それはまるでChanson

作者 ピヨピヨ

Felicite研究者と天使

カラスと女を合体させたキメラが完成した。

僕の先生は首輪に繋がれた赤ん坊をひきづりながら、僕にその少女を見せびらかす。
異質な見た目に、僕は思わず悲鳴を上げた。

丸坊主にされたガサガサの髪、ガリガリに痩せ、骨と皮だけの裸体は僕が知っている赤子の姿をしていない。
足なんか固い鱗に覆われ、細く折れ曲がり、鋭く大きな鉤爪なんか鳥の足そのものだ。
腹だけ、異常に膨らみがあり、そしてランランと巨大で真っ赤な瞳が僕のことを見つめ返している。

先生は大はしゃぎだ、自分の妻を早く実験に使えばよかった!こんなに素晴らしい成果が見れるなんて!と…
そういえば、先生の奥さんの姿がずっと見えてなかった。
ゲラゲラと笑う先生を前に、僕は机の上のカッターを手にして、振り上げた。





あれから数十年、僕は人里離れた小屋で少女を育てた。
初めは暴れたり、そこら中を跳ね回ったり、大変だったが、餌をやる様になってからは僕を親だと認識し始めた。
気持ち悪い見た目だった赤子には、やがて羽毛が生え始める。黒くチクチクした羽根が腕や下腹部に生え始め、今では立派に真っ黒な羽根が生え揃っている。
これがかなり大きい、14歳になってからはより立派に美しくなり、少し移動するのに苦労している様子だ。

体も変化した。
異質に膨らんだ腹は5歳ごろから小さくなり、10歳からは普通の少女と変わらない造形になった。
それどころか、あんな見た目からは想像できないくらい、少女は美しく成長した。
本当に、不気味なくらい妖艶で美しい。
赤い目と白い肌、黒く長い髪は、先生の奥さんそっくりだった。

名前は、クロユリと名付けた。





クロユリの朝は早い、早く起きて小屋から朝日を見て過ごす。6時ぐらいになると僕を起こしに寝室に訪れ、羽毛越しに僕のことを至近距離で見下ろす。まるで子供が父親を起こす様な行動だ。
クロユリの朝食は、生肉だ。それ以外食べない。
朝食後はクロユリの羽の手入れとブラッシングを行う。特に髪を溶かす時のクロユリは「くるくるー」と奇妙な鳴き声を発する。
気持ち良いときに出す鳴き声のため、危険はない。非常におとなしいため、気に入っている様だ。

クロユリは僕をじっと目で追う。
真っ赤な目を見開いて、一挙一動を常時観察し続ける、初めのうちは恐ろしかったが、今はもう慣れてしまった行為だ。
こちらも目を合わせれば、クロユリはじっと僕を見上げ、ぎゅうと瞳孔を縮ませる。

感情は読み取れない。
僕にはそれが僕を非難している様に見えて怖い。

クロユリは言葉を使わない、それが唯一救いだった。




あぁ、神様、僕の先生はなぜあんな罪を犯したのですか?
人とカラスを混じらわせて、異形を生み出して…そんなに権威が必要だったのでしょうか?
僕は、恐ろしかったのです。だから殺しました。
でも、よく考えたらあの子を生み出したのは僕かもしれないんです。
だって顕微鏡で、精子と卵子を合体させたのは僕なんです。
それがカラスと人の組織だったなんて知りませんでした…でも、僕があの時ピンセットを握らなければ、あの哀れな天使は生まれなかった。

僕にも、許されない罪があるんです。




天使はますます美しく、神秘的に育っていく。
腕から先、下腹部は完全にカラスのそれでした。黒い羽根が月明かりや日の光に触れると七色に光り、その一枚一枚が黒曜石より美しく輝く。

僕はクロユリを風呂に入れる時が怖かった。
白い女性の裸体が、徐々に人に、そして異形に成り果てていく彼女を見ていくのが、本当に恐ろしかった。その柔らかい肌に触れるのも、やましく、そして同時に一種のありがたみを感じた。

研究者として、人間として、天使に触れられるのは、僕にとって喜ばしいことでもあった。
あぁ、なんて気持ち悪いんだろう。
僕は、なんて醜いんだろう。
クロユリを前にするとそんなことばかり考えてしまう。
そんな僕を、クロユリはただまっすぐ見つめ返すだけだ。




天使は夜になると不意に歌い出す。
僕が作った止まり木の上で、不思議な音を喉から放つ。なぜ歌い出すかはわからない、仲間がいるわけでもないのに、なぜ鳥のコミニケーションの一種である歌を歌うのか。

もしかして、僕のために?
いや、そんなわけないとすぐに首を振る。ベットの中で僕は目を瞑る。
歌声はとても耳にいい、夜の様な歌だ。
外界との関わりを遮断した世捨て人には、本当に心地がいい。

僕はクロユリの歌が好きだった。
ただ、それが自分に向けられたものだとは思いたくなかった。





そんな中でも彼女とはうまく生活できていたと思っていた。
ある日、僕の住んでいた小屋に道に迷った旅人が訪ねてくるまでは。

僕が道に迷った彼の相手をしていると、今まで小屋から外に出て行かなかった彼女が外に出てきた。旅人は異形の彼女に目を見開いて驚き、私は彼女に家に戻る様に叫んだ。
いや、叫ばなかったかもしれない。
あまりに彼女の狩は早かった。

