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なんじゃもんじゃ

118 ホン王国の麒麟児1

 


 中央大陸のキルパス川沿いに他国と陸続きで国境を接することのない小国がある。それが俺の生まれ育ったホン王国だ。
 小さくて、そして貧しい国だ。それもこれも全て聖オリオン教国のせいだ。聖オリオン教国がキルパス川の航行を支配しているので他国との交易もままならない。
 だが、最近聖オリオン教国が神聖バンダム王国にジルペン湖で大敗し、その勢いに乗った神聖バンダム王国が難攻不落と言われ100年もの長きに渡って神聖バンダム王国を退けて来たゴルニュー要塞も陥落させた。これによって聖オリオン教国の独壇場だったジルペン湖以南のキルパス川が解放され神聖バンダム王国の商人がこのホン王国にも交易の為に立ち寄るようになった。


 俺はホン王国唯一の港町を治めるリー・シーダイ、17歳だ。
 俺が15歳の時にオヤジが他界したことで揉めに揉めた挙句、俺が家を継ぐ事になった。俺は四男なので家を継ぐとは思っていなかったが、オヤジが俺を後継者に指名したことで3人のアニキたちと血で血を洗う戦いの後、最も優秀だった俺が生き残った。
 長男は戦死し妻と2人の子は幽閉中、次男は重傷を負って今も療養中と言っているが妻と1人の子と幽閉中、三男は俺自身の手で首を刎ねて殺し妻は実家に帰している。


 元々は俺が優秀だったことからオヤジも俺を後継に指名したのだが、3人のアニキは能力よりも長子相続だとか年上だとか理由をつけて俺を殺そうとした。
このホン王国では魔物との戦いもあるので例え10人兄弟の末っ子であろうと家を継ぐのは優秀な者となっている。
 俺より劣るアニキたちがそれを不満に思い最初は俺を暗殺しようとし、そして暗殺者を撃退したら挙兵し俺を攻め滅ぼそうとした。
 挙兵の際には半数の家臣がアニキたちに付いたが、その半数の家臣は元々放逐しようとしていたので寧ろ敵対してくれて有難かった。


 アニキたちを退けた俺が最初に行った施策は船の建造だ。この頃はまだ聖オリオン教国にキルパス川の航行を制限されていたので、聖オリオン教国が保有する船よりも足が速い船を造り上げ交易を行い、財を蓄えると言う物だ。
 本当は聖オリオン教国を撃退できるだけの艦隊を組織したかったが、聖オリオン教国とは国力が違うので正面切って戦うよりも聖オリオン教国の船が追い付けないほどの高速船を建造しようと考えたわけだ。
 幸いな事にキルパス川は大河であり川幅が狭い場所でも1Km以上あるので高速船で聖オリオン教国の船を振り切り北上して神聖バンダム王国や、南下して海に出てから他国との交易を始めた。
 高速船を建造できたのも俺に前世の記憶があるからで、戦闘力を捨て高速船に固執した事である意味チートな船を造り上げる事ができた。


 そんな感じで交易で財を蓄え初めていた頃、神聖バンダム王国からの使者がやってきた。
 使者は俺よりも若くとても国を代表する使者には見えないが、考えてみたら俺もこの若さで2人のアニキを殺し、家内の不穏分子を粛清した。前世であったら人でなしとか鬼畜とか言われそうな事をしてきたのだ、若さで人を判断するのは良くないと考え至った。


「私は神聖バンダム王国の公爵であるブリュトイース公クリストフ様に仕えるプリッツ・フォン・ヘカート騎士爵と申します」


 ブリュトイース公クリストフ、神聖バンダム王国の大貴族であるブリュトゼルス辺境伯の次男で今は公爵として王家の外戚となった神童。そして魔技神の使徒。
 このブリュトイース公が聖オリオン教国の艦隊を完膚なきまでに蹴散らしたジルペン湖の戦いはこのホン王国でも有名で、その勢いに乗じた神聖バンダム王国はあの難攻不落のゴルニュー要塞を陥落させた人物だ。
 そのブリュトイース公の情報は優先的に集めるように神聖バンダム王国に向かった交易商人に命じたほどだし、俺はブリュトイース公は俺同様に前世の記憶を持っている転生者だと思っている。でなければ金属ボディーの戦艦で、艦砲まで搭載している戦艦など建造できないだろう。
 だから何時かは俺とブリュトイース公は相見えることになると思っていたが、こんなに早く向こうからコンタクトを取って来るとは思わなかった。


