担任がやたらくっついてくるんだが……
『何でも!?』
「せ、先生!?何で……」
「言ったでしょ?そのケガが完治するまで、君のお世話は私がするって」
「たしかに聞きましたけど……」
「安心して。君のお母さんには住み込みの許可をとってあるから。ちなみにお姉さんは朝早くに寮にもどったわ」
「住み込み!?」
当たり前のように言う先生に、僕は眠気が一気に吹き飛んでしまった。ほ、本気で言ってるのか、この人……?
……まあ、朝起こされるのも、ウチに泊まるのも初めてじゃないんだけど。
はらりと長い黒髪をかき分けた先生は、優しい笑みを向けてきた。
「だから、何かして欲しい事があったら……遠慮なく言ってね?」
「……はい」
宝石のようにきらめく潤んだ瞳を向けられると、黙って頷くしかない。
こうして、僕と先生の共同生活が幕を開けた。
*******
とはいえ、夏休みとかに泊まりに来た事はあるので、それほど大きな変化は感じなかった。ただ……。
「はい、あーん」
「…………」
これはぶっちゃけ恥ずかしい……周りに誰もいないのが幸いである。母さんがここにいたら、想像に難くない。
そんな事を考えながら、ふわふわした甘い玉子焼きを頬張ると、優しい甘味が口の中に広がり、自然と白米が欲しくなる。
「はい、あーん」
「…………」
そこでちょうど口に白米が運ばれてくる。なんて絶妙なタイミング……。
「ご飯粒がついてるわ」
幸せな味を噛みしめていると、先生が僕の口元についたご飯粒を指でつまみ、それを自分の口へと運んだ。
……朝から顔が真っ赤になりそうなんですが。
「じゃあ、次はお味噌汁を……」
「そ、それぐらいなら自分でやります!」
このままじゃ頭がおかしくなりそうだったので、使える方の手でお椀を掴み、味噌汁を流し込む。
けっこう熱かったけど、それも気にならないくらいには、頭の中が火照っていた。
*******
さすがに同じタイミングで家を出て、一緒に登校するのはまずいので、先生が先に家を出る事になった。
眼鏡のレンズの向こう側にある瞳が、少し残念そうに見えたのは、朝焼けのせいだろうか。
「じゃあ、私は先に行くから。浅野君、遅刻しないように」
「はい。先生、いってらっしゃい」
「………」
「先生?」
「やば、これはいいわね……いえ、なんでもないわ。いってきます」
今、色々と呟いていたような……まあ何事もないならいいか。
その凛とした背中を見送ってからも、僕はしばらく玄関でぼーっとしていた。
*******
「おはよ、浅野君」
登校中、奥野さんが声をかけてきてくれた。
いつもの爽やかなリア充オーラは、なんだかんだ学校生活は始まるんだなぁ、という日常感を感じさせてくれる。僕はリア充グループのメンバーじゃないけど。
「おはよう、奥野さん」
「右腕大丈夫?何か手伝えることがあったら言ってね」
「うん、ありがとう」
「それはそうと……今朝はどうだった?」
「え?どうだったって?」
「誤魔化さなくていいわよ。森原先生に決まってるでしょ」
奥野さんはじっとこちらを見上げてきた。つり目がちの目に見据えられると、どうも嘘をつけそうにない。
「あー……朝起こしてもらい、大変美味しい朝御飯をご馳走になりましま」
「……なるほど。それは由々しき事態ね。早急に手を打たねば」
奥野さんも、先生みたいにボソボソと独り言を呟き始める。若葉もたまに似たような事やってるから、多分女子の癖みたいなものだろう。
彼女はしばらく独り言を呟き、それを終える頃には校舎が見えてきた。
*******
教室に入ると、クラスメートの視線が僕の右腕に集まり、なんと……話しかけてきてくれた。
「おう、浅野。大丈夫か?」
「ナイスファイトだ。浅井」
「名誉の負傷だな、浅田。今度飲み物奢ってやるよ」
「愛美、惚れたんじゃない?」
「な、何言ってんのよ!いきなり……!」
何だか普段より賑やかで、いまいち落ち着かない。もちろん悪い気分じゃないんだけど。ていうか、何人か名前間違ってるよね?まだ僕の事覚えてないよね?
とはいえ、なんだかんだ温かい励ましの言葉に、笑顔で対応していると、先生が教室に入ってきた。
「おはようございます」
決して大きくはないが、よく通るその声に、皆が挨拶を返していると、先生の視線がこちらに固定された。
「…………」
どうしたんだろう?今朝、ウチに何か忘れ物でもしたのかな?
しかし、それも数秒の事だった。
「それではホームルームを始めます」
結局何事もなかったようにホームルームが始まった。
ただ、これまでとは違う毎日になりそうな漠然とした期待と不安みたいなのが、胸の中に去来していた。
*******
授業中……。
「ここはね……」
「…………」
右手が使えないので、事前に先生が要点をまとめたプリント渡してくれたのだが、それでもこっそりくっついてくるのは変わらない。ちなみに、他の授業の分もサポートしてくれるらしい。
……本当に申し訳ない。
さすがにこれは感謝の気持ちを示さなければ、こちらの気がすまない。
僕はノートに『ケガが治ったら、先生のお願い何でも聞きますよ』と書いて、とんとんとそこを指で叩き、先生に合図した。
先生はすぐに気づき、そして……
「っ!」
何故か鼻の辺りを手で覆い、忍者のような俊敏さで教室を出ていった。
……………………あれ?
