無冠の棋士、幼女に転生する
第15話「類は友を呼び、才は惹かれ合う」
桜花がトイレにたどり着いたのはアニメイトを出て10分と少しが経った頃だった。
彼女は自分が生まれつき他人より記憶力が優れている事を理解していた。学校の勉強でも、そして将棋においても一度覚えたものはなかなか忘れることがない。
そんな彼女だが、道を覚えることに関しては苦手だった。何故ならば彼女は歩く時はいつも何かに集中して周りを見ていない。例えば大好きな姉との会話、例えば頭の中に思い描く子供らしい空想。
通学路のような毎日歩く場所ならともかく、一年に数える程度しか訪れることのないショッピングモールなどは彼女にとっては迷路でしかなかった。
トイレを済まして、指の先から指と指の間まで丁寧に手を洗う。大きな音をたてる乾燥機で手を乾かして、「早くアニメイトに戻らないと」なんて考えながらトイレをあとにする。
「……ここどーこー?」
桜花の前には見覚えのない風景。ショッピングモールの端にあるトイレの前。ここまで自分の足で歩いて来たにも関わらず彼女は迷子になってしまった。
姉であるさくらが待つアニメイトからここに来るまでの道順を思い出そうとするが、それは無駄な労力で終わる。
「多分二階……だった……はず」
吹き抜けの天井から見える二階フロアを見上げ呟く。なんとなくだがエスカレーターを使い一階まで降りた気がする。そんな微かな記憶から推測した。
とりあえず歩いてみないことには何も始まらないと、桜花は歩み始めた。
このショッピングモールは地域では最大規模を誇っており、東西に縦長く広がっている。また南と北にも通路を経て別館へと行くこともできるため、田舎にあるとは思えないほどの巨大な建物となっている。
またこの一帯の地域で最大規模であるということは、それだけ人で賑わうことでもある。今日は土曜日。家族連れや学生が友達と遊びに来ていたりと、多くの人が行き来している。
「あら、お嬢ちゃん。お母さんやお父さんは?」
小学一年生の女児が一人で歩いていることが気になったのか、優しそうな老婆が話しかけてきた。
「おねぇと友だちと一緒にきたの。でもおねぇ達が迷子になったから探してる」
とりあえず人のせいにする。
迷子になったなんて恥ずかしくて正直に言えないお年頃の桜花であった。
「そうなの。それは困ったわね。じゃあここで待っててね。店員さんに事情話してくるからね」
老婆は桜花の言葉を鵜呑みにすることはなかった。桜花の方が迷子なのは明らかであるため迷子センターに連れて行ってあげようとしたのだ。
しかし桜花は。
「いーです。自分で探すからー」
と言い残して、老婆に背を向けて走り去った。背中には老婆の心配そうな視線を感じたが、ちょっぴり人見知りする桜花には優しそうな老婆とはいえお世話になるのが嫌だった。
一度駆けだしたらなかなか止まらないのが子どもである。桜花もその例にもれず、自分の限界までショッピングモールを駆けた。
そして息が切れたので立ち止まり、壁によりかかる。肩で大きく息をして、呼吸を整える。
「……あれ、ここどこ」
そしてまたよくわからない場所へ入り込んでしまった。ショッピングモールの中心からはずれ、人の気配が薄い店舗が立ち並ぶ。シャッターが閉じて、出店補募集のチラシが貼られているところもある。
薄暗い雰囲気に背筋が粟立つのを感じる。
早く戻ろうと思い、人の雰囲気がする方向を向いた時に、視界の端にガチャガチャが目に入った。
「なんかないかなー」
興味を惹かれ、ふらふらとガチャガチャが立ち並ぶコーナーへと足を踏み入れる。
せっかくこんな変な場所まで来たのだから、何かしないと気が済まなかった。
そのガチャガチャコーナーはショッピングモールの辺境にあるためか、子供向けとはいえない渋いものが立ち並んでいた。一回三百円もする大人向けの高級なものが基準のようだった。
そこには桜花の他にもう一人先客がいた。
獣耳の形取ったデザインのフードを深くかぶった怪しげな人。身長は140を少し超えた程度だろうか。フードから垣間見える長い黒髪や幼く見える横顔から中学生くらいの少女である事がうかがえる。
