担任がやたらくっついてくるんだが……
火花
夏休みに入り、僕はクーラーの効いた部屋で一日中ゲームを……できずに、学校の図書室で真面目に勉強していた。
正面には森原先生。
隣には奥野さん。
他には司書の先生が、奥の司書室で読書しているだけだ。
外からセミの鳴き声や部活をやっている人達の掛け声が聞こえてくるけど、それらもどこか遠く、室内は静寂が保たれていた。
それと同時に、身じろぎ一つさえ遠慮するような緊張感も……。
「ごめん、浅野君、ちょっと消しゴム借りるね」
「はい、どうぞ」
「…………」
「先生?」
「いえ、何でもないわ」
「むむっ」
「…………」
今、目の前でバチッと火花が散ったような……気のせいだよね?
何だろう、この空気……背筋にゾクゾクと悪寒が……エアコンが効き過ぎてるのかな?
このままでは何かに押し潰されてしまいそうだったので、僕は無駄だとわかっていながら、とりあえず提案してみる。
「あの……そろそろ終わりにしませんか?」
「「ダメ」」
にべもない返事に僕はがっくりと項垂れる。どうしてだ。どうしてこうなった。
*******
昨晩……。
携帯がいきなり震え、誰かと思い、画面を確認すると、思いもよらぬ人物の名前が表示されていた。
僕は深呼吸し、落ち着いて通話状態にする。
「……はい」
「もしもし浅野君。今大丈夫?」
「え?あ、奥野さん!はい、こんばんは!!」
「わっ、びっくりしたぁ!……ど、どうしたの?いきなり大きな声出して……」
終業式の日に連絡先は交換したけど、まさか本当にかかってくるとは思わなかった。
「浅野くーん、どうしたの、大丈夫?」
「あ、ごめん。同級生から連絡網以外で電話がかかってくるなんて初めてで、つい……」
「え?あ、うん、あの……今のは哀しくなるから聞かなかったことにしておくね。あの、実は……」
あれ?少し引かれたような……いや、気にするな。
「その、今度……」
「?」
何かを躊躇うような沈黙に首をかしげていると、意を決したように息を吸うのが聞こえてきた。
「こ、今度!一緒に夏休みの宿題終わらせない!?」
「え、あ、は、はい……」
そのいきなりの大声と有無を言わさぬ迫力に、考える余裕もないまま了承してしまう。
「あぁ……わ、私ったら……本当は……」
何故か彼女の呻き声が聞こえてきた。
「奥野さん?」
「え?ううん、何でもない、何でもないよ!じゃあ、いつにしようか?」
こうして、まず奥野さんと一緒に夏休みの宿題を終わらせることになった。それにしても奥野さんって本当に勉強熱心だなあ、見習わなくちゃ。
*******
「なんつーか、アンタ……本当に勉強熱心ね……」
「違うのよ~!本当はデートに誘いたかったんだってば~!」
*******
再び携帯が震えだしたので画面に目を向けると、今度は森原先生からだ。念の為『ああああ』と登録してあるので、なんか変な感じだ。そういえば先生は僕の名前を何て登録してるんだろう?
携帯を耳に当てると、すっかり耳に馴染んだ声が聞こえてきた。
「浅野君、今いいかしら?」
「せ、先生……はい、大丈夫です」
いつも通りの凜とした声音に、つい居住まいを正してしまう。電話越しだからか、その声はやけに無機質な響きがした。
それと同時に、先日の花火大会のことを思い出す。
……あの感触ってやっぱり……。
「浅野君?どうかしたの?」
「いえ、いきなりだったので。その……僕、何かやらかしたんでしょうか?」
「違うわ。声が聴きたかったから電話してみただけよ」
「え?」
「冗談よ」
「で、ですよねー……」
よしっ、今のは冗談だって何となく気づけた!
そんな些細なことに喜んでいると、先生が淡々と告げた。
「浅野君、明日学校に来なさい」
「あはは。先生、また冗談ですか?」
「いえ、これは冗談ではないわ」
「…………え?」
「実は、一学期最後の小テストなんだけど、君は解答欄を全てずらして解答してたの」
「え?」
「それで、明日午前中だけ補習を行おうと思うのだけれど」
「……ええ!?」
相変わらずだが、いきなりすぎる!てか、あの小テストって補習があったのか!?