「このジョウホウ市を治めるリー・シーダイと申す。遠路遥々よく参られた」


 ヘカートと言う若き使者曰く、神聖バンダム王国との同盟と近々行われる聖オリオン教国への侵攻作戦にこのホン王国にも参戦を促す内容だった。
 ハッキリ言えば、話にならない。ホン王国の周囲は魔物が闊歩する危険地帯であり、魔物の攻撃から人間の住む土地を守るだけで手一杯であり他国に侵略するだけの余力がないのだ。
 王家には使者来訪を伝え王都に若き使者をお連れするが、王は現実をよく分かっているリアリストだからこの要請には色好い返事をする事はないだろう。


 案の定、王はブリュトイース公の申し入れに否と返答した。その返答を聞き使者のヘカート殿はとても魅力的な条件を提示してきた。


「使者殿の申し入れは魅力的なれど、俄かには信じられぬな」
「確かに魔物除けのマジックアイテムを入手できれば我らも外界に打って出る事が可能ですが……」


 このホン王国にとって魔物の襲来がどれほどの負担になっているのか、それをヘカート殿は、いや、ブリュトイース公は分かっていると言うことだ。
 魔物の脅威がなくなれば対魔物用の軍を国の外に展開する事もできる。そうなれば肥沃な土地を得る事も可能であろう。このホン王国にとって非常に魅力的な提案だ。


「しかし王が仰る通り、魔物除けのマジックアイテムなど本当にあるのでしょうか?」


 南部を治めるヤン家の家長であるヤン・ジャミス殿がヘカート殿の申し入れを怪しむ。その気持ちは分かる。だが、ヘカート殿の申し入れは本当のことだろう。
 ブリュトイース公が治める土地はブリュトイース公が治めるまで誰も治めることもない土地だった。それは土地が荒れているだけではなく、魔物が多く生息している大森林に隣接しその大森林から多くの魔物が現れるからだ。
 しかしブリュトイース公が治め始めてからは魔物が彼の地に現れなくなったと聞く。勿論、多少の魔物は現れているが人々の暮らしを脅かすほどの魔物は現れていない。


「しかし本当に魔物除けが手に入れば我らは肥沃な土地を目指すことができ申す」
「左様、我らが先祖が聖オリオン教国に奪われた肥沃な土地を取り戻す絶好の機会となりましょう!」


 北部を治めるフー・ジンジャン殿と西部を治めるツァオ・グリンゴ殿が魔物除けのマジックアイテムに興味を示す。王とヤン殿は慎重派、フー殿とツァオ殿は積極派のようだ。


「リー殿は如何考えておられるか?」
「…先祖代々の土地を聖オリオン教国より奪い返す好機かと考えます」


 このホン王国では王の権力はそれほど大きくはない。東西南北を治める4家の長と王による合議によって政治が行われるのだ。つまり5人の過半数である3人が賛成している神聖バンダム王国との同盟と聖オリオン教国への侵攻はこの時点で賛成過半数となり、誰かを聖オリオン教国へ派遣し正式に同盟の調印をすることになった。
 俺はこれを好機と見て神聖バンダム王国への使者に名乗りを上げる。これでブリュトイース公に会える!




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 今は神聖バンダム王国の領土となっているゴルニュー要塞とその周辺の地域。このゴルニュー要塞を横目に見てキルパス川を北上する。そうするとキプロン侯爵領やサガラシ侯爵領を通り過ぎジルペン湖も通り過ぎ更に北上するとブリュトゼルス辺境伯の本拠地であるブリュンヒル方面とブリュトイース公の本拠地であるイーストウッド方面の分岐をイーストウッド方面に舵を切る。
 そのまま川を進むと目的地のイーストウッドに到着する。


「何とまぁ……」


 随行している貴族たちが口を馬鹿みたいに開き見上げる。まるで御伽噺に出て来るような城。宝石のように美しい輝きを放つその城こそブリュトイース公の居城である水晶宮クリスタルパレスだ。


「こんな城……いや、宮殿なのか……見た事も御座らぬ」
「同感ですな。ブリュトイース公の財力、そして技術力を目の当たりにした気分です」


 外から見たクリスタルパレスにも圧倒されたが、中に入るとさらにその豪華さと何よりも厳重な警備に目を見張る。
 ただ厳重な警備と言っても警備兵は殆ど居らず、存在するのは3m間隔で設置されている警備用ゴーレムである。最初は設置されているゴーレムを調度品だと思っていたが案内から警備用ゴーレムだと聞き信じられなかったリー・シーダイたちホン王国の使節団であった。


