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138 クリセント・アジバスダの惨劇

 


 教都クリセント・アジバスダへの攻撃が始まろうとしている。
 父上が指揮するキルパス川方面軍35万、お爺様が指揮するベルム公国方面軍40万、そして俺が指揮するオリオン北部方面軍37万、合計112万の大軍がクリセント・アジバスダを包囲している。
 全ての兵が一斉にクリセント・アジバスダに雪崩れ込むわけではないが、それでも数十万の兵が動くのだからその光景は圧巻である。


 オリオン北部方面軍からはバッケン・クド・イチジョウ大将が前線指揮官として兵を率いてクリセント・アジバスダに突入することになっている。
 その陣容は副将としてコータロウ・フォン・キクカワ中将、先鋒としてエバン・クド・フリード中将、他神聖バンダム王国の諸侯が参戦している。
 この布陣にしたのは最終決戦となる可能性が高いこのクリセント・アジバスダ攻略戦で武功を立てたいという諸侯から申し入れがあったからだ。
 だから義勇兵やブリュトイース公爵軍は参戦していない。
 ブリュトイース公爵軍はこれまでに多くの武功を立てて来た。
 それに対し諸侯は初戦こそ戦をしたが、後は殆ど戦らしい戦をしていないからだ。
 まぁ、キクカワ中将なんかはちゃんと都市を陥落させたり色々戦功を立てていたので副将という微妙な立場での参戦となる。
 義勇兵やブリュトイース公爵軍はいつでも援軍できるようにスタンバイはさせておくのは当然のことだ。


 日の出と共にキルパス川方面から砲撃が開始された。
 門や敵の拠点と思わしき場所へのピンポイントの砲撃だ。
 極わずかだが地面に振動が伝わってくるし、空気が震える。


 俺は指揮車に乗り込みモニター越しに戦場を見る。
 俺の左横にはドロシー、その更に横にはクララが座り、右横にはペロンとカルラが座る。
 エグナシオが指揮官用の座席に座り視線を細かく動かしズラリと並んだモニターに視線を投げる。
 この戦場にあってもっとも安全な場所がこの指揮車の中なのでケスラー子爵夫人と夫人に抱かれたリュートレクスも居るし、俺の後ろにはフィーリアとリリイアも居る。


 モニター越しに敵は大聖堂やその付近に籠り徹底抗戦の構えを見せている。
 何か嫌な予感がするのだが、俺の能力に未来視はないのであくまでも予感でしかないのが歯がゆい。
 門や拠点を破壊し終わったことで兵がクリセント・アジバスダに雪崩れ込む。
 既に住民の殆どはクリセント・アジバスダから退避しているのでクリセント・アジバスダの中に立て籠もっているのは完全に敵だと思えば良い。
 但し、30万人にも及ぶ奴隷が集められており狂信者たちは奴隷たちを盾として使うと大方の見通しだ。


「フリード中将の王国第5軍が突出します」


 先鋒を任されたフリード中将は兵の先頭に立ち真っすぐ大聖堂へ向かっていく。
 所々に罠や進行を邪魔する障害物が置いてあったりするがフリード中将はそれらを乗り越えて進む。
 おかしい、あまりにもスムーズに進みすぎる。敵が防衛に専念するにしたってもう少し抵抗をすると思うのだが……


 抵抗はあるが、徹底抗戦とは程遠い消極的な抵抗だ。
 ここまで攻め込まれて士気が極限まで下がっているのだろうか?


 順調に進軍する各方面軍。
 敵は大聖堂付近に立て籠もってそれ以外の防衛を完全に放棄した。
 そしてフリード中将が誰よりも早く大聖堂に立て籠もる敵と接触した。
 魔術が放たれ王国第5軍に初めてダメージらしいダメージが与えられる。
 フリード中将は兵らを鼓舞し進軍を命じる。
 多少は防御を強化している兵とはいえ、魔術の直撃を受ければそれなりに傷付く。
 味方の被害などお構いなしといった感じでフリード中将は大聖堂を囲む巨大な塀に取りつこうと必死に部下を鼓舞しているのがモニター越しでも分かる。


 敵の魔術を撃っている兵は恐らく奴隷たちだ。塀の上から見窄らしいボロボロの布を纏った奴隷たちに魔術書を使わし魔術を撃たせている。
 魔術書があるとはいえ、普通は簡単に魔術を発動させられないのでよくもこれだけの奴隷に魔術を教え込んだものだと関心してしまう。
 無理やり厳しい訓練を科せられ前線にだされたのが分かるほどに奴隷たちの表情は一様に暗い。
 しかしこれが俺の嫌な予感なのか?この程度と言っては奴隷たちに失礼だが、これが俺の違和感の正体なのだろうか……


 他の方面軍も大聖堂に到達し、門を破ろうとしたり塀を登ろうとしたりと攻城戦が繰り広げられる。
 そしてイチジョウ大将率いる本体も王国第5軍の後方に控え敵の防衛の粗を探している感じだ。
 こうなると味方も魔術師を投入して塀を壊そうとしたり、味方を援護する。
 激しい攻防が繰り広げられる。


