絶望の世界で育成士が生き残れるのか!?

なんじゃもんじゃ

02・新世界

 


 醜悪な顔が勝ち誇った笑みを浮かべている。
 小学生ほどの背丈しかないこんなチンチクリンに何で押されているんだよと喚きたくなる。
 ゴブリンは手に持っていた血塗られた棍棒を振り上げた。


「た、助けてぇぇぇぇっ!」


 彼は目を瞑り両手で顔を庇う、そして直ぐに来るであろう衝撃に耐えようと歯を食いしばる。


「……ってこない? え? 焦らしプレイですか?」


 衝撃がいつまで経っても来ないことに不思議に思い、両手の隙間から視線を泳がせる。


「あれ? いない?」


 更に左右を確認し、後ろも確認するがゴブリンはいなかった。


「上かっ!? ……いない? 下? ……いたっ!」


 視線を地面に向けると倒れているゴブリンを視認する。
 そして倒れているゴブリンをよく見ると口から泡を吹いていた。
 誰かが倒してくれたのか?と訝しむが、周囲には死体はあっても生きていそうな人はいない。
 そして再び倒れているゴブリンに視線を戻す。
 気付いたのはその額にある筈の小さな角が割れていたことだ。


「……どうやら俺の必殺の一撃が憎き宿敵を瞬殺したようだ! ハハハハ、ゴブリン程度、我が敵ではないわっ!」


 額にある小さな角はゴブリンにとって弱点だと瞬時に汲み取った彼は周囲に誰もいないこともあり大口をたたく。


「え? ゴブリンが消えた!?」


 砂が風に飛ばされるようにゴブリンが消えたのだ。
 それを見て驚きのあまり素っ頓狂な声をあげる。


小鬼ゴブリンの討伐を確認しました。これにより貴方は新世界の住人として認められました。新世界の住人として職業システムをインストールします。準備は宜しいでしょうか?(Yes/No)】


「はっ? ……ちょっと待てっ! なんじゃこりゃ~っ! 落ち着け俺! そうだ、深呼吸だ! ヒッヒッフー、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……よ、よし、少しは落ち着いたぞ」


 今の彼の目の前にはパソコンの十四インチモニター程度の大きさの画面が現れている。
 その画面には某OSのような物が表示されているが、どう見ても空中に浮いているのだ。


「……ハイテクだな! って、違う! これは空中に浮かんでいるんだよ!」


 今の状況に理解が追いつかない。


「……ご、ゴブリンが居る世界になったんだからこれもOKなのか?」


 画面には【職業システム】をインストールするか? と彼の判断を仰ぐコメントが表示がされている。


「普通に日本語なんだ……」


 どうでも良いことを指摘するが、この間にも彼は状況を把握しようとその少ない脳みそをフル回転させている。


「新世界……」


 ぽつりと呟く。
 この呟きこそ今の世界を現しているのだ。
 この魔物が闊歩するこの世界を死神のような存在は新世界と名付けているようで、この新世界で生きて行くには目の前の画面のコメントにある『職業システム』と言う物は必須なのだろう。


「ここでNoはないよな?」


 Noを選択することも可能だが、Noを選択する勇気は彼にはなかった。
 この新世界で生きていくためには恐らく、いや、ほぼ確実にYesを選択しなければならないだろうと本能が感じるのだった。


【最終確認です。貴方に職業システムをインストールします。宜しいですか?(Yes/No)】


 彼が考えただけでモニターが反応する。
 そして彼は最終確認をしてきた画面に念を送るのだった。


「Yesだ!」


【職業システムをインストールします。暫くお待ちください!】


 その瞬間、画面にソフトをインストールする時の進行具合を表すバーが表示される。
 同時に彼の頭の中で何かが暴れているようなガンガンと響く痛みが襲う。


「ぐぁっ!」


 たまらずその場に膝を付き倒れ込む。
 そして頭だけではなく体中に激痛が走る。
 永遠に続くと思えるほどの苦痛が彼を襲う。


 どれだけと言われると、約二分だった。
 それでも二分もの間、体中に激痛が駆け巡っていた。
 体中の毛穴が開き汗が噴き出すほどの痛みをよく耐えたと褒めるべきだろう。
 画面にインストール終了までのカウントダウンが出ていたのでそれを見て苦痛に耐え抜いたのだ。


 インストールが終了したとコメントが画面に表示されると苦痛はなくなったが、それでも今までの苦痛のせいで息も絶え絶えだ。
 取り敢えず上半身を起こし地面に座り込み周囲を確認する。
 幸い周囲にゴブリンはいない。


「つーか、こういうのは先に言ってほしい。もしゴブリンが近くにいたら俺は今頃死んでいたぞ」


 色々言いたいことはあるが、気を取り直して画面を見る。そこには……


【職業システムのインストール時に異常が発生しました。異常を修正しましたので正常にインストールは終了しました】


 と、ある。


(異常って何だったんだろう?ちょっと、いや、結構気になるぞ)


 しかし今の彼にそのエラーが何なのか分からないので追及できない。


【職業システムを表示しますか?(Yes/No)】


「勿論、Yesだ!」


【①ステータス ②持ち物 ③装備 ④記録】


 たった四つしかコマンドがない。彼は心の中でコマンドが少ないと思った。
 痛みに耐え抜いた後だから余計にそう思うのかもしれない。


 ①のステータスを表示と念じる。
 先ほどのインストールの時と同じように念じるだけで反応し画面が切り替わる。


【氏名】神流川朱雀かんながわすざく
【職業】育成士Lv1
【情報】新人類、ランク1、男、28歳
【固有技能】???
【技能】契約I、経験値共有I、育成I
【育成ポイント】0GP






