チートあるけどまったり暮らしたい

なんじゃもんじゃ

139 召喚されし者1

 


「ふふふ、ひゃぁっはははははっ!これで、これであの忌々しいバンダムの者共を滅ぼせると言うものだ!」
「教皇猊下、成功しましたぞ!」


 光り輝く魔法陣。そしてその光に飲み込まれた敵兵。
 光りが収まると先ほどまで誰もいなかったそこには30、いや40人ほどの人たちがいる。
 その姿は古文書などにある伝説の勇者が思い浮かぶ。


「ここはどこだ?」
「なに、何が起こったの?」


 自分たちに何が起こったのか分からず騒ぎだす召喚者たち。
 彼らが騒ぐのも無理はない。彼らが勇者ならここは彼らにとって異世界であり知人もいない土地なのだから。


「静まれ!」


 召喚された40人ほどの人々は聖クロス騎士団長であるエルランの一喝で鎮まる。
 彼らは男女比がほぼ同じでその顔は幼さを残すことから成人程度の年齢のように見える。


「我は聖オリオン教国の聖クロス騎士団を預かるエルランと申す!貴殿らは我が聖オリオン教国が召喚せし勇者殿である。よくぞ参られた!」


 エルランは召喚した勇者と呼んだ者たちを歓迎した。これは本心で彼らが死に体となっている聖オリオン教国を救う切り札だと本気で信じているのだ。
 しかし勇者たちはエルランの声に反発するように勇者の何人かが騒ぐとその騒ぎは波紋のように広がっていく。


「いまっ!……今、我が国は滅びの危機に瀕している。邪悪なものの侵攻により既に我が国は滅ぶ寸前なのだ!貴殿らに助けてもらわねば滅ぶのだ!」


 エルランは腹の底からあらん限りの声で自分たちが滅ぶ寸前にまで追い込まれていると勇者たちに訴える。
 エルランの言葉は勇者の心に響くように吸い込まれていった。
 教皇も本気で勇者たちが自分たちを救うと考えている。尤も教皇の場合は勇者を都合よく使い、目的を達したら過去に召喚した勇者のように闇に葬るつもりでいるのだが。
 そんな光景を薄ら笑いを浮かべ見つめるのは仮面で顔を隠したワーナーである。


「邪悪なる者はすぐそこまで迫っている。どうか勇者殿の力により我が国を救ってほしい!」
「救うって言われても俺たち戦ったことなんてないぞ!?」


 勇者の1人が疑問を口にした。
 彼らは平和な日本という国で育ち戦争どころか兵役さえもない国だったので命がけの争いを経験したことがないのだ。
 そんな彼らには戦う術がないと考えるのは仕方がない。


「大丈夫だ!召喚された勇者には圧倒的な力が備わっており、戦いは体が自然と動くと言い伝えがあるのだ!」
「この国を守ったら元の世界に戻してくれるのか?」
「勿論だ!邪悪なるものを退けた後は貴殿らにできうる限りの褒美を与え元の世界に帰すと約束しよう!」


 元の世界に帰れると聞き皆の心が傾く。そしてとどめが……


「分かりました!僕たちにできることであればお手伝いします!」


 勇者の中から1人の若者が進み出てエルランに協力を申し出る。
 黒目黒髪の多い勇者の中にあってやや茶色の髪の毛をしたその若者は端正な顔立ちをし見た目は既に勇者である。


「おおお、あり難い!感謝する!」


 宇津城光、この世界ではヒカリ・ウツシロと名乗ることになる若者は高揚感に包まれていた。
 正義感、そんな陳腐な言葉など彼の頭にはない。彼は彼が望んでやまなかった力を手に入れることができた、その高揚感に包まれているのだ。
 世界は違ってもヒカリの野心は手に入れたチャンスを必死につかもうとしていた。
 日本では総理大臣になるために必死で努力をしていた。
 しかし彼が総理大臣になれる可能性は非常に低い。1億3千万人近くの人口がいる日本で総理大臣になれるのは数十人程度、その倍率はとても低いのだ。
 しかし召喚されたことで彼はこの世界でも有数の力を手に入れることができたのだ。野心が燃え上がらないわけがない。


 ヒカリはその野心から召喚された38人のリーダー的な存在であるが、残念ながら全員が彼を支持しているわけではなかった。
 彼の行為を冷めた目で見ているのは目立たない容姿をした双葉颯太、ソウタ・フタバだ。
 ソウタは召喚された38人の中にあり今回の召喚劇について冷静に状況を把握しようと努めている。


 彼らは彼らの世界で高校生だった。
 朝のホームルームの直前に教室が光り輝き、気付いたら異世界に召喚されていたのだ。
 彼の世界ではライトノベルなどによりクラスが召喚される物語が多くあり、その物語では勇者召喚した国が実は酷い国だったというのは普通のことなのだ。だから彼は目立たず状況の把握に努めるのだった。
 まさか自分がその勇者召喚によって異世界に召喚されるとは思っていなかったが、ソウタは生き残る為にも冷静にそして判断を間違わないようにと心がける。


