照魔ヶ学園☆心霊研究部

セエレ

9.聴くと、死ぬ


放課後、部活動に行く生徒や帰宅する生徒たちがいる中、すめらぎ 和花わかと安安栖あずみ かえでは音楽室にいた。
「ごめんね…早く帰してあげたいんだけど…」
先生は申し訳なさそうに頬をかきながら、持っていた楽譜を棚へと戻した。
どうして音楽室にいるのかというと、4月にある入学式に向けて、楽器の整備をしているからだ。
照魔ヶ学園には吹奏楽部がなく、現在一年生である自分達の学年から選ばれた数十人が、新入生の為に歓迎の演奏をする。
それがこの学園の伝統の入学式であり、その数十人のリーダーとして和花と楓が選ばれた。
3月になってしまうと、それこそテストやら楽器の練習やらに専念しなければいけなくなるので、この2月中に終わらせたいらしい。
リーダーとしてもあるが日頃お世話になっている先生からの頼みだったので、和花達は二つ返事で了承した。
楓や先生と楽しく談話しながら作業していると、いつの間にか外は夕焼けに染まっていた。
それまでニコニコと笑っていた先生は、時計を見て何かを思い出したのか、慌てた様子で立ち上がった。
「やらなきゃいけないことがあったの忘れてたわ…!あとお願いするわね!キリのいいところでやめて構わないから、終わったら職員室に来て報告して」
「わかりました」
「任せてよ、せんせー!」
足早に音楽室を出て行った先生を見送り、和花と楓は再び作業へと戻る。
特に問題が起こることもなく黙々と楽器を眺めていると、ちょうど自分の作業が終わったのか、楓が声をかけてきた。
「ねぇねぇ、どんな新入生が来るかなぁ?」
動かしていた手を止め楓を見ると、窓際に置いてある植物の葉を大事そうに撫でている。
「これ、アイビーって言ってね。花言葉は『友情』『信頼』『結婚』『永遠の愛』『不滅』なんだよ。この葉っぱを撫でると、運命の人が見つかるって噂知ってる?」
「ううん、聞いたことない」
和花がそう答えると、楓はまるで子供のようにケラケラと笑った。
「ま、今私が作ったんだけどね!あーあ、イケメンで優しい新入生入ってこないかな〜。アイビーちゃん、お願いします!」
楓はアイビーを持ち上げると、その植木鉢に頬ずりするような真似をした。
新しい後輩たちは、一体どんな子達だろうか。
そんな未来の新入生たちを考えていると、ふと一瞬金髪の彼が頭をよぎる。
それをかき消すように、和花は再び視線を楽器へと移して作業を再開しながら軽い調子で答えた。
「変な人じゃなければ、誰でもいいよ」
「なに、変な人って」
「…この前の転校生。彼みたいに変わった人じゃなければ、別にいいかなって思っただけ」
「あー、確かに」
ケラケラと声を出して笑う楓とは裏腹に、和花は小さく溜息をついた。
彼のインパクトは凄まじく、いまだにあの日のことを覚えている。
心霊研究部を作ると言った彼を、最初はちょっとバカにしていた。
そんなもの作れるはずがない、と。
しかし彼はその宣言通り、部を立ち上げたと人伝に聞いた時は驚いたものだ。
心霊研究部なんて、どうして作ったんだろうか。
幽霊に関わるなんて、やめたほうがいいに決まっている。
(…ううん、幽霊だけじゃない。物に宿る悪いものだっているのに)
彼らは害あるものばかりではないが、決して生きている人間が関わっていいものではないのだ。
どんな活動をするのか不明だが、興味本位で彼らを刺激しようというのであれば、きっと痛い目に合うことだろう。
(……関わっちゃ、ダメなんだよ)
一瞬浮かび上がった光景を打ち消すように、和花は再び頭を振った。
「よし、これで終わり!楓ちゃん、先生のところに行こっか」