 そしてそれは起こった。


 魔力が爆発的に膨れ上がり兵たちの周囲が輝き始める。
 俺はそれを感じ指揮車を飛び出すとクリセント・アジバスダの上空を見上げる。
 そこには魔力によって光り輝く魔法陣が展開しており、それを見た俺は気付いたのだ、奴らの、狂信者たちの狂気に。


「何事ですか!?」
「あれは!?」


 俺に続き指揮車から飛び出してきたドロシーやペロンたち。
 皆がクリセント・アジバスダ上空に展開されている魔法陣を見てあれは何だと口にしている。


 ちっ、……止められないか。
 魔技神である俺はどんな魔法陣であろうと一瞬でその術式を読み解くことができるが、この魔法陣は最悪の術式が組み込まれている。
 俺はその術式に干渉し発動を止めようとしたが、残念ながら間に合わなかった。
 これによってクリセント・アジバスダは地獄絵図、いや、それ以上に最悪なことが起こってしまった。


 クリセント・アジバスダの大聖堂を守る塀に配置された奴隷たちと兵たち凡そ30万人……彼らはあの魔法陣の光によってその命を吸い取られたのだ。
 それだけではない、大聖堂を攻めていた各方面軍の兵もその術式によって命を吸い取られているのだ。全滅ではないが、こちらの兵も20万かそれ以上の兵が巻き添えを受けて命を吸い取られてしまった。


「エグナシオ!全軍に撤退命令だ!他の方面軍にも指示しろ!」
「は、ただちに!」


 大聖堂の周辺に居た狂信者もあの術式に命を吸い取られたことで聖オリオン教国兵は殆ど存在しなくなったが、奴隷と聖オリオン教国兵に狂信者、そして神聖バンダム王国兵を含めた命の数は軽く50万を超える。反吐がでそうな蛮行だ。


「ペロン、S級装備者を全員集めて……」
「了解!」


 S級装備者というのはブリュトイース公爵家の中でも選りすぐった者のことを指す。
 その者たちに俺が作ったアーティファクトの装備を与えたことからS級装備者と呼称されるに至っている。
 そのメンバーはペロン、カルラ、クララ、プリッツ、フィーリア、リリイア、エグナシオ、レビス、ウィック、ジャバン、アトレイ、そして元聖オリオン教国の勇者だったビザズドルだ。
 ペロン、カルラ、クララ、プリッツの4人は魔法中心のチート装備、他の者には接近戦用装備を与えているが、賢者のくせに接近戦が好きな脳筋エグナシオは遠近両用の装備だ。


「クリストフ、私も行きます!」
「……命がけの戦いになる」
「だからこそ、私も戦います!」


 正直言って、ドロシーにはリュートレクスを守っていて欲しいと思う。だけど彼女も俺の眷属であり戦力としては先ほど挙げた者たちに劣ることはない。
 しかし……しかしだ……俺は彼女を守ると決めたのに戦場に出れば彼女にだって危険が……


「私はブリュトイース公爵の妻であり、聖女なのです!戦場であろうと決して怯みません!」


 ドロシーの決意は固そうだ。こうなると彼女は頑固なんだよな……


「分かった。共に戦おう!」
「はいっ!」


 俺はフェデラーにブリュトイース公爵軍、ゲールに義勇兵を任せ、撤退してくる味方兵を受け入れるように指示する。
 味方が撤退して落ち着くまでにS級装備者たちや主要な者に今回の魔法陣について説明を行った。


「あの魔法陣は召喚の魔法陣です」
『召喚の魔法陣!?』


 そこに集まった者たちだけではなく、通信機越しに父上やお爺様の声も聞こえた。今回は時間が惜しいので3方面軍で通信を繋げて説明を行っている。
 会議室内がざわめく。


「し、して……召喚されたのは……?」
「……異界の者です」
「異界……それは勇者が……」
「そう見るのが正しいでしょう。しかし数十万人もの命を犠牲にした今回の召喚は世界に災いをもたらすでしょう」


 俺の強い口調に皆が押し黙る。


「これからは私と私の部下のみでクリセント・アジバスダに向かいます」
『なっ!』
「それ以外の者では足手まといになります」
「待つのだ、クリストフ!」


 通信機から父上の慌てた声が聞こえた。


「ゆう……召喚されたものに勝つ見込みはあるのか?」


 その質問は当然だ。
 だけど、魔法陣に組み込まれた命を吸い取る術式に干渉できなかったとはいえ、俺はただボーっと魔法陣の発動を見ていたわけではないのだ。


「勿論です。勝てる自信がなければ今頃逃げていますよ」
「むー……分かった、クリストフに全てを委ねる」


 父上は了解をしてくれた。後はお爺様だが……


「……クリストフ殿、私は先年娘を亡くしたのだ、ここで孫まで亡くしたくはない」
「……」
「……この老人より先に死なぬと誓ってくれるか?」
「お爺様……分かりました。このクリストフ、決してお爺様より、いえ、父上とお爺様より先に死なぬと誓いましょう!」
「うむ、しかと聞いたからな」
「はい!」


 

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