「怪しい人には近づいちゃダメっておねぇがいつも言ってるもんなぁ……」
ガチャガチャの前に座り込みひたすら一つのガチャを回し続ける怪しげな少女。その小柄な体格から桜花は中学生くらいかな、と思った。中学生で女性ならそんなに怖くないかなと思い、桜花はガチャガチャコーナーを見て回ることにする。
「『超ゴリラガチャ〜ゴリラ出現率二千%〜』、『バージェス動物群シリーズ3』、『ダンゴムシ』……イロモノばっか」
姉が好きそうな変なガチャばかりに桜花の期待はだだ下がりになる。実は『ダンゴムシ』ガチャはちまたで人気で都会では品薄なのだが、桜花がそんなこと知るよしもない。
桜花は最後にパーカーの少女が何のガチャをずっと回してるのか気になり、それを確認してから帰ろうと思った。
パーカー少女の隣にはタワーになった百円玉が積み重なっている。何がそんなにあのパーカー少女を駆り立てるのだろうか。
「『海洋道カプセルガチャ〜カプセル少女将棋バージョン〜』?」
パーカー少女が回していたガチャは将棋だった。どうやら将棋の駒を模したキャラが出てくるガチャで全部で九種類あり四十体集めれば将棋が実際にできるというものだ。歩だけで二十体集めなければならない鬼畜仕様に桜花は震える。ちなみに一回三百円。綺麗に揃っても総額一万二千円だ。
「ん?」
桜花の視線に気づいたのかパーカー少女が、振り向く。
目が合った桜花は少したじろぐ。しかしそんなことお構いなしとでも言うように、パーカー少女は懐から財布を取り出した。
「キミキミ、暇ならそこのゲーセンで両替してきてくれないか」
鈴の音のような綺麗な声でそう言い、財布から一万円を取り出して桜花に渡した。あまりの唐突さについ桜花は一万円を受け取ってしまう。
「え……あの……」
「任せたよ。ぼくがここを離れると、残りのガチャ取られてしまうかもしれないからね。あっ、コインと間違えちゃダメだよ」
桜花は「誰もそんなガチャ取らないと思うよ!?」と心の中で突っ込む。表情には出さない。
一万円札を渡されてしまい、今更嫌だとは言えない桜花は仕方なくゲームセンターに両替しに行った。コインゲーム用の黒のカップをに両替した百枚の百円玉を入れ、ガチャガチャコーナーに戻る。
「ありがとう。はいこれお礼」
そう言ってガチャのカプセルを渡される。中身はパーカー少女が回しているガチャのようだ。パカっと開けると中から飛車と書いた服を着ている女の子のフィギュアが出てきた。
「飛車……」
「それもう三個目なんだ。余ったからお礼も兼ねてあげるよ」
どうやら余分に出てしまったガチャのようだ。タダだしありがたく貰っておくことにした。
そのあともその少女はガチャガチャを回し続ける。その姿がなんとなく面白おかしくて、桜花も隣で膝を屈め頬をついて眺めていた。
普段は少し人見知りをしやすい桜花だが、このパーカー少女に関してはなぜか親近感を覚えた。
閑散としたコーナーで、ガチャガチャを回す音だけが響く。20分経つ頃には、百枚の百円玉も底をつきかけようとしていた。また両替に行かないといけないのかな、と桜花が思い始めた時。
「……やっと出た! 見てみて、これがシークレットの玉だよ。これでコンプ!」
「おめでとー」
パーカー少女の手には王とは色違いの銀色に塗装された美少女のフィギアが握られていた。
なんとなくだが拍手をしなければならない気がしてパチパチと桜花は拍手をする。
「しかしキミも物好きだね。最後まで付き合うなんてさ」
「珍しくて面白かったよー」
「はははっ、ぼくは大人だからね。これが大人買いってやつさ」
「大人? ちゅーがくせいじゃなくて?」
「確かに背は低いけど、ぼくはこう見えてももう二十歳だよ。というか中学生に見えてたの!?」
桜花は目を丸くさせて驚く。桜花より20センチばかり高い身長の目の前の少女が実は20歳だった事実にだ。下手したら小学校の六年生の先輩より幼く見えかもしれない。
深くパーカーを被り、長めの黒髪がはみ出て垂れている。左右で色の違う長い靴下を履いていて、まるで子どものファッションセンス。姉である桜花を彷彿とさせる人だ。
