絶望の世界で育成士が生き残れるのか!?
03・初契約
ゴブリンが闊歩する都心部を周囲に気を配り物音を立てずに慎重に歩き郊外に向かう。
郊外に向かうのは都心部よりも安全なのではないかと思ったからであり、歩きなのはゴブリンが地下鉄の入り口から出てくるのを何度も見たからだ。
ゴブリンが地下鉄に出入りしているのを見て最初は人類を探して地下鉄に入っていったと思った。
しかし入っていく数に比べ出てくる数が明らかに多いことからその考えを改めるに至る。
地下鉄の構内、もしくは地下のどこかでゴブリンが湧いて出ているのではないかと考え付いたのだ。
思い浮かぶのはダンジョン。ライトノベルなどの物語でお馴染みのダンジョンである。
残念ながら今の彼にゴブリンの巣窟かもしれない地下鉄に降りていくほどの勇気はない。
そして何より戦闘力がない。
デパートもそうだが、他の高層ビルにも魔物がいたのを見ている彼は危険地帯のど真ん中にいるのではないかと考え、早急にこの危険地帯からの脱出を考えたのだ。
「喉が渇いた……自販機ないかな?」
そこそこ歩いた。既に午後五時に迫ろうかという時間なので日もかなり傾いている。
「何で自転車とかパチってこなかったか、自分を責めてやりたいぜ」
徒歩の移動は疲れる。自動車は免許を持っていないので運転できないが、自転車ならかなり自信はある。
こういう非常事態なので放置自転車は有効活用できると今更思い至ったわけだが、周囲には自転車は見当たらない。
有っても厳重に施錠されており何の工具も持っていない彼には何もできないのだ。
丁度良いところに自販機を発見した彼は走り寄る。
硬貨を投入しボタンを押そうと思ったがボタンが光らない。
(……あぁ、電源が来てないんだ……うううう喉が渇いたよぉぉぉ……あっ、あそこにコンビニが!)
コンビニエンスストアーを見つけた彼は陸上選手かと思うほどの猛ダッシュをする。
幸いコンビニの周囲や店の中にはゴブリンはいない。
(何故か店員も居ない。おい、不用心だな!つーか、略奪後のように店の中が散らかっているよ!?)
彼は冷蔵庫の中に残されていた僅かな飲み物の中から黒くてシュワシュワした飲み物を一本手に取る。
(先ずは駆け付け一杯!)
「ゴクゴクゴク……プッハー、浸みわたるぜ!ゲップー」
周囲に誰もいないのは分かっているが、ゲップを数回繰り返す彼にドン引きである。
そして日本茶系のペットボトルも手にする。後は二リットルの水も抱える。
これは予備の飲料である。人間、水がなければ生きていけないのはコミュ障の彼でも分かっていることだ。
更に残っていたパンとお菓子にあれやこれやを数袋分、レジ裏から一番大きな袋を見つけて入れる。
レジには店員はいないことからそのまま失敬することもできたが日本人の悲しい性なのかネコババはいけないと彼の良心が訴え、そっと五千円札を置いて店を出る。
今の五千円で彼の財布の中のお金が半分以下になってしまったが、銀行にはそれなりの額が眠っている。
尤も、今後銀行どころか日本円が使えるのかも怪しい世界となってしまったことから、それなりにある資産が使える可能性は低い。
「つーか、ほとんど人がいないのは何でだ?」
そんな彼の視界に死体が映る。
今までも映っていたが、見ないようにしていたのだ。
(……死体は沢山ある……でも成人女性の死体が少ない……まさかとは思うがゴブリンと言えば……うん、考えるのはよそう!)
そして彼は思う。
この新世界に現れた魔物と思われる生き物はゴブリンだけなのか、もしファンタジー系の物語のように多くの魔物が他にも出てきたらと思うと彼の背中に冷たいものが流れる。
そして恐らくゴブリンは最弱かそれに近い魔物のはずでオークやオーガなどといった魔物が出てきたら、狼系の鼻や耳が良い魔物が現れたらと思うと、彼は身震いをする。
今の彼では生きていくことが非常に困難な状況が想像できた。
(契約ってどうすればいいのだろう?もし「力を見せるのだ!」とか言われたらアウトだし、それ以前に魔物と意思疎通ができるとは思えない。やっぱり人と契約するのが現実的……でもないな、俺に人付き合いを求めるなよ……)
「きゃぁぁぁぁっ」
「おう、なんじゃい!?」
空気を割くような悲鳴がした。
声質からして女性のようだが、今の彼には助ける手段が思い浮かばない。
ただ、取り敢えず確認のために移動をと考え行動する。
「た、たすk……」
頭を棍棒で殴られ気絶した女子高生と女子高生を棍棒で殴った醜悪な顔の憎いアイツ。
ゴブリンは女子高生を気絶させるだけで其以上の攻撃は加えなかった。
明らかに男性に対してのそれとは違う対応である。
そして髪の毛を鷲掴みにして女子高生を引きずっていく。
彼の脳裏にあんなことやこんなことをされる女子高生の姿が浮かぶ。
つまり巣に連れて行き繁殖の為の道具となる女子高生の姿だ。
因みに女性が女子高生だと分かった理由は単純にセーラー服を着ているからである。
セーラー服だけなら中学生かもしれないが、彼はは知っていたのだ、あの制服は某お嬢様女子高校の制服だと。
セーラー服マニアの彼には周辺の高校の制服が頭に全てインプットされているのだ。
(どうする?助けたいのは山々なれど、我に余剰戦力なし!と言うわけで失敬させて頂きます!)
