!」


 有無を言わさぬその言葉は命令に違いなかった。
 僕が敵を討つ兵? 冗談じゃない。
 僕はその辺にいる一般人。エンドクレジットに学生Aとしてキャスティングされた言わばモブだ。いやエンドクレジットにすら名前が残らないモブかもしれない。
 どちらにせよ、モブキャラはおとなしく無言で退場するのだ。死人に口なし。なんの意味もない、返事のないただの屍。その辺の石ころと同じだ。


 でも――


 もし、彼女の言葉の通り兵になれるというのなら……僕は――俺はその言葉にすがりたい!


 俺はここじゃ終われない!
 俺はこんな死に方をする人間じゃない!
 俺の生き様はこれからだ!


 ――深層の俺の意識が自分の死を否定し続ける。


「だって……俺はまだなにも成し遂げちゃいないんだから!!」


 光が徐々に大きくなる。俺の意思に呼応するように。


「結ぶぞ、その契約! なんだって構わない! 生きて……生きて成し遂げられるなら!」


 奥底に沈んでいた生きたいという意識は吸い上げられるように軽くなる。どこかに引き寄せられて帰っていくような……そんな感覚だ。


 気がつくと見慣れた光景が目に入った。教会の敷地だ。
 目の前の教会の壁は丸く大きな穴が空いている。位置関係からして、今いる場所は教会の敷地内にある庭だ。


「太刀川くん、意識はある?」


 横たわっていた体を起こすと眼前には九条愛梨彩がいた。心配するような声音ではなく事務確認をするような淡々とした声。


「愛梨彩……? 俺は一体……」


 そうだ。俺はあいつらから愛梨彩を庇って死んだはずだ。だが、なぜかわからないがちゃんと現世にいる。
 体のあちこちを見て自分に起きたことを確認する。癖でメガネを触る仕草をするが感触はない。だが、視界ははっきりとしている。
 ワイシャツから血が滲んでいたが、損傷はない。貫かれた心臓の穴も塞がっている。
 俺の体は狼男の攻撃を受ける前に「戻っている」ようだ。一つ違うところがあるとしたら、体の感覚が自分のものではないように軽いことだ。活力が漲っている。


「説明は後で。アインたちがくるわ」


 説明なんて後で構わない。それよりやらなくちゃいけないことがある。意味もなく死んだわけではなくなった今、俺がやることはただ一つ。


「わかった。アインから君を守ればいいんだな?」
「ええ、そうよ。話が早くて助かるわ」
「『焼却式——ディガンマ』」


 男の声が静かに響き、突如瓦礫が爆発四散する。アインたちが追いかけてきたのだろう。


「俺はどうしたらいい? どうすればあいつらを倒せる?」
「先手を打ってワーウルフ――狼男を倒すわ。教会から出てきたら距離を詰めて攻撃して。アインが援護の魔法を放つ前に接近戦に持ちこむのが理想だけど、そこは私がカバーするわ」
「わかった」


 それだけ言うと俺の足はすぐさま駆け出そうとしていた。


「待って、これを」


 愛梨彩がケースから一枚のカードを取り出すと、それは二〇センチほどの鉄パイプに変化した。パイプはエングレービングが施されているだけで、とても役に立つ代物には見えない。


「これは?」
「魔刃剣。その名の通り魔力を刃にする武器よ。私の魔力を注ぎ込むから、これでワーウルフを倒して」


 愛梨彩がパイプに手をかざす。パイプの先端からエネルギー状の刃ができ上がり、身の丈の半分ほどの長さの剣が誕生した。彼女が取り出したのは剣の柄だった。


「鬼ごっこは終わりだ。お前の命……頂かせてもらうぞ、九条愛梨彩」


 瓦礫から出てきたアインは突如愛梨彩に向けて業火の球を放った。


 ――今度こそ守ってみせる。


 心で強く思う。
 俺は火球を叩き斬り、消滅させる。身を挺さなくても守れる力が……今の俺にはある。


「おっと、そいつはどうかな? やられっぱなしは終わりだ」
「貴様……なぜ生きている……?」


 目の前のアインは飛び出してきた俺の存在に唖然としている。狼男も先に仕掛けてくる様子はない。狙うなら今しかない!


「そんなこと……俺が知るかッ!」


 駆け出すように前方へ跳躍する。数歩も踏みこまないうちに狼男の前に到達した。それはまるで縮地したかのような感覚だった。
 狙うは月下で雄叫びを上げる人狼。接近した勢いそのまま、手にした剣を鈍器のように狼男に叩きつける。


「硬いか!」


 しかし、毛皮で覆われた獣人の腕を両断するまでには至らない!


「その程度の攻撃で! 『焼却式——ディガンマ』」
「させない! 『渦巻く水球の守護スフィア・オブ・アクア』」


 すかさずカウンターでカードから火球を放つアイン。それを読んでいたかのように射線を水球が阻む。
 俺は狼男の相手に集中する。背中は愛梨彩に任せた。  


「オォォォォオン!!」


 咆哮とともに狼男が猛攻を仕掛けてくる。ラッシュは止まることを知らず、爪がくる箇所を剣で弾く防戦一方の戦いを強いられる。


「クッ……!」


 狼男も埒が明かないと判断したのか、ガードをクラッシュさせる勢いで強打を放ち、吹き飛ばしにかかってきた。
 剣脊による防御でもダメージは軽減できず、飛ばされた勢いが止まらない。
 ここでマウントを取られるわけにはいかない。剣を地面に刺し、勢いを軽減。一〇メートルほどのノックバックで収まった。
 再び両者に距離ができる。接近戦主体のお互いにとって攻めるに攻めにくい間合いだ。
 先に突撃すればカウンターを食らう可能性もある。かと言って相手の攻撃を待って凌げるほどの力が俺にないのは先ほどの猛攻で明らかになった。確実な一撃が欲しい。


「剣に力をこめて!」


 アインと魔法の撃ち合いをしている愛梨彩が叫んだ。


「力……?」
「今のあなたには魔力が流れてる! それは魔力を刃にする剣。あなたの力もダイレクトに伝えることができるのよ!」
「力が……刃になる」


 アインと愛梨彩の戦いは均衡している。戦況を有利にするには狼男をここで仕留めるしかない。つまり……彼女を守れるかは俺にかかっている。
 愛梨彩の言う魔力――というのはわからない。今までの自分にはなかったものだ。もし生まれた時から備わっていたのなら、普通である自分に……からっぽゼロだった自分に悩むことはなかった。
 わからないものはこの逆境の中で理解するしかない。そう考えると自然とこの状況のブレイクスルーがわかる気がした。
 先に動いたのは狼男の方だ。本来の姿である獣のように四つ足で迫ってくる。


 目を瞑る。


 見えるものではなく見えないものを感覚で意識する。自分の体の中の魔力の流れを想像する。血の流れのように循環する魔の力。その全てを拳へと注力する。
 そして……イメージするのは両者の間合いを物ともしない長大な刃!
 見開き、人狼の姿を捉える。突撃姿勢で急ブレーキはかけられまい!


「一閃――!」


 真一文字に剣を振り抜いた。狼男は勢いそのままに俺の横を通り過ぎていく。
 教会の敷地内には愛梨彩とアインの魔法の音だけが響いている。俺と狼男は動きを止めたままだった。
 直後、背後からどさりと重い音が地面を鳴らせた。そこには二枚おろしに裂かれた「狼男だったもの」がある。
 最後まで立っていたのは俺の方だった。……辛くも俺は狼男を倒したのだ。







コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品