担任がやたらくっついてくるんだが……

差等キダイ

勉強会 2

 2人がジャンケンをした結果、奥野さんが勝ち、先生は僕達の向かいに座ることになった。そして、グーを形づくる白い手を見つめる先生からは哀愁が漂っていた。先生にとっても、どの位置で教えるかはそんなに大事なんだろうか。
 やがて、気持ちを切り替えたのか、向かいの席に座った先生は、いつも通り淡々とした口調で告げた。
 
「……さあ、始めましょう」
「は~い、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」

 出だしは躓いたものの、先生は自分の専門外の教科も教えるのが上手く、最初の緊張も落ち着き、集中して勉強できた。
 補習室の中は、シャーペンの音や時計の音や、先生の声と僕達の声が途切れがちに聞こえるだけて、それにグラウンドから響く運動部の掛け声が、妙に心地よいBGMになっていた。
 ほどほどに音がある方が、集中できるのかもしれない。
 しかし、しばらくすると変化が起きた。

 ススッ。

「っ!」
「どうしたの、浅野君?」
「いや、何でも……」

 今、足に何かが……まさか……。
 こっそり足元を見ると、僕の足の上に、タイツに包まれた小さな足が乗っていた。
 これは……間違いなく先生の足だ。
 先生の方に目を向けると、何食わぬ顔で奥野さんに英語の文法を教えている。

 ススッ。

「っ!」

 先生は左足で、僕の左足をゆっくりと撫で回してくる。
 滑らかなタイツと柔らかい肌の感触が、コンボになって僕の足を刺激してくる。
 強弱のつけ方も絶妙で、何だかずっとこうされていたい気分だ。
 な、何だこれ、気持ち良すぎる……けど、あれ?不思議と勉強はできる。
 ていうか、先生……これは何が目的なんだろう。
 ……ダメだ。この人の考えていることは、僕にはわからりそうもない。
 かぶりを振った僕は、そのままノートにシャーペンを走らせた。

 *******

「「ありがとうございました」」
「ええ。それじゃあ、家でも頑張って」

 勉強会を終え、下校の時刻になると、陽は沈みかけていて、グラウンドからの掛け声も聞こえなくなっていた。
 そして、先生の足からマッサージ(?)されまくった足は、何だか軽く感じた。どんな技術なんだろう、これ……。
 校舎を出て、校門を過ぎると、奥野さんも僕とは逆に体を向ける。

「じゃあ浅野君、私はこっちだから」
「あ、うん。それじゃあ……」 
「あはは、暗いよ!浅野君、また明日!」
「ま、また明日!」

 いきなり名前を大きな声で呼ばれた恥ずかしさや、華やかな笑顔に見つめられる照れくささで、僕はほんの少し声を張って、同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。

 *******

 家に帰ると、テスト勉強をしながら、先生を待つことになった。
 とはいえ、どのタイミングで帰ってくるかわかんないから、たまに窓の外を見るだけなんだけど。
 ……ああいうことしてくるんだから、多分嫌われてはいないのかな?
 すると、窓の外に見慣れた人影が見えたので、急いで窓を開ける。
 それに、向こうが気づいたので、ジェスチャーで待ってくださいと伝え、すぐに家を出た。
 先生は、茜色の空を見上げながら、待ってくれていた。
 僕が近づくと、先に声をかけてくる。

「浅野君?」
「あ、あの、森原先生……こんばんは」
「どうかしたの?」
「あっ、えっと、その……」

 いざ本人を目の前にすると、どう話を切り出そうか迷ってしまう。今日一日、碌に目を合わせることができなかったのだから。
 そこで、先生は小さく手招きした。

「……中、入って」
「はい?」
「ここだと話しにくいのでしょう?」
「あ、はい……それじゃあ、お邪魔します」

 久しぶりにお邪魔した先生の家は、相変わらず綺麗なんだけど、どこか落ち着かない。あまりに生活感がないからだろうか。
 この前の和室に通され、室内を眺めていると、すぐに先生が紅茶を持ってきてくれた。

「どうぞ」

 紅茶を僕の前に置き、先生は僕の隣に腰かける。ジャケットを脱ぎ、ワイシャツだけの上半身は、そのスタイルの良さが強調され、あまり見ない方がいい気がした。

「それで、どうしたの?」
「あ、いや、その……」
「……もしかして、まだ昨日の事、気にしてた?」
「は、はい……」
「まあ、驚いたのは事実だけど……」
「はい……」
「でも、本当に大丈夫よ」
「その、最初は気にしてたんですけど、いつも通りに先生がくっついてくるから、どうすればいいのかわからなくて……最初は許してもらえるなら、何でもするぐらいの気持ちだったんですけど」

 僕の言葉に、先生は頬を緩めた。その小さな笑みには大人の包容力があり、やっぱりこの人は大人なんだという事実を改めて認識してしまう。

「そう……気を遣わせたわね。お詫びにケーキ食べていく?3ホールあるのだけど」
「ええっ!?」
「冗談よ」
「……あの、先生。先生の冗談って、わかりにくいです」
「……そう、難しいわね。でも、ケーキがあるのは本当よ。食べていかない?」
「え、そうなんですか?じゃあ、いただきます」
「待ってて…………あ」

 先生は何かを思い出したかのように僕の方を向いた。
 その期待のような何かを滲ませた表情は、初めて見るもので、つい胸が高鳴り、見とれてしまった。
 もちろん、先生はそんなことはお構いなしに話を切り出す。

「そういえば……何でもするって言ったかしら」
「え?言いましたけど……それは……」
「じゃあ…………付き合ってくれる?」
「……………………え?」

 先生の真っ直ぐすぎる視線を受け、僕は何も言えなくなった。

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