それはまるでChanson

作者 ピヨピヨ

sunshine画家と吸血鬼

とある昼下がり、廊下を歩いていると、いきなり横から彼が飛び出してきた。

「がぉぉぉぉぉ!!!」
「……。」

目の前で手作り感満載な幼稚な怪物が、何やら雄叫びをあげている。色とりどりに塗られた鮮やかな仮面には、綿の紙で作られた長い縞々なツノと、金色の糸でできた毛並みと、巨大なガラス玉を嵌め込まれた赤い目が付いている。

「あなたは…何をしているんです?」
「あれ…驚かなかった?」
「何にですか?」
「ノリ悪いねぇ…相変わらず。」

怪物がガックリしたように肩を落とす。
当たり前だ、廊下を通る前からちょっと見えていたのだから。

ゴソゴソと仮面を脱ぎ、豊かな金髪を犬みたいに頭を振って揺らす、目の前の男は、拗ねたように赤い目でじと…とこちらを見る。

「結構頑張ったんだよ?アトリエにあるもので拵えたんだ。」
「力作ですね…それは素直に感心します。」
「ふふ…君も被ってみる?」
「それは遠慮します。」
「ノリ悪いなぁ…結構着心地いいよぉ。」

高貴な吸血鬼の出の彼は、わーいとかぶり物で無邪気に遊ぶ。
かれこれ、あの雨の夜から一年経過したが、未だに彼は理解し難い行動をとる。
キッチンの調味料を全部混ぜて料理を作ったり、家で見つけた蟻を半日ずっと観察し続けたり、買ったばかりのペンがどこまでインク持ちするのか調べるために、ひたすらノートに線を引きまくったり…

やっぱり変な人だ。
だから吸血鬼の家を追い出されたんだろうけど。

「この仮面は何を模したんですか?魔物の類に見えますが…」
「それドラゴンだよ、かっこいいでしょ?」
「何故ドラゴンを?」
「聞いた話、僕の祖先はドラゴンらしい、ほら、吸血鬼のことをドラキュラって言うだろ?あれって「ドラゴンの子」って意味らしいよ、すごいだろ?僕は竜なんだ。」
「羽もツノもないですが…」
「牙はあるじゃないか。」
「それだけでしょう?」
「十分だろう?」

そうだろうか、と思いながら目の前で仮面を脱ぐ彼を見つめる。すると彼の真赤の瞳が無邪気な眼差しをこちらに向ける。
吸血鬼独特の血のような赤い色は、見るものを惹きつける力があるのか、いつも魅入ってしまいそうになる。

「僕の姿は…どうなんだろう。」
「どういうことですか?」
「吸血鬼は美男だって言うけど、僕は自分の姿を見ることできないし…もしかしたら僕はとても醜いのかもしれない。」

吸血鬼の彼は鏡に映らない、もちろん写真や映像にも、私の瞳にも姿は映らない。

記録に残らない魔物なのだ。
記憶にしか存在を残せない。

彼は自分の手を見つめた。

「僕の手は普通だ、顔の手触りも普通に感じる、でも鱗や変な顔色をしているのかもしれない……そう思うと僕は…」
「そう思うと?」
「とても楽しい気分だよ!一体どんな顔をしているんだろう!想像するだけで心躍る!」
「…あ、そうですか…」

目をキラキラさせながら、彼は飛び跳ねるように廊下を跳ね回る。その時、うっかり日向に足を踏み入れてしまう。
途端に肉の焼ける匂いとジュッと嫌な音がして、彼が「イタタ!」と飛びのいた。

「気をつけてください、その腕みたいになくなってしまいますよ。」

私は呆れながらそう言った。






「今日の昼ごはんは?」
「パンと水です。」
「嘘でしょ!?こんな屋敷に住んでいながら?」
「絵を描くのに忙しいので…」

嘘でしょ、とでも言いたげに顔が歪む彼を尻目に、もくもくとパンを口に入れる。
半分食べて、残りは木炭を消すため残しておく。(絵画ではパンを消しゴム代わりに使う場合がある)

「いいからそこに座っておいてください、動いちゃダメですよ。」
「わかったよ…途中で寝てもいい?」
「ダメです。」
「…はーい。」

子供のように片手を上げて返事をする彼の前に座り、私はスケッチブックを開く。
一回10分を目安に、蓄音機で曲を流しながらアトリエで吸血鬼の絵を描く。
そして改めて気づく。