「まっ、せっかくの機会だし自己紹介でもしようか。ぼくはユサ。キミの名は?」
「桜花」
「桜花ちゃんか。可愛い名前だね。……桜花ちゃんは将棋知ってるの?」
「……どうしてわかったの?」
「やっぱり。さっき余り物のガチャをあげたときに飛車って分かってたし、そうじゃないかなーって思った」
ユサは「そっかーそっかー」とひとりでに納得して、懐から今度は将棋盤を出した。あの懐は四次元ポケットなのだろうか。四次元パーカー。
「これを使ってみたいし将棋指してみない?」
ユサはガチャのフィギュアを指差して、桜花を将棋へと誘った。パーカーから見えるユサの瞳はまるで桜花の全てを見通すかのような光を帯びていた。
桜花がこれから何度も将棋をすることになる一人の少女ユサ。
これがその出会いであり、初めて盤上で向き合った瞬間だった。
「うーん、負け。強いね桜花ちゃん」
ググッと両手を天に伸ばして身体をパキパキとユサは鳴らす。
結論から言えば桜花の圧勝だった。
序盤から優位に立った桜花は、ユサが盤面を整える前に一気に詰ませたのだ。しかし桜花には勝利の喜びの顔はない。
ユサの将棋は気持ち悪いと桜花は感じた。桜花がどう指してくるか試しているかのような打ち筋。まるで桜花の好きなように攻めさせてそれを楽しむかのように。
桜花よりはるかに高い場所から見下して――だ。
「ユサユサって……」
「あっ、それってぼくのあだ名? 嬉しいなぁ。ぼくって友達少ないからあだ名は付けられたことないんだよね」
自虐ネタで笑いながらユサは駒を動かす。詰み盤面より少し前。桜花が深い読みをちょうど始めた盤面だ。ユサはその盤面を指差して言葉を続ける。
「桜花ちゃんってここから詰みが見えてた?」
「うん」
「そっかー…………もしかしてキミも線が見えてるの?」
「……? よく分からないけどわたしはモヤモヤしてるものを払う感じー。こー詰みが見えるとパーっと晴れるの」
桜花はいつもの感覚を自分の持つ語彙の範囲で言語化する。感覚的にやっていることなので、なかなか言葉にするのが難しいのだ。
ユサはそんな桜花の言葉を聞くとパァと顔を輝かせる。
「へぇへぇへぇ〜〜」
「ユサユサ、ニヤニヤして気持ち悪い」
「気持ち悪くてごめんねー。でも嬉しくってさ。まさか仲間がいるなんて思ってもみなかった」
両足をブラブラとさせて喜ぶユサ。その姿はまるでおもちゃを与えられた子どものようだ。見た目より幼く見える仕草。しかし実際の年齢は二十歳と見た目よりずっと歳上の彼女。アンバランスという言葉がユサという少女を最も的確にあわらしている。
ポーンポーン……
ショッピングモールに十二時を知らせるチャイムがなる。女性の声による広告付きだがそれを聞く人がいるのかは甚だ疑問ではある。
「十二時…………十二時!? やばい、おねぇ達待たせてたの忘れてた!?」
「桜花ちゃん、誰かと待ち合わせしてたの?」
「えーと大体そんな感じ。ユサユサ、アニメイトってどこにあるか知らない?」
「アニメイト? それならほら」
ユサが指差す先。通路を出て吹き抜けを挟んだ向こうにアニメイトの青い看板が見えた。
「近っ!! 全然気づかなかった。ありがとうユサユサ。じゃーね」
「うん、ばいばーい」
桜花は少しでも早く行こうと駆け出す。姉もルナも優しいから怒ることはないとは思うけど、待たせてしまうのは申し訳がなかった。
「あっ、桜花ちゃん」
「ん、なーに」
急いでいるのに後ろから話しかけてきたユサに少しイラッとしながら桜花は振り向く。
「もし次あったら、その時は本気で将棋指そう。さっきのがぼくの本気と思ったら大間違いだからね」
「…………」
コクリと一度だけうなづいてアニメイトの方へ桜花は走っていった。
一人残されたユサは将棋版とガチャのフィギュアを一つを残してパーカーの懐に戻す。
ユサは残した『王』のフィギュアを手でいじり一人呟く。
「『桜花』ちゃん…………彼女は『王花』となれるのかなぁ、……なーんてね」
ユサは小さく微笑む。まるで悪戯を思い付いた子どものように。
