それはまるでChanson

作者 ピヨピヨ

愛惜 ペスト医師と死体少女 


私は世界の悪疫を治す。



それが私の正義、それが私の存在意義。



それが私の生きる理由。





1日目

日記をつけることにした。
私個人の物ではなく、職員からの要望から日誌が渡されたからだ。
まず、何を書けばいいかわからないが、ひとまず現状を報告する。
私がいる場所はとある施設だ。
特異なる性質を持つものが社会から隔絶するために用意された、とある施設。
私はそこに収容されている。

私はいつからか存在する、特異な存在。
もとより疫病を治している時に確保されたのだ。
人間は至極勝手な生物だ、私の大切な、患者、を化け物と呼ぶとは…

私はただアレを治した…

完璧とはいかなかったが…

何はともあれ、彼らは私の実験場を用意し、私の実験を支援してくれている。
人間以外であれば様々な素材も用意してくれるため、助かってはいる。

今後とも私を大いに援助してくれるだろう。




2日目

彼らが私に赤ん坊を渡してきた。
見たところ、人間の女の子のようだ。
今日は実験日ではない、素材はいらないと言ったら、これは素材ではないという。
どうやら彼らは私が人間を育成できるか実験めいたことがしたいらしい。

煩わしい。

私には悪疫を滅ぼす重要な任務があるというのに、遊びに付き合う暇などないのだ。
しかし条件として彼らは私に素材として「人間」を月一で送ると約束してくれた。
仕方なく私は承諾することにした。



7日目

夜泣きがひどい、殺すことができたらどんなに嬉しいか。
だが人間の子供だ、粗相をするのは仕方のないこと。排泄や食欲の欲求は生物の基本だ。
まだ言葉は覚えない。
意識の芽生が確認されたら、教育としつけをしよう。
あわよくば良い実験体になる。
しかしながら赤ん坊とは今まで相手にしてきた成人の人間とは違う、四肢は短く、柔く、傷つきやすい、とてもデリケートな生き物だ。
少しばかり心配である。
死なないだろうか?




30日目

彼らが赤子の様子を見に来た。
私が十分に世話しているのを見てとても良い兆候だと言っていた。
ところで名前はどうするのかと聞かれた、名前など要らないだろうとも思ったが、確かに呼び名は便利である。
いずれ検討しようと思う。


追記 Melissaメリッサに決めた。



90日目

Melissaは初めてひとり立ちを果たした。
予定通りの進行のため驚きはしない。
人間の赤子は3か月程で歩き出すのは医者として、もっとも基本的な知識だ。
しかし生物の成長を見送るのは実に興味深い、これを貰って良かったと思っている。

Melissaは私を見て笑顔になる。
どうやら私に興味があるようだ。
親だと勘違いしているのだろう。

残念ながら、私はお前の親ではない。



180日目

今日も失敗だった、私は患者をまたも救うことができなかった。
何度も何度も何度もやっているのに、一体なぜだ?
私は孤独だ、ここの奴らは私のしていることの意味を理解しない。
私はただ皆を悪疫から救うのだ。
それが私に下さった神の意思だ。
何故誰も理解してくれないのだろう。

これが彼らに読まれると思うと、私は非常に不愉快だ。
これは隠しておくことにする。



270日目

「パパ」とMelissaが発話した。
私の目をしっかり見て、父を示す単語を発した。
なんて哀れな子供だろうか、私を親と勘違いするとは、認知度が低い子供はこれだから…
しかし「パパ」は低級な呼び名だ。
私のことは「医者ドクター」と呼ばせるように訓練せねば。
これから試みてみる。



どうやら「パパ」の方が好みらしい。
無理だったので諦めることにした。




361日目

Melissaの一年が過ぎた、Melissaは一歳を重ねた。
何とも不思議な気分だ、職員が見せた写真のMelissaの赤子時代(今も赤子だが)を見ると彼女は随分と大きくなったと感じる。
昔は私の腕に収まるサイズの人間は今や歩き回って大変騒がしい生き物へ変貌していいる。
成長とは恐ろしいものだ。