「もちろん、夏休み中だから用事があるなら無理にとは言わないけど……ただ、君のお母さんはアイツに用事なんてないと言ってたわ」
「は、はい……」
確かに……まったくもってその通りだ。
とはいえ、夏休みに学校に行くのは気が進まない。部活動にも入ってないのに。
何かやる気を出すアイディアは……あ。
「そ、それじゃあ、図書室を使って補習とかできますか?」
「君から提案なんて珍しいわね。どうかしたの?」
「ええ。考えがありまして」
「?」
*******
当日。
図書室の片隅で、僕は縮こまっていた。
「浅野君」
「これはどういうことかしら?」
「え?ほら、こっちの方が効率いいなと思って……宿題は終わるし、わからないところは教えてもらえるし……図書室だから調べ物もすぐにできますし」
あれ?我ながらナイス判断だと思ったんだけど……もしかして……いや、この二人が仲悪いわけが……きっと全てまとめて済ませようとした僕の怠慢が責められているんだろう。
申し訳ない気持ちになっていると、奥野さんはにこやかに、先生はクールに向かい合っていた。
「じゃあ、先生……よろしくお願いします」
「ええ、それじゃあ始めましょう」
そして今に至る。
勉強は進んでいる。それは間違いない。小テストはきっちり満点を獲れたし、宿題も順調に進んでいる。でも、何だろう……テスト勉強の時もそうだったけど、普通の授業とは質の違う緊張感が……。
「浅野君、ここ間違ってるわ」
「あ、はい!っ!」
返事をするのと同じくらいのタイミングで、ふくらはぎを先生の脚が撫でていく。
甘美な感触が足を優しく刺激して、何だか体が癒されていく気がした。
「浅野君?ん?あっ!先生、今、浅野君に変なことしてませんでした!?」
「何の事かしら」
「むむっ、あ、浅野君、ちょっとノート見せて!」
「え?あ、うん」
奥野さんが椅子をこちらに動かし、距離を詰め……か、肩がめっちゃ当たってる。しかも、柑橘系の爽やかな香りが鼻腔をくすぐりだして、落ち着かない気分になる。
「奥野さん、少し離れなさい」
「わ、私はノートを見せてもらってるだけです!」
「…………」
「っ」
このタイミングで先生から足マッサージきた!!
片や奥野さんは周りをキョロキョロ見回し、一人で頷いた。まるで誰もいないことを確認しているみたいだ。
「あの、先生こそ、やけに浅野君に構いますね」
「別に。普通よ」
「じゃあ!わ、わ、私の距離感も普通です!」
奥野さんはさらにくっついてくる。
ど、どうしよう、肘の辺りに胸が……。
先生ほどじゃないけど、それでも確かな柔らかさと弾力のある膨らみは、僕の頼りない理性をガンガンすり減らした。
「……浅野君」
先生がじっと僕を見て、いや睨んでくる。おそらくお前が自分でどうにかしろという事だろう。
「えっと、奥野さん……?」
「…………」
今度は奥野さんが至近距離から見つめてくる。長い睫毛が揺れ、切なげな瞳はしっかりとこちらを見据え、僕は二の句をつげなくなる。
視線を逸らし、先生に目を向けると、無表情のまま、薄紅色の唇が小さく動き、二文字の言葉を形づくった気がした。
『ばか』
や、やばい、どうすればいいのか皆目見当がつかない。
あわあわと二人を交互に見て慌てていると、いつの間にか背後には司書の先生が立っていた。
「貴方達……図書室では静かになさい」
「「はい」」
「……すみません」
ひとまず、今日の勉強会はこれでお開きとなった。
*******
「あ~やっちゃった~!絶対に変な女だと思われてる~!」
「でも、肩、大きかったな…………ふふっ」
*******
「へえ、森原先生にも意外な一面があるのね?」
「……何の事でしょうか、先輩」
*******
「ふぅ……ようやく解放された……」
勉強に付き合ってくれるのは嬉しいんだけど、夏休みに入ってから1週間も経っていないのに飛ばしすぎた。宿題はかなり進んだけど、意味なくダラダラ過ごすのも、休みの醍醐味だと思うんです……。
考えながら自転車を漕いでいると、もう家が見えてきた。
さて、昨日買っておいたかき氷でも食べよう……。
午後のダラダラに思いを馳せ、ドアノブに手をかけようとしたその時、誰もいないはずの家から、誰かが出てきた。
「あ~!お兄ちゃん帰ってきた!」
正面には森原先生。
隣には奥野さん。
他には司書の先生が、奥の司書室で読書しているだけだ。
外からセミの鳴き声や部活をやっている人達の掛け声が聞こえてくるけど、それらもどこか遠く、室内は静寂が保たれていた。
それと同時に、身じろぎ一つさえ遠慮するような緊張感も……。
「ごめん、浅野君、ちょっと消しゴム借りるね」
「はい、どうぞ」
「…………」
「先生?」
「いえ、何でもないわ」
「むむっ」
「…………」
今、目の前でバチッと火花が散ったような……気のせいだよね?
