ガベージブレイブ【異世界に召喚され捨てられた勇者の復讐物語】
002_廃棄
「スメラギ殿は入札がなく落札されなかったので自由にしてもらって結構です」
神官服のような白い服に身を包んだ白髪で腰の曲がった老人が俺に自由にして良いと言う。
見た目は好々爺のこの爺さんだが、何でもないように現実を俺に突き付けてくる。
今はオークションが終わり生徒たちはそれぞれの国の控室に集められ、落札されなかった俺も別室に連れてこられた状況だ。
老人は俺に剣と小さな革製の袋を手渡してきた。
「これは?」
「剣と僅かですが暫く生活できる程度のお金です。『調理師』の貴殿には申し訳ないと思っておりますが、元の世界には戻すことはできませんので餞別としてこれらをお持ちくだされ」
拉致しておいて知人もいない、常識も知らないこの世界に放り出す気か?と思わないこともないが、寧ろせいせいするのでその方が俺もあり難い。
今まで一人で生きてきたんだ、これからも一人で生きていくと思えば何の苦もないさ。
それよりも餞別としてもらったお金の額が気になる。
この金額次第でこれから生きていくうえでの難易度が変わるからね。
「一般的な平民の四人家族であれば半年は生活できる程度です」
まぁ、悪くはないか。もっともっとと言い出したら際限がないからね。
「金額は良いとして、何故剣を?」
「この世界では魔王や魔族、そして魔物が存在します。『調理師』だとしても身を守る術は必要でしょう」
言われて「ハッ」と気付くが異世界召喚された目的が魔王、魔族、魔物との闘いなんだなと、今更ながら背筋に冷たいものが流れる。
戦闘や戦争とは無縁の日本で暮らしてきたけど命の軽い世界にきたのだと剣を見つめながら実感をする。
オークション会場があった石造りの建物はラーデ・クルード帝国という大国の中にある召喚の儀式が行われる神殿らしい。
先ほどのオークションで俺たちを売り払った代金は全て神殿に寄付される。
あぁ、俺は売れてないけどね。
勇者召喚の準備にも金がかかるというのが神殿側の言い分らしい。
宗教が人身売買の元締めという落ちだが、地球でも戦争や人種差別、弾圧などを宗教が主導して行ってきた歴史があるので、世界が違っても宗教なんてろくでもないと思ってしまう。
神殿を出ると扉があった。巨大な扉だ。
その扉は高さ五メートルほどの巨大な扉で、どう見ても扉だけしかない。
扉の奥に建物や部屋があるようには見えないのだ。
大きさや両開きを除けばまるで青いタヌキのポケットから出てくる便利な道具のようだ。
どうやらそんな扉だけの扉を通るようだ。
「これは転移門というものです」
おぉぉ、ファンタジー!
「これからスメラギ殿はこの転移門を通りランダムにどこかの国に転移されます」
「ランダム……ですか?」
「言いにくいのだが、スメラギ殿はどの国にも所属しない。ハッキリ言えばどの国もスメラギ殿を引き取りたくないのだ。だからランダムで選ばれた国でこの世界の最初の生活を送っていただくことになっている」
そんなにハッキリ引き取りたくないと言わなくても良いじゃないか!
なんとも勝手な理屈だと憤慨する。
「ツクル君!」
名前を呼ばれ振り返ると一ノ瀬が立っていた。
その後ろには見知らぬ男たちや他の生徒もいる。
「また会えるよね?」
「俺は自由らしいから運が良ければ会えると思うけど……」
ファンタジー世界では何が起こるか分からない。
魔物もいるそうなので喰われることだってあるかも知れない。
一ノ瀬の後ろにいる男はどこかの国の役人のようで彼女を見張っている感じがする。
彼女が俺と一緒に扉を通らないように見張っているのだろうが、彼らの俺を見る目は明らかに俺を蔑んでいる。
そんな視線を俺に向けるアンタは何様だよ!と言いたいが無視するに限る。
「イチノセ殿、そろそろ……」
役人が一ノ瀬を呼ぶ。老神官に首をクイッと合図をしている。
俺を早く扉の向こうに送れと合図したのだろう。
「また!……また会えるっていってほしい……かな……」
「……あぁ、またな」
そう言うと俺は扉の前に立つ。
「ふー」
息を吐く。これから俺の新たな人生が始まると思うと何とも言えない思いがこみ上げてくる。
これ……
ドンッ。
誰かに背中を突き飛ばされたのでたたらを踏みながら扉をくぐる……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……」
俺は今、放心状態だ。
突き飛ばされあの巨大な扉をくぐった先は……どこかの国にランダムで送られると聞いていたのだが……
俺の目の前には国、いや町や建物などない。
目の前にある光景は日本では見ることもできないほど大きな大木が乱立しており、くるぶし程度まで伸びた草が柔らかで鮮やかな緑の絨毯のように広がっている。森だ。
「……騙された」
目の前の光景を理解するのに数分、そして今の自分の状況を理解するのに更に数分を要した。
「あのクソジジィッ!」
後ろを振り向いても扉はない。
一方通行の転移を俺は意気揚々とくぐりここに放り出されたわけだ。
ここは恐らく魔境の部類。良くて原始人的な生活、悪ければ明日の朝日は拝めない……やってくれるぜ。
あのクソジジイは何も知らないいたいけな美少年の俺を捨てやがったのだ。
美少年に反応するなよ!流せって、おい!