「あ・・ぅ・・たす・・け・・・て」
意識が戻った女子高生は薄っすらと開けた目の先にいた彼に助けを求める。
(……あぁぁ、俺を見ないで……そんな目で見られると見て見ぬふりをした俺が悪者みたいじゃん)
こんな光景を見て女子高生を見捨てようとした彼は「悪者みたい」ではなく、人道的に悪者の部類に入るだろう。
一度は倒したゴブリンとはいえ、今の彼が命をかけるリスクを冒して女子高生を助けるのは生き残るためには間違った行動だと分かる。
(つーか、隠れている俺を良く見つけたね? はぁ、嫌なものを見てしまった)
「しゃーねぇな」
女子高生を助けようと何故か思ってしまった。
とは言え、彼は戦闘力に関しては自慢できるものはない。最弱の部類の育成士なのだ。
ゴブリン相手なら勝てるだろうが下手をすれば大けがをする可能性も否定できない。
助けるにしても方法を考えないと痛い目を見るだろう。
しかし彼がどうやって助けようかと迷っている間も女子高生はゴブリンに引きずられていく。
名案は浮かばないが、このままでは他のゴブリンと合流されれば彼女を助けることが更に困難になるかも知れないと思い行動を起こす。
道の端にあったブロックを両手で拾い上げ、足音を消しながら女子高生を引きずるゴブリンの背後に迫る。
手を伸ばせば彼女に届きそうなほどに迫るとゴブリンが不意に振り向く。
「チッ、はえぇ~よっ!」
舌打ちをし、一気にゴブリンに迫ると大きく振りかぶってゴブリンの頭上にブロックを振り下ろす。
バキッと嫌な音がしてブロックを持つ手に嫌な感触が伝わってくる。
ゴブリンはその場に崩れ落ちるように倒れる。
「はぁ、はぁ、……やったか?」
フラグを立てた気がして思わずゴブリンを警戒したが、流石のゴブリンも頭部をブロックで殴られては生きていなかった。
しかしタイミング悪く他のゴブリンが倒れたゴブリンと女子高生、そして彼を見つけてしまった。
「ギャギギギッギャ!」
元々醜悪な顔だったことから表情はあまり分からないが、仲間のゴブリンが殺されたことでかなり怒っているようだ。
走り寄ってくるゴブリンに助かったと思っていた女子高生は小さく悲鳴をあげる。
彼は無意識に女子高生を庇うように立ち、向かってくるゴブリンの棍棒をブロックで受ける。
意外と衝撃があると思うも、何とか受け止めたことに気をよくするとブロックをゴブリンに向けて振り下ろす。
しかしこれが良くなかった。
重いブロックを振り下したのは良いが、ゴブリンが後方に飛びのいて避けたのだ。
そして重いブロックを自由に扱えるほど彼は力が強くないので大きな隙ができてしまったのだ。
ゴブリンが彼の隙を見て容赦なく棍棒を振り下ろす。
何とか頭をずらすことができたが、肩口に棍棒を受けてしまう。
しかもそこは最初に戦ったゴブリンとの闘いで棍棒を受けたのと同じ肩だった。
新人類になって傷は治ったと思ったが、内面的なところで完全には治りきっていなかったのかも知れない。
「っつ!?」
状況は悪い。
左肩のダメージにより、左手が思うように動かない。
それに比べゴブリンはピンピンしている。
(ヤバすぎるだろっ!何か良い案はないのかよ!?)
