担任がやたらくっついてくるんだが……

差等キダイ

手作り弁当、ハート増し増し


「それでは、前回の続きを……」

 当たり前だけど、先生はいつものスーツ姿に戻っていた。
 そして、いつものクールな立ち振舞いで、生徒の目を授業に釘付けにしている。
 僕はその様子をぼんやり眺めながら、さっき胸の中に湧き上がり、今も胸の中に蟠る感情について考えた。
 さっきのって、もしかして……僕は……高橋君の発言に対して、少しイラッときたのだろうか?
 図々しくも、先生のメイド姿を変な目で見られたくないなんて考えたのだろうか?でも、それって……
 しかし、すぐに自分の胸の奥の何かがチクリと胸を刺した。
 それは……

「浅野君」
「っ!」

 いきなり名前を呼ばれ、はっと我に返る。
 気がつけば、先生が机の傍まできていた。

「どうかしたの?次は君に教科書を読んでもらいたいのだけれど」
「あっ、はい!わかりました!」
「…………」

 先生は特に叱るでもなく、さりげなく僕の耳たぶに触れ、黒板の方へ歩いていった。何故、耳たぶ?
 残りの授業中、僕は耳に残るひんやりした感触を確かめながら、機械のように淡々と黒板の内容をノートに取っていた。

 *******

 い、いきなりどうしたのかしら……あんなに熱い眼差しを向けられたら、こっちが授業に集中できなくなるのだけれど……もしかして、メイド姿が効いたのかしら……いえ、駄目よ。森原唯。さすがにメイド服を着て授業するわけにはいかないわ。
 ……代わりに、あと少しぐらいくっつく回数を増やそうかしら?

 *******

「浅野、飯食おうぜ」
「…………」
「どした?」

 僕の気のせいだろうか?
 今、飯食おうぜって言われた気が……!

「ほ、ほほ、本当に?」
「ど、どうした?嫌なら無理にとは言わないけど……」
「いや、大丈夫大丈夫大丈夫。じゃあ、食べよっか」

 言われなれてないせいで危うく何がなんだかわからなくなるところだったよ……いや、初めてじゃないよ?ただ話し下手の盛り下げ上手だから、次第に距離が空くようになっただけで。
 まあ、今なら多少は会話スキルは上がってるはず。高校2年だし。何の根拠もないけど。
 僕と高橋君は机をくっつけ、そのまま弁当を開い……閉じる。

「どうかしたのか?何か人に見られたくないとんでもないものを見たかのような顔してるけど」
「え?そ、そうかな、僕はいつもこんな顔だけど……」

 高橋君の詳しい解説の通り、僕は人に見られたくないとんでもないものを見てしまった。
 いや、待て。気のせいかもしれないだろ?そうだよ、きっと気のせいだ。昨日深夜2時まで読書してたから、少し疲れていたんだよ。
 気持ちを落ち着けるため、深呼吸をして体を伸ばす。
 よし、もう一度…………おおおぅっ。
 やっぱり気のせいじゃなかった。
 何だ……やたらハートが入っているんだが……。
 やばい。これを人に見られるのは恥ずかしい……ていうか、姉さん。こんなのいつ準備したんですか?
 いつもなら何事もなく食べるけど、今日に限って高橋君が目の前にいる。さて、どうしたものか……

「浅野、どうしたんだよ。何か変なもんでも入ってるのか?」

 高橋君がすっと手を伸ばし、弁当の蓋を開ける。
 そして固まる。
 そこに現れたのは、ご飯に乗ってるハムやら、卵焼きみたいな物や、ウインナーみたいなもの、肉みたいな物、野菜みたいなが、ハート型になっている衝撃的な弁当だ。

「…………」
「…………」

 やばい。何だ、この沈黙は。こんなシチュエーション初めてすぎて、どう切り抜ければいいか……。
 言い訳を考えていると、高橋君はニヤリと意味ありげに笑った。

「へぇ~、浅野。お前、大人しそうに見えてやるじゃん」
「え?」

 高橋君のリアクションに何ともいえない表情になってしまう。どういう意味だろう?
 高橋君はこちらに顔を寄せ、ヒソヒソ声で話し始めた。

「お前、彼女に弁当作ってもらえるとか羨ましいな」
「…………ああ」

 僕は深く頷いてしまった。そうか。確かにハート型の物が入ってたら、僕らの年頃なら、彼女の手作りとか考えるだろう。まさか実の姉が作るとは思うまい。ただ、ハートが多すぎてキャッチできそうもないよ、姉さん……。
 高橋君はヒソヒソ声で話しを続けた。

「ちなみに、彼女ってこのクラスの誰かとか?」
「え……」

 そうか、うっかりしてた。まあ、そういう展開になるだろうな……でも、こういう時にどう誤魔化せばいいか……僕の対人スキルでは……。

「勿体ぶらずに教えてくれよ~。ここだけの秘密だから」
「えーと……」

 ここだけの秘密がここだけに留まる確率は果てしなく低い。
 そして、何も言わないというのも気が引ける。
 とりあえず……ここは……

 家族に作ってもらったんだよ……駄目だ。思春期男子特有の気恥ずかしさに耐えられそうもない。

 先生に作ってもらったんだ……論外。何でこの選択肢出てきたの!?

 うん。彼女に作ってもらったんだ……後々面倒そうだ。

 じゃあ、選択肢は一つしかないじゃないか。
 僕は覚悟を決めた。

「実はこれ、自分で作ったんだよ」
「え?」

 高橋君は固まり、少し場の空気が冷えた気がした。さらに、教室内を賑やかに行き交う声も、どこか遠い。あ、あれ?
 しかし、高橋君はにっこりと爽やかな笑みを見せた。そりゃあもう、マイナスイオン出まくりの。男の僕でも見とれるような。

「さっ、早く食べようぜ。早く」
「う、うん……」

 その後、僕達は黙って弁当を食べ、食べ終えた高橋君は、すぐにグラウンドへ向かい、サッカーを始めていた。

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