職員は私がMelissaに愛情を感じているかと聞いてきた。
だから私はNOと返答する。
私は親ではない、医者であると。
すると彼らはまた来ますと言って帰った。




465日目

Melissaのための部屋が用意された。
そして今日初めてMelissaは私の元から引き離された。
するとMelissaが居なくなって数時間後、私は自らの研究レポートを書き綴っていると職員が申し訳なさそうな顔をして訪ねてきたのだ。
どうやらMelissaが駄々をこねているらしい。なぜ駄々をこねているかを聞いたら私がいなくて寂しいからだと言う。
仕方なく部屋を訪ね、Melissaに良い子にするように言い聞かせる、良い子にしていたら遊んでやると約束した。

職員から慣れていると褒められたが、子供の扱いなぞ容易いものである。

むしろなぜ出来ないのかが不思議でならない。




しばらく日記を書いていない。


2190日目(約6年)

Melissaが学校へ向かう、私は彼女の入学を見ることは出来ない。
我が娘が私と同様学び人となるのは喜ばしく思うが、心配である。
彼らにその旨を説明したら、もし彼女に害が出たらもしくは私の存在が明かされそうになれば対処すると言われた。
違う、私が危惧しているのはそんなことではないのだ。
私はただ、彼女に友人ができるのかが心配である。
私は孤独の辛さをよく理解している、その辛さを我が娘に味合わせるのは容認できない。
心配である。




2193日目

彼らは私がMelissaに対して愛情を抱いているか質問してきた。
私はそれにNOと答えた。
私は本当の親ではないのだから、愛情を持つはずはないのだ。
私はこれからMelissaの勉強を見る。




5110日目(14年)

私は、悪くないはずだ。
Melissaが最近口を聞かないのを心配してやったまでであり、私が非難されるなどあるはずがない。
そういえばMelissaは14歳だ。
なるほど人間ならば反抗期というものだろうか、ならば仕方がない。
私は寛容である、彼女の全てを受け入れよう。

追記 やはり前言撤回する、あの者は理解するに値しない。



5256日目

人を殺したことがあるのかとMelissaに尋ねられた。
私はそれにNOと答える、私は人を殺したことはない、治療した結果死んだ人間はいくつもいたが、あれらは悪疫に犯されていたのだ。
私が殺したのではない。
Melissaに悪疫とは何かと聞かれた、どうやらMelissaもそれが何か理解できないらしい。
私は、残念な気持ちになる。
娘でさえ、私を理解してはくれないのだ。

私は孤独だ。





6570日(18年)

今日は職員が来た。
実験は中止だと言われた。
理由は私の終了が決まったからだと言われた。
終了とはなんだろうか、私は殺されるのだろうか…?まだ、悪疫から人々を救える術も見つからないうちに随分と酷いではないか。
抗議しようとしたが無駄だった。
彼らは私が抵抗するならMelissaを、処分すると言ったのだ。
あの子をどうしたところで、私には何の支障がない。

ないはずだ。

ないはずなのに、私は。




6574日

Melissaに元気がないと心配されてしまった。私は見た目を偽るのがどうも苦手である。
私がいなくやれば、Melissaは奴らに記憶を消され、私のことを忘れてしまうだろう。
なんと悲しいことだろうか、なんと哀しいことだろうか…

私がいなくなったらこの子はどうなるのだろう、職員として働くのだろうか。
それだとしても私のような化け物に育てられて、この子は人間として生きていけるのだろうか。
私の育て方は、正しかったのだろうか。
私はあの子をちゃんと【黒く塗りつぶされている】られただろうか。




6579日

Melissaは一人で生きていける。
きっと大丈夫だ。
私はこの日記を彼女に託すことにした。
彼女には全てを知る権利がある。
私がMelissaをどう扱っていたか。
私がMelissaに何を思っていたか。
私がMelissaをどうしようとしていたか。
全てを知ってほしい、それで私のことを覚えていてほしいのだ。

Melissa、ここまでよく読んでくれた。
ありがとう。





私は悪疫を治すことに人生を捧げた。
はじめこそうまくいかなかったが
君はうまく世の中を生きていくどうか私
を忘れないでくれ
愛情など私は知り得ないのだ
しかしそれでも構わない
手の届かぬ場所にいたとしても
いつもそばにいるそういつも見守ってい
る。
読んでくれて感謝する。

 君にこのメッセージが伝われば良いのだが……それも叶わないだろうな。





私もあなたを愛しているわ、パパ。


愛惜

発音
アイセキ

言語
日本語

意味
1.愛して大事にすること。
2.なくなることに寂しさを感じる。名残惜しい。

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