持っていた楽器を元の場所へ戻し、隣に座っている楓に声をかける。
服についた埃を払いつつ、音楽室の電気を消した2人は職員室へ向かった。

全ての楽器の確認が終わったことを報告すると、先生は大喜びで和花の手に"皆には内緒ね?"とこっそり小銭を渡してくれた。
スキップしながら鼻歌交じりで下駄箱に向かう楓の後を、和花はクスクスと笑いながらついていく。
「オレンジにしようかなー、それともコーラにしようかな」
「ふふふ。楓ちゃん、転ばないでね」
「うん!…………あーっ!」
突然前から聞こえた楓の叫び声に、何事かと思い駆け寄ってみると、鞄を漁り何かを探していた。
「どうしたの?」
「筆記用具、音楽室に忘れたかも。私取りに行ってくる!」
「じゃあ、私も行くよ」
「いいよいいよ、和花ちゃんはここで待ってて」
「……わかった」
走り去る楓の後ろ姿を見て一抹の不安を感じたが、きっと気の所為だとすぐさま思い直す。
(さっき、変なこと考えちゃったから…)
あんまり余計なことを考えないようにしようと、下駄箱から離れて端へ行き、持ってきていた本を取り出した。
それから暫く本を読みながら楓の帰りを待っていたが、一向に戻ってくる気配がない。
さすがに遅すぎる。
もしかして、何かあったのではないかと心配になった和花は、本をしまって音楽室へと向かった。
2階に行くと、音楽室から明かりが漏れている。
(楓ちゃん…まだ、音楽室にいるの?)
そう思った途端、得体の知れない不安感が和花を襲った。
心臓が早鐘のように脈打ち、呼吸が荒くなる。
重い足を引きずるようにして音楽室の方へ歩いていき、そっと扉の小窓から中を覗き込むと、中で倒れている楓の姿が目に入った。
「楓ちゃんっ!!」
急いで楓の元へ駆け寄ると、異常なまでの震えが手に伝わる。
「楓ちゃん、しっかりして!」
「…わ、かちゃん…?」
楓の目は虚ろで顔は青白く染まり、歯がガチガチと音を立てている。
明らかに様子がおかしい。
どういう事かわからないが、とにかくこのままではマズイと思い、和花は楓を支えながら音楽室を出て、1階の保健室へと向かった。



幸いまだ保健室は開いており、和花はベッドに楓をゆっくりと寝かせた。
保健の先生がいないことが残念だったが、呼びに行くわけにもいかない。
今はとにかく、楓のそばにいなければ。
ベッドに横になったことにより少し落ち着いたのか、先程までの震えは少し治ったように見えた。
「楓ちゃん。何があったのか教えてくれる……?」
出来るだけ刺激しないように優しく問いかけてみる。
楓は一呼吸置いた後、ポツリと静かに言った。
「…筆記用具をしまってたら、突然ピアノが鳴り始めたの。私以外、人なんていないのに」
「……うん」
「それでも、怖くなかった。自分でも不思議だけど、逆に幸せな気持ちになったの。とっても素敵で、愛を感じた…でも演奏が終わった途端、震えが止まらなかった…私、"月光ソナタ"を聴いちゃったの」
そう言い終えると、楓は頭まで布団を被って小さく嗚咽をした。
──"月光ソナタ"を聴いちゃったの。
その言葉を聞いた瞬間、和花は絶望した。
無人の音楽室で鳴り響く"月光ソナタ"。
3回聴いたものは死んでしまうという噂は、この学園ではかなり有名な話だった。
(どうしよう、なんとかしないと…!)
和花は急いで思考を巡らせていると、ふと…あの転校生のことを思い出した。
「少しだけここで待ってて。すぐ戻るから!」
楓をここに1人残して行くのは不安だが、彼ならばこの状況を何とかしてくれるかもしれない。
(お願い、まだ学校にいて…!)