「言ったでしょ?そのケガが完治するまで、君のお世話は私がするって」
「たしかに聞きましたけど……」
「安心して。君のお母さんには住み込みの許可をとってあるから。ちなみにお姉さんは朝早くに寮にもどったわ」
「住み込み!?」
当たり前のように言う先生に、僕は眠気が一気に吹き飛んでしまった。ほ、本気で言ってるのか、この人……?
……まあ、朝起こされるのも、ウチに泊まるのも初めてじゃないんだけど。
はらりと長い黒髪をかき分けた先生は、優しい笑みを向けてきた。
「だから、何かして欲しい事があったら……遠慮なく言ってね?」
「……はい」
宝石のようにきらめく潤んだ瞳を向けられると、黙って頷くしかない。
こうして、僕と先生の共同生活が幕を開けた。
*******
とはいえ、夏休みとかに泊まりに来た事はあるので、それほど大きな変化は感じなかった。ただ……。
「はい、あーん」
「…………」
これはぶっちゃけ恥ずかしい……周りに誰もいないのが幸いである。母さんがここにいたら、想像に難くない。
そんな事を考えながら、ふわふわした甘い玉子焼きを頬張ると、優しい甘味が口の中に広がり、自然と白米が欲しくなる。
「はい、あーん」
「…………」
そこでちょうど口に白米が運ばれてくる。なんて絶妙なタイミング……。
「ご飯粒がついてるわ」
幸せな味を噛みしめていると、先生が僕の口元についたご飯粒を指でつまみ、それを自分の口へと運んだ。
……朝から顔が真っ赤になりそうなんですが。
「じゃあ、次はお味噌汁を……」
「そ、それぐらいなら自分でやります!」
このままじゃ頭がおかしくなりそうだったので、使える方の手でお椀を掴み、味噌汁を流し込む。
けっこう熱かったけど、それも気にならないくらいには、頭の中が火照っていた。
*******
さすがに同じタイミングで家を出て、一緒に登校するのはまずいので、先生が先に家を出る事になった。
眼鏡のレンズの向こう側にある瞳が、少し残念そうに見えたのは、朝焼けのせいだろうか。
「じゃあ、私は先に行くから。浅野君、遅刻しないように」
「はい。先生、いってらっしゃい」
「………」
「先生?」
「やば、これはいいわね……いえ、なんでもないわ。いってきます」
今、色々と呟いていたような……まあ何事もないならいいか。
その凛とした背中を見送ってからも、僕はしばらく玄関でぼーっとしていた。
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「おはよ、浅野君」
登校中、奥野さんが声をかけてきてくれた。
いつもの爽やかなリア充オーラは、なんだかんだ学校生活は始まるんだなぁ、という日常感を感じさせてくれる。僕はリア充グループのメンバーじゃないけど。
「おはよう、奥野さん」
「右腕大丈夫?何か手伝えることがあったら言ってね」
「うん、ありがとう」
「それはそうと……今朝はどうだった?」
「え?どうだったって?」
「誤魔化さなくていいわよ。森原先生に決まってるでしょ」
奥野さんはじっとこちらを見上げてきた。つり目がちの目に見据えられると、どうも嘘をつけそうにない。
「あー……朝起こしてもらい、大変美味しい朝御飯をご馳走になりましま」
「……なるほど。それは由々しき事態ね。早急に手を打たねば」
奥野さんも、先生みたいにボソボソと独り言を呟き始める。若葉もたまに似たような事やってるから、多分女子の癖みたいなものだろう。
彼女はしばらく独り言を呟き、それを終える頃には校舎が見えてきた。
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教室に入ると、クラスメートの視線が僕の右腕に集まり、なんと……話しかけてきてくれた。
「おう、浅野。大丈夫か?」
「ナイスファイトだ。浅井」
「名誉の負傷だな、浅田。今度飲み物奢ってやるよ」
「愛美、惚れたんじゃない?」
「な、何言ってんのよ!いきなり……!」
何だか普段より賑やかで、いまいち落ち着かない。もちろん悪い気分じゃないんだけど。ていうか、何人か名前間違ってるよね?まだ僕の事覚えてないよね?
とはいえ、なんだかんだ温かい励ましの言葉に、笑顔で対応していると、先生が教室に入ってきた。
「おはようございます」
決して大きくはないが、よく通るその声に、皆が挨拶を返していると、先生の視線がこちらに固定された。
「…………」
どうしたんだろう?今朝、ウチに何か忘れ物でもしたのかな?
しかし、それも数秒の事だった。
「それではホームルームを始めます」
結局何事もなかったようにホームルームが始まった。
ただ、これまでとは違う毎日になりそうな漠然とした期待と不安みたいなのが、胸の中に去来していた。
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授業中……。
「ここはね……」
「…………」
右手が使えないので、事前に先生が要点をまとめたプリント渡してくれたのだが、それでもこっそりくっついてくるのは変わらない。ちなみに、他の授業の分もサポートしてくれるらしい。
……本当に申し訳ない。
さすがにこれは感謝の気持ちを示さなければ、こちらの気がすまない。
僕はノートに『ケガが治ったら、先生のお願い何でも聞きますよ』と書いて、とんとんとそこを指で叩き、先生に合図した。
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