目まぐるしく視線を彷徨わせる彼はどう考えても挙動不審だ。
棍棒を再び振り下ろそうとゴブリンが近付いてくる。
ここで死ぬのかと諦めにもにた感情がこみ上げてくる。
しかしここで思ってもいない援軍が現れた。
先ほど倒したゴブリンが持っていた棍棒を踏んでしまったゴブリンが大きく姿勢を崩したのだ。
しかも自分が振り上げていた棍棒を手放しそれが自分の頭に当たるというおまけつきだった。
彼はそんな無様なゴブリンの姿を見てチャンスだと思い、タックルをする。
そしてそのままマウントポジションをとりゴブリンの顔面を殴りつける。
とにかくゴブリンを倒さなければと思った彼の行動は無意識のものだったが、体格としては小学生と大人なのでマウントポジションをとってしまえばゴブリンが形成を逆転させるのは難しかった。
しかも右手だけとは言え顔面に何度も何度も拳を叩き付けられるのだ、ゴブリンが死に至るまでにそれほどの時間はかからなかった。
砂のようになって消えるまでひたすら殴り続けていた彼の息は激しい。
「お、俺だってやればできるのだよ!」
消えてなくなったゴブリンに向かってなのか、あの死神のような存在に向けてなのか、彼は荒い息そのままに天に向かって叫ぶ。
しかし彼は思う。ゴブリンだって生き物なのだ、自分は計らずもその生き物を三体も殺してしまった。
ゴブリンであっても命は命、その命を奪う自分は命の重みを忘れてしまったのではないかと?
しかしそこで出した結論は極めて合理的な考え方であった。
(人は皆、他者の命を奪って生きているんだ。鶏や豚に牛、命を奪って食べているじゃないか、今更だよな。そう考えれば魔物と思われるゴブリンを殺すのだって割り切れるし、殺さなければこっちが殺される。それにゴブリンは死んで直ぐに死体が消えてなくなるんだ。殺したというより滅したと言う方が正しいだろう。そうだ、そうなんだ、魔物を滅しているだけなんだ!)
彼は消えたゴブリンがいた場所を数秒間凝視して自分の心に踏ん切りをつける。
【ドロップアイテムを回収しました。パーティーメンバーに新人類が居ませんので貴方に回収権限があります。尚、このメッセージは任意にON/OFFを切り替える事ができます。(ON/OFF)】
そこに現れるメッセージ。
(こんな機能もあるんだ……)
一瞬、驚きもしたが、こんな世界になってしまったのだからこんなもんだろうと理解する。
彼が関心しているのはメッセージではなく、ドロップアイテムが勝手に回収されるという機能の方だ。
どうやら彼が倒したゴブリンなどの魔物は消え去った後にアイテムを残さない場合と、残す場合があるようだ。
いわゆるドロップアイテムという物だが、彼をこれを一瞬で理解する。
こういうところはオタクでありライトノベルの文化に親しんだ彼のような人種ならばすぐに思いつくだろう。
そしてアイテムはゲームのように自動で回収できるだけではなく、パーティーメンバーがいるとメンバーにも回収の権限が与えられる。
それを理解した時、回収権限はランダムなのかな?と思ってしまうところが彼らしい。
因みに回収されたアイテムは【持ち物】の中にあり、『ゴブリンの魔石』と表示がされている。
一人考えごとをしていたが、女子高生のことを思い出した彼は助けた彼女に近寄る。
どう考えても女子高生のことを忘れていたのが分かる。
頭から血を流して蹲って泣いている女子高生に近づくと「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。
困ったことに彼は何と声をかければ良いか分からない。
コミュ障の実力を発揮している。
「大丈夫か……」
たった一言、しかしそのたった一言が女子高生にはとても嬉しかった。
殺される恐怖が全身を支配し体中が小刻みに震えていたが、女子高生にぎこちない笑顔を見せる男性を見てやっと助かるのだと思った。
「あぁぁ……あ、ありがとう御座います……私は茜部杏子と言います」
「あ、うん……神流川朱雀」
女子高生の丁寧なお礼と挨拶に対しコミュ障爆発の朱雀は言葉少なく答える。
本当はもっと杏子を落ち着かせるために言葉をかけてあげたいが、それができるくらいならボッチなどしていない。
「頭、傷。……消毒液、はない、けど……アルコールで消毒」
「はい……」
お前は何者だとツッコミが入りそうな片言の朱雀だったが、杏子は素直に従う。
朱雀は杏子の傷口を見て、あまり深くないだろうとホッとする。
そしてできるだけアルコール度の高い酒を取り出し血でべとつく黒髪の上からかける。
(この子、今は血糊で汚れているが、元々は綺麗な黒髪なんだろうな。それに雪のように白い肌、涙と血と……色々な物で汚れてはいるけど可愛い子だ)
今どきの女子高生としては珍しく化粧っ気のない顔はかなり可愛いと思われる。