「ねぇ、双葉君……私たちどうなってしまうのかな?」


 ソウタに話しかけたのは佐々木恵、メグミ・ササキだ。
 彼女はクラス1の美少女で高校全体でもトップ3に入るほどなので人気がある。
 しかし彼女はそのことを鼻にかけることなくクラスで目立たないソウタに話しかける数少ない生徒だ。


「分からない……でも彼らが本当のことを言っているか、僕たちはそれを見極める必要があると思う」


 ヒカリのように都合の良い話だけを信じこの国の味方をするのは危険だとラノベの知識としてソウタは知っているのだ。
 何よりこういう展開では送還魔術が存在しないのが定番で、あのエルランがいうことが本当なのか怪しいものだと考える。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 簡単な説明をされ僕たちは召喚された広い部屋から移りステータスの確認をすることになった。
 そこには台座に石板のような物が置かれているだけの部屋で、聖オリオン教国この国の聖クロス騎士団の団長をしているエルランという大男の話によれば石板に触れば数秒でステータスカードが出てくるという。
 名ばかりのクラスメートたちが一列になってステータスカードを作っていく。
 こんな光景を見ると異世界に召喚されたのだと思う。


 最初にステータスカードを作のは宇津城光だ。
 彼はエルランの話を聞き真っ先に協力を行うと言い出した。彼はクラスのリーダー的なポジションだから皆も納得はしていないが彼に従っている。
 しかしこういう場合、この国が危険な国というのが相場で僕たちは非常に細い綱を渡っているような危うさがあるはずだ。
 だから僕は彼が邪悪な存在といわれる相手に突撃してもそれに従おうとは思わない。この国の思惑をしっかり見極めないと命取りだ。


 チンって軽い音がして宇津城光のステータスカードが出てきた。
 それをエルランが見ると驚愕の表情をする。多分、良くて驚いているのだと思う。


「すばらしい!光属性が覇王級で火属性が王級だ!他に雷属性と水属性も特級と4属性も所持しているぞ!正に勇者!それに【体力成長】が帝級、【魔力成長】が帝級だとっ!」


 驚き喜ぶエルラン、テンション上がり過ぎて血管キレるんじゃないかと思うほどだ。そしてその驚きを目の当たりにして自慢げな表情の宇津城光。
 どうやら彼が勇者ポジらしい。僕的には一番危険な奴が勇者ポジに収まってしまったと頭を抱えたい気持ちだ。
 その後もクラスメートたちのステータスカードの作成が進み何度かエルランが驚き喜んでいた。
 そして列の最後尾、僕の番になった。
 石板は状態が悪くあちこちが欠けたりしており文字が書いてあっても読める状態ではない。
 僕はエルランの指示に従い石板に手をかざす。そうすると意識が一瞬飛んだような気がしたと思ったら今までいた石板の部屋とは違った場所に立っていた。


「え?何?……もしかして召喚は夢?」


 周囲を見渡す。見た限りの真っ白な空間。これってラノベの定番の神の空間じゃないかと思うわけで……僕は死んでしまったのだろうか?
 召喚されて速攻で死ぬってどういうことなの?


「はぁ、僕はどうなるんだろう?」
「それは君次第だよ」
「え?」


 後ろから声がしたので振り向くとそこには白いテーブルと椅子があり、椅子には金髪の中性的だけどとてもきれいなな顔立ちをした人?が座って紅茶のような飲み物を飲んでいた。
 先ほどまでそこにテーブルなんて無かったはずだけど……神様なのかな?


「立ち話もなんだから、座りなよ」
「は、はい……」


 僕が空いていた椅子に腰かけるとテーブルの上にどこからともなくティーカップが現れた。
 とても良い香りのする透き通る赤茶色の飲み物だ。多分、紅茶だと思う。


「毒なんか入ってないから飲みなよ。美味しいよ」
「あ、はい、いただきます……美味しい!」
「そうだろ?美味しいだろ?私は毎日飲んでいるんだ」
「え?毎日?」
「そう毎日。この紅茶はね、私のオリジナルブレンドなんだ。君の生まれた地球の茶葉も品種改良して使っているんだよ」


 地球……この女性のような男性のような人?は地球の茶葉を……神様じゃないのかな?


「……」
「どうしたんだい?」
「あ、あの……貴方は神様ですか?」
「あぁ、そうだね、気になるよね」
「はい、もし神様なら僕を、いえ、僕たちを地球に返すこともできますよね?」
「先ず私が神かどうかだけど、正解。私は一応、神に名を連ねるものだよ」
「では!」
「だけど、君たちを地球に返すことは私にはできない」
「……」
「不満のようだね。でもね、神でも出来ることと出来ないことはあるんだ」


 そこでティーカップに口をつける神様。


「今、神様は地球の茶葉をと言いました、神様なら……」
「私ができるのは地球の物を私の手元に具現化させること。残念ながら私自身が地球に行くことも地球の生き物を行き来させることもできないんだ」
「そんな……ならあの聖オリオン教国の送還魔術に頼るしかないのか……」
「送還魔術はないよ」
「え?」


 僕は飲み込もうとした紅茶を思わず零してしまった。
 そんなことより今何と……送還魔術は無い……


「あの国が所持しているのは召喚魔術のみ。過去に君たちと同じように異世界から召喚された勇者たちがあの国によって元の世界に帰った実績はないよ。酷なようだけどこれが現実なんだね」


 怪しいとは思っていた。送還魔術がある可能性は極僅かだと思っていた。しかしこんな形でその現実を突きつけられるとは思っていなかった。
 こんなこと佐々木さんに言えない……待てよ、「あの国によって」って言ったってことはあの国が関係なければ帰った人も居るのか?
 あれ……その前にこの光の世界から僕は皆のところに帰れるのだろうか?


