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110 オリオン包囲戦<序章2>

 


 最優先に築く防衛拠点の候補地として挙げられているのが、イーストウッド川の河口付近の入り江である。
 この入り江に防衛拠点を築けばイーストウッド川の河口全てを哨戒域にできるのは勿論の事、深さも十分にあるのでホエール級戦艦を係留するのも可能だろう。
 それにここには港湾都市を造る予定だったし、それを防衛拠点としての機能を持たせれば良いだけなので下見にはそれほど時間をかけることはなかった。


 今回、クリストフは4人の部下と共に防衛拠点の建設予定地を視察する為に現地に飛んでいる。
 文字通り飛んでやってきている。


 同行している部下はジルペン湖の戦いの功績によって騎士爵に叙爵され、更に王族誘拐事件解決の功績で男爵に叙された飛ぶ鳥を落とす勢いのペロン・フォン・クック男爵。
 オリオン侵攻作戦では一部隊を率いる事になっており王都から呼び戻されていたゲール。
 ジルペン湖の戦いで情報部員として活躍し准尉に昇進している元クリストフの護衛騎士見習いであったラース。
 ウードの部下として建設部を任されているファイマン。
 の4人だ。


 そして・・・クリストフの前には数百人にも及ぶ者が膝をつき頭を垂れている。


「貴族さま、どうかお助けください」


 高ランクの魔物が闊歩する大森林には人は住んでいないと思っていたクリストフたちだったが、彼らは古くからこの大森林内で暮らしてきたという。
 そして今回クリストフたちが大森林を調査していたのを見て彼らは自分たちの土地に他の部族が侵略してきたと思い攻撃をしかけてきたのだ。
 彼らの攻撃を圧倒的な力で一蹴したクリストフたちは何故襲ってきたのかと、その理由を問い、あながち間違いではないものの勘違いもあるのでお互いの認識の違いを正したところである。


「ペロン、どうしたら良いかな?」


「そうですね・・・神聖バンダム王国公爵たるブリュトイース公クリストフ様を害そうとした者たちなので本来であれば一族郎党尽く死罪が妥当ではありますが・・・」


 ペロンの慈悲もない処罰を聞いた者たちが青ざめたり、中には悲鳴を上げて卒倒する者も出た。
 神聖バンダム王国では貴族を殺害しようとした者の罪は家族まで累が及ぶ。
 それは神聖バンダム王国でなくても殆どの国で当然の事なのだから襲撃した方はそれを知って青ざめているのだ。
 クリストフの部下としてペロン以外にも3人がこの場にいるのだが、ラースとファイマンはペロンの仕置きは当然と考えている。
 しかしゲールは2人のやりとりを心の中で「そんな事、爪の先ほども考えていないくせに」と2人を見守っている。
 実際のところ、クリストフもゲールと同じ考えである。


「ペロン、私はそこまでの事を望んでいない。穏便に済ましてやってほしい」


 クリストフのこの言葉を引き出す。
 ペロンが望んだ答えをクリストフが言葉にするのだ。
 クリストフが彼らの罪を全て許すわけではないが厳罰には及ばないと言及する、それがペロンが求めた答えである。


「では、彼らにはお館様の為に働く場を与え、功を立てて頂きましょう。その功によって罪を贖わせましょう」


「ふむ、そなたらはそれで良いか?」


 ペロンの出した妥協案を受け入れるか、受け入れなければ彼らは一族郎党尽く死罪だろうと考える。
 既に答えは決まっている。
 彼らにとって「Yes」以外は死への片道切符なのだから。


「寛大な処置、有難う御座います! 我が一族、貴族様に忠誠をお誓い致します!」


 彼らは『スワネム族』と名乗る狐獣人の一族で、一族の人口は539人。
 スワネム族の特徴は偽装能力が極めて高いと聞いたクリストフは「プリッツの部下に良いかも?」と希望者を募る。
 希望者は28人で族長の息子で戦士長でもあるアカンムも含まれているのだが、彼はクリストフたちを侵略者だと勘違いし襲撃してきた張本人でもある。
 つまり血が頭に上りやすいので隠密行動で冷静な判断力が必要な情報部員として使うわけにはいかないので、アカンムと数人はゲールに預け戦士として鍛えなおす事にした。