(あー、何となくだけど理解できたわ)


 彼は否定するがオタクだ。
 こういう画面はライトノベルでは定番の設定であり見飽きている。
 それでも説明がないかと、念じてみる。






 @育成士 契約者を育てることに特化した職業であり、個人の戦闘力は高くない。育成ポイント(GPグロウスポイント)は育成士又は契約者が魔物を討伐することで得ることができるが、極稀にそれ以外でもGPを得られる。








 予想通りに念じたら説明が表示される。


「【育成士】って俺に対しての嫌味かっ!? ああ、俺は引きこもりでボッチでコミュ障だよ、なんか文句あるんかいっ!? 一人寂しい人生を送ってきた俺に対する当てつけかっ! おいら泣いちゃうぞ!」


 オタクでボッチな朱雀なので人を育成するなどと言う高等技術を持ち合わせていない。
 そんな彼にとって非常に相性の悪い【職業】だと思われる。


(それから『新人類』は何となくだけど分かる。分かるから良いけど、『ランク』って何よ?)


 ステータス画面を見ながらウーンと唸る。


(今のランクは『1』なので何かをしたら『2』や『3』にランクが上がって行くのだろうと予想はできるけど、そもそも『ランク』の意味が分からない)


 ランクの説明を求めて念じても何も表示は現れない。


(考えても分からないものは保留にするとして……固有技能の『???』って未開放なのか? それともメッセージでもあった異常によるバグなのか? 分かんないからこれも保留放置だな)


 次は【技能】に目を移す。


 @契約 育成士レベル1解放/対象と契約及び契約の解除を行う。契約者は育成士の仲間となる。育成士と契約者は共に敵対行動がとれない。敵対行動以外の制約は育成士が設定した契約内容によって決定される。<スロット2>


 @経験値共有 育成士レベル1解放/契約者が経験値を得ると契約者に百パーセント、育成士も六十パーセントの経験値を取得する。


 @育成 育成士レベル1解放/対象を討伐すると得られる『育成ポイント』を消費することで契約者の能力と技能を強化することができる。


 彼はなるほどと思う。
 以上のことから彼は契約者がいてこその職業を得たといえる。
 戦闘力がほぼ無いのが痛いが契約者さえいれば彼の周囲は安全になるだろう。


 戦闘力のない彼が先ほど倒したゴブリンは恐らくゴブリンの急所である角を破壊するクリティカルが発生して勝てたのだろう、と思われる。


(凹むわ~。ないわ~。仲間作るのハードル高いわ~。戦闘力低い俺って生き残れるのかな……)


 さて、ここで問題になるのは彼は誰と、もしくは何と契約ができるのか? ということだ。
 鉄板なのはゴブリンのような魔物と思われる生き物だ。
 しかしゴブリンは問答無用で彼に攻撃を加えてきたことでも分かるように話してわかる相手ではない。
 もしかしたら人類、いや今は新人類が『対象』になるのではないだろうか?とも思うが、もしそうなら所謂パーティーを作って、そのパーティーに彼が寄生する未来が思い浮かぶ。


(……嫌過ぎるっ! 寄生虫として生きていく未来なんて嫌だ! 俺は自立したボッチを極めるんだ! 自慢じゃないが、コミュニケーション能力【極小】の俺に対してこんな職業は嫌味以外の何物でもないぞ! 責任者出てこいやぁっ!)


 とは言え、彼の職業や技能についてはある程度理解できた。極めて遺憾ではあるが、理解できてしまった。
 そしてスロットが『2』であることで二つの契約が可能だということも思い浮かぶ。
 恐らく【契約】のレベルが上がればスロット数は増えるのだろうということも同時に思い浮かんだ。


 後はこれを実戦でどう生かすかだ。
 彼の職業は育成士なので戦闘ではあまり役に立たない。
 そう説明にあるのだからそうなんだろう。遺憾ではあるが戦闘では役立たずの部類だ。
 その為、契約者と共闘するか契約者に戦闘を任せるのが彼の戦闘スタイルとなるだろう。
 つまり契約者が必要なのだ。そしてその契約者を見つけることが今の彼の最優先事項である。


(生き残るために俺と契約してくれる対象を早く見つける必要がある!)


 その前に②持ち物と③装備の確認、そして④記録の確認もする必要があるのに気が付き再び念じる。


(装備が安物のスーツ上下と安物の合成革靴に安物のYシャツ……喧嘩売っとるのかワレ!)


 記録は『神歴一年四月二五日一六時一〇分 新人類へと昇華。職業:育成士に就く』とある。


(神歴ってなんじゃらほい? 西暦じゃないのかよ、月日は俺が認識していたのと同じだし時間も同じなので日本時間で記録されていると思うけど、西暦は『変革』によって『新暦』になった、と考えるしかないのだろうな)


 周囲にはそこそこ多くのゴブリンが闊歩している。
 天気が良いなぁ、などと現実逃避をしたい彼だったが、取り敢えずゴブリンを回避しつつ契約者を見つけるのと安全圏への脱出が急務となる。


(つーか、右手の怪我が治っているんですが?)


 人類から新人類に人種が変わったせいだろうか、ゴブリンの角によってぱっかりと開いていた穴が塞がっている。
 これには新人類となったことに感謝をする彼、神流川朱雀であった。


 

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