何だろう、この空気……背筋にゾクゾクと悪寒が……エアコンが効き過ぎてるのかな?
このままでは何かに押し潰されてしまいそうだったので、僕は無駄だとわかっていながら、とりあえず提案してみる。
「あの……そろそろ終わりにしませんか?」
「「ダメ」」
にべもない返事に僕はがっくりと項垂れる。どうしてだ。どうしてこうなった。
*******
昨晩……。
携帯がいきなり震え、誰かと思い、画面を確認すると、思いもよらぬ人物の名前が表示されていた。
僕は深呼吸し、落ち着いて通話状態にする。
「……はい」
「もしもし浅野君。今大丈夫?」
「え?あ、奥野さん!はい、こんばんは!!」
「わっ、びっくりしたぁ!……ど、どうしたの?いきなり大きな声出して……」
終業式の日に連絡先は交換したけど、まさか本当にかかってくるとは思わなかった。
「浅野くーん、どうしたの、大丈夫?」
「あ、ごめん。同級生から連絡網以外で電話がかかってくるなんて初めてで、つい……」
「え?あ、うん、あの……今のは哀しくなるから聞かなかったことにしておくね。あの、実は……」
あれ?少し引かれたような……いや、気にするな。
「その、今度……」
「?」
何かを躊躇うような沈黙に首をかしげていると、意を決したように息を吸うのが聞こえてきた。
「こ、今度!一緒に夏休みの宿題終わらせない!?」
「え、あ、は、はい……」
そのいきなりの大声と有無を言わさぬ迫力に、考える余裕もないまま了承してしまう。
「あぁ……わ、私ったら……本当は……」
何故か彼女の呻き声が聞こえてきた。
「奥野さん?」
「え?ううん、何でもない、何でもないよ!じゃあ、いつにしようか?」
こうして、まず奥野さんと一緒に夏休みの宿題を終わらせることになった。それにしても奥野さんって本当に勉強熱心だなあ、見習わなくちゃ。
*******
「なんつーか、アンタ……本当に勉強熱心ね……」
「違うのよ~!本当はデートに誘いたかったんだってば~!」
*******
再び携帯が震えだしたので画面に目を向けると、今度は森原先生からだ。念の為『ああああ』と登録してあるので、なんか変な感じだ。そういえば先生は僕の名前を何て登録してるんだろう?
携帯を耳に当てると、すっかり耳に馴染んだ声が聞こえてきた。
「浅野君、今いいかしら?」
「せ、先生……はい、大丈夫です」
いつも通りの凜とした声音に、つい居住まいを正してしまう。電話越しだからか、その声はやけに無機質な響きがした。
それと同時に、先日の花火大会のことを思い出す。
……あの感触ってやっぱり……。
「浅野君?どうかしたの?」
「いえ、いきなりだったので。その……僕、何かやらかしたんでしょうか?」
「違うわ。声が聴きたかったから電話してみただけよ」
「え?」
「冗談よ」
「で、ですよねー……」
よしっ、今のは冗談だって何となく気づけた!
そんな些細なことに喜んでいると、先生が淡々と告げた。
「浅野君、明日学校に来なさい」
「あはは。先生、また冗談ですか?」
「いえ、これは冗談ではないわ」
「…………え?」
「実は、一学期最後の小テストなんだけど、君は解答欄を全てずらして解答してたの」
「え?」
「それで、明日午前中だけ補習を行おうと思うのだけれど」
「……ええ!?」
相変わらずだが、いきなりすぎる!てか、あの小テストって補習があったのか!?