 今回の視察で防衛拠点候補地を直に確認し、建設許可を出したクリストフは自分の構想を述べてゲールとファイマンに設計図を作成するように指示をする。


















 神聖バンダム王国東部総督であるクジョウ侯爵は落成式を終えたばかりのホエール級4番艦の指揮座に座りその座り心地を確かめる。
 そしてクリスタルパレスを見上げその主であり外孫であるクリストフの技術力を称えるべきなのか、畏怖するべきか、を考える。


「魔技神の使徒殿・・・か、是非もなしか」


 吹っ切れたような表情でクリスタルパレスのバルコニーでホエール級4番艦を見下ろしている孫を思うのだった。
 魔技神の使徒にして神聖バンダム王国最上位の貴族位を戴く孫、その孫はこれまでの常識を覆すマジックアイテムを次々と造り出しクジョウ侯爵を驚愕させるに足る実績を残している。
 王家に嫁いだ長女が王妃となって更に王妃が生んだ子が王太子となってよりは中央の政争から一線を引いていたが、あの暗殺事件があり温厚で知られるクジョウ侯爵も堪忍袋の緒が切れていたのだ。
 本来であれば昨年の夏に家督を息子に譲り引退する予定であったが、暗殺事件が公表され引退は延期にした。
 老体に鞭打ち一軍を率いてオリオン進行作戦に参加したのは、全ては自分の手で聖オリオン教国やベルム公国に一矢報いる為である。
 娘や孫の王太子の仇を討つためにだ。


「閣下、ご命令を」


 シワ1つない軍服を着こんだ壮年の軍人が指揮座に座るクジョウ侯爵を見上げ指示を待つ。
 この軍人はクジョウ侯爵子飼いの部下でクジョウ侯爵が片腕と頼むアカツキ子爵だ。
 アカツキ子爵は実戦経験は乏しいものの、その指揮能力はクジョウ侯爵も高く評価している。


「うむ、全艦微速前進!」


「全艦微速前進!」


 アカツキ子爵がクジョウ侯爵の命令を復唱し部下に命令を発する。
 その命令はパイプを伝い各部署にも伝わるのだった。
 クジョウ侯爵はクリスタルパレスのバルコニーからこちらを見ている孫に向い敬礼をすると、孫であるクリストフも敬礼を返すのだった。
 こうしてホエール級4番艦は王家の代理人たる東部総督へと引き渡された。


「さて、出兵前の追い込みにかかるか。ペロン、頼むよ」


「僕なんかで大丈夫かな?」


「大丈夫さ、幕僚総長殿」


「や、やめてよ・・・」


 ホエール級4番艦を王家側に引き渡した以上、出兵は待ったなしの状態になっている。
 ブリュトイース家の戦力としては、ゲール准将が指揮する重装歩兵隊の1個大隊、レビス大佐が指揮する軽装歩兵隊(戦争奴隷)の4個大隊、ウィック中佐が指揮する騎馬隊の半個大隊、カルラ中佐が指揮する魔術師隊の1個中隊、そしてクリストフの秘密兵器が少々、それらをフェデラー司令官が統括する形だ。
 クリストフは全軍の指揮をとらなければならないし、軍部の主だった者はそれぞれ部隊を率いているのでクリストフはペロンを幕僚総長とし自分を補佐させ、今回は従軍しているクララが参謀長、更にギフトに『賢者の知恵』を持つエグナシオを参謀次官に抜擢している。
 そして当然クリストフの護衛はフィーリアが行い、そしてこちらも必然となるのだが情報収集をプリッツが行う陣容となっている。


 他に王国軍が5軍団、約8万人と出世などを望む貴族や陣借りを望む者などが約5千人となっている。
 貴族たちの中には男爵が2人(1人は引退した元男爵)と騎士爵が十数人、士爵も数人含まれているので、ヘルプレンス元男爵というご老体に陣借りを含む貴族たち5千人をヘルプレンス旅団と呼称し任せる事にした。
 このヘルプレンス元男爵は60歳を超えているというのにその目は光を失っておらず、元王国騎士団の副団長だった事もあり旅団の指揮を任せる事にしても大きな反対はなかった。
 他にはサガラシ侯爵は1万2千人、キプロン侯爵は1万5千人の兵を出す事になっているし、ゴルニュー要塞に駐留している戦力から2万人がクリストフの指揮下に入る。














