チートあるけどまったり暮らしたい

なんじゃもんじゃ

ゴーレス

 


 豪華な装飾が施された机に叩きつけられた羊皮紙の束。
 この部屋の主だと思われる痩せ気味の蟷螂の様な顔立ちの男は息を荒げコメカミに青筋を立てる。


「も、申し訳ありません」


 その細い腕が折れるのではないかと言う程にバンバンと机を叩き目の前で萎縮している男を詰問する。
 理性の支配を手放した時間が過ぎる。


「ぐぬぬぅぅぅぅっブリュトゼルスめっ!」


 神聖バンダム王国内で砂糖の販売を行っているのは大手商会であるロジャー商会である。
 そしてこのロジャー商会は誰もが知るブレナン侯爵家縁の商会なのだ。
 つまり机をバンバン叩き激高しているこの男こそブレナン侯爵その人である。


 これまで神聖バンダム王国では砂糖生産が出来ないと言われており隣国より輸入をするしか無い品であった。


 そして砂糖の輸出国である隣国と国境が接している領地を治めるのがブレナン侯爵である。
 歴代のブレナン侯爵はロジャー商会以外で砂糖を輸入する商会に対し高額な関税をかけている。
 つまり国内の砂糖の販売は事実上ロジャー商会の専売となっていたのだ。


 領内の関税は貴族の権利として認められており国王でもこの権利を簡単に手を付けれない。
 国王も国王派の貴族もブレナン侯爵家の傍若無人ぶりを苦々しく思っていた。


 そこにブリュトゼルス辺境伯家のクリストフが上白糖を国内生産し販売した事で王都での砂糖事情が一変する可能性が高くなったのだ。


 ブレナン侯爵自身、これ以上ブレナン侯爵家が財を成す事を国王は快く思っていない事は知っているので今更砂糖の専売権の設定は見込めない事は分かっていた。
 故に王都での砂糖販売は壊滅的な状況になる未来がブレナン侯爵にも見えていた。


 しかも更に追い討ちをかける様にブリュトゼルス辺境伯は国内で生産を広めようとしている。


「どこまでも敵対するか・・・忌々しい・・・」


 ロジャー商会の者を下がらせ一人執務室でアーネスト・フォン・ブリュトゼルスを忌々しく思うブレナン侯爵は声にならない声を発するのだった。


「このままにはせぬぞ・・・ふふふふ」




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「お~、久し振りの王都じゃ。この匂いは相変わらずだな」


「兄じゃ、大声で話さずとも聞こえておりますぞ」


 2頭引きの質素ではあるが作りのしっかりとした馬車の窓から身を乗り出し叫んでいる老人をもう1人の老人が馬車から落ちないように抑えている光景は周囲を行き交う者達からすれば異様な光景である。


 そんな騒々しい馬車は貴族街の大邸宅の門の前で停車し、門番を急かし門を開けさせるのであった。


「今帰ったぞっ!」


「父上、もう少し静かに帰って来てください。門の先からでも声が聞こえておりますよ。叔父上、ご無沙汰しております」


「そんな小さな事など気にするな!まったくお前はチマチマと細かい事が気になる男じゃな!ところでどこにおるっ?」


「兄じゃ、当主殿も困っておるだろ。隠居は隠居らしく静かにせいっ!」


 ポカっと頭を殴られる兄と呼ばれる老人。
 そこに扉をノックする音が響き、当主が入室を許可をすると20代後半と思える美女が入室して来る。


義父ちち上様、ご無沙汰しております。叔父上様もご無沙汰しております」


 女性は綺麗な礼をし、2人の老人に挨拶をする。


「おお、セシリアか、相変わらず若々しく美人じゃな。何でも3人目を身篭ったと聞くが本当かの?」


「はい、この歳で恥ずかしながら子供を授かっております」


「でかした!それでこそセシリアじゃ。体を慈しむのじゃぞ」


「有難うございます。義父ちち上様」


「セシリア殿、おめでとう御座います。兄じゃといて体調を崩してはいけませんので、自室に戻られて体を慈しんでくだされ」


「叔父上様、お気遣い有難うございます。今日は気分も良いので義父ちち上様に旅の話でもお聞かせ頂ければと思いますわ」


 この2人の老人は兄弟である。
 兄の方は言うまでも無く、現ブリュトゼルス辺境伯家当主であるアーネストの実父のゴーレス・フォン・ブリュトゼルスである。
 弟の方はゴーレスの末弟であり、神聖バンダム王国の元騎士団長であったフェデラシオ・クド・ブリュトゼルスである。


 ゴーレスは元々三男でブリュトゼルス辺境伯家を継ぐ予定は無かった為に冒険者として活動していたのだが、長男が病死し次男が戦死した為に貴族家の当主としての教育や心構えがない状態で家督を継ぐ事になった。
 後世の評価としては政治家としては二流、将軍としては一流である。


 フェデラシオは七男で、早くから騎士団を目指して王立騎士学校に入学し首席で卒業し神聖バンダム王国の騎士団に入団する。
 その後、幾つかの戦争で戦功をあげ騎士団長として多くの部下を統率するまでになっていたが、老いを感じ後進に道を譲る形で勇退しブリュトゼルス辺境領に戻っていた。


「で、クリストフは何処に居る?」


 病弱だったクリストフが王立魔法学校に入学するほどに快復している事を祝いたいと言うのだ。


義父ちち上様、クリストフは王立魔法学校の寮に入っておりますわ」


「何じゃと?!そ、そうか・・ではいつ帰って来るのだ?」


「まぁ、その内帰ってきますよ」


「うがぁぁぁ!いつまで待てば良いんじゃぁぁ!」


 このゴーレスは冒険者では大成しているが、為政者としては決して一流には成れないと自身でもそれを認識していたので早い段階でアーネストに家督を譲りブリュトゼルス辺境領で騎士団を鍛えたり魔物退治をしたりと主に体を動かす活動をしていたのだ。


 その為に領都ブリュンヒルの屋敷で療養していたクリストフはゴーレスの見舞いをよく受けており、クリストフもゴーレスに懐いていたのだ。
 しかし、クリストフの病状が悪化するにつれゴーレスはまだ10歳の孫が死の床にあるのを見かね世界の何処かにあると言われる霊薬を探す為に旅に出るのであった。
 元々、霊薬ではないものの色々な薬を多くの商会を通して入手していたが、我慢できずに自分で探す旅に出てしまった脳筋爺さんである。


 丁度その頃、フェデラシオが王国騎士団を辞した事でブリュトゼルス辺境領に戻ってきていたので、フェデラシオを巻き込み兄弟で旅に出ると言って神聖バンダム王国や友好国を旅して回っていたのだが、霊薬を見つける事ができずにいた。
 しかし旅先で顔見知りの商人と出会いクリストフが快復し王都の王立魔法学校に入学すると言う噂を聞きつけ帰って来たのである。
 もしその噂を聞いていなかったらまだ放浪を続けていただろう。
 普通に考えれば放浪中にクリストフの状態を確認する為に家との連絡を密にするのだが、弟のフェデラシオの制止もきかず動き回っていた事で情報が伝わらなかったのである。


 

「チートあるけどまったり暮らしたい」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く