先ずは飲料水のペットボトルを取り出し顔を洗うように促す。
それから棍棒で殴られた傷口にコンビニで失敬してきたアルコール度数が高い酒を振りかけると杏子は傷がしみるのだろう、少し声を上げたが気丈なもので歯を食いしばって我慢をしている。
これもコンビニから失敬してきたガーゼで傷口を保護する。
何で酒やガーゼなんて持ってきたか、それは最初の戦いで朱雀も怪我をしたからだ。
ライトノベルなどでは魔物を倒すとレベルが上がり、能力も上がっていたが、一体目は別としても都合三体のゴブリンを倒した朱雀は未だレベルが『1』で怪我を治すスキルは当然ない。
朱雀の能力が上がったわけではないので怪我をしても最低限の治療ができる物をと考え持ってきたのは言うまでもない。
勿論、バンドエイドもある。
それに【持ち物】の中に色々と入れることが出来たので多くの物を持ち出すことができたのも大きい。
「応急処置、はした……病院、ここの地理、疎い、……」
「医者がいるか分からない、ですか?」
「そう」
杏子は呑み込みが良いようで朱雀の片言の言葉をしっかりと理解している。
朱雀が周囲を見渡すと昼までは生きていたであろう人の死体ばかりが目に付く。
魔物が闊歩し、死体が多いこの状況で生きている医者を探すのは地元民でも難しいだろう。
しかも朱雀がここまで歩いて来た中で生きていた人は極わずかしか見ていない。
むこうも隠れるようにして直ぐにどこかに行ってしまい声をかける暇もなかったが、それほど生き残っている人は少ないと考えられる状況だ。
「あの……できれば今の状況を聞かせてほしいのですが」
コミュ障の朱雀に説明を求める杏子。
冷静になったことでこの状況を理解するべきだと考えてのことだ。
先ほどまでは酷い顔をしていたが、目に光が戻り朱雀よりもよほど逞しく見える。
「……俺、あまり、知らない……」
「知っていることだけで大丈夫です。お願いします!」
「……場所、安全、移動」
「はい」
ゴブリンがいつ現れるかも分からないので、安全な場所に移動して話そうと提案する。
ただし、その安全な場所がどこにあるのか、朱雀には思いつかなかった。
こういう時にコンビニエンスストアーは便利で、少し歩けばコンビニエンスストアーに行きあたる。
そのコンビニエンスストアーに入り、ひと息入れる二人。
そこで朱雀は先ずは店内を物色し、武器や食料、飲み物、それにアルコールなどを【持ち物】に放り込んでいく。
一通りの物色が終わり、朱雀はあの死神のような存在のことを最初に話した。
杏子も死神のような存在を目にしたが、朱雀同様に意識を手放し、起きたら目の前にゴブリンがおり殴られ再び意識をなくした。
その後は朱雀と会うことになるのだが、その時には意識が朦朧とした状態だったのでよく覚えていないのだ。
「それでは『世界の革変』が起き、その『職業システム』をインストールすると職業や技能が身に付くわけですね」
杏子が朱雀の片言を理解し確認の為に復唱をすると朱雀はコクリと頷く。
そうなると杏子も『職業システム』をインストールしたいと思うのは仕方がないことだが、その為にはゴブリンを殺す必要がある。
一般人にはどれほどハードルの高いことか理解しているのだろうか?と朱雀は心配になる。
そしてその為に一番手っ取り早いのは……
「あ、あの……もし、もし良かったら助けてくれませんか?」
(やっぱこうなるよな。しかし助けるって言っても俺も結構一杯一杯なんだけど……)
杏子は断られるのだろうかと心配な表情をし朱雀じーっと見つめる。
(そんな目で俺を見るなよ。美少女にそんな目で見られるとオジちゃん断れないじゃんか)
「生き、残る……必要か……」
「では!」
「手伝う。但し、【契約】」
「……契約?」
朱雀は片言で話す。自分の技能の一つであること、【契約】することで朱雀に敵対できなくなること、契約者が経験値を得ると朱雀にも六十パーセントの経験値が入ること、などなど。
契約内容次第では奴隷のような扱いもできる筈だが、朱雀はそのような非人道的なことは考えていない。
ボッチと言えど日本人として現代に生きてきた朱雀にはその程度のモラルはあるようだ。
暫く考えた杏子はキリッと朱雀を見つめると口を開く。
「分かりました、契約します!」
そんなわけで契約をすることになった二人。
契約内容は無制限、つまり朱雀への敵対行動禁止以外の制限はない。
朱雀が杏子に向かって【契約】と念じると杏子の体が薄い光に包まれる。
杏子自身も少し驚いているようだが、一番驚いているのは朱雀だ。光っている自分の手を見て目を真ん丸くしている。
ほんの数秒で光は消えてしまった。これで【契約】は完了のようだ。
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