 レビス少佐が指揮する戦争奴隷からなる4個大隊の士気は極めて低かった。
 それも当然で、戦争奴隷4千人は全てが元聖オリオン教国兵であり、敵国である神聖バンダム王国の兵として祖国に攻め込まなければならないのだから士気が高まる理由はない。
 そして戦争奴隷である自分たちの使い方として最も考えられるのが、無謀な特攻や肉壁として致死率が高い場に投入されるのだと考えている。
 自分たちが聖オリオン教国の正規兵だった時、獣人やエルフ、ドワーフなどを亜人や下等種族などと見下し使い捨てにしていた事を思えば当然の考えである。
 因果応報、彼らはそれを自分たちが味わうのだと謂わば生を諦め自暴自棄になっている状況なのだ。


「死中に活を求めるのであれば、先ずは死ぬ気で努力するべきか」


 誰かがポツリと零したその言葉は一体誰に向かっていったのか、しかしその言葉を聞いた者は死んでたまるか、絶対に活きてやるのだと拳を握るのだった。
 そんな戦争奴隷たちの前に立つクリストフ。


「皆何を沈んでいるのか? ・・・士気を高めねば勝てる戦も勝てぬぞ? ・・・そこの者、理由を述べよ」


 クリストフは戦争奴隷たちが沈んでいる理由を知っているのだが、そんな事は知らぬとばかりに戦争奴隷の1人を指さす。
 クリストフに指さされた戦争奴隷は聖オリオン教国軍では部隊長だった者でクリストフの下にいる聖オリオン教国出身の戦争奴隷の中では最も役職が高かった者だ。
 その事を知っているクリストフは敢えてその者を指さしたのである。


「我らが祖国への侵攻戦に何故我らが力を貸さねばならぬのかっ?!」


「そうだ! 我らが創生主様を侮ると貴様らには神罰が下るぞっ!」


 クリストフが指さした元部隊長の横にいた大柄の男性が偽物の神がクリストフに神罰を下すと鼻息を荒くする。
 クリストフはにやりと口角を上げると発言を指示していないのに発言した戦争奴隷に侮蔑の視線を向ける。


「ほう、それは楽しみだ」


「創生主様を馬鹿にするかっ?!」


「存在もしないものを馬鹿になどせんよ」


「「「「「っ!」」」」」


 クリストフの言葉に4千人にものぼる戦争奴隷たちに怒りにも似た緊張が走る。


「お前たちがいう創生主とやらが本当にいるのであればジルペン湖で大量の聖オリオン教国兵を屠った私はなぜ神罰を受けていないのだ?」


「「「「「っ!」」」」」


 もし創生主が存在しているなら神敵であるクリストフが1年以上月日が経った現在、未だ神罰を受けていないのは違和感がある。
 そう感じるのは1人や2人ではない。
 しかし、もし、クリストフのいうように創生主が存在しないのであれば自分たちは今まで何をしていたのか? そしてこれからどうすれば良いのか? 彼らの心は揺れる。