彼女は自分が生まれつき他人より記憶力が優れている事を理解していた。学校の勉強でも、そして将棋においても一度覚えたものはなかなか忘れることがない。
そんな彼女だが、道を覚えることに関しては苦手だった。何故ならば彼女は歩く時はいつも何かに集中して周りを見ていない。例えば大好きな姉との会話、例えば頭の中に思い描く子供らしい空想。
通学路のような毎日歩く場所ならともかく、一年に数える程度しか訪れることのないショッピングモールなどは彼女にとっては迷路でしかなかった。
トイレを済まして、指の先から指と指の間まで丁寧に手を洗う。大きな音をたてる乾燥機で手を乾かして、「早くアニメイトに戻らないと」なんて考えながらトイレをあとにする。
「……ここどーこー?」
桜花の前には見覚えのない風景。ショッピングモールの端にあるトイレの前。ここまで自分の足で歩いて来たにも関わらず彼女は迷子になってしまった。
姉であるさくらが待つアニメイトからここに来るまでの道順を思い出そうとするが、それは無駄な労力で終わる。
「多分二階……だった……はず」
吹き抜けの天井から見える二階フロアを見上げ呟く。なんとなくだがエスカレーターを使い一階まで降りた気がする。そんな微かな記憶から推測した。
とりあえず歩いてみないことには何も始まらないと、桜花は歩み始めた。
このショッピングモールは地域では最大規模を誇っており、東西に縦長く広がっている。また南と北にも通路を経て別館へと行くこともできるため、田舎にあるとは思えないほどの巨大な建物となっている。
またこの一帯の地域で最大規模であるということは、それだけ人で賑わうことでもある。今日は土曜日。家族連れや学生が友達と遊びに来ていたりと、多くの人が行き来している。
「あら、お嬢ちゃん。お母さんやお父さんは?」
小学一年生の女児が一人で歩いていることが気になったのか、優しそうな老婆が話しかけてきた。
「おねぇと友だちと一緒にきたの。でもおねぇ達が迷子になったから探してる」
とりあえず人のせいにする。
迷子になったなんて恥ずかしくて正直に言えないお年頃の桜花であった。
「そうなの。それは困ったわね。じゃあここで待っててね。店員さんに事情話してくるからね」
老婆は桜花の言葉を鵜呑みにすることはなかった。桜花の方が迷子なのは明らかであるため迷子センターに連れて行ってあげようとしたのだ。
しかし桜花は。
「いーです。自分で探すからー」
と言い残して、老婆に背を向けて走り去った。背中には老婆の心配そうな視線を感じたが、ちょっぴり人見知りする桜花には優しそうな老婆とはいえお世話になるのが嫌だった。
一度駆けだしたらなかなか止まらないのが子どもである。桜花もその例にもれず、自分の限界までショッピングモールを駆けた。
そして息が切れたので立ち止まり、壁によりかかる。肩で大きく息をして、呼吸を整える。
「……あれ、ここどこ」
そしてまたよくわからない場所へ入り込んでしまった。ショッピングモールの中心からはずれ、人の気配が薄い店舗が立ち並ぶ。シャッターが閉じて、出店補募集のチラシが貼られているところもある。
薄暗い雰囲気に背筋が粟立つのを感じる。
早く戻ろうと思い、人の雰囲気がする方向を向いた時に、視界の端にガチャガチャが目に入った。
「なんかないかなー」
興味を惹かれ、ふらふらとガチャガチャが立ち並ぶコーナーへと足を踏み入れる。
せっかくこんな変な場所まで来たのだから、何かしないと気が済まなかった。
そのガチャガチャコーナーはショッピングモールの辺境にあるためか、子供向けとはいえない渋いものが立ち並んでいた。一回三百円もする大人向けの高級なものが基準のようだった。
そこには桜花の他にもう一人先客がいた。
獣耳の形取ったデザインのフードを深くかぶった怪しげな人。身長は140を少し超えた程度だろうか。フードから垣間見える長い黒髪や幼く見える横顔から中学生くらいの少女である事がうかがえる。
「怪しい人には近づいちゃダメっておねぇがいつも言ってるもんなぁ……」
