戦国生産無双伝!
012_初陣
障子からさす光を受けて、昼前に自然と起き出した。
「暑い。喉が渇いた」
そう今は7月、夏真っ盛りで昼近くにもなれば気温もグングン上がって寝ていられない。エアコン欲しいな。
あ、そうか、氷を創ればいいんだ! 氷なら水さえあればすぐに創れるじゃないか! それを部屋の中に何個か置いて室温を下げる、うん、帰ったらやってみよう!
四つん這いで縁側に出て腰を降ろす。両腕を上げ背骨をひと伸びさせると横からトコトコと小気味良い足音が俺の方に近付いてくるのが聞こえた。
「あにぅぇ~!」
その足音の主は勢いを緩めることなく俺に突撃してきた。お陰で俺は横から首に圧力がかかって苦しかったが、何とか倒れることなく持ちこたえた。
「これ、ドウジマル、そのように抱き着いては兄上が苦しいと言っておりますよ」
言ってはいないけど苦しいので首にぶら下がるのは止めてくれるか。
「おはよう御座います。母上、ドウジマル」
「あらあら、もうすぐお昼だと言うのにお早い起床だこと。昨夜は、いえ、今朝まで飲んでいたそうですね。俄かには信じがたいのですが、あのクロウ殿と飲み比べをして勝ったとか聞きましたよ」
まぁ、反則してもバレなければ反則ではないわけで、皆は俺が酒精を抜いた酒を飲んでいたなんて知らないのだから、俺がアズマ家の酒豪ナンバーワンで良いだろう。
「クロウの調子が良くなかったのでしょう。もしくは私に花を持たせてくれたのではないでしょうか?」
「あのクロウ殿がですか? ほほほ、そういうことにしておきましょうか」
コウちゃんは「ほほほ」と笑い俺の横に腰を降ろす。
「あにぅぇ~、あそぼ~」
「おう、何して遊ぼうか?」
「おうまさ~ん」
「そうか、お馬さんだな。ほれ、乗れ」
俺はドウジマルが求めるように四つん這いになり背中にドウジマルを誘った。
「これドウジマル、ソウシン殿にそのような事をさせてはなりませんよ」
「母上構いませんよ。明日になればオノの庄に帰る事になりますので、今はドウジマルの気が済むようにしてやりたいのです」
コウちゃんの静止を遮って俺はドウジマルを背中に乗せ縁側や部屋の中を四つ足で歩き回った。ドウジマルも俺の背中の上ではしゃいでキャッキャ言っている。可愛いやつだ。
「もう少しおられないのですか?」
「今は鉄砲水から復興している最中ですので」
コウちゃんは「そうですね」と理解をしてくれたようだ。
そこに青い顔をして頭を押さえながらキシンが近づいてくるのが見えた。アイツ二日酔いだな。
「遅いお出ましで」
コウちゃんはキシンを一瞥し嫌味を言った。多分、俺を朝まで飲ませていたのを怒っているのだろう。
「ちちぅぇ~っ!」
俺の背中から飛び降り俺の時同様に突進してキシンにしがみつくドウジマル。キシンはドウジマルの勢いに押され尻もちをつくも辛うじてドウジマルを抱えて守った。
ドウジマルは抱き着きながら「ちちぅぇ~っ!」を連呼している。遊んでほしいのだろう。
「ドウジマルや、少し声を抑えてくれ。頭に響く」
「よいのですよ、もっと甘えておやりなさい」
コウちゃん、おこです!
「父上、一人前の男は自分の酒量を知るものですぞ」
昨夜言われたことをオウム返ししてやった。俺を潰そうとした罰だ。ざまぁ!
「ソウシン殿の言う通りです! 前後不覚になるまで飲み翌朝に影響があるようではいけませぬ!」
コウちゃんは俺に便乗しキシンを責め立てた。
アーダコーダとコウちゃんがキシンに説教を始めてしまった。最近は領地を広げ調子に乗っていたからいい薬になるだろう。とは言え、そろそろ腹が減った。水も飲みたい。だから助け船を出してやるか。
「母上、そろそろ昼餉の時間となりましょう、父上も十分に反省されておられます故、その辺でお許しください」
普通は母親に怒られている子供に父親が助け船を出すんじゃないのか? まぁ、キシンだから良いか。
俺の執り成しにコウちゃんも我に返って、キシンは解放された。キシン君や俺に感謝しろよ。
そしてタイミングを計ったように昼餉が運ばれてくる。
今日の昼餉はアマゴの塩焼き、里芋の煮物、切り干し大根と人参の酢和、香の物、味噌汁、ご飯だ。
但しキシンはご飯にお茶をかけた本当の意味での茶漬け食っていた。だらしない奴だ。その茶漬けだと味気ないだろ? 俺なら梅干しが欲しい所だが、残念なことに梅干しは見たことがない。
春になると淡いピンクの花を咲かせる梅の木があるが、あの木では梅の実は採れないはずだから、どこかで梅の実を調達できれば梅干しは創れると思う。
「収穫が終われば出陣することになるだろう、今回はソウシンを連れて行くつもりだ」
昼餉の後、少し休憩してドウジマルの昼寝の時間になったので、寝たくないと駄々をこねるドウジマルを連れてコウちゃんは部屋を出て行った。それを見計らってキシンが今年の戦に俺を連れて行くと宣言した。
なるほど、だからコウちゃんの言っていた年末じゃなく年明けに輿入れなんだ。だけど下手をすれば年越しだってあるだろうに、その時は婚儀を延期するのか?