 挑戦的なクリストフの物言いに戦争奴隷たちはいきり立つが、空気を読まないクリストフは更に続ける。
 いや、空気は読んでいるが一切気にしていないだけである。


「ところで、お前。名は何と言ったか?」


「お、俺はダーナンだ!」


 先ほどクリストフに神罰が下ると豪語した大男はクリストフを睨みながら答える。


「では、ダーナンとやら、お前が捕虜となった事でお前の家族がどうなったか知っているか?」


 クリストフの問いの真意を測りかねているダーナン、その横で青い顔をして俯いている元部隊長。
 クリストフは手に持った紙の束をペラペラと捲り何やら確認し喋りだす。


「ダーナン、年齢は37歳、出身はオーダム村で中型ハーネス級の操舵手だった。家族は両親と妻、子供は14歳になる女の子と9歳の男の子。間違いないか?」


「た、確かに」


「ふむ、両親と妻は処刑、娘は奴隷落ち、息子はオリオンの神々への供物としてなぶり殺されたか」


「へ? ・・・な、何を」


 顔面蒼白、今のダーナンを形容する言葉だ。


「隣の部隊長殿に聞いてみてはどうだ?」


 クリストフの前に居並ぶ戦争奴隷たちは元部隊長に視線を集める。
 ジルペン湖の戦いで捕虜となった聖オリオン教国兵の中で捕虜交換や身代金が支払われ帰国できた者は極僅かである。
 そして聖オリオン教国がとった行動はというと捕虜たちは脱走兵であり、反逆者であるというものであった。
 これで国民に捕虜が帰ってこない説明ができるのだ。
 そして反逆者に仕立てられた捕虜たちの家族は反逆者の一族として処分されることになったのだ。
 年老いた者と配偶者は処刑され、労働力として期待できる男は農奴に落とされ、うら若き女性は性奴隷に落とされ、労働力としても性奴隷としても期待ができない若年の者は神への供物としてその命を奉げられたのだった。
 まさに邪教というべき蛮行を国家が行うという狂気である。


「ハムザさま・・・いったい・・・」


「し、しらん! お、俺は何も知らん!」


 あまりに挙動不審なハムザと呼ばれた元部隊長。
 クリストフの持っている紙の束にはここにいる戦争奴隷たちの情報がびっしりと記載されている。
 これらの情報はクララとプリッツの兄妹が掌握している情報部が調べ上げたもので、その情報網は既に聖オリオン教国の中枢にまで伸びている。
 そしてこれらの報告書が届いた時、クリストフはあまりの怒りに我を忘れ手に持っていたワイングラスを握りつぶすほどであったし、我に返った後は必ず聖オリオン教国を滅ぼすと心に誓ったのだった。
 そしてこの事実を戦争奴隷たちに伝えるべきか熟考し、今に至っているのだ。


「そ、そんなわけがっ!?」
「娘はっ!?」
「俺には息子がいるんだ!」


 戦争奴隷たちに動揺が走る。
 喚き散らすだけならまだしも、暴れ出す者もいた。
 虫唾の走る話だ。


「他の者も皆同様だ。お前たちはそれでも祖国に、オリオン教に忠誠を誓うか?」


 今回のオリオン侵攻作戦で戦争奴隷を連れていくのは唯の人数合わせであり、4千人の戦争奴隷を戦力としてまったく考えていないクリストフは彼らを実戦投入する気はない。
 もし彼ら戦争奴隷を実戦投入する事態が発生したのであれば、それはクリストフが負けるときであると考えている。
 だからこそ戦争奴隷の士気を上げる必要はない。
 では何故クリストフが戦争奴隷を前にショッキングな報告をするのか、それは戦争後の事を考えての事で、4千人ものオリオン教徒を改宗させる事を見込んでの事である。
 今の彼らはあまりに惨めで悲しすぎる。
 祖国に裏切られた彼らにかける慰みの言葉などクリストフには思いつかなかった。


 究極の選択を突き付けているのはわかっている。
 しかし彼らを邪教の呪縛から解き放つには多少の荒療治はやむなしと考えるのだった。














 王国軍の5軍団が続々とゴルニュー要塞に集結していた。
 王国第3軍、オリビエ・クド・アジャハ大将率いる16,703人。
 王国第5軍、エバン・クド・フリード中将率いる15,826人。
 王国第8軍、バッケン・クド・イチジョウ大将率いる16,237人。
 王国第11軍、カジカ・クド・ロッテンハイム中将率いる16,115人。
 白色軍、コータロウ・フォン・キクカワ中将率いる15,224人。
 総勢80,105人の兵力が集結するのは神聖歴516年5月、まだ夏というには早い若葉が眩しい時期の事であった。


 王国軍は暗殺事件後組織改革が行われ現状の組織になっている。
 呼称については変わっていないが、その組織体系として神聖バンダム王国の軍部の指揮下にある軍団と王家直属の軍団と王家直属の騎士団が存在するのだ。
 これは騎士団以外に国王が直接指示を出せる軍を組織したのだ。
 通常であれば国王がこのような法整備をしようとしても貴族派がそれを潰そうとしていたが、今はその貴族派の勢力が弱まっており法整備は多少の紆余曲折はあったが国王の望む形で落ち着くことになった。
 そして今まで色付きと言われていた軍が国王の直属の軍として軍部から切り離される事になったのだ。
 つまり今回ゴルニュー要塞に集まった王国軍5軍の内、白色軍は正確には国王軍であり、その他の4軍が王国軍なのだ。