ガチャガチャの前に座り込みひたすら一つのガチャを回し続ける怪しげな少女。その小柄な体格から桜花は中学生くらいかな、と思った。中学生で女性ならそんなに怖くないかなと思い、桜花はガチャガチャコーナーを見て回ることにする。
「『超ゴリラガチャ〜ゴリラ出現率二千%〜』、『バージェス動物群シリーズ3』、『ダンゴムシ』……イロモノばっか」
姉が好きそうな変なガチャばかりに桜花の期待はだだ下がりになる。実は『ダンゴムシ』ガチャはちまたで人気で都会では品薄なのだが、桜花がそんなこと知るよしもない。
桜花は最後にパーカーの少女が何のガチャをずっと回してるのか気になり、それを確認してから帰ろうと思った。
パーカー少女の隣にはタワーになった百円玉が積み重なっている。何がそんなにあのパーカー少女を駆り立てるのだろうか。
「『海洋道カプセルガチャ〜カプセル少女将棋バージョン〜』?」
パーカー少女が回していたガチャは将棋だった。どうやら将棋の駒を模したキャラが出てくるガチャで全部で九種類あり四十体集めれば将棋が実際にできるというものだ。歩だけで二十体集めなければならない鬼畜仕様に桜花は震える。ちなみに一回三百円。綺麗に揃っても総額一万二千円だ。
「ん?」
桜花の視線に気づいたのかパーカー少女が、振り向く。
目が合った桜花は少したじろぐ。しかしそんなことお構いなしとでも言うように、パーカー少女は懐から財布を取り出した。
「キミキミ、暇ならそこのゲーセンで両替してきてくれないか」
鈴の音のような綺麗な声でそう言い、財布から一万円を取り出して桜花に渡した。あまりの唐突さについ桜花は一万円を受け取ってしまう。
「え……あの……」
「任せたよ。ぼくがここを離れると、残りのガチャ取られてしまうかもしれないからね。あっ、コインと間違えちゃダメだよ」
桜花は「誰もそんなガチャ取らないと思うよ!?」と心の中で突っ込む。表情には出さない。
一万円札を渡されてしまい、今更嫌だとは言えない桜花は仕方なくゲームセンターに両替しに行った。コインゲーム用の黒のカップをに両替した百枚の百円玉を入れ、ガチャガチャコーナーに戻る。
「ありがとう。はいこれお礼」
そう言ってガチャのカプセルを渡される。中身はパーカー少女が回しているガチャのようだ。パカっと開けると中から飛車と書いた服を着ている女の子のフィギュアが出てきた。
「飛車……」
「それもう三個目なんだ。余ったからお礼も兼ねてあげるよ」
どうやら余分に出てしまったガチャのようだ。タダだしありがたく貰っておくことにした。
そのあともその少女はガチャガチャを回し続ける。その姿がなんとなく面白おかしくて、桜花も隣で膝を屈め頬をついて眺めていた。
普段は少し人見知りをしやすい桜花だが、このパーカー少女に関してはなぜか親近感を覚えた。
閑散としたコーナーで、ガチャガチャを回す音だけが響く。20分経つ頃には、百枚の百円玉も底をつきかけようとしていた。また両替に行かないといけないのかな、と桜花が思い始めた時。
「……やっと出た! 見てみて、これがシークレットの玉だよ。これでコンプ!」
「おめでとー」
パーカー少女の手には王とは色違いの銀色に塗装された美少女のフィギアが握られていた。
なんとなくだが拍手をしなければならない気がしてパチパチと桜花は拍手をする。
「しかしキミも物好きだね。最後まで付き合うなんてさ」
「珍しくて面白かったよー」
「はははっ、ぼくは大人だからね。これが大人買いってやつさ」
「大人? ちゅーがくせいじゃなくて?」
「確かに背は低いけど、ぼくはこう見えてももう二十歳だよ。というか中学生に見えてたの!?」
桜花は目を丸くさせて驚く。桜花より20センチばかり高い身長の目の前の少女が実は20歳だった事実にだ。下手したら小学校の六年生の先輩より幼く見えかもしれない。
深くパーカーを被り、長めの黒髪がはみ出て垂れている。左右で色の違う長い靴下を履いていて、まるで子どものファッションセンス。姉である桜花を彷彿とさせる人だ。
「まっ、せっかくの機会だし自己紹介でもしようか。ぼくはユサ。キミの名は?」