「はぁぁぁぁ」
ため息を大きく吐き気を落ち着かせる。
この展開はファンタジーラノベではテンプレだ、と自分に言い聞かせる。
言い聞かせるのは良いが俺はこの森でどうやって生きていけば良いのか。
それが第一の問題だ。
取り敢えずステータスプレートをもう一度確認する。
確認したって職業の『調理師』が変わるわけではないだろうが、考えをまとめるにも何かにすがりたい気分だ。
氏名:ツクル・スメラギ
ジョブ:調理師・レベル一
スキル:【調理】【着火】【解体】【詳細鑑定】【素材保管庫】
表記は一切変わっていなかった。期待したわけではないが、やっぱり変わらない。
俺がよって立つのもは現状ではスキルしかない。
一番目につくのが【詳細鑑定】だ。
この【詳細鑑定】はラノベのテンプレスキルの【鑑定】だと思う。
詳細と付いているのでもしかしたら【鑑定】の上位互換かも、と期待する。
目の前の大木に向かって【詳細鑑定】を試してみる。
大木 ⇒ 前人未踏の魔境であるボルフ大森林で数千年以上その場に生えている木。
「大木は分かっているよっ!」
目の前に浮かび上がった説明文に突っ込む俺。
そうしたら更に説明文が浮かび上がってきた。
ベズの大木 ⇒ 前人未踏の魔境であるボルフ大森林で数千年以上その場に生えている木。
ベズという種類の木なのだろう。
しかし突っ込めば追加の情報をくれるのか?この【詳細鑑定】っていうスキルは。
試すしかないよな。
次は俺も【詳細鑑定】で見てみよう。
氏名:ツクル・スメラギ
ジョブ:調理師・レベル一
スキル:【調理】【着火】【解体】【詳細鑑定】【素材保管庫】
能力:体力G、魔力G、腕力G、知力C、俊敏G、器用EX、幸運EX
……自分を【詳細鑑定】で鑑定してみた……能力の項目が増えていた……そしてその中で目を見張るのは『器用EX』と『幸運EX』だ。
「『EX』というのはあれだよな……えーっとエントランスじゃなくてエクステリア……エクストラだよな?」
ラノベの中では『A』や『S』の更に上の『EX』で良いのだよな?
しかし……『器用』や『幸運』が『EX』でも戦闘の役に立つとは思えない。
いや、『幸運』は役に立つかもしれないけど、どうやって効果を判断するかが問題だ。
「しかしあれだな……『器用』や『幸運』以外は酷い有様だな。何とか『知力』が『C』だけど、他は全部『G』だよ。
多分、『G』は一番低い気がする。もう落ち込むよ。
「そう言えば、【詳細鑑定】で【詳細鑑定】を鑑定したらどうなるのかな?」
詳細鑑定 ⇒ 鑑定の上位互換だよ!何でも教えてあげるからね!
「……何だよこの説明わっ!?」
思わず持っていたステータスプレートを地面に投げつけてしまった。
「い、いけない、気を落ち着けろ!」
自分に言い聞かせ、ステータスプレートを拾い上げ土を払う。そして他のスキルも鑑定してみる。
調理 ⇒ 食べられるものなら何でも調理できるよ!刃物を使う必要もないけど刃物の扱いが凄いんだから!火加減もバッチリだよ!何と、毒も解毒できちゃうからね、エッヘン!
着火 ⇒ 何にでも火をつけちゃうんだからね!
解体 ⇒ 触っているものなら何でも解体しちゃうぞ!
素材保管庫 ⇒ どんな物でも収納した時のままの状態で保存してあげるよ!
再びステータスプレートを投げつける俺。
スキルの効果や能力に不満はない。だけどこの説明文に何だか無茶苦茶腹が立つ。
何でベズの大木の時のような説明文ではないのだろうか?俺への嫌がらせなのか?
い、いかん、落ち着け俺!
再びステータスプレートを拾い上げ土埃を払う。
取り敢えずスキルの効果や能力は分かったので、試しに手に持っているステータスプレートを【素材保管庫】に仕舞ってみる。
「収納」
手に持っていたステータスプレートがスッと消えてなくなる。
それと同時に目の前に浮かび上がる文字。
『ステータスプレートを【素材保管庫】に収納しました』
問題なく収納できた。
『革袋(小)と銅の片手剣を【素材保管庫】に収納しました』
クソジジイにもらった金と剣も収納しておく。
あの剣は銅の剣なのか、ゲームとかなら初期装備のような剣じゃないか……まぁ、ここに廃棄しようとしているのに国宝の剣とかくれるわけがないか。
「ステータスや能力は把握……できた、よな?……これからしなければならないことは食糧と水、そして寝床の確保か?」
そうなると先ずは水だ、食糧よりも重要度は上だ。
傍に落ちていた一・五メートルほどの杖のような枝を拾いできるだけ真っすぐに立てて手を放す。
俺の『幸運』は『EX』だから運は良いはずだから枝が倒れた方に歩きだす。
どれだけ歩くか分からないので枝は杖として持ってきた。リサイクルだ。
暫く歩く。草が生い茂っており歩きにくいし、時々大木の根につまづき転倒しそうになるが、杖が良い働きをする。
多分、三十分は歩いたと思う。時速四キロメートルだとすると二キロメートルは歩いた計算になる。
疲れた。舗装された道路の有難みを感じる三十分だったし、これからもそう思うだろう。
歩き出して一時間ほど経ったと思う。
草のおかげで目立たないが地面は少し凸凹しており足を挫きそうになったり、草に足をとられ転びそうになるのを杖が支えてくれて助かっている。
杖ってこんなにも役に立つのか、と実感した一時間だった。
疲れたので倒木の上に座る。
喉が渇いたが水はない。早く水場に到着しないとヤバい。
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