保健室から飛び出すと和花は急いで全教室を回り、無事に探し人を見つけることができた。








「………なるほど、"月光ソナタ"を聴いたと」
「そう、なの」
教室から楓のいる保健室へと場所を移し、詳細を3人に伝える。
月光と聞いて顎に手を当てたまま微動だにしない赤葉とは違い、劉人はソワソワとしていた。
相変わらず不安は拭えないが、誰かに相談できたと言うことだけで少しだけ気が楽になる。
楓も気持ちは同じようで、顔色が若干良くなっていた。
「なぁなぁ、その月光ソナタってのを聴いたのは何時頃だ?」
「えっと、だいたい17時過ぎくらいだったかな…多分」
ふーんと気のあるような、ないような返事をして劉人は鼻頭をかいた。
「……晴ちゃんさ、なんかまた思い浮かぶもんとかないの?」
黙っていた赤葉が澄晴に問うが、澄晴はただ首を横に振っている。
本当にどうしようもないんだろうか。
何とかならないかと3人に聞いてみるも、返ってくる答えは不明瞭なものばかり。
暫く沈黙が続き、痺れを切らしたのか…澄晴が立ち上がった。
「今日はもう家に帰ったほうがいいと思う。何か方法がないか、自分も色々考えてみるよ」
「晴ちゃんの意見に賛成だね。とりあえず、今日はもう遅いし家に帰った方がいい。あと今言えることは、ピアノに近づかないこと。放課後なんか特にね」
澄晴と赤葉はそう言うと、まだここに残ると喚く劉人を連れて、さっさと保健室から出て行ってしまった。
相談しておいて何だが、本当に彼らに任せても大丈夫なんだろうか。
(…ダメダメ、私が弱気になっちゃ)
今1番辛いのは楓なのだと自分を叱咤し、和花は楓に向き直った。
「絶対に何とかする…だから今は澄晴くんに言われた通り、家に帰ろう?ね、楓ちゃん」
「………」
「…楓ちゃん?」
呼びかけてみるも楓からの返事はなく、虚ろな目でジッと天井を見つめていたかと思うと、突然ニヤリと口を歪めた。
「行かなきゃ、あそこへ…」
言うが早いか楓はベッドから体を起こし、走って保健室を出て行った。
「楓ちゃん!」
慌てて後を追い保健室を出ると、楓が2階へ駆け上がっていく姿が目に入る。
外で待っていた3人は、何事かと言うように出てきた和花を見た。
「和花サン!あの子、スゲー速さで走ってったけど…元気になったの?」
トンチンカンな事を聞く劉人とは別に、和花の表情を見て察した赤葉と澄晴は急いで楓の後を追い、少し遅れて和花が後を追った。
「うぇ?!ちょ、ちょっと!」
バタバタと慌ててついてくる劉人に構わず、和花は澄晴と赤葉の後を追い2階へと駆け上がる。
音楽室へ向かうと、必死に扉を開けようとしている赤葉と澄晴の姿があった。
「…っくそ!開かない!」
「どうしたの?!」
「扉が開かないんだ!晴ちゃん、職員室から鍵貰ってきて!」
「わかった!」
そう言うと、澄晴は急いで再び一階へと降りていった。
和花は赤葉の隣へ行き扉の小窓を覗いてみると、楓がピアノを凝視している姿が目に移った。
「楓ちゃん!お願い、ここを開けて!!」
大声で叫んでも、楓がこちらに気づく様子はない。
それでも諦めずに叫んでいると、後からやってきた劉人が突然、扉を叩き叫ぶ和花の肩を掴んで止めた。
「何する──」
「そんな事したって、無駄だぞ」
言葉の意味がわからず苛立った和花は、劉人の手を払いのけて扉を思い切り叩いた。
(当真くん!お願い、早く来て!)