やはり、彼はとても”綺麗”だ。

緩い小麦色の髪、白く生気のない綺麗な肌、男性的でありながら緩い輪郭をもつ物腰の柔らかな体格。
シャツの皺から、彼の作り出す空気まで、やはり人を描いているとは思えない。
異形で、異質で、不思議で…

特に私をじっと見つめる、夕焼け色の瞳が、宝石のようにキラキラしていて、彼の人柄がそこに現れているみたいだった。

「綺麗だな…」

思わず口にしてしまったのかと焦ったが、その惚気は私のものではなかった。

「今、何か…いいましたか?」
「言ったよ〜…君が綺麗だって。」
「…冗談が上手ですね。」
「冗談じゃないよ、君の真っ黒な目が夜みたいで、とても綺麗だなって思ったんだ。なんだか見つめられていると、安心する。」
「………。」
「あのさ、僕最近気づいたことがあるんだけど…」

その時、レコードの上で滑っていた蓄音機の針が止まった。

「僕、君が好きなんだ…」

そして、木炭を持つ手に力が入り、私は木炭を粉砕した。

「は、はぁ???」

思わず大きな声が出てしまった。
当たり前だ、今の今までそんな予兆、何もなかったはずだ。
突然、この吸血鬼は何を言い出すのだろう。荒れまくる内心とは正反対に、彼はヘラヘラ笑って続けた。

「いやぁ〜僕もびっくりしたんだけど…なんか君のこと好きになってしまって、見れば見るほど君が綺麗に見えて、かわいいって思うようになったから。」
「そ、そうだとしても……そんなこと、滅多言うものではありません…」

全く、この人は…
初めて他人から好意を寄せられて、私は顔が熱くなり、スケッチブックで顔を隠した。
内心はまるで嵐のようなのに、なぜか胸が変にモワモワするのだ。

「滅多に言うことじゃないの?好きって思うのは変?」
「それは好きじゃないです、いつもの好奇心を恋だとか、そういうものだと勘違いしているだと思います。」
「えっ…これって恋じゃないの?」
「違いますよ…だって私なんか好きになってどうするんですか、大体寿命だって違うのに。」
「……。」

私なんて好きになったって仕方がない。
寿命だって違うのだし、大体種族が違いすぎる。
でも彼のことは、嫌いじゃない。嫌いじゃないが…私の方が死んだら彼はどうなるんだろうか。
後を追って、焼身自殺でもしそうな気もする。

そう思って彼に視線を戻すと、彼は少年のようなあどけない表情で、優しく笑った。

「私なんてって言わないでよ、君はとても素敵な人だよ。寿命なんて関係ない、むしろいつかいなくなるからこそ、君を大事にしたいって思うんだ。」

真っ赤な赤い宝石が正午の光の中で揺らめく。

「僕は吸血鬼だから、記録に嫌われてる。どんな優秀な機械も、美しく磨かれた鏡の世界にも僕は映らない。でも、君の描いた世界に僕がいる。君の世界でしか僕がいた証が残せない…それがすごくいいんだ。」
「いいって…そんなことでいいんですか?」
「だって君が描いてくれるんだもん。あぁ、僕って世界で一番幸せだなぁ〜。」

この吸血鬼は、流行り世界で一番変わっている。だって彼が、素直に恥じることなく想いを口に出せる彼が夜に生きているなんて、あまりに不釣り合いだ。
彼は昼に生きるような人だ。
明るい朝日の下で笑うべき人だ。

あぁ、そうか、だから初めてこの人を見た時に描きたいと思ったんだ。

「ねぇ、僕ってどんな姿してるかな?醜い怪物?それとも美しい龍の顔?肌は何色で瞳は何色かなぁ…ふふっ…完成が待ちどうしいなぁ…!」

肌は透けるようなベージュ色。
朝日のような、りんごのような赤い瞳。
髪ふわりとはねた小麦色は光にあたるたび、淡く輝く。
柔らかな物腰、少年のようにあどけなさを残す可愛い顔。

綺麗だ。

心も体も、綺麗だ。

「完成してからのお楽しみですよ…。」

たとえ私と彼がいなくなっても、私たちがいた証が残せるように。
写真なんかより美しく、映像より鮮明に。

たとえ目が見えなくなっても。

あなたを記憶に残したい。









sunshine

発音 
サンシャイン


英語

意味
太陽

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