「分かりました」
いつかは戦に駆り出されると思っていたので心づもりはできている。多分できている。本音を言えば怖いが、俺の野望を実現するにはそうも言っていられない。
今までのアズマ家は此方から仕掛けず敵が攻めてきたら迎え撃つ姿勢だったので、数年に一度の頻度だった。戦力が少なく、攻めることができなかったと言うのもある。
しかし昨年は4つの城を手に入れた。今回も攻めてオンダ家の領地を取ろうと言うのだ、キシンが欲を出して無茶な戦いをしなければいいのだけど。
「オンダが奪われた領地を取り返そうと動いているそうだ。今年は無いと思っていたのだが、オンダが来るとなれば迎え撃たねばならん」
そうなんだ、オンダも懲りないな。でもやられっ放しではオンダも面目が立たないか。
しかし、キシンの欲で戦をしてないのが分かったから、少しホッとした。
「ソウシンには鉄砲衆を任せる。見事初陣を果たせよ」
「はい」
気は進まないが敵が来ると言うのであれば払いのける必要がある。オノの庄でしっかりと準備をするとしよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ロイド歴3881年10月。
性懲りもなくオンダ家は攻め込んで来た。キシンは豊新城に兵を集結させた。
今回のオンダ家は決戦を仕掛ける気のようで4500人もの兵を擁してきた。この数はオンダ家のほぼ全ての兵だと言っても過言ではないそうだ。
対してアズマ家は3500人、こっらは総力と言うほどの数ではない。今のアズマ家であれば6000人を動員できるからだ。
3500人と言う数は傭兵2000と農民兵1500で余力を残しての出陣となる。
豊新城はアズマ家が所有してから改修が進んだ。最初はアズマ家が攻め込んだ時に崩落した塀などの補修がメインだったが、アズマ家の兵は傭兵が多いので平時は傭兵を人足として城の普請に投入できるので豊新城の更なる改修が進んだのだ。銭があるとこういうのも早く進む。
「オンダ勢は豊新城の南の豊南山に陣を張ったようです」
物見からの報告を受けキシンは一言「ご苦労」とだけ答える。何時ものキシンとは雰囲気が違うので見違えた。しかし目と鼻の先の豊南山に陣取られるとこちらの動きが丸見えじゃないのか? 逆に言えばこっちからも見えるけど。
「今年は不作だった。オンダでは兵糧を購入していると報告があった」
「当家でも不作でしたが、若のオノの庄が大豊作でしたので助かってはおりますが、長くはないでしょうな」
小野の庄の石高は鉄砲水前で8千石だった。だけど、あの水害の後では誰もが収穫はできないと諦めていた。しかし、蓋を開けてみたら1万3千石の米をした。
しかも鉄砲水で復興中のオノの庄には免税が言い渡されていたのでこの税収は元々予定されていなかった。俺も村人から米を徴収するつもりはなかったが、村人たちの方から税を納めてきたほどだ。俺が免税だと言っても水害の後で世話になったからと自主的に納税してきたのだ。
ミズホ酒の生産には米が必要なので農民が自ら納めに来た米を比較的安く買い取ることにして、さらに農民たちが食べる米以外を相場よりやや高く買い取った。それに事前にミズホ屋とイズミ屋から買い取っていた米も蔵に山積みになっていたのでアズマ家全体は不作だったが、あまり兵糧には困っていない。
しかしオンダはそうはいかないだろう、不作で兵糧が乏しいので長期戦は避けるだろう、そうなるとオンダは無理をしても攻め込んでくる。もともと、戦争なんてのは略奪目的なんだ。米がないなら隣の領地から奪えばよい的な考えが多い。
「本来だったら野戦に持ち込み撃ち破ってやるところだが、兵糧が少ないようなのでオンダ勢は無理にでも城攻めをするだろう。無駄に兵を損なう必要はない。籠城し敵の数を減らしてからじっくりと料理してやろう」
傭兵は損なっても雇いなおせば減ることはないが、農民兵はそうはいかない。しかも農民を損なえば生産力が落ちるので国の経営にも関わってくる。だが、傭兵を雇うのには農民を徴兵するよりも銭が掛かるのだ。幾らミズホの国が比較的裕福な土地柄とは言え、傭兵を多く雇うのは負担が大きい。それこそアズマ家の俺の様に銭を稼いでいる者がいなければ持続的に多くの傭兵を雇い入れることはできない。
「殿! 大手門は某にお任せ下され!」
「あいや待たれよ、ここは某に!」
『某に!』
皆、戦功を立てる為に一番攻撃が激しいであろう大手門の守備を願い出る。今のアズマ家は領地が増え褒美として与える土地がある。つまりそういうことだ。
俺はそんな波には乗らない。戦功より命が大事だし、別に無理に戦功を立てる必要もない。もしそんな俺を嫡男に相応しくないと言う話が出るのであれば、俺の経済力をそいつに見せつけてやろう。銭と兵力は比例するのだということをそいつに分からせてやる。
俺はこの戦いで自分の戦力を温存しているのだから。
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