担任がやたらくっついてくるんだが……

差等キダイ

家庭訪問2

 ベッドに寝転がり、目を閉じて、今日の出来事を思い浮かべる。
 ……うん、現実じゃないみたいだ。なんか夢みたいだ。
 確認の為に頬を強めに抓ってみる。
 ……うん、やっぱり現実だ。

「うわあああああーーーーー!!!!!」

 とりあえず奇声を発しながら、ベッドをゴロゴロ転がり、床に落ちる。決して気が触れたわけじゃなく、こうして自分が痛みやら何やらで、現実の世界にいることを認識したいだけだ……気が触れてると思われても仕方ないかも。

「どうした?騒がしいぞ、息子よ。思春期を拗らせたか?」
「うわあっ!か、母さん、何でいるの!?」
「そりゃ、いるに決まってるでしょう。ここはマイスイートホームだし」
「そうじゃなくて、ノックくらいしてよ!」
「コンコン」

 うわ、イラつく。
 まあいいや。おかげで一気に現実に引き戻されたし。

「それで、どうしたの?」
「アンタに珍しくお客さんが来てるよ」

 珍しくは余計だと思いながら体を起こすと、母さんの後ろには、先程別れたばかりの先生がいた。
 意外すぎる来客に、自然と体が跳ね起きる。来客自体珍しいだろ、というツッコミはしない方向でお願いします。

「先生、どうしたんですか?いきなり……」
「ちょっと君に用事があったの」
「じゃ、私は外しますね。先生、ごゆっくり~」

 ぺこりと頭を下げる先生と、ニヤニヤと笑顔を残して去る母親の背中にポカンとしていると、先生は部屋に入り、音を立てずにドアを閉めた。
 とりあえず、足元にある座布団を手渡す。

「あの、これどうぞ」
「ありがとう」

 ベッドに腰掛けたままの僕の近くに座布団を敷いた先生は、座るなり頭を下げてきた。

「その……今日はごめんなさい」

 いきなりすぎる来訪からの謝罪に、僕は訳がわからないまま、綺麗すぎる黒髪とつむじに向け、疑問をぶつけた。

「え?な、何の話ですか?今日のは僕が……」
「いえ、その……どこがどうとは言えないのだけれど、さっきの私はあまり先生らしくなかったわ。だから、ごめんなさい」
「そんな……元々悪いのは僕ですし……」
「それもそうね。じゃあ、全て君が悪いのかも……」
「ええっ!?」
「冗談よ」

 ……だから冗談がわかりづらいですよ、先生。
 でも、口元に浮かぶ小さな笑みは、花が咲くようにこの場を彩り、つい僕まで頬が緩んだ。

「今日はゲームするのかしら?」
「え~と……少しだけします」
「誰を攻略するのかしら?」
「そりゃあ、転校生ですよ!」

 転校生という言葉を聞いた先生の雰囲気が、研ぎ澄まされた刃のように鋭くなった気がした。

「……また失敗するといいわね」
「何でですか!?」
「じゃあ、そろそろ行くわ。明日は居眠りしないように、ね」

 そう言って先生が立ち上がったところで、先程の反省文を提出し忘れていたことに気がついた。

「あっ、先生!反省文書き終わったんで……っ!」

 迂闊だった。
 慌てて立ち上がった僕は、足元に散らばった別のプリントに足をズルッと滑らせてしまう。
 そして、よりによって先生の方へと倒れ込んでしまった。

「きゃっ!」

 先生の意外なくらい幼く聞こえる悲鳴。
 ベッドがいつもより強く軋む音。
 顔面を覆った、ふんわりと柔らかな感触。
 全ては一瞬の出来事だった。

「…………」
「…………」

 そのいくつかの出来事が通り過ぎた後、自分が今どんな状況にあるか、気づいてしまった。
 先生→仰向けに倒れている。
 僕→その上で馬乗りの態勢になっている。
 …………え?
 間違いなくとんでもない事になってる。
 なのに、体が動かない。動けない。
 つい先生をじっと見てしまう。
 黒い宝石のような瞳は、驚きと思われる感情に揺れながら、じっと僕を見上げていた。
 滑らかな頬と形のいい唇はほんのり赤く染まり、スーツ越しにもわかる豊満な胸は、呼吸に合わせ、艶めかしく上下している。
 頭の中には、この前見た水着姿が浮かんできた。このスーツの下には……なんて想像するだけで……。
 ベッドの上だけ他の世界から切り離された感覚がした。
 そんな中、時計の針はチクタクと規則通りに動き、それだけが心と現実を繋ぎ止めていた。
 ……何でこんなに綺麗なんだろう。
 そんな陳腐な疑問が頭にじわりと湧いてくる。
 しかし、そんな静寂も長くは続かなかった。

「あ、あさ……祐一君、その……」
「っ!」

 先生の顔がいつかのように真っ赤になり、唇が微かに震えている。 
 全力で体を動かし、僕は土下座した。

「すいませんでしたぁっ!!」
「ふぅ……あの、そこまで謝らなくてもいいのよ?ただ、わ、私にも……心の準備が……」

 先生からは比較的落ち着いた声音が返ってくるが、それでも罪悪感が消えず、頭を上げることができなかった。

「先生!僕、先生の納得いくまで何でもしますから!」
「落ち着きなさい。浅野君」
「いえ、「お茶入ったわよー」やらせてください!」

 ここでまさかの母さん登場。
 部屋の空気が凍りついた。
 ていうか、今変なタイミングで入ってこなかった!?
 母さんは、考える素振りを見せ、ニヤニヤ笑いながら口を開いた。

「祐一。確かに孫は早い方がいいけど、高校生で父親にならなくてもいいわよ。あとがっつきすぎ」
「えっ?いや、違っ……」

 やっぱり誤解してらっしゃる!
 こうなったら先生に誤解を解いてもらうしか……

「…………」

 先生に目を向けると、何故かそっぽを向いていた。
 そんな……いや、僕が全面的に悪いんだけれども。
 僕が母さんに言い訳している間、先生はそっぽを向いたままだった。 

 *******

「それじゃあ、お邪魔しました」
「ええ、馬鹿息子のために、わざわざありがとうございます。またいつでも来てください」

 玄関まで先生を見送りに来たはいいが、今日は色々ありすぎて何を言えばいいのかわからず、母さんの隣で立ちつくしていた。
 先生も同じなのか、母さんに頭を下げた後、僕に向けて、ひらひらと小さく手を振った。

「また明日、学校で」
「あ、はい!今日はありがとうございました」

 僕の言葉に、先生はまた小さな笑みを咲かせ、あとはもう振り返らなかった。
 閉じられた玄関のドアを見ていると、隣にいる母さんが、何とも言えない表情をこちらに向けている。

「母さん、どうかした?」
「いや、何て言うか……うん、本当に馬鹿息子だね」
「ひどっ!?」

 何なの一体!?
 この後部屋に戻り、一人きりになると、さっき仰向けになった先生の表情が頭の中を占領して、動くのも面倒になってしまった。
 そういえば、さっきここで……いや、考えちゃダメだ。考えちゃダメだ……ああ、無理だ~~!!しかも、ベッドに甘い香りが!!
 結局、夕食の時間に母さんが部屋に呼びに来るまで、僕はベッドに仰向けになり、天井とにらめっこしていた。

 *******

「あわわ……ど、どうしよう。明日、ちゃんと顔見れるのかな……」

「何でも……か。何で断っちゃったんだろう、私……」

「子供……………………ふふっ」

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