和花が扉を開けようとしている中、赤葉は顔をしかめていた。
そして、劉人の言葉の意味に気づき扉を確認すると、悔しそうに和花を止めた。
「…鍵なんて、かかってない」
その言葉とほぼ同時に、先程までビクともしなかった扉が、嘘のように簡単に開く。
(嘘……開かなかったのに……)
扉の前で立ち竦む和花の横を抜け、劉人が音楽室に入ろうとした瞬間、突然楓の体は揺れ地面へと倒れ込んだ。
ハッと我に返った和花は、急いで劉人と一緒に楓の元へ向かう。
楓の顔が異常に赤い。
額に触れてみると、ありえないほどの高熱を出していた。
(凄い熱…!)
どうしたらいいのかと動揺する自分を落ち着かせるように、誰かの手が肩に触れた。
触れられた肩の先を見ると優しく微笑む劉人がおり、ゆっくり離された手は苦しそうに呼吸をする楓を抱き上げた。
「ここにいるのは危険だからな。保健室に戻って、皆で相談しよう」
「…え?あ…う、うん」
楓を抱えスタスタと音楽室を出て行く劉人に驚きつつも、和花は後を追う。
廊下を出ると澄晴がおり、赤葉から事情を聞いたのかガックリと肩を落としていた。
鍵を取りに行ってくれた澄晴にお礼を述べ、和花達は再び保健室へと向かった。






「あと1回か…早く方法を見つけないと」
澄晴は大きなため息をつきながら楓に布団をかけ、楓を挟んだ向こう側へと座った。
相変わらず保健室に先生の姿はない。
どんよりとした重い空気が和花達にのしかかり、まるで金縛りにあっているような感覚だ。
何でもいい、何かヒントはないのだろうか。
熱を帯びた楓の手を握りしめ、和花はうな垂れた。
次、月光ソナタを聴いてしまえば、この子は死んでしまう。
いや、聴く前に死んでしまうのではないかと思うほど、楓の状態は最悪だった。
「…緋雨くん」
隣で楓の様子を見ている赤葉に、縋るように声をかけると、赤葉はチラリとこちらを見てから言葉を紡いだ。
「ベートーヴェンが作曲した"月光ソナタ"っていう曲は、全部で3章ある。俺たちに一切曲が聴こえないってことは、きっと第1章から聴かないといけないんだと思う」
「なんでだ?」
楓がまた突然保健室から出て行かないようにと、扉の前で立つ劉人が、こちらに向かって疑問を投げかける。
「もし3章のどれかを繰り返しているのなら、俺たちに聴かせても問題はないはずだ。でも聴こえないってことは、殺すなりの順序があるって事なんじゃないかな」
「じゃあ…自分達は今のところ、楓ちゃんのみを気にすればいいってことか」
澄晴は少し安堵したようだった。
「そういう事になるな。そして第3章は約6分から7分ちょっと…聴こえ始めたら、その間にどうにかしないと演奏が終わる」
そんな僅かな時間で、一体何ができるというのだろう。
赤葉の言うことが正しければ、自分達には演奏が一切聴こえない。
つまりは、楓が反応を示した瞬間から演奏が鳴り始めたと考えなければいけないのだ。
(6分から7分で解決方法が閃くとは思えない。なら、今のうちに考えないと…)
和花が頭を抱えていると、向こう側に座っていた澄晴が突然立ち上がった。
「ピアノを壊すのはどうだ?!」
「………」
「………」
赤葉と和花は、一体どう答えればいいのか心底迷った。
学校のグランドピアノを壊すのはかなり問題だが、さすがに人の命がかかってるのでそんなことを気にしている場合ではないのか。
反応に困っていると、後ろから劉人の声が聞こえた。
「そんな事したって無駄なんじゃねぇか?もし壊せたとしても、ピアノは入れ物であって本体じゃないだろ」
(…入れ物であって、本体じゃない?)