「桜花」
「桜花ちゃんか。可愛い名前だね。……桜花ちゃんは将棋知ってるの?」
「……どうしてわかったの?」
「やっぱり。さっき余り物のガチャをあげたときに飛車って分かってたし、そうじゃないかなーって思った」
ユサは「そっかーそっかー」とひとりでに納得して、懐から今度は将棋盤を出した。あの懐は四次元ポケットなのだろうか。四次元パーカー。
「これを使ってみたいし将棋指してみない?」
ユサはガチャのフィギュアを指差して、桜花を将棋へと誘った。パーカーから見えるユサの瞳はまるで桜花の全てを見通すかのような光を帯びていた。
桜花がこれから何度も将棋をすることになる一人の少女ユサ。
これがその出会いであり、初めて盤上で向き合った瞬間だった。
「うーん、負け。強いね桜花ちゃん」
ググッと両手を天に伸ばして身体をパキパキとユサは鳴らす。
結論から言えば桜花の圧勝だった。
序盤から優位に立った桜花は、ユサが盤面を整える前に一気に詰ませたのだ。しかし桜花には勝利の喜びの顔はない。
ユサの将棋は気持ち悪いと桜花は感じた。桜花がどう指してくるか試しているかのような打ち筋。まるで桜花の好きなように攻めさせてそれを楽しむかのように。
桜花よりはるかに高い場所から見下して――だ。
「ユサユサって……」
「あっ、それってぼくのあだ名? 嬉しいなぁ。ぼくって友達少ないからあだ名は付けられたことないんだよね」
自虐ネタで笑いながらユサは駒を動かす。詰み盤面より少し前。桜花が深い読みをちょうど始めた盤面だ。ユサはその盤面を指差して言葉を続ける。
「桜花ちゃんってここから詰みが見えてた?」
「うん」
「そっかー…………もしかしてキミも線が見えてるの?」
「……? よく分からないけどわたしはモヤモヤしてるものを払う感じー。こー詰みが見えるとパーっと晴れるの」
桜花はいつもの感覚を自分の持つ語彙の範囲で言語化する。感覚的にやっていることなので、なかなか言葉にするのが難しいのだ。
ユサはそんな桜花の言葉を聞くとパァと顔を輝かせる。
「へぇへぇへぇ〜〜」
「ユサユサ、ニヤニヤして気持ち悪い」
「気持ち悪くてごめんねー。でも嬉しくってさ。まさか仲間がいるなんて思ってもみなかった」
両足をブラブラとさせて喜ぶユサ。その姿はまるでおもちゃを与えられた子どものようだ。見た目より幼く見える仕草。しかし実際の年齢は二十歳と見た目よりずっと歳上の彼女。アンバランスという言葉がユサという少女を最も的確にあわらしている。
ポーンポーン……
ショッピングモールに十二時を知らせるチャイムがなる。女性の声による広告付きだがそれを聞く人がいるのかは甚だ疑問ではある。
「十二時…………十二時!? やばい、おねぇ達待たせてたの忘れてた!?」
「桜花ちゃん、誰かと待ち合わせしてたの?」
「えーと大体そんな感じ。ユサユサ、アニメイトってどこにあるか知らない?」
「アニメイト? それならほら」
ユサが指差す先。通路を出て吹き抜けを挟んだ向こうにアニメイトの青い看板が見えた。
「近っ!! 全然気づかなかった。ありがとうユサユサ。じゃーね」
「うん、ばいばーい」
桜花は少しでも早く行こうと駆け出す。姉もルナも優しいから怒ることはないとは思うけど、待たせてしまうのは申し訳がなかった。
「あっ、桜花ちゃん」
「ん、なーに」
急いでいるのに後ろから話しかけてきたユサに少しイラッとしながら桜花は振り向く。
「もし次あったら、その時は本気で将棋指そう。さっきのがぼくの本気と思ったら大間違いだからね」
「…………」
コクリと一度だけうなづいてアニメイトの方へ桜花は走っていった。
一人残されたユサは将棋版とガチャのフィギュアを一つを残してパーカーの懐に戻す。
ユサは残した『王』のフィギュアを手でいじり一人呟く。
「『桜花』ちゃん…………彼女は『王花』となれるのかなぁ、……なーんてね」
ユサは小さく微笑む。まるで悪戯を思い付いた子どものように。
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