彼女が初めて、人を手にかけた瞬間だった。




彼女が人を喰らう瞬間は、夢にまで現れた。真っ赤に口を濡らし、無我夢中で人間の首に食らいつき、鋭い鉤爪で皮膚を切り裂く様は圧巻だった。
怪物そのものだった、すっかり私が怯えきっていると彼女は人間を平らげ、私にゆっくりと近づいた。
喰われる…そう思った。
だが、それでもいいと思った、彼女なら、命を捧げてもいいとさえ思ってしまった。
それなのに、彼女の唇は私の喉元には行かず、唇にはわせられた。

天使の口づけは、鉄と甘い女の香りがした。

あまりの事態に私は彼女の胸を押し返そうとした、しかしできなかった…代わりに柔らかい乳房の感触にぞわりと総毛立った。

口を離した彼女の目を見れば、真っ赤な瞳は細められ、ゆるりと赤い唇が弧を描いた。





天使はますます綺麗になっていく。
天使はますます美しくなっていく。
天使は深夜に僕の寝室に訪れる、そして僕を見下ろした。
僕は怖くて、何度も彼女に謝った。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「君のお父さんを殺してすまなかった」
「許してくれ」
「君を作って悪かった」
「本当なら君は普通の少女だったのに」
「天使にならなくてよかったのに」
「僕が全部悪かった」
「本当にごめん」
「許さないでくれ」
「僕を殺してくれ」

それなのに、彼女は全て聞こえない様に、歌を歌う。優しくて、僕が涙を流すと、彼女は黒い羽根で抱きしめてくれた。
母親の様だった。
天使の肌は柔らかくて、なめらかで、僕は赤子のようになった。
クロユリの声は愛らしくて、綺麗な音がする。
毎日愛情持って溶かした髪はサラサラで、僕が毎日清めた体は白く輝いていて、綺麗で、綺麗で、綺麗で…

だから、一度だけ過ちを犯した。




クロユリは上機嫌だった、小屋中からタオルや羽毛を集めて、かまくらのようなものを作り始め、僕もそれに手を貸した。
なんとなく、彼女が何をしようとしているのか雄の本能で分かったからだ。

【巣】ができると彼女はお腹を痛めて卵を産んだ。
天使の卵だ。なんて綺麗な逞しい卵だろうね、と言うと彼女はくるくると鳴いた。嬉しそうだった。
クロユリが卵を温めている間、僕はクロユリのために餌を取ってきた。たくさん栄養がいるはずだ。彼女が大好きなお肉を持ってこなくてはならない。
人間が人間を連れてくるなんて、容易なことだった。
天使はよく食べたから、大変だった。




卵からヒナが帰ろうとしている。
やっと僕らの子が生まれるね…とクロユリに行ったら彼女はじっと僕を見つめた。
その目が今までの色と違うことに気づいて、僕はあることに気づいた。

彼女は一人でも、子供を育てることができるのだと。

なら、雄はもういらないのだ。
僕はクロユリに押し倒された。





「クロユリは、僕への戒めのためにつけた名前なんだよ。」
「呪ってほしかったんだ、恨んで嫌って欲しかった…だからクロユリって名前をつけた。君にピッタリだと思った、君はとても醜くて、人間は君を愛さないと思った、君は世界を呪うだろうと思ってたんだ…」

真っ赤な瞳が眼前いっぱいに広がる。クロユリは黙って僕の話を聞いた。
鉤爪が腕に食い込んで痛んだ。

「でもクロユリ、君にはこんな名前似合わない…君は本当に綺麗になったよ…美しくてまるで天使の様だとずっと思っていたよ。君は世界中の人から愛される、世界は君色に染まるだろう。」

至福だ、君の糧になって、一緒になれるなんて…これ以上に幸せなことが頭に思い浮かばない。
僕をおいしく食べて、君がより一層成長する。
子供たちと一緒に生きてくれる姿が目に浮かんで、その幸せな光景に涙が溢れた。

「君にはもっと綺麗な名前が必要だ…新しく名前をつけて、それで幸せに…」

そこまで言って声が出なくなった、口が塞がれたからだ。鉄の味と甘い口づけに頭が飛びそうだった。

『クロユリが好きなの。』

そのまま首筋に彼女の歯が食い込んでいく。
ぶちぶちと肉が裂ける音が聞こえる。震える様な素敵な音色だった。

『わたしの大好きな人からもらった、大事な名前なの。』
『だから奪わないで。』
『クロユリが好きなの』
『クロユリが、大好きなの…』
『おねがい、おねがい』

歌が、歌が、歌が、歌が…聞こえる。
僕のために歌ってくれる、クロユリの歌。
血肉の滴り、肉が引き継ぎられる音に混ざる、魅惑の音色。

そっか、そんなに好きなら仕方がない。
き、き、き、き、君がそんなに好きだなんて、おもわ、思わなかった。

クロユリ。
クロユリ。
クロユリ。
僕だけのクロユリ。

愛、愛、愛、愛、愛されておくれ。
僕だけじゃなく、世界、世界中に、愛されるんだ。

君はとても綺麗だから。
天使だから、天使、天使…は人間みんなが好きだから。

君は世界中に愛されるよ。

あぁ、君は本当に…






綺麗、だなぁ…。



Felicite

発音
フェリシテ


フランス語

意味
「幸福」「祝福」

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