「もちろん、夏休み中だから用事があるなら無理にとは言わないけど……ただ、君のお母さんはアイツに用事なんてないと言ってたわ」
「は、はい……」
確かに……まったくもってその通りだ。
とはいえ、夏休みに学校に行くのは気が進まない。部活動にも入ってないのに。
何かやる気を出すアイディアは……あ。
「そ、それじゃあ、図書室を使って補習とかできますか?」
「君から提案なんて珍しいわね。どうかしたの?」
「ええ。考えがありまして」
「?」
*******
当日。
図書室の片隅で、僕は縮こまっていた。
「浅野君」
「これはどういうことかしら?」
「え?ほら、こっちの方が効率いいなと思って……宿題は終わるし、わからないところは教えてもらえるし……図書室だから調べ物もすぐにできますし」
あれ?我ながらナイス判断だと思ったんだけど……もしかして……いや、この二人が仲悪いわけが……きっと全てまとめて済ませようとした僕の怠慢が責められているんだろう。
申し訳ない気持ちになっていると、奥野さんはにこやかに、先生はクールに向かい合っていた。
「じゃあ、先生……よろしくお願いします」
「ええ、それじゃあ始めましょう」
そして今に至る。
勉強は進んでいる。それは間違いない。小テストはきっちり満点を獲れたし、宿題も順調に進んでいる。でも、何だろう……テスト勉強の時もそうだったけど、普通の授業とは質の違う緊張感が……。
「浅野君、ここ間違ってるわ」
「あ、はい!っ!」
返事をするのと同じくらいのタイミングで、ふくらはぎを先生の脚が撫でていく。
甘美な感触が足を優しく刺激して、何だか体が癒されていく気がした。
「浅野君?ん?あっ!先生、今、浅野君に変なことしてませんでした!?」
「何の事かしら」
「むむっ、あ、浅野君、ちょっとノート見せて!」
「え?あ、うん」
奥野さんが椅子をこちらに動かし、距離を詰め……か、肩がめっちゃ当たってる。しかも、柑橘系の爽やかな香りが鼻腔をくすぐりだして、落ち着かない気分になる。
「奥野さん、少し離れなさい」
「わ、私はノートを見せてもらってるだけです!」
「…………」
「っ」
このタイミングで先生から足マッサージきた!!
片や奥野さんは周りをキョロキョロ見回し、一人で頷いた。まるで誰もいないことを確認しているみたいだ。
「あの、先生こそ、やけに浅野君に構いますね」
「別に。普通よ」
「じゃあ!わ、わ、私の距離感も普通です!」
奥野さんはさらにくっついてくる。
ど、どうしよう、肘の辺りに胸が……。
先生ほどじゃないけど、それでも確かな柔らかさと弾力のある膨らみは、僕の頼りない理性をガンガンすり減らした。
「……浅野君」
先生がじっと僕を見て、いや睨んでくる。おそらくお前が自分でどうにかしろという事だろう。
「えっと、奥野さん……?」
「…………」
今度は奥野さんが至近距離から見つめてくる。長い睫毛が揺れ、切なげな瞳はしっかりとこちらを見据え、僕は二の句をつげなくなる。
視線を逸らし、先生に目を向けると、無表情のまま、薄紅色の唇が小さく動き、二文字の言葉を形づくった気がした。
『ばか』
や、やばい、どうすればいいのか皆目見当がつかない。
あわあわと二人を交互に見て慌てていると、いつの間にか背後には司書の先生が立っていた。
「貴方達……図書室では静かになさい」
「「はい」」
「……すみません」
ひとまず、今日の勉強会はこれでお開きとなった。
*******
「あ~やっちゃった~!絶対に変な女だと思われてる~!」
「でも、肩、大きかったな…………ふふっ」
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「へえ、森原先生にも意外な一面があるのね?」
「……何の事でしょうか、先輩」
*******
「ふぅ……ようやく解放された……」
勉強に付き合ってくれるのは嬉しいんだけど、夏休みに入ってから1週間も経っていないのに飛ばしすぎた。宿題はかなり進んだけど、意味なくダラダラ過ごすのも、休みの醍醐味だと思うんです……。
考えながら自転車を漕いでいると、もう家が見えてきた。
さて、昨日買っておいたかき氷でも食べよう……。
午後のダラダラに思いを馳せ、ドアノブに手をかけようとしたその時、誰もいないはずの家から、誰かが出てきた。
「あ~!お兄ちゃん帰ってきた!」
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