 キラキラと光り輝く廊下をこれでもかと言うほど歩かされた使節団がやっと大広間に辿り着いた。リー・シーダイたちが近付くと高さ5mはあろうかと言う両開きの扉が自動で開きリー・シーダイたちホン王国の使節団を迎え入れる。


「ホン王国の東部を治めておりますリー・シーダイと申します。ブリュトイース公にはお初にお目にかかります」
「クリストフ・フォン・ブリュトイースです。遠路遥々よくいらした。本日は歓迎の宴を催しますのでごゆるりとなされるが宜しかろう」


 本題は明日から交渉が行われる。今日は歓迎会が開催されるのだ。
 場所を移して歓迎の宴が開かれるが、その宴で用意された料理はリー・シーダイの良く知る料理ばかりであった。いや、この世界では見た事もない料理だが前世の記憶を持つリー・シーダイにはお馴染みの料理ばかりだったのだ。


「やはり……」
「何か?」


 横に座っているブリュトイース公がリー・シーダイの呟きに反応するも聞き取れないレベルであった。
 外交下手と言うか殆ど他国と国交がないホン王国では経験は無いが、神聖バンダム王国や他の諸国では国賓をもてなす宴では国賓と主賓の席は隣となる事が多い為、クリストフもそれに倣っているのだ。


「失礼ながらブリュトイース公にお聞きしたい事柄が御座います」
「はい、何でしょうか?」


 宴は和やかな雰囲気の中進み今はメインディッシュであるハンバーグのフォアグラ乗せが供されているところだがリー・シーダイはナイフとフォークを置きクリストフに話を振る。それをクリストフも和やかな表情で受ける。


「ブリュトイース公は『ニホン』と言う国をご存じですか?」
「ほう、『ニホン』ですか……知らぬこともありませんが、リー・シーダイ殿は何故『ニホン』をご存じか?」


 まさかここまですんなりと『ニホン』を知っていると認めると思ってもいなかったリー・シーダイは些か拍子抜けをしてしまう。


「いえ、ブリュトイース公が『ニホン』のことを知っておられるとお聞きしたかっただけです」


 含み笑いを残しこの場はそれで済ます。クリストフも敢えて追及はしないことからリー・シーダイはクリストフが内心焦っているのだと勘違いをする。


 翌日、神聖バンダム王国とホン王国の同盟と聖オリオン教国への侵攻についての交渉の場がもたれた。
 神聖バンダム王国の主張は先ず同盟を結び今後行われる聖オリオン教国への侵攻作戦に合わせてホン王国の対岸となる聖オリオン教国へ兵を進軍させると言うシンプルな物であった。
 対してホン王国の主張は同盟は問題ないが聖オリオン教国との開戦は慎重な物であった。これは当然で聖オリオン教国とホン王国の国力は天と地ほど開きがあり、侵攻作戦で聖オリオン教国が滅べば良いが下手に戦争が長引き有耶無耶の内に休戦などされればホン王国にとっては目も当てられない状況になりかねない。


「では、キルパス川を東進しイスパルを陥落させて後に侵攻すると言うことで如何か?」
「む……それであれば……」


 イスパルはキルパス川を東進し船で10日ほどの都市だが、このイスパルが陥落したと言うことは神聖バンダム王国と聖オリオン教国の戦いの前線はホン王国よりも遥か遠方である。
 そしてこの頃になれば当然神聖バンダム王国の後方を突こうとする動きがあるだろうが、ホン王国がこの時期にキルパス川以南の地に攻め込めば後方攪乱の牽制にもなり神聖バンダム王国にとっては都合が良いのだ。
 話は多少の紆余曲折はあったが共に満足いく交渉となった。そしてリー・シーダイたちホン王国使節団は帰国する日となった。


「リー・シーダイ殿、今度は新天地でお会いしましょう」
「ブリュトイース公、是非に。その時にはまた美味しい料理を御馳走して下さい」
「その時には美味しいカレーを御馳走しましょう」
「っ! か、カレーッ! ブリュトイース公はカレーを再現されているのですか!?」
「リー・シーダイ殿は日本食がお好きのようですから、醤油と味噌なども出荷しましょう」
「それは有り難い!」


 にこやかに話をしガッチリと握手をする2人を見て周囲の者は神聖バンダム王国とホン王国の同盟が強固な物になるのだと勘違いをするのであった。


 

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