担任がやたらくっついてくるんだが……

差等キダイ

補習室

 やってしまったぁぁ~~~~~!!!

 浅野祐一 現代文小テスト 0点

 も、もちろん実力で0点を取ったわけじゃない。さすがにそんなギャグ漫画みたいなことはない。
 その……ついつい寝落ちしてしまいました。
 今年こそは!と思い、一念発起して、日を跨いでもカリカリ予習していたのだけど、肝心の試験中に寝落ちしてしまったという本末転倒な結果である。
 ……とりあえず……小テストでよかった。
 ショックは大きいけど、とりあえず自販機でジュースでも買って気持ちを……

「浅野君」

 教室を出たところで背後から声をかけられ、肩がびくんと跳ねる。
 振り向くと、ファイルを胸元に抱えた森原先生がいた。眼鏡をかけ直すだけの単純な動作も、知的な振る舞いに見え、つい見とれてしまう。いや、見とれてる場合じゃない。絶対に怒られる……!
 廊下に足を縫い付けられたように動けずにいると、先生はすたすたと距離を詰めてきて、無表情のまま、いつもの声音で話しかけてきた。

「小テストの件で。今日、居残りいいかしら?」
「……は、はい」
「じゃあ、放課後に補習室まで来て」

 先生はそれだけ言い残し、軽やかな足取りで廊下の角を曲がっていった。
 ……補習なのは仕方ないけど、それよりも先生の怒ってるかどうかわからないクールさの方が……うん、めっちゃ怖い。

 *******

「失礼します……」

 放課後になり、先生に後ろについて真っ直ぐに補習室へと向かう。いくら皆の憧れ・森原先生の補習といえど、補習は補習だ。さっさと終わらせたい。いや、僕が悪いんだけど……。
 もちろん先生はそんな僕の心情など知る由もなく、淡々と補習の準備を始めた。
 
「そこに座って」
「はい」

 早く終わらせる方法はただ一つ。とにかく真面目にやることだ。そもそも予習はやっていたのだから、集中さえすれば、早く終わるはず……!
 なんて考えたその時……

「じゃあ早速始めましょう」
「っ!」

 正面に座るかと思った先生が、何故か隣に座ってきた。
 しかも…………やたら近い!!
 いや、近いどころか肩と肩がぴったり触れ合ってる!!

「どうかしたの?」
「な、何でもないです……」

 そんな至近距離で話しかけられると何も言えなくなるのですが……そう思いながら隣を見ると、当たり前だけど先生の横顔がすぐ傍にある。
 やっぱり森原先生ってすごく綺麗だと、改めて思った……睫毛とか長くて、鼻もすらりと……

「浅野君?」
「あ、すいません!」
「集中して。今から、もう一度小テストの問題の範囲を……」

 先生はいつもと全く変わらないクールさのまま、甘い香りで補習室を包み込み、授業の復習と小テストのやり直しをしてくれた。

 *******

「……うん。合格」
「よしっ!」

 思わずガッツポーズをしてしまう。
 だが、先生がじぃ~っとこちらを見ているのに気づき、すぐに引っ込めた。
 その漆黒の瞳からはどんな感情も読み取れなかった。まあ、元々そんな能力ないんだけど。ものすごい美人だということしかわからない。
 窓から射し込む夕陽にほんのり赤く照らされた先生は、少し考える素振りを見せた後、静かに口を開いた。

「てっきり、わからないから眠っているのかと思ったのだけど……」
「あ、いえ、その……ごめんなさい」

 夜遅くまで勉強していたとはいえ、眠っていたのは事実なので、言い訳のしようがない。
 俯いていると、先生が再び距離を詰めてきて、今度は太ももの辺りもくっつけてきた。
 先生の顔をすぐ近くに感じ、とてもじゃないが横を向けそうもない。

「浅野君」

 耳に直接声を吹き込まれる感覚がして、体が硬直する。今さらながら、何で先生は……

「私の授業、つまらなかった?」
「え?」 
「その……いつも真面目なあなたが眠ってしまうものだから……」
「そ、そんなことないです。その……」
「?」
「えっと……先生の授業がわかりづらいとかはないです!あの……先生の授業は……」
「……もしかして……夜遅くまで予習してた?小テストも思ったより点数が良かったし」
「えぇ!?……いや、その……」

 いきなり図星をつかれ、思わず先生の方を向いてしまう。
 互いの息がかかりそうなくらいに接近した顔に驚きながらも、目がばっちり合って離れなかった。
 その黒い瞳はクールなイメージとは裏腹に優しく、それでいて胸を強く高鳴らせる。
 僕が動けずにいると、先生のほんのり紅い唇が動いた。

「そう……頑張り屋ね。でも、無理しすぎは良くないわ。こういうのは、一時的な頑張りよりも、できる範囲で継続的に積み上げた方が効率が良いの」
「は、はい、わかりました」
「それじゃあ、今日はもう帰っていいわ。お疲れ様。夜更かしは程々に、ね?」
「はい……失礼します……」
「ええ、また明日。帰り気をつけてね」

 *******

 ゆっくりと補習室の扉を閉める。
『頑張り屋ね』
 ……久々に人に褒められた気がする。
 その温かい響きは、下校中も自分の部屋で寝転がっていても、しばらく頭の中で、繰り返し繰り返し鳴り響いていた。

 *******

「顔……近かった……緊張した」

「……早く明日にならないかな」
 

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