 今回は王国軍から4軍団と王家直属の白色軍がクリストフの指揮の下、聖オリオン教国に侵攻する事になっておりゴルニュー要塞に集結しているのだ。
 王国軍は基本的に王都を中心とした神聖バンダム王国の中央部の守備についているのでその軍が他国に攻め込むのは非常に珍しい。
 本来、王都から離れる事があるのは現在では王家の直属軍となっている色付き軍であるが、流石に国王も直属軍のほぼ全て投入するような事はしなかった。
 直属軍は基本的には王国軍扱いではあるが、王国軍と違い国王の直属軍は国王の判断で動かす事ができる私設軍なので万が一謀反などが起きれば王国軍よりも早く動かせるので国王も手元にある程度の戦力を残したのだ。
 その為に直属軍は常時3軍団が王都に詰めている。


「これほどの大規模侵攻は神聖バンダム王国の歴史上類を見ないものだ、できうることなら皆無事に王都の土を踏みたいものよ」


「アジャハ閣下は相変わらずの心配性ですな。前回大敗したようにオリオン教徒どもは此度も大敗する運命ですぞ」


「左様、此度は3方向より邪教徒どもを包囲殲滅するのが我らの使命。ロッテンハイム将軍の仰るように我らは勝ちますとも」


 集まった将軍たちの雑談には参加せずキクカワ中将はまるで俯瞰して見守るような姿勢だ。
 キクカワ中将は王家直属の軍団を指揮しており、同じく王家直属の黒色軍がボッサム帝国との戦いで苦戦したことを思い出していた。
 その際、砦に立て篭もり持久戦に持ち込めばボッサム帝国は疲弊し撤退においやられるはずだったが、戦を知らぬ貴族どもが好き勝手した挙句あわや落城する寸前まで追いやられている。
 キクカワ中将はその戦いを同僚であり黒色軍を指揮していたセバン将軍から聞き及んでいる事から戦争を知らぬ者が指揮権をもって戦場に出る事を危惧しているのだ。
 それは詰まる所、クリストフに対する不信感に繋がっているのである。


「キクカワ将軍、どうされた?」


「・・・特には・・・」


 元々口数が少ない事は他の将軍たちも知っているのでキクカワ中将のこの対応はいつもの事だと誰もが思うのだった。




















「公爵閣下、ヘルプレンス旅団の出陣準備が整いましたのでご報告と出陣の挨拶に参りましたぞ」


 ヘルプレンス元男爵が旅団を引き連れてゴルニュー要塞へ先発するというのでクリストフのもとに挨拶にきた。


「ヘルプレンス殿には苦労をかけますが、宜しく頼みましたぞ」


「この老体に過分な取り計らいをして頂いた御恩には報いる所存!」


 踵を返し背筋を伸ばし堂々と立ち去る姿は正に歴戦の猛将というべきか。
 クリストフは悠然と立ち去るヘルプレンス元男爵を見送ると、ブリュトイース家の家臣団の主要メンバーと行政の主要メンバーを一瞥し、そして妻のドロシーに視線を移す。


「ドロシー、身重・・の君を残して出陣するのは不本意ではあるけど・・・どうか体には気を付けて欲しい」


「家の事はお任せ下さい。それとこの子の事も。クリストフの無事の帰還を祈っております・・・」


 既に9ヶ月を迎えるドロシーのお腹ははち切れそうなぐらいに膨らんでおり、子が生まれる前に出征しなければならない事にクリストフは陛下タヌキを恨むのだった。
 そして出征中に子が生まれる事も間違いなく、ダブルで陛下タヌキを恨むのであった。
 子が出来たと知った時の嬉しさを今でも思い出すクリストフは最後にドロシーのお腹に手を当て無事に生まれてくるようにと自分の加護を与えるのだった。


「後の事はウードに任せる。ドロシーと領地を頼んだぞ」


「ガッテン!」


 一時期は目が死んでいたウードも今では以前のノリに戻っている。


「出陣だ!」


 クリストフ16歳、この出征が人生の大きな岐路になろうとは夢にも思っていないのであった。




 

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