「ねぇ、それって──」
和花が言葉を発しようとしたその瞬間、苦しそうに眠っていた楓の目が開かれた。
ギョロギョロと眼球を動かし辺りを見渡すと、またあの時と同じようにニヤリと不気味に口を歪めた。
「あぁ…行かなきゃ。聴きに行かなきゃ」
ガバッと起き上がった楓を逃すまいと咄嗟に赤葉と澄晴が押さえつけるも、凄まじい強さで振りほどかれる。
「ゆーちゃん、止めろ!」
「任せろって!」
自分のいる扉へと全力で向かってくる楓を待ち構えるように、劉人は両腕を広げた。
「どいてよ!!」
血走った目の楓が、劉人の胸へと飛び込む。
さすがに勢いは消せなかったのか、劉人は後ろの扉に思い切り背中を打ち付けた。
「っってぇ!!」
ガツンと痛そうな音が響くも、劉人は楓を掴んだまま離さなかった。
和花は、劉人が楓を捕まえているうちに何か縛れるものはないか棚を開けていると、包帯が視界に入った。
「これで足を縛ってみるから、緋雨くんと当真くん手伝って!」
赤葉と澄晴の手を借りつつ、包帯を使ってしっかり楓の足を縛る。
動くことのできなくなった楓を、ベッドへと戻す。
楓は、ただただ子供のように大粒の涙を流しながら叫んでいたが、それもすぐに収まったかと思うと、打って変わってニッコリと穏やかな笑みを浮かべた。
「あぁ…聴こえる…もっと、もっと聴かせて…素敵なピアノの音を!」
「え…?」
聴こえるはずがない。
ここにピアノがあるわけでもなければ、音楽室にあるピアノの音が聞こえるほど近くでもないのだ。
ならば一体、どこから聴こえている?
楓を見ると、視線の先にはスピーカーがあった。
(まさか…!)
「誰か、スピーカーの音を消し──……」
和花は言葉を失った。
壁にあるスピーカーのコントロールパネルが示すのは、音量0。
それなのに、楓には演奏が聴こえている。
「あ、あぁ……」
その場に座り込み、全身から力が抜けるのがわかった。
楓は死んでしまう。
視界がボヤけ、目を閉じようとしたその時。
「まだ、諦めるには早いんじゃねぇか?」
うな垂れていた顔が上に向けられる。
両頬を掴まれ目の前に広がるのは、力強い劉人の顔。
(…そうだ。まだ諦めるには早すぎる)
劉人に支えられ立ち上がると、和花はベッドに横たわる楓を一瞥した。
「絶対に、助けるから!」
和花のその言葉を待ってましたと言わんばかりに、赤葉は満面の笑みを浮かべた。
「音楽室に向かおう。そこに何かがあるかもしれない」


音楽室へと向かっている最中、和花は劉人が言っていた言葉を思い出していた。
(ピアノは入れ物であって本体じゃない…さっきのスピーカーのように、音が出るものなら何でもいいってことはつまり、"月光ソナタ"に何かヒントがあるはず)
和花は隣を走る赤葉へ声をかけた。
「緋雨くん。"月光ソナタ"について、何か他に知っていることってない?」
「他に?そうだなぁ……」
赤葉は顎に手を当て少し考え込んだかと思うと、ふと何かを思い出したのかポツリと言った。
「そういえば、"月光ソナタ"はベートーヴェンがジュリエッタ・グィッチャルディという女性に送った曲だ」
「ジュリエッタ?」
「あぁ。身分の違いで結ばれることはなかったが、ベートーヴェンは彼女を不滅の恋人と手紙に綴るほど愛し、て……」
突然言葉を切った赤葉を、和花は怪訝な顔をして見た。
一体、どうしたというのだろうか。
2階へ上がり音楽室へ着いたと同時に、赤葉は考えがまとまったのか、やっと閉じていた口を開いた。
「"月光ソナタ"は、ジュリエッタへの愛の曲…てことは、この曲を彼女へ捧げればいいんじゃないか?」
赤葉の言っていることを理解できない和花と澄晴は、2人してポカンと口を広げた。
「えっと…捧げるって一体どうやって…」
「ジュリエッタを示す不滅の愛とか恋人を象徴するものを探せ!今すぐ!」
「え?!」
「時間がない、急げ!」
赤葉に急かされるまま、わけもわからず澄晴と和花は不滅の愛を探した。
しかし、不滅の愛なんて不明瞭なものを見つけるのは困難で、なかなかそれらしきものは見つからない。
「やべぇな…残り2分くらいか?」
劉人の声が、脳をこだまする。
このままでは間に合わない。
(不滅の愛って何?どうしたらいいの!)