「あ、あの……」
「なんだい?」
「僕は皆のところに帰れるのですか?」
「皆というのが君のクラスメートのことなら帰れるよ。私とのお話が終わればね」


 取り敢えずは1人ではないんだ。


「それと元の世界には帰る方法はあるのですよね?」
「そう思うかい?」
「はい、貴方は先ほど「あの国によって」と限定していました。ですからもっと大きな括りでいえばあるのではないかと思ったわけです……」
「過去に、過去に1人だけ元の世界に帰ることができた勇者がいるね」
「本当ですか!?」
「でも、かなり条件がそろわないとダメだよ」
「万が一でも可能性がないわけではないのですね!?」
「そうだね」
「その条件を聞かせて頂けますか?」
「残念だけどそれは無理だよ。私はそれに関する権能を有していないからね」


 権能ってことは他の神様にはその権能があるってことかな?
 帰るにはその神様に会わないといけないのか……


「さて、そろそろ本題に入って良いかな?」
「え、あ、はい、どうぞ」
「今回の召喚魔術にはある術式が組み込まれている」


 ある術式?どんな術式なのか、ゴクリと唾を飲んでしまう。


「その術式は召喚した人たちを隷属させるものだね」


 は?隷属?つまり、それって……奴隷!?


「発動時、私は魔法陣に干渉し君だけは隷属術式から除外できたけど、他の勇者たちは……」
「奴隷に……」
「だから君には勇者たちの主となっている者を倒してほしい。そうすれば勇者たちを隷属から解放できる」
「倒す……それは殺せということですか?」
「まぁ、ざっくり言うとそういうことだね」


 僕に人を殺せと……僕に人が殺せるのか?


「因みに君たちを召喚するのに数十万人の命が捧げられている。君たちに力を与える為とは言え、非情な行いをする」
「そ、そんな!?」
「異世界から勇者を召喚するには膨大なエネルギーを必要とする。だから百年単位でエネルギーを溜めるのだけど、彼らはそのエネルギーに人の命を上乗せすることにより強力な召喚魔術を行使したんだ」
「あ、あの国は宗教国家じゃないのですか?何でそんな酷いことができるのですか!?」
「あの国は正義の名のもとにそういうことを平気で行う国だよ。だから滅ぼさなければならない。君たちを召喚した召喚魔術も一緒にね」
「……」
「何はともあれ、君は隷属から除外されているから君しかクラスメートを助ける人はいない。出来なければ勇者ごとあの国を亡ぼすことになるから頑張ってほしい」
「ま、待って下さい!勇者ごと亡ぼすって、僕たちは謂わば被害者です。被害者なのに殺されるなんてあんまりです!」
「だから君が勇者たちを開放してほしい」


 そんなこと……僕が止めるしかないのか……


「……隷属の主は誰ですか?」
「それは分からない。普通の隷属化なら私の力で解放することもできるけど、数十万人もの命を吸い上げた強力な術式だから私の力は及ばないんだ。だから君がその主を探し出し、倒すしかない」


 何てこった!召喚された世界はベリーハードじゃないか!
 少しでもイージーモードを期待した僕が馬鹿だったよ!


「そろそろお別れだね。君とはまた会えると思うけど、最後に二つだけ言っておくね。ステータスプレートには隠し情報がある。隠し情報が見たいと思えば見えるから、それとステータスの内容は隠蔽できるから、手に取ったらすぐに隠蔽することをお勧めするよ。一般人並みに隠蔽と頭の中で唱えれば隠蔽できるから。じゃぁ、また会える時を楽しみにしているよ」


 神様が一方的に喋り終わると一瞬意識が飛んだ感じがして石板からステータスカードが出てくるところだった。
 僕はそのステータスカードを手に取ると見る前に神様から教えてもらったように頭の中で一般人並みに隠蔽と唱える。
いきなり取り上げられて見られた後では遅いからね。


「ステータスカードを見せてくれ」
「は、はい……」
「……」


 エルランが変な顔をしている。


「まぁ、気にするな……」


 あんたが気にしてる顔だよ!


「何だ何だ?……マジかよ!双葉、お前魔法適正なしかよっ!」


 こいつはいつも僕に嫌がらせをしてくる山田健太だ。ハッキリ言ってウザイ奴だが今の奴隷状態では逆に憐れみしかないよ。
 山田の声で皆が僕のステータスカードを見に来る。お前たち優越感に浸っている場合じゃないんだぞ、お前たちは奴隷なんだからな!


 

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