少し前まで楓と新入生がどうとか平凡な話をしていたのにと、楓がいた窓際を見る。
ふと、楓が触っていたアイビーの葉が目に止まった。
「やばい、あと1分だぞ!」
澄晴の焦った声が音楽室に響き渡る中、和花は冷静に何かを思い出そうとしていた。
楓が言っていた言葉。
アイビーの花言葉には確か──。
『アイビーの花言葉って知ってる?友情、信頼、結婚…』
過去の記憶を手繰り寄せ、1番知りたい情報を探し出す。
(そう、アイビーの花言葉は……)
──"永遠の愛"、そして"不滅"。
和花は窓際へ走り、アイビーを持ち上げた。
「緋雨くん!このアイビーが、きっとジュリエッタを示せる!」
「でかした!」
急いで赤葉の元へアイビーを届けると、他の2人も赤葉の元へやってきた。
「ゆーちゃん、頼むぞ」
「オーケー、オーケー!んじゃ、ささっと眠っていただきますか!」
本当にこれで大丈夫だろうかと和花は不安になったが、もう信じるしかない。
タイムリミットは、もう30秒を切っている。
(お願い…!)
劉人はピアノに近付くと、アイビーを掲げだ。
「美しき旋律よ、ジュリエッタと共に眠れ!」
劉人が声高らかとその言葉を叫んだ途端、眩い光がアイビーを包み込んだ。
「美しき旋律よ、ジュリエッタと共に眠れ!美しき旋律よ、ジュリエッタと共に眠れ!」
3回呪文を唱えると光はさらに強くなり、目を開けていられず、和花は瞼を閉じた。






「本当に、ありがとう」
3人に深々と頭を下げ、和花はお礼を述べた。
あの後、急いで保健室へ戻ってみると、穏やかな表情で眠っている楓の姿が目に移り、ホッと安心したのだった。
「一時はどうなるかと思ったけど…赤葉クンと和花サンのファインプレーのおかげだな!」
劉人の言葉に澄晴はコクコクと頷き、何はともあれ無事で良かったと呟いた。
「さて、そろそろ楓ちゃんを起こして帰るか………ゆーちゃん、そのアイビー持って帰るのか?」
「おう!」
「おう、て…それ学校の物だぞ、劉人」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた3人を見ると、何だか先程までの頼り甲斐のある姿が嘘のように感じて、くすりと笑ってしまった。
眠っている楓を起こして帰り支度をしていると、いつの間に横に来ていたのか劉人がじっと自分を見ていた。
「何?」
「……和花サンさ、心霊研究部に入らない?」
「え、お断りします」
特に考えることなく、ポロリと言葉が漏れた。
くそー!っと悔しそうに叫んだ劉人を、赤葉と澄晴はニヤニヤと笑った。
「えー?!和花サン、入ってくれよー!」
「劉人!しつこい男は嫌われるぞ?」
「ほらほら、振られた男は即退散!」
「はーなーせー!」
「和花ちゃん、楓ちゃん。気を付けて帰んなよ?」
今度こそ保健室を出て行く3人を、和花は不思議な気持ちで眺めていた。
あんなに関わりたくないと思っていたのに、この短い時間で私はどこか変わってしまったのかもしれない。
もし、次誘われたら…自分は今日と同じ答